『愛のミラクル大脱出！』
「はぅ……憂鬱です」
朝日の射すベッドから、窓の外、空を見上げる少女。
短い髪の、ちょっと子供体型な彼女は、美坂栞。
不治の病の、長期入院患者だった。
「私の命は刻一刻と削られてるというのに、病院で寝てなきゃいけないなんて…」
手を頬にあて、ため息をついた。
その仕草が、ちょっと色っぽかったりする。
「…そうです」
ぽん、と手を叩く仕草をして、栞は窓から地上を見た。
「抜け出しちゃいましょう！」
この思いつきが、病院を未曾有の混乱に陥れる、その始まりだった。
「美坂さーん、点滴の時間ですよ」
明るい声とは裏腹に、この新米看護婦は、美坂という患者に会う時間が嫌だった。
生きる気力がとことん削ぎ落とされたような顔。
日の光を浴びていないせいだろうか、亡霊のような真っ白い肌。
会っていても憂鬱になるだけである。
しかし……それも無理はない。
（あと一月くらいしか生きられない、なんて言われちゃあね……）
本人にそのことは知らせなかったが、姉が教えてしまったそうだ。
「美坂さん、起きてくださーい」
点滴のためには一度起きてもらわないといけない。
毛布を深くかぶったままの彼女を、看護婦はゆさぶってみた。
「……」
しかし、いつまでも返事がない。
「まさか！」
目が覚めないくらい、ひどい状態……？
いや、ひょっとしたらもう、すでに……！
毛布をはぎとり、状況を確認しようとする。
ばっ！！
「………………………え？」
思わず固まる看護婦。
そこにいたのは、瀕死の患者などではなく……
「も、毛布を丸めて人の形にしてあるっ？！」
あの、今にも死にそうだった重病患者が、これをやったのだろうか？
……いくらなんでも、それはおちゃめすぎる。
だとすると、考えられるのは……誘拐？！
動きの鈍い病気の少女を狙った犯行……
「た、大変だわっ！」
看護婦は、おお慌てで担当の医師の所に向かった。
「ふふふんふ〜ん」
その頃当の本人はごきげんで鼻歌なんか歌っていた。
ついでにスキップも踏んでたり。
「まさか、あの人が出てきてくれるとは思いませんでした」
昨日会った、まるで漫才コンビのような、楽しげな二人。
そのうちの一人とはいえ、再会できるとは思ってもみなかった。
「思いきって病院抜け出して、よかったです〜」
腕をぶんぶん振りながら、彼女は病院へと帰ってきた。
「……わ」
病院の前に、何台かパトカーが止まっている。
事件かなにかあったのだろうか。
「……」
昨日までなら、何事もなかったかのように、通りすぎていたかもしれない。
しかし、今の彼女は妙にハイテンションなスーパーしおりんだ。
受付を通って行った警察官を見つけ、こそこそとついていく。
「（わくわく）」
警察官が辿り着いたのは、内科の診療室。
それを一人の医師が、椅子に座って待っていた。
黒く長い髪に、きりりとした瞳の女の先生。
栞を現在担当してる医師だった。
「はじめまして。吉井というものです」
「いえ、こちらこそはじめまして」
慣例の挨拶は素早く終わり、本題に移る。
「それで、ですね。誘拐事件かもしれないという報告を受けましたが」
「私の担当のやつなんだが……詳しくは現場を見てもらおうかと」
すっく、と椅子から立ちあがる医師。
「わかりました」
早足で歩き出す医師と、それについてくる警察官。
「（わ、わっ）」
いきなりこちらに向かってきた二人から、彼女は隠れることができなかった。
後ろ向きのポーズで、思いっきり見つかってしまう。
「……………あ」
固まる医師。
「あ、せ、先生。今日はいいお天気ですねっ！」
とりあえず、世間話でごまかしてみようとする。
「……」
怖い目つきで睨まれた。
作戦失敗。
「あ、そ、そう言えば、隠れながら聞いちゃったんですけど、
誘拐された人って誰なんですか？」
「……」
「すごいですねー、病院で誘拐事件なんて。ドラマみたいでカッコいいです」
「……」
「やっぱり、身代金とか要求されちゃったりしてるんでしょうか？」
「……」
「そ、そうですね。不謹慎でした。面白がったらいけませんよね」
「……この……」
「え？」
「……このドアホがああああああああああああああああ！！」
「わ。せ、先生！メス投げないでください！！
当たったら痛そう…っていうか死んじゃいますっ！！」
