『集い』
ざわざわ……
ざわざわ……
カァッ！
壇上がスポットライトに照らされる。
ざ……シーン……
静まり返る満席の会場。
カッカッカッカッカッカッ……
壇上に向かう足音だけが広い会場に響き渡る。
お………おお………
会場の所々から、感嘆の声があがる。
カッ！
ステージ中央に足音が止まる。
おおお…
ざわ……ざわ……
皆、眩しげに壇上の人物を見つめている。
『…皆さん…！』
おおおおお……
『かつて、苺の栽培品種は、ダナー種が独占していました』
ざわ…ざわ…
『しかし、品種改良の弛まぬ努力の結果、多種多様の品種が生まれました』
ざわ…ざわ…
『ダナー種全盛から１０数年、主要品種は、西の豊の香、東の女峰へと移りました』
ざわざわ……
『そして…豊の香、女峰の全盛からもまた…１０数年が過ぎ、現在に至ります』
ざわざわざわ……
『そうです！ 新たな入れ替わりの時期が来ているのです！』
おおおおお…
『現在の苺の市場は、各品種がしのぎを削りあい、激戦を繰り広げています！』
おおおおお…！
『ポスト女峰の呼び声も高い、栃木の栃乙女！』
おおおおおっ…
『病気に強く、大粒の、静岡の章姫！』
おおおおおっ！
『大型で高級品種の、アイベリー！』
おおおおおっ！
『鬼怒甘！ 濃姫！ 幸の香！ 飛鳥ルビー！』
うおおおおっ！
『佐賀ほのか！ レッドパール！ 春訪！ ふさの香！ サンベリー！』
うおおおおっ！
『皆さん！ 苺は今！ 戦国時代なのです！』
うおおおおおっ！
『色を！ 形を！ 香りを！ 味を！ 各品種が争い、磨きあっています！』
うおおおおおっ！
『皆さん！ 苺は今まさに！ より素晴らしい果実へと、進化しつつあるのです！』
うおおおおおおっっ！！
『………皆さん…』
ざ…………シーン………
『私は…この時代に生きている事を…感謝しています…』
…ざ…………わ………
『私達は…歴史の変わる瞬間に、立ち会っているのです！』
おおおおおおおおおおおおおおっっ！！
『皆さん！ 苺を食べましょう！ あの芳醇な香りを享受しましょう！』
おおおおおおおおおおおおおおおおおっっ！！
『あの、甘美なる味わいを堪能しましょう！』
うおおおおおお！ うおおおおおおおおっっ！！
『全てのランチメニューに、苺を！』
…苺を！
『全ての定食に、苺を！』
苺をっ！
『全ての食卓に、苺を！』
苺をっ！！
『朝昼晩！ 食前食後に苺を！』
苺をっっ！！
『皆さん…………』
シン……………
『苺は、世界を救います！！』
うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ！！！
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
ピューッ！ピューッ！！
会場中からの割れんばかりの声援と拍手。
声援は更に熱を帯び、いつしか、ひとつに統一される。
…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！
…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！…な・ゆ・き！
なゆきコールの鳴り止まぬ中、水瀬名雪は、汗を拭きながら控え室へと戻って来た。
世話役の女性が、タオルとグラスを差し出す。
「名雪様！ お疲れ様でした！ どうぞ、イチゴミルクでございます！」
「わ！ ありがとうだよー！」
名雪は、嬉しそうにグラスを受け取り一息にイチゴミルクを飲み干した。
「んー！ おいしー！ これ、○○○（品種名）だね」
「はい！ その通りです！」
「これ、主要品種に残らないかなー？」
苺の戦国時代。
それは、いずれ、多くの品種が淘汰される事も意味していた。
「名雪様が、一声おかけになれば簡単なのでは？」
「それじゃ、苺農家の人が可哀想だよ」
世話役の女性は、はっ、と姿勢を正した。
「も、申し訳ありません！ 浅慮でした！」
名雪は、にっこり、と微笑んだ。
「気にしなくていいよ。じゃあ、お疲れ様」
「はい！ お疲れ様でした！」
世話役の女性が出て行くと、控え室には名雪と、机に突っ伏している祐一だけが残った。
「祐一！ 終わったよー！ …って、何してるの？ 祐一…？」
祐一は、頭を抱えたまま、身動きひとつしていなかった。
祐一は、おずおずと頭を上げた。
「…名雪…なんなんだ…これは…」
「え？ 出掛ける前に言ったよ？ 『いちご大好きの会』の集い、だってば」
「…それは、どんな会なんだ？」
「…？ 名前の通りだけど？ 苺が大好きな人の集まり、だよ？」
「…で、名雪はそこの会長なのか？」
名雪は、くすっ、と笑った。
「違うよー。 私はただの支部長さんだよ」
祐一は、しばらく考えこんでから、質問を重ねた。
「…何支部…だ？」
「え？ アジア支部、だけど？」
「世界組織じゃないかっ！」
「当たり前だよー。苺好きの人は世界中にいるよー」
