『優しい気持ち』
「行ってきまーす」
元気良くドアを開けて、外に出る
空が青く、雲に遮られることのない太陽が、頭上で輝いていた
その、どこか気分のいい爽やかな気持ちになって、目を細めた
手で庇を作るようにして、空を見上げる
「うんっ」
いい天気
服装良し、髪形良し、眠たくもない
ご飯もたくさん食べてきたし… 今日は絶対いい日になるよ
そう心に誓って、わたしは歩きだした
今日は祐一と遊びに行くことになっている
と言っても、遊園地とかにいくわけじゃなくて、隣町にお買い物
電車に乗って、数駅ほど行ったところにある街を歩く
祐一はもう駅で待っている
どうして？ と思うかもしれないけれど、今日は雰囲気を大切にしたかったから、わたしが待ち合わせしようって提案したんだよ
楽しみだな
ガイドブックでしか、見たことのない街だから、今から心が躍っている
あ、でも祐一退屈しないかな？
わたしが行きたいと思っているお店とかは、殆どが女の子向けの場所になっている
祐一、拗ねちゃったらどうしよう
そう言いながら、祐一の拗ねた顔を想像したら、思わず笑いが零れた
鳥が、空を駆け巡る
「遅いぞー名雪」
駅前では、祐一がわたしのことを待っていた
いつもより、少しだけおめかししていて
いつもより、たくさんかっこよく見えて
「えへ、ごめんね」
わたしは、顔が赤くなるのを気付かれないように、唇をぺろっと出して、おどけて言った
すると急に祐一は黙って、わたしの手を取る
「ほ、ほら…行くぞ」
あれ？
祐一、もしかして照れてる？
横から顔を覗き込むと、ちょっとだけ顔が赤かった
祐一、照れてるんだ…
少し、嬉しかった
満員とまでは行かないものの、それなりに人の多い電車の中
入り口付近に、わたしと祐一は立っていた
目当ての駅までは、ほんの１０分程度で着く
がたんごとんと揺れる車内は、不思議と心が落ち着く
わたしは、この電車が揺れる音が好きだった
「にしても、いい天気で良かったな」
突然祐一が、わたしの顔を見て言う
「名雪、楽しみにしていたもんな」
「うんっ」
窓から見える景色が、普段は見ない街の風景を流しながら、電車は進む
色々な遮蔽物に陽が遮られ、影を落としては消え、また落としては消え…
だけど、どんな時も一様に見えるのは、雲ひとつない空だった
「今日はたくさん付き合ってね、祐一」
「ああ、だけど、食べすぎで歩けなくなっても知らないからな」
「わたし、そんなに食べ物屋さんばかり行かないよー」
「わからないぞー。 もし、向こうにおいしいイチゴサンデーが売っていたらどうするんだ？」
「…食べたい」
「もし、向こうにおいしいイチゴクレープが売っていたらどうするんだ？」
「…うぅ 食べたいよ」
「もし…」
「もう！ 祐一、いじわるだよ」
わたしがイチゴ好きなことをいいことに、祐一はいじわるばかりする
「そんなこと言うと、今日のお昼、祐一だけデミグラスソース」
「悪い、悪い」
もちろん、冗談で言っているのだけど、祐一は手を合わせて謝った
見知らぬ街を、祐一と歩く
途中までは、ガイドブックを見ながら歩いていたのだけれど、目当てのお店がなかなか見つからないのと、折角来たのだから、いきあたりばったりでも、好きなようにしたかった
「へー」
祐一は、歩きながら、視線をきょろきょろとさせている
今、わたし達が歩いているのは、商店街のような場所らしく、左右にお店が連なっている
だけど、わたし達の住んでいる街の商店街とは違い、道路の中心には花壇のようなものが設けられていて、道幅も少し広かった
「なんか、綺麗だよな、ここ」
「うん、ほんと」
祐一の声に、返事するように答える
観葉樹がところどころに植えられていて、陽の光を分裂させていた
雨が降ったわけでもないのに、葉がきらきらと光って見える
「あ、このお店いいなー」
突然かわいいお店が視界に入ってきて、思わずわたしはそう言った
「じゃあ、入るか」
見た目からして、すごく女の子向けなお店なのに、祐一はなんの気兼ねもなくお店へと向かっていく
「いいの？」
いつもとは違う態度に、つい尋ねてしまった
「ん？ ああ、気にするな」
今日の祐一、凄く優しい
「わー、これすっごくかわいいよー」
お店の中は、思っていたとおりの雰囲気だった
かわいいアクセサリーだけでなく、奥にはハーブのようなものも売っている
アロマセラピーとは、ああいうもののことなのかな？
そんなことを考えながら、目の前のガラスケースを見る
小物店と思っていたけれど、中には本格的なものも売っていた
そのケースの中の、雪の結晶を模ったネックレスを見る