この後、栞は一時間の説教をくらうはめになった。
しかし、そんなことで栞は懲りなかった。
「先生！」
「どうした？」
「美坂さんが、また逃げました！」
ずる。
「あ、あいつめ！昨日の説教聞いてなかったのかっ？！」
「みたいですね」
「私は現場に急行する！他の者は持ち場に待機！」
「わかりました！」
三流映画の軍隊もののような指示を飛ばす医師。
休憩室から、栞の病室へと走る。
「まったく、手間かけさせる」
医師は病室の扉を開いた。
ひゅるるるるる……
病室の窓が開いていて、カーテンがはためいている。
「なるほど……窓から別の部屋に逃げたか。修学旅行生のようなマネをっ」
と、その時、ベッドの上に紙が置かれているのが見えた。
「ん？なんだこれは」
拾い上げると、それは広告の裏に文字を書いたものだった。
そこにはあまり綺麗ではない字で、こう書かれていた。
―――怪盗バニラ仮面参上！
ここの患者は確かに頂いていったぞ！ふははははは―――
ぴきっ
「あいつ…私を怒らせたようだな……」
怒りのあまり、その紙をくしゃっ、と握りつぶす医師。
「せ、先生！落ちついてください！」
「これは私に対する挑戦と見た！覚悟しておけ、美坂！」
こうして、医師と栞との、大脱走バトルは幕を開けたのだった。
「窓には鉄格子、ドアには見張りの看護婦さんが常に一人……」
栞は、指で指してひとつひとつ確認する。
「ううん…なんて厳重な警備を……まったくもって大人げないですね」
あんな書き置きして行ったら、誰でも怒ると思うが。
「祐一さんと会う約束しましたし、なんとしてでも抜け出さないと……」
「先生！美坂さんがいません！」
「なにいっ！ドアにも窓にも見張りを立ててただろうっ！」
「看護婦達にはえらい迷惑ですけどね」
「まあ、それは置いておいて」
「それがその…こんな手紙があるだけで……」
―――ふふふ、まだまだ甘いな探偵諸君。
さて、コンビニでアイスでも食べましょうかね―――
「ちいいっ！ひっつかまえに行くぞ！」
「は、はいっ！」
慌てて病院の外に出て行く、医師と看護婦。
と、その時、栞の病室では。
「ふー、行ってくれましたか」
ベッドの下から、埃まみれで彼女が出てきた。
ぱんぱん、とそれを払う。
「陽動作戦、成功です」
どうやら、置き手紙でひっかけたらしい。
「祐一さん、今、行きます〜」
そうしてまた出て行く彼女。
毎日のように脱走を繰り返す栞。
当然見張りは厳しくなり、それに合わせて手口もエスカレートしていった。
「先生！鉄格子が外されてます！」
「あの、美坂さんがブロック塀を乗り越えて行くの見ました」
「なに？！食料運搬用のエレベーターに乗ってたあ？！」
「あいつ、ほんとに病人かっ？！不治の病なのかっ？！」
「診たの先生じゃないですか」
「いや、確かにそうなんだがっ！」
「先生！金網の一部が破られてます！」
「なんとしてでも追えっ！今日こそどこに行ったかつきとめる！」
冷たい風の中を、白衣のままで歩いている医師。
ナースキャップをつけたままで、それについていく看護婦。
周りの注目度は満点だった。
「くそおおお、まったくどこに行ったのやら」
「先生〜っ、もう帰りましょうよぉ。この格好だとめちゃ寒いですよ」
「寒いなら、そこのたい焼きでもおごってやろう」
「あ、そこのたい焼きはおいしいですよね〜」
看護婦の方は、もはややる気ゼロな感じだった。
「おや？あれは…」
屋台に向かって看護婦が、たい焼き６つを注文（そんなに食うのか）した時。
「いた、美坂だ！」
ゲームセンターの前でなにやらやっている栞が目に入った。
「いましたね」
「ああ……」
どうやら、前髪の長い青年と一緒にもぐら叩きをやってるようだった。
「捕まえますか？」
「いや、待て」
しばらくじっと見ていると、羽の生えた鞄を背負った女の子がやってきた。
そしてそのまま話を始める。
『デート？』
『そう見えるか？』
『ううん、見えない』
『どういうふうに見えますか？』
『うーん…仲のいい兄妹、かな？』
『そうですか…』
ちょっと残念そうに呟いた、その顔は……
「は……ははははははははははははははははっ」
びくっ
隣で大声を上げられ、焦る看護婦。
「ど、どうしたんですか、先生？見つかっちゃいますよっ」
