笑顔をいつまでも



夢…
夢を見ていた…
それはいつか見た楽しい光景
俺は彼女の隣にいて
彼女は俺の隣にいて
二人一緒に出かけて
二人一緒に笑って
″それは誰が望んだ世界″
終わりのない景色
終わりのない世界
そう思っていた
それが最後だと信じたくなかった

静かに噴水の音が冴え渡り
降り止まない冷たい雪の中で
触れ合う身体は温かく

そして彼女の笑顔が優しかった――

PIPIPI! PIPIPI!
現実へと誘う機械音
俺はその音を片手で消し
うっすらと瞼を開けた
カーテンからこぼれる光
眩しいその陽光が目に痛かった

 
−笑顔をいつまでも−


「祐一、いってらっしゃい」
それはいつもの聞き慣れた名雪の声。
「名雪こそ、今日は私立の試験日だろ? 頑張ってこいよ」
「うん、頑張るよ」
頷く名雪に手を振って俺は水瀬家を後にする。
待っている彼女に会いに行く為に。

その場所に行く前に俺は忘れずに花を買った。
俺には不似合いな両手一杯の花束を。
そして、彼女の大好きなアイスクリームを。
買った時に店員がもの珍しそうな顔で俺を見るのもお約束だ。
二月に入ったばかりではまだまだ冬の寒さは健在で、
特にこの街では外でアイスを持っている事すら冷たさとの戦いである。
「それでも買っていかなくちゃ、な」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

そうして俺はその場所に辿り着き、
彼女に向かって一言、
「栞、久しぶりだな」
そう告げて、手にした花をそっと地面に置いた…。

「ほら、お前の大好きなアイスクリームも買ってきてあるんだぞ」
俺は手にした″それ″を彼女に見せるように前に出し、
そして目の前の大きな石の手前にそっと置いた。
「なあ、栞。冬でもやっぱり、″アイス″だよな」
俺は栞の墓石に向かって…ではなく、
その下で安らかに眠る彼女に向かって話し続けた。
「栞、この前ついに大学試験を受けたよ。
俺もいよいよ大学生になるのかな。
って、その前に試験に受からないとな」
最近あった出来事。
くだらない身の回りにあった話。
そんな話を栞に聞かせる。
今はもう返事すらしてくれないとわかっていても、
それでも俺は話し続ける。
そう、彼女はもうこの世にはいないのだと知っていても。

一年前の今日。
栞が俺と別れた、あの日。
あれから数日後、
俺は栞が病院で亡くなった事を″聞いた″。
決してその場にいたわけではないけれども、
きっと安らかに逝ったんだと俺は信じている。
最後まで希望を捨てずに、そして戦って逝ったんだと。
『そうですね…』
ありえる事のない奇跡は起こらなくても、
『奇跡が起これば助かりますよ』
笑顔で俺に言ったその言葉の裏側を、
『起こらないから、奇跡って言うんですよ』
彼女が奇跡を信じたのかはわからない、
それでも最後まで諦めることはなかったと思っている。
「さて、それじゃあ、始めるな」
話が一区切りした所で俺はそう″栞″に言って立ち上がり、
杓子で彼女の石に水を注ぎながら墓の掃除を始めた。
辺り一面がピカピカになるまで、何度も何度も磨いて。