「お、綺麗だな、それ」
何時の間にか、さっきまで店の中の蛙のぬいぐるみと、にらめっこしていた祐一が、わたしの傍に来て言った
わたしの横から、覗き込むようにしてネックレスを見る
「雪の結晶か… なんだか、名雪みたいだな」
「…どうして？」
「ん？ なんとなく」
「…？」
「買ってやろうか？」
不意に、祐一が言った
「え？いいの？」
確かに、欲しいとは思っていたけれど…
値段を見ると、結構な額だ
「まあな、俺からのプレゼントだ」
そう言って、お店の人を呼ぶ
レジで、お店の人と何か話した後、ちらっとわたしの方を見た
そして、すぐさま向き直ると、今度は頭を下げて、わたしのところに戻ってきた
「何、話していたの？」
「ん… まあ、内緒だ」
その内容が、少しだけ気になったけれど、追求はしないで、わたし達はお店を後にした…
「へへ…」
自分の首元にかかった、雪の結晶のネックレスに触れる
自然と笑みが零れたが、嬉しいのだから仕方ない
「そんな、気に入ったのか？」
「うんっ」
目の前で、祐一が珈琲を飲みながら言う
シックな雰囲気の音楽が流れ、どこか穏やかな温度がしている
お昼になって、わたしと祐一は喫茶店に入っていた
窓際から、歩く人たちが見える
既に、二人とも軽食は摂り終っていた
わたしの目の前には、いつも通りのイチゴサンデー
百花屋のとは、また違った味が口内に広がっていく
「にしても、名雪はほんと、おいしそうにそれ食べるな」
「え？ おいしいよ♪」
祐一も欲しいのかな？
わたしは、少し逡巡した後、ひとすくいすると、スプーンを祐一の口に近づけていった
「お、おい」
「はい、祐一、あーんして」
「えっと…」
「ほら、早くしないと溶けちゃうよー」
「……」
少し困ったような顔をしたけれど、最後には顔を赤くしながら、スプーンを口に含んだ
「おいしい？」
「……まあ、な」
苦笑いのような表情で言う
「なんか…」
「なんか…？」
「…名雪の味がした」
ぼっ――
思わぬ反撃に、一瞬で思考が固まる
顔が赤い
祐一は…と言うと
「あははは」
笑っていた
「も、もう…祐一ひどいよ」
折角今回はわたしの方が有利だと思っていたのに、結局祐一にからかわれた
「ははは、ごめんごめん… だけど、イチゴサンデーは美味かったし、名雪の味がしたっていうのもあながち嘘じゃないぞ？」
「うぅ…」
恥ずかしくて、そっぽを向いてしまっていたが、心の中では、祐一の発言を嬉しく思ってもいた…
午後も、同じように店をまわる
服屋さんで、祐一を着せ替えて遊んで、祐一に怒られたり
CDショップで、祐一と一緒に新譜を視聴したり
本屋さんで、祐一がえっちな本を読もうとするのを止めたり
時間が過ぎて行くのも、あっという間
楽しくて、仕方のない瞬間がいっぱいあった
「ここいらで、ちょっと休憩するか？」
偶然発見した公園のベンチに、腰掛ける
空は、青色から、茜色へと変わっていて、夕陽が公園に備えてある時計を照らしていた
どこからか判らないけれど、静かな旋律が聞こえてくる
公園に、何か備え付けられているのかもしれない
「ジュース買ってくるから、座ってろ」
優しく言うと、視線の先に見える自動販売機に走って行った
ちょうど足も疲れてきていたので、言葉に甘えてベンチに座る
公園は、本当に静かで、わたし達の他に人は見えない
そっと、空を眺めて不思議な気分になる
夕方に、ひとりになるとよく込み上がってくる感情
少しだけ人恋しくなる
祐一が、いることは判っているけれど、だからすぐに治まる感情じゃない
確かな、温もりが欲しいと感じてしまう
「名雪？」
二人分のジュースを持って、祐一が戻ってきていた
「祐一…」
「ん？」
「…ちょっとだけ」
立ち上がり、祐一にもたれかかった
祐一も、そんなわたしの気持ちを察したのか、何も言わずにそっと抱きしめてくれた
「どうしたんだ？急に」
そう言う祐一の声は、とても穏やかで
「何でも…ないよ」
ただ、少しだけ…
じっと、身動きさえしないわたしに、祐一はそっと手を髪に持っていく
そして、ゆっくりとわたしの髪の毛を撫でていった
俯いたまま、されるがままに…
なんだか、気持ちいいな
ぼうっとする意識で、祐一の温もりと、髪から伝わる感触を味わう
何時しか、公園に流れる曲も、変わっている
「祐一…」
「……」
「今日は、楽しかったよ」
「まだ、終わってないぞ？」
「うん…でも、楽しかった」
「そうか」
祐一の声が、優しい
心臓の音が、優しい
「うんっ」
ようやく治まりかけた気持ちで、気合をいれるようにぱっと祐一から離れる