「まさか、そーゆーことだったとはな」
なんだかさっぱりわからない看護婦は、あっけに取られていた。
「帰るぞ」
医師はひとしきり笑った後、きびすを返すように病院へと歩き出した。
「え、いいんですか先生？って、先生ーっ」
できたてのたい焼きを持ちながら、慌てて後を追いかける。
今日の彼女は振りまわされっぱなしだった。
それからわずか数日……
ゆっくりと、窓の外を降る雪。
栞はただぼんやりと、その様子を眺めていた。
今日はもうお昼を過ぎているが、出かけることはない。
その頭の中には、ずっと昨日の光景が浮かんでは消えていた。
積もらない雪のように……
……もし、あの時、頷いていたら。
全ては変わっていたかもしれない。
わずかの間だけでも、幸せを手にしていたかもしれない。
「祐一さん……」
けれど。
ベッドの横の、昼間の光を浴びた椅子。
そこにいつも座っていた、姉。
自分以上に泣いていた、その姿を思い出す。
「……やっぱり、ダメ」
枕を強く抱きしめる。
これ以上を求めてはいけない。
今までだって、結局、祐一の迷惑になってしまったのだ。
耐えなくてはいけない。
……キィ
その静寂な空間に、ドアから何者かが入ってくる。
「なんだ、今日は出て行かないのか？」
「先生……」
捕獲用の投網を持ちながら、医師はそんなことを言う。
実は結構楽しんでるのかもしれない。
「……行かないです」
気力の抜けた栞は、ただぽつりと、そう呟いた。
「彼氏とデートはしたくないのか？」
「？！」
「『うーん…仲のいい兄妹、かな？』『そうですか…』」
振り付けをえらくオーバーにあの時の様子を再現する医師。
こう見えて、結構いい年のはずなのだが。
「あ、あわわわわわわ」
一瞬にして真っ赤になる栞。
「ど、どーしてそれをっ？！」
「初々しいねー、まったく。このこのぉっ」
「はぅぅっ……」
からかわれて手足をぱたぱたさせる栞。
しかし、それも数刻。
すぐに我に返った。
「…でも、行けないんです」
「ひょっとして、振られたか？」
栞はそれに対し、首を左右に振って答えた。
そして……一呼吸、間をおいてから、話を続ける。
「…告白されちゃいました」
「……ほんとか？」
「はい」
「よかったじゃないか。まあ、私は先越されてくやしいが。
もう、あんなことやこんなこともし放題だなー」
にこやかに笑いながら、近所のおばさんがやるように片方の手を上下させる。
「だから、行けないんです」
「なんでだ？」
栞は、ぱんっ、とベッドを叩いた。
「私、もう残りわずかの命じゃないですかっ……
そんな私が、祐一さんの彼女になったら、迷惑がかかります……」
また、静寂が流れる。
ぎゅっと握りしめられたシーツ。
震える手足。
今にも崩れ落ちてしまいそうな、空気。
「……」
医師はその表情を険しくする。
栞の、その泣きそうな顔を両手で挟んで、目の前に引き寄せた。
「……ひとつだけ言っておこう」
先ほどまでとは違い、重く、響くような声で語りかける。
「人生、悔いの残るような終わり方だけはするなよ」
「……」
「家族のためにも、彼のためにも、
今までお前のために、病気と戦ってきた医師たちのためにも」
それだけ言うと、医師は手を離し、部屋を出ていった。
「そしてなにより、自分のためにもな……」
明日は病院に戻る日。
これからは、ただあの中で死ぬのを待つだけ。
もう一月にも満たない時間が、耐えられなかった。
いっそのこと……と思った。
けど。
昼間に出会ったあの二人。
楽しそうに笑う二人。
ただただ、羨ましかった。
ほんの一瞬でいい、あの二人みたいになりたかった。
次の日、病院を抜け出した。
あの人達は、学校に行ってるのだろうか。
いや、誰でもいい。
誰かと、なんでもない、くだらない話をしたかった。
そして。
あの人と再会した。
お昼休みのひととき、くだらない話をした。
楽しくて。
嬉しくて。
毎日のように会いに行った。
そして…
いつの間にか、あの人を好きになっていた……
「祐一さん……祐一さん…………っ」
たまらなかった。
あのわずかなひとときを。
自分の手からこぼれ落ちてしまった時間を。
思うと。
「うわあああああああああああああああああああああああっ！」
止まらない。
寂しさが、涙を溢れさせる。
「えぐっ、ふああああああああああああああああん！」
誰もいない病室、一人、ひたすらに泣いた。
窓の外では、青い月に照らされた雪が、静かに降っていた。
深夜。
医師は徹夜で患者たちのカルテをチェックしていた。
今までの騒動で、まとめる暇がなかったのだ。
「先生！」
そこに飛びこんでくる看護婦。
「なんだ？」
「あの子がふらふらと、出歩こうとしてますけど」
ぱたん、と今まで読んでいたカルテを閉じ、医師はこう告げた。
「……放っておいてやれ」
「いいんですか？」
「今だけは、特別だ」
何かに祈るように、目を閉じる医師。
しばらくの間、仕事をする手は止まっていた。
そうして、何時間が経っただろうか。
「先生……」
粉雪にまみれた栞が、医師のもとにやってきた。
「どうした、不良病人」
医師は机に向かったままで、返事だけをする。
「お願いがあります」
カルテを見つつ、その声を聞く。
「私を……一週間だけでいいです。学校に行かせてください！」
栞は学校に行くことを、病院から止められている。
だから、今までは外から見ているしかなかった。
外から見ているだけで、我慢していた。
けれど。
「…お願いします…私を……」
この数時間に何があったのだろうか。
その瞳には今までにない、求めるものに懸命な、強い意思が宿っていた。
「……」
そこでようやく、椅子を回転させて振り向く。
「ただで行かせる訳にはいかんな」
ビシィッ！
人差し指を勢いよく、栞の真正面に突きつける。
「勝負してもらおう」
「勝負……？」
威圧を込めた瞳が、貫くように見据えていた。
「私の包囲網を潜り抜けて、学校まで行ってみせろ」
「……」
「これを持って学校まで行ければ、お前の勝ちだ」
投げて渡された茶色い封筒。
「中の紙に、医者の私から、復学を認める旨が書いてある」
「……わかりました。これが最後の勝負です」
受け取った封筒をポケットにしまって、栞は自分の病室へと戻って行った。
「……と、いうわけだ。これが最後の決戦となるだろう」
「先生、もう普通に行かせてあげればいいじゃないですか」
それには答えずに、医師は栞のカルテをじっと見ていた。
「最後ぐらい、あの子の望み通りに……」
「あいつが賭けるに値するか、どうかだ…」
「……？」
「ともかく、手を抜かずにやってくれ。あいつのためにも、だ」
午前６：００。
戦いの火蓋を切ったのは、流れる水の音だった。
シャアアアアアアア……
「何の音だ？」
医師は携帯電話で、現場近くと思われる場所と連絡を取る。
「三階のスプリンクラーが起動してます！」
「あいつめ！夜のうちに作動するように仕掛けたな！」
慌てる看護婦達を、医師は一喝して押さえる。
「持ち場に戻れ！奴はこのスキを狙ってくるぞ！」
「し、しかし、早く止めないと、水浸しになっちゃいますよ！」
「くそっ、戦力分断があいつの狙いか！」
一旦、そう判断をすると、医師の指示は早かった。
「仕方ない！Ｃ班は装置を止めにいけ！」
「わかりました！」
―――――とても、信じられなかった―――――
角から向こうの様子をうかがう栞。
医師と看護婦達はだんだんこちらに近づいてくる。
「１・２・３」
（まだです…もっと引きつけて……）
「４・５・６……ファイヤー！」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ！！！
勢いをつけた緊急用移動式ベッドが、病院の廊下を駆け抜ける！
「どいたどいたっ！轢いちゃいますよ！」
いきなり迫ってきた高速のベッドを、慌てて避ける彼女ら。
その一瞬のスキに、ベッドは廊下の遥か向こう側に移動していた。
「う、うおおっ！おのれ美坂っ！」
――――――こんなばかげた騒ぎをする元気が、残っていたなんて―――――
「非常階段に向かったぞ！追え！」
指示に従い、栞を追う看護婦達。
だが！
「はい…っ？！う、うわあっ！」
「何があった？！」
「階段の踊り場一面に、薬用クリームが塗られてます！」
「ええい！そんなトラップにひっかかるとはっ！」
医師は電話を切り替えて、外の人間に指示を飛ばす。
「注意をしろ！美坂が来るぞ！」
―――――いや、残っていたわけじゃない。これは……わいてきたんだ―――――
「正面、裏庭、全ての出口に見張りを配置…見つからずに抜け出す方法はない」
ポケットの中から、戦いの道具を取り出し、それを手に持つ。
「ならば！正面突破をするまでです！」
「行かせませんよ、美坂さん！」
玄関に待っていたのは、医師の一番信頼している看護婦だった。
「邪魔です！」
栞は手に持っていたものを看護婦の顔すぐ横に投げつける！
シュッ！
「なっ！これは注射器？！」
それで一瞬、反応が遅れた看護婦をパス。
そして、さらに先へ進む！
慌ててその行く道を塞ごうとする、周りの他の看護婦達。
だが、栞の方が素早かった。
「どいてください！」
その道に向かって、左手に持っていた瓶をぶつける！
ガシャン！！
ボォォォォォォ！！
「消毒用アルコールを使った、即席火炎瓶です！」
「あ、あなた絶対病人じゃないでしょう！」
火に躊躇する彼女ら。
そのチャンスに、栞はストールをかぶり、火の中を走りぬけた。
「私を止めたいのなら、死ぬ覚悟で来てください！」
その気迫に一部の看護婦達は押されてしまう。
けれど、それに負けない者もいた。
「ならば遠隔からいきますよ！投げ編み部隊用意！」
笛の音と共に、投げ網を持った看護婦が出現。
栞に狙いを定めようとする。
「おっと！これが目に入りませんか？！」
美坂栞は盾のように、自分の前面に白い機械を出した。
「そ、それは、最新ＣＴスキャンのコントローラ！」
「これだけでも一千万は下りませんよね！」
「くっ、人質とは卑怯なっ！」
そこでためらってしまった彼女らは、もうダメだった。
「美坂栞！門を抜けていきます！」
「正面突破されました！」
「なにをやってる、このアホ！」
そこにようやく辿り着いた医師が、凄い勢いで怒る。
「だってあの子、高い機材を人質に取ってるんです！」
「壊したら、弁償するのはあいつだろうが！」
「あ、そ、そうでした！」
そう、あれは瞬間の判断力をついた作戦だった。
「追うぞ！」
「はいっ！」
―――――あいつの、心の内側から―――――
あの角を曲がれば、校門が見える。
学校まで後少しの地点。
先回りをした医師が、栞の前に立ちはだかっていた。
「どうやら他の看護婦さんは、まだ追いつかないようですね」
「あいつら、普段は病院内を走りまわってるくせに！」
「ならば！追いつく前にここを通してもらいます！」
医師は、右手に四本、左手に四本のメスを持ち、構えた。
「行かせん！私のメスさばきをくらえっ！」
その両手から放たれる、八本のメス！
キシィン！
「！なにっ？！」
しかし、それらは全て、ひらめくストールによってはじかれる！
「終りです！」
がいんっ！
腹痛の薬の瓶が、医師の顔面にヒット！
「ぐあっ……」
「重さの軽いメスを使ったのが、あなたの敗因です」
どさっ
医師が朝の新雪の中に倒れる。
それに向かってぺこりと一礼すると、栞は学校へと消えて行った。
「……まさかあいつがここまでやるとはな」
額を押さえて起きあがる医師。
そのすぐ側には追いついた看護婦がいた。
「先生、なんか悪役くさいセリフですね、それ」
「やかましい」
医師は雪に座ったまま、学校を見やり……
そして、ふっ、と笑った。
「これなら、医者としての人生、賭けてやってもいいかもしれん」
「……え？」
「１週間後に、あいつの手術をする」
その言葉に、看護婦から笑みが消える。
「で、でも先生。手術をしたら、間違いなく耐えきれないって……」
「そう、間違いなく耐えられないだろう手術だ。病院から追放は間違いない」
「なんで……そんな……」
「信じてみたくなったんだよ」
寒風に髪をなびかせながら、看護婦に……いや、自分自信に語りかける。
「医者の常識を馬鹿にした、あいつの力を」
「重病人のあいつを、あそこまで動かす力を」
「今時、くさくて恥ずかしくて、誰も口にしない力……」
「愛の力を――――」
それから五年後……
「結婚式、呼ぶやつは決まったか？」
「はい、これですー」
「香里に名雪に秋子さんに……まあ、これは当然だよな」
「両親に……ん、これは誰だ？」
「昔、共に戦った戦友です」
「戦友？！」
「戦友で、そして、命の恩人です――――」
「どうですか、祐一さん？このお話は？」
「……」
原稿用紙いっぱいに書かれたこの話を見て、俺は閉口していた。
「というか、なんだこれは」
俺は検査入院している栞の所に見舞いに来たはずなんだが