掃除が終わると俺は用意していた数珠を取り出し、
彼女に向かって祈りをあげた。
と、不意に人の気配を感じ、
目を開けて見上げた俺の視界に映っていた人物、
それは――香里だった。
「香里…どうして、ここに?」
立ち上がりながら、俺は生まれたそのままの疑問を彼女にぶつける。
「さあ…? 何となく、かな」
そんな俺の問いに香里はどこか遠い所を見やりながら答えた。
そして俺の方に目を戻し、
「相沢君こそ、どうしてここにいるのよ?
栞の命日はまだ先よ?」
そう尋ねた。
「今日が、俺にとっての栞の命日だからな」
その答えに彼女が満足したかはわからない。
ただ、香里は力なく、
「そう」
と、応えただけだった。
「ねえ、私も参らせてもらっていいかしら?」
彼女が磨かれた栞の墓石をみやりながら、
再び尋ねる。
それは先客としてここに来ていた俺に対する社交辞令のように感じた。
「ああ」
躊躇いなく俺は頷くと、手にした数珠を彼女に渡す。
栞の墓の前に座り目を閉じて祈る香里。
彼女はどんな思いで栞を参っているのだろうか。
一瞬そんな事を気にしてしまった自分の頭を軽く振ると、
俺も香里の背後で手を合わせた。
そうしてどれだけの時間が過ぎただろうか。
「もう、いいわよ」
言われて目を開けた俺に向かって香里は数珠を差し出す。
「あ…、ああ」
そして俺にそれを手渡すと、
彼女は俺達に背を向け立ち去ろうとした。
その背に向かって俺はとっさに声をかける。
「香里」
と。
「…何?」
俺の声にピタッと足を止めて、振り向かずに香里が応える。
だが、その言葉に返す俺の言葉は出なかった。
自分自身よくわからなかったが、
″つい″立ち去る彼女に声をかけてしまったと言うのが本当の所だった。
しばしの沈黙。
そして、応えない俺に代わって香里がその口を開いた。
「私はもうここには来ないから」
突然の彼女の言葉。
けれど今の俺にはその言葉はひどく遠く、
そして冷静に受けとられた。
「そっ、か…」
それが彼女の言葉に対する精一杯の返事だった。
「また、逃げるのか?」
言って、一瞬後悔した。
「あなたには私の気持ちなんてわからないでしょ?」
振り向き、どこか冷めた目で香里が答える。
「ああ、わからないな」
けど、
「けど、香里も俺の気持ちはわからないだろ?」
それに、
「それに、栞の気持ちもわからないだろ?」
香里は俺の言葉にしばし目を伏せたが、
「ええ、そうね」
と、先程の俺と同じように肯定した。
「私は」
そして力を込めて俺に告げる。
「私はもう悲しみを背負いながら生きていきたくないの。
もう、もう嫌なのよ、あんな悲しいことは、もう、二度と…」
「香里…」
「私は弱い人間なのよ! 仕方ないじゃない…」
嗚咽まじりになりながらも彼女は俺に向かって、
いや、きっと俺以外の誰かに向かって叫んだ。
そんな彼女を見ていられず俺は栞に向き直り、
そして、口を開いた。
「栞も…決して強い人間じゃなかったさ」
香里がどんな顔で俺の言葉を聞いているのかはわからなかった。
それでも俺は言葉を続けた。
「それでも栞は強く生きる事を望んだ。
そう、彼女はきっと強かったんだ」
矛盾する自分の言葉を飲み込み、
一拍置いて俺は″彼女″に言った。
「俺は栞を忘れない。
絶対にだ、もう絶対に忘れない」
そう、言い切った。
「香里、以前俺に言った事があったよな?
『栞は何のために生まれてきたのか』って。
…俺たちってさ、生まれてくるのに何か意味が必要なのかな?」
俺は栞の墓に手を置き、そしてゆっくりと喋りだす。
「俺はいつか大人になって、そして愛する人と結婚して、幸せな家庭を築くと思う。
いや、必ず築いてみせるんだ。
温かくて、笑い声の絶えない、そんな家庭を…」
パンッ!!
そこまで言葉にした辺りで不意に頬に痺れる様な衝撃を受けた。
俺をその手で殴った香里が、殺気だった目で睨みつけている。
「それでも、」
それでも、そんな香里を見据えながら俺は言葉を続けた。
「栞は幸せだったさ」
「嘘よ!」
即座に響く、香里の叫び。
「あの子が幸せだったなんて、そんなわけがあるわけないじゃない!」
「幸せだったさ。 栞は生まれてきて、そして、香里、お前と出会って。
俺や色んな人と出会って。 感謝していたさ」
「感謝? 生まれ持った弱い身体に?」
自虐的に香里が笑う。
「栞はいつも笑っていた。 俺達に笑顔を見せてくれていた。
それは彼女自身、そうありたかったからだと思う。
それでも彼女が笑顔でいれたのは、きっと感謝していたからだと俺は思うよ」
「……」
伏せられた香里の顔からは、もはやその表情は見えなかった。
「だから、俺は栞を忘れない。
栞の笑顔を忘れない」
それは栞と彼女の姉に告げる言葉。
「いつか、社会に出て、家庭を持って、年をとっていくとしても、
俺はここに来る。 ここに来る事だけは決して止めない。
いつか、老いて死んでいくとしても、
その時まではここに来続けるさ。
もし…、もし奇跡と言う名の現実が起こるなら――
俺はその時まで幸せに生きたい」
ザッザッザッ…
香里の立ち去る足音が耳に届いてくる。
「もう」
一瞬立ち止まり、
「もう、会う事もないでしょうね」
その言葉を残して香里は去って行った。
二度と振り返ることはなく。

白く綺麗な粒が天から降り注ぐ…。
「雪、か」
見上げる空からは絶えることなく、
淡い雪が降りていた。
「それじゃ、俺は行くな、栞。
また、来るから。
寒いだろうけど我慢して待っててくれよな」
俺は最後にそう栞に言い残すと、
羽織っていたジャンパーを脱ぎ、彼女に掛けた。
「じゃあ、な」
ザック、ザック、ザック…
一歩、一歩踏みしめながら俺はそこから歩いて行く。
幸せだった、幸せだった記憶を思い起こしながら。
両手をポケットに突っ込んで。
雪の降りしきる冷たい道をゆっくりと歩いて行った。

途中、熱い滴が顔を伝ったが、
それでも今日だけは優しい笑顔を忘れたくなかった。

投票結果

殺陣倉Xp (採点:3)
切なくて最高そこがいい。


Gすぽると (採点:3)
>俺はいつか大人になって、そして愛する人と結婚して、幸せな家庭を築くと思う。この台詞、良いですね。これが香里に心に届いたら…と思いました。


ugen (採点:3)
あまり読んだことのないタイプ、香里がおざなりに書かれてるように見える


naoki (採点:4)
人は人に会うために生きているんじゃないか、と。そう思うんです。


荒野草途伸 (採点:2)
なんというか、何を訴えたいのかよくわかりませんね


橘征五郎 (採点:2)
まずは基本的な文章作法の勉強を。文章力はそこそこのレベル。テーマ・シチュエーションはありきたりなので、あとはいかに差別化をはかるか。『祐一がこうした、香里がこう言った』というあらすじになってしまっている。レトリックというものを覚えよう。行動・思考もステロタイプなので感情が伝わってこない。もう少しキャラを書き込むように。


かずき (採点:3)
シリアスだな。


はまのじ (採点:4)
な、なにげにいい話や〜


コーダイ (採点:4)
良くまとまっています、栞の強さがいいです。


グE (採点:3)
栞の死から一年経っても香里はまだ救われていないんですね・・・。そんな香里が痛かったです。


まちゃる (採点:5)
オーソドックスにいい作品だと思います。


naka (採点:4)
SSとしては満点です。ただ、個人的に、香里には栞を信じて欲しかったです


Alice (採点:2)
ワンシチュエーションシリアス。結構難しいジャンルだと思います。このSSでも、作者がやりたいだろう部分を理解はできますが、物語の山場をまとめきれていない。読者が感情移入できる部分まで、物語をひっぱっていないということですね。祐一、香里の想いの部分が語られなさ過ぎるので、少しばかりうすっぺらい安物のドラマっぽいというか、なんというか。もうひと頑張りです。


kuryu (採点:2)
どこにあったかもしれない可能性ってものを感じました。


神崎隆一 (採点:1)
文章はいいのですが、内容がよく分かりません。読者に理解を強いないSSをお願いします。


神代 悠 (採点:4)
最後まで、笑顔でいれたのなら、多分それは幸せだったということでしょう。いつか、香里にも届く事を祈ってやみません。


taka (採点:4)
栞を本当に愛しているんだなということがひしひしと伝わるいい文章でした。


浮動明王 (採点:5)
やはり栞シナリオは栞の死亡が本当の終わり方ですね 安易な復活はテーマを損ないます


はぐ (採点:2)
「ひとまず読み切りました」 いわゆる語り系ですが、少々語りがすぎるかな、と。全部を語らせないほうが、説得性と言うか、話の深みと言うか、そういうところに違いが出てきますね。


全採点
5点 : 9
4点 : 40
3点 : 79
2点 : 39
1点 : 10

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