祐一は、一瞬驚いた様子を見せたけれど、直ぐに元に戻った
「祐一、キスしよ」
不意にわたしが言う
「そうしたら、ちょっとだけ治るから」
「何か、患っているのか？」
祐一が笑いながら言う
「そうだよ、患っているんだよ…」
「人恋しい病か？」
「祐一もあるの？」
「まあ…たまにな」
祐一、判っていたんだ
「ほら…」
小さく言って、わたしを引き寄せた
逆光で、祐一の顔がよく見えない
だけど…
眩しいって思うよりも先に
わたしの目は、閉じられていた………
時計の音
風が吹く音
祐一の呼吸
祐一の鼓動
祐一の…唇の感触
がたんごとん――
帰りの電車は、割と空いていて、わたしも祐一も座ることが出来た
規則正しく揺られる電車は、気持ちよくて、わたしを眠気を誘われる
うとうとしているわたしを、祐一はそっと傾けた
「眠たかったら寝てもいいぞ」
「…うん」
ほんとは、このまま眠ってしまったら、駅で起きれる自信がないのだけれど、わたしは祐一の声に甘えて、目を瞑った…
とん
とん
とん
揺れる感覚はまだ続いている
だけど、それは電車での揺れとは、また少し違っていた
とん
とん
とん
暖かくて、穏やかで…
どこか優しい気持ちになれる
とん
とん
とん
なんだろう
少しづつ浮上していく感じ
水に浮かび上がる感じ
それはゆっくりと
時の流れに沿うようにして
ゆっくりと… そうっと…
とん―
そっと意識が戻ってきて、目を開けた
まだ、ぼんやりとした頭だけど、視界の先には誰かの肩が見える
祐一…？
視線をずらしていくと、祐一の顔が見えた
少しだけ無表情で… だけど、どこか優しい顔で歩いていた
辺りは、すっかり暗くなっていて、もう夜だった
そうか…
わたし、やっぱり寝ちゃってたんだ
電車の中でのやり取りを思い出す
祐一に悪いので、声をかけようかと思ったけれど…やめた
もう少しだけ、このままでいたかった
とん
とん
とん
祐一の歩調が、身体に伝わってきて気持ちいい
そう言えば…前にも一度あったかな
こうやって祐一に背負われたことって…
もしかすると、あったかもしれない
根拠はないけど、不思議とそう思えた
今、どこらへんを歩いているのかな
この場所からだと、祐一の顔は見えても、辺りの暗さに、風景を特定することはできない
でも、多分家までそれほど遠い距離でもないはずだった
祐一は、無言で歩いている
祐一の横顔
そっと眺めていると、なんだか優しい気分になれる
「好きだよ…」
「ん？」
自分でも聞こえるか聞こえないかの声で言ったのに、祐一は気付いたのかもしれない
わたしは慌てて目を瞑った
「起きたのか？」
「すー…」
「…寝言かな」
小さく呟くと、また前を向いて歩き出す
良かった…ばれてない
「俺な…」
不意に、祐一が口を開いた
しかし、それはわたしが起きていることに気付いたという風ではなく、独り言のようだった
「いつか、お前と結婚したい。 今はまだ頼りない俺だけど、ちゃんと大学入って、仕事して… いつか、絶対… まだ、お前の前では面と向かって言えないんだけどな… 好きだぞ名雪。 大好きだ。 誰よりも… この世界中の何よりも、名雪のことが大切だよ… …ったく、恥ずかしいなおい」
ひとしきり告白した後、照れ隠しのようにおどける
思わず笑いが零れそうになったけれど、なんとか声は出さずに済んだ
うん…わたしも祐一と結婚したい
心の中で、そう答える
大好き
祐一の隣で、川が流れているのが見えた
もうすぐ家に着く
だけど、本当はもうちょっとだけ、このまま祐一の背中にいたい
祐一の背中で、揺られていたい
優しい気持ちと
穏やかな感情
だけど、募っていく気持ちだってある
川に反射して、月が頭上に光っているのが見えた
こんな時間だってある
楽しかった、今日の一日は、まだ終わっていない
わたしは、これからも祐一と、同じ時間を共有していく
大好きだから
祐一のことが、誰よりも好きだから
「愛しているよ…祐一」
「名雪…？」
…
…
…
「俺も…愛しているよ、名雪」
星は月の光に隠れて見えない
だけど、変わりに月はわたし達を照らすように、空高く見守っていた
とん――
と揺れる鼓動に
その胸の上で
時がささやかな風を送り
揺れる水面の月の上では
―――雪の結晶が、きらきらと輝いていた…
投票結果
Alice (採点:2)