名雪はコロコロと笑っていた。
「ね、それより祐一。帰りに百花屋寄っていかない？」
祐一はため息をつきながら立ちあがった。
「判った…イチゴサンデー、奢ってやる…」
「わ…本当ー！？ 祐一、ありがとー！」
名雪は跳びあがって喜び、そそくさと帰り支度を整えた。
「行こ！ 祐一！」
「ああ…」
長い廊下に出ると、未だに続くなゆきコールが、更に大きく聞こえてきた。
祐一は、反射的に駆けだし、会場の外へと走り抜けた。
名雪が、後から走って追い付いて来た。
「祐一！ 置いて行かないでよー！」
祐一は、改めて巨大な会場を振り返った。
「ここが…満員…か」
これだけの人数に、カリスマ的に支持されている名雪。
その事実が、祐一の背筋を寒くしていた。
名雪は、そんな祐一の思いに気付く様子も無く、屈託無く笑っていた。
「でも、珍しいね。祐一が自分から奢ってくれるなんて」
「恐れをなしただけだ」
「え？」
「いや、何でも無い…行くぞ、名雪」
祐一は、商店街に続く道を先に立って歩き始めた。
名雪は、きょとん、と祐一を見送っていたが、すぐに笑顔で応えた。
「うんっ！」
嬉しそうに傍らを歩く名雪を見詰めながら、祐一は従兄妹の少女の知らなかった一面に、改めて底の知れぬ物を感じていた。
祐一はまだ知らなかった。
来週、今度は「猫ちゃんラブラブ倶楽部」の集いに付き合わされる事を。
更に、再来週には、「カエルグッズ友の会」の集いが予定されている事を。
水瀬名雪。
その実態の奥底は、母親と同様、あまりにも深淵であった。
投票結果
久慈光樹 (採点:2)
オチが弱いかな、それ以前の問題という気もするけど……
殺陣倉Xp (採点:3)
水瀬一族は謎の一族か！？
あきらくん (採点:5)
名雪の意外な一面！さすがは秋子さんの娘だけありますね。
Lv2 (採点:4)
凄いネタに爆笑しました。最後のまとめ方も上手だと思います。
烏賊悪魔 (採点:3)
よく調べられててイイと思う。ただ名雪の強烈な（だけど普段どおりな）キャラに対して祐一がちょっと弱いかも。祐一が名雪にもっとナイスツッコミするとよかったと思う。
ugen (採点:2)
ネタがマニアックすぎ、
Doll (採点:4)
苺だけですべての話を持っていってしまうこのパワーは一体なんなのだろう。
naoki (採点:5)
こんなのあり？ おばか話、大好きです。
橘征五郎 (採点:1)
『諸君、わたしは苺が好きだ』名雪の演説にカリスマ性が足りない。文面を練ってセンスを磨くべし。構成が甘いしオチも弱い。ネタとしては悪くないと感じるだけに勿体ない。
グＥ (採点:2)
秋子さんの娘だけあって・・・、すごいですね。色々…。（唖然）
コーダイ (採点:3)
・・・名雪は・・・秋子さんの娘・・・なんですね
かずき (採点:4)
ううん、名雪は奥が深いなあ。
すなふ (採点:2)
ちょっと面白かったです。
TOM (採点:3)
どこにいても「部長」さんだったんですね、名雪さん・・・（汗）
DIN (採点:5)
笑わせてもらいました！ 自分もイチゴ大好きの会に入りたい・・・
Ｇａｒａ (採点:5)
最初は「どこから名雪が出て来るの？」と思わせて、実は講演してるのが名雪。しかも「様」付で呼ばれてすっかり訳判らなくなった所で、祐一の「なんなんだこれは」発言。祐一の混乱に同化して読めました。作者の狙った通りに「読まされた」感じですね。とんでもない状況を全く自覚しないでなんでもない事と思っている名雪が実に「らしい」です。状況が判ってから読み返すとまた笑えました。
おーふな (採点:5)
意外性の極地。予習も完璧ですし（笑）言うことありません。
Alice (採点:3)
壮大なギャグSSですねぇ〜。素直に感心しました。いちごの品種とかまではわからなかったけれど。まぁ、このSS、シリーズで読んでみたいかもしれない。他のキャラも特徴濃いしね。評価B−
poronium (採点:4)
シュプレヒコールに大爆笑。イチゴサンデーで世界征服も遠くないでしょう。
kuryu (採点:3)
よくわからない部分も多々ありますが、結構好きです。
TAZO (採点:5)
ギャグじゃ一番ウケました。
舞耶 (採点:3)
世界組織ー！？ｗアジア代表！？（爆）
コンタミン (採点:5)
とことんバカ。こういうノリ、大好きです。
十六夜 睦月 (採点:2)
親子ともとども謎だｗ
taka (採点:2)
・・・うぐぅ、本当にありそうで怖いよ（マテ
神代 悠 (採点:2)
な…謎だ。さすが秋子さんの娘…
ANJU (採点:4)
かなり読者の映像想像力に依存してますが、そこがまた良いかも知れません。ラストの作者視点が淡白に感じました。
全採点
5点 : 19
4点 : 39
3点 : 60
2点 : 45
1点 : 21
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