満開の桜の樹の下で
水面にまた一枚、桜の花弁が舞い降りた。淡く紅に染まっている花びらはゆらゆらと水と戯れている。水が揺らしているんじゃない、花が揺らしているんじゃない、まして、今微かに通って行った光風が揺らしているわけでもない。みんなが少しずつだけ揺れているんだ。そうして、ベビーベッドの中のような心地よさの中で安心している。まあるい溜り水の真ん中では噴水が、桜のつぼみがほころびるように艶やかに広がり、うらうらの陽光とぶつかって、そこから溢れる小さな水玉がダイアモンドのように輝く。それはさながら闇夜に浮かぶ星屑のようだった。碧空には、純白の綿雲がぽっかりと浮かび、ふわふらと流れている。
栞はそんな公園の様子をくりくりとした清眸に映しこんでいた。いつでも、その両手に握られたスケッチブックに描けるように。背中では噴水が撒き散らす水滴にさらされて少しぬれて、ちょっとだけ冷たかった。縁に腰掛けて、想い人が来るのを待つ。
約束の時間には三十分ほど早い。彼の性格を考えれば、きっとぎりぎりの時間に来るだろうな、と栞は思う。それでもこうして待っていたかった。
待つのは嫌いじゃない。待っている間に、彼がどんな風にしてやってくるのかを想像して楽しんでいられるから。今日一日、どうやって彼と過ごそうか思い巡らして遊んでいられるから。
まずは服だ。どうもおしゃれということに縁遠い彼は、きっといつものようにラフでどこにでも売っているようなパーカーなんかを着てくるんだろうな。その色はなんだろう。赤だろうか、緑だろうか、青だろうか。彼には赤が似合う。燃え盛る炎のように情熱的で、真摯で。それでいて仄かに赤る炭火のように優しくて、温かで。そこでふと栞は口をほころばせた。でも、ものすごく捻くれたところがあって、素直じゃないところがある。
彼が来たら、何をしようか、と考えて、一緒にアイスクリームでも食べようかな、と思う。まだまだ肌寒くて、アイスを食べるにはちょっと季節外れの感があるけれど、彼なら苦笑しながらも賛成してくれるに違いない。その後は、お昼ご飯を食べて、商店街をぶらついて。そうだ、ゲームセンターに行ってもぐさんを叩くのもいいかもしれない。またきっとうまくいかなくて笑われるだろうけれど、きっと楽しいから。
なんとなく見上げた空に、つばめが翼を翻していく姿が見えた。
降り注ぐ春の光がまぶしくて、目を細める。その先には、桜の花びらが小雪のように舞い散る。
遠く隅々まで澄み切った青空の端を見つめているうちに、なんだか吸い込まれているような気分になってくる。吸い込まれてそのまま、雲の間を悠々と飛ぶ。背中には一対の翼が生えていて、それをゆったりと上下に動かす。
天使の翼。
そう、そんな言葉がぴったりの、白い翼が背中にあった。私はこんなの持っていないのに、と栞は思って、それなら誰の翼なんだろう、と考えて。
あ、そうか。あの人の翼なんだ、と気付く。
あの人にはもういらなくなってしまったんだ。小さな女の子にひとつの奇跡を起こしたあの人は、今度は本当の天使になったから。
小さなおもちゃみたいな翼を背負って、地面を走り回っていたあの人。いつも何かを探していて、求めていた。栞は、その探し物が見つかっていることを願って、そして見つかったから天使になったんだ、と祈って。
そうして目を瞑った。
そこには、はちきれないばかりのあふれでる光で人を和ませる、勇気付ける笑顔が浮かんだ。
そして陽溜りの中にぽっかりと浮かんだ笑顔の向こう側には……。
「何してるんだ？」
彼の声が降って来て、栞は目を開いた。
「日光浴です」
栞はにっこりと微笑む。
「暖かくなったもんなぁ」
そういって彼は、空を見上げる。
太陽に隠れるようにして鳥が一羽翔けていった。
「祐一さん」
「なんだ？」
「今日はデートですよ」
彼の手を握って栞は立ち上がる。
頬をほんのりと紅く染めて。それはまた舞い降りてきた桜の花弁のようにたおやかで、優しくて。
満開の桜の樹の下で、栞はゆっくりと一歩足を踏み出した。
投票結果
名夜 (採点:2)
雰囲気は良いと思いますが、もう少し改行を多く取らないと見難いと思います。
神代 悠 (採点:4)
優しい空気が感じられて、とてもよい作品でした。
taka (採点:4)
栞、可愛すぎます。それに、栞にとってあゆは命の恩人のような存在であるということを強く実感しました（もちろん祐一もだが）
かずき (採点:1)
文が詰まりすぎて読み難い上に、内容が乏しい。
十七夜 (採点:1)
ちょっと、見難い上に短いですね
ugen (採点:4)
文が綺麗
ヘキサ (採点:1)
改行があまりされておらず読みにくかったです。
藍翔 (採点:4)
場面を想像しながら読むと、とても面白かったです。
雨音 (採点:2)
ちょっと尻窄み、でしょうか・・・
Alice (採点:5)
SSコンペで満点一本目！短い文章だとは思うけど、このSSは好き。もう無条件に好き。私のツボにはまったというか、そーゆーことです。あゆを彷彿とさせる文章まわしとか、情景などの本当に丁寧に書いている印象がばっちりあった。とにかくラストが良い。冒頭の三人称を綺麗に締めくくる台詞なんだけど、自然で、無駄がなくて…。これぞ栞が語るところの「ドラマみたいで素敵です〜」かな？私としては文句無しのショートショート！う〜ん、堪能した！作者さん、ありがとう！
Lv2 (採点:2)
改行して読み難かったのが少し残念です
グＥ (採点:3)
栞の気持ちがよく描かれていてよかったです。
橘征五郎 (採点:3)
素っ気ないHTMLなのだから、改行を多くするなどの読みやすくする工夫を。このタイトルは「桜の森の満開の下」「桜の樹の下には」とかけているのだろうか？ だとすればあゆの犠牲を感じさせる力が足りないし、そうでなければ読者にいらぬ誤解を与えてしまう。タイトルの決定は慎重に。ほのぼのとしたシチュエーションは悪くないのだが、出来ればもう少しストーリー性も欲しかったところ。
夏葵 (採点:3)
ほのぼのに見せて、結構シリアスなはなしですね。
コーダイ (採点:2)
文章は悪くありません。けどちょっと読みにくいです。
ケイ (採点:4)
背景描写がとにかく良くできています！ 日常にありふれていて意識しないと気が付かないようなことを美しく書き表せる方って尊敬します。 ただ、前半改行を全くといっていいほど使っていなくて、読みにくかったので残念ながら１点減点です(-_-;) というかこの作者さん誰なんでしょう？知りたい・・・
烏賊悪魔 (採点:3)
前半は改行がなくてよみずらい・・・・。
白 (採点:3)
デート中のを希望します。
まちゃる (採点:2)
ゆったりした空気が好きです。ちょっと短かすぎたのが不満かも。
神崎隆一 (採点:1)
このあとにどんなことが起きるのかを読者に想像させるような展開にしたほうがいいと思います。
ぷぢ２〜 (採点:2)
もうすこし改行したらよかったと思います。
舞耶 (採点:3)
うむ女の子ｗ
ruka (採点:3)
内容はいいと思うのですが・・・ほんの少し読み辛い気がします。
浮動明王 (採点:1)
話が始まってもいないでは評価不能
ひゅう (採点:3)
改行をもっと多めにした方が見やすいっすよ。
すなふ (採点:2)
すぱっと終わってしまって、思わず「へ？」と拍子抜け。書き出しがとても気合いが入っていて、期待が大きかった分、落胆も大きかった。
はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 あれだけせつせつ（かなり言葉の使い方が荒い）と語らせるなら、ラストシーンはきちっと納得できるようなシーン作りがされていないと、ただの言葉の浪費です。
シューマン (採点:2)
内容はまあまあなのですが、文の間がうまくとられていないので少しばかり読みにくかったです。
全採点
5点 : 3
4点 : 23
3点 : 61
2点 : 85
1点 : 23
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