第一印象。かゆいです(笑)とことん私にはこの手のSSに対する免疫がないようですね。とりあえずは「デートしてるんだなぁ〜」と素直に思ってました。つーかまぁ、ベタベタするって言っても、そんなベタベタしてるわけじゃないとは思うんだけどね。ただ、読んでいて辛いっていうのが私の本当だったりして。ラストシーンは好感が持てた。でも、キャラの行動理念をもっと具体的に書いて欲しいかったかな？感情のみで動いている…ような気がしました。とはいえ、ほのラブSSって感情で動くものだろうからなぁ〜。なんというか曖昧な感想でごめんなさい。
神代 悠 (採点:5)
ああっ！ 良すぎっ！ 文句なし満点です。この二人の関係が凄く自然で…幸せそうですね。
久慈光樹 (採点:4)
暖かなお話でした。ただ私的にちょっと台詞があけすけ過ぎたかも。
taka (採点:4)
名雪が可愛すぎです。名雪の場合、ロマンチックな雰囲気が似合いますね、どちらかというと。
ヘキサ (採点:3)
名雪モノにありがちな鬱陶しさが無く、やんわりとした気持ちで読めました。
十七夜 (採点:3)
これもまた一つの結果
naoki (採点:4)
ラストシーンで鳥肌が立ちました。
Kanade (採点:4)
場所を変えてのデートと名雪女史の描写に感服
ASKA (採点:4)
祐一の正直な気持ち、名雪の正直な気持ち。本音は突然出るものですね。
ugen (採点:4)
あまいSSだけども雰囲気が出ていて良かった
かずき (採点:4)
ちっ、このバカップルめ。
sein (採点:4)
こういうほのぼの……結構好きです。三遊間を抜けてレフト前にクリーンヒットという感じ？
研究員Ｄ２ (採点:4)
綺麗に締めてくれて……くぅーっ！ってな感じです（謎） 楽しく読まさせていただきました
橘征五郎 (採点:2)
まずは基本的な文章作法の勉強を。句点をつけないのは詩的にしようという意図的な演出なのだろうが、それならば文章も韻を踏むなどより韻文的にするべき。読点が多すぎてリズムが悪い。なぜ一部分だけ中（キャラ）から外（読者）に語りかけてくるのか？ 終盤の祐一の決め台詞、せっかくなのだからもっと格好良く。
SYN (採点:5)
とても穏やかな雰囲気で優しい感じが読んでいてすごくよかったです。
コーダイ (採点:2)
悪くありませんが、感動もありませんでした。
ケイ (採点:5)
文句のつけようがないです（笑） ２人のお互いを思う気持ちが温かくて、読んでいて心が優しくなれようなSSでした。 ありがとうございましたm(__)m これ書いてるのってもしかして・・・（モニュモニョ）
グＥ (採点:4)
二人の甘甘な雰囲気が非常にいいですね。ラストシーンの演出が非常にいいです。
kuryu (採点:3)
初恋の思い出って感じですね。
白 (採点:5)
こうゆうのを読んでいると心が静みます。
まちゃる (採点:3)
可愛えー。ものっそ名雪がかわええー。
神崎隆一 (採点:3)
語尾統一は最低限やってください。文章を良くすればかなりよくなると思います。内容的には大好き
り〜だ〜 (採点:5)
祐一かっこい〜ね〜
Ｇａｒａ (採点:4)
ほのぼのしたデートの様子は良いです。途中の買い物の時の「内緒」って伏線じゃないならいらないと思います。気になって最初はあそこから先が良く頭に入りませんでした
yuxsan (採点:5)
名雪の味がした…（ぐはっ！！）って所で落ちました
コンタミン (採点:5)
このジャンルはストーリーが希薄なものが多いのですが、これはお見事でした。各シーンにズッシリとした「重さ」が感じられたのが良かったと思います。
piro-suke (採点:3)
祐一と店員の会話の意味は？ひょっとして削られてしまったのですか？残念です。
はまのじ (採点:4)
良い話。けど、ネックレス買ったときの店員との会話って、何の伏線でもなかったん？
浮動明王 (採点:4)
名雪を背負った状態での告白という光景が二人の未来を象徴的に表現してますね
Ｖｉｓ (採点:4)
ただ甘いだけじゃないのが良いですね。読んでいて読者まで優しい気持ちになれました。
はぐ (採点:2)
「ひとまず読み切りました」 色々なシーンを交えて、二人の行動を着実に明示していくことで安心して読めました。句点を使わないのはリスク高いです。同じ擬音繰り返しはかなり使い方が難しいので避けたほうが懸命です。
全採点
5点 : 26
4点 : 62
3点 : 79
2点 : 27
1点 : 5
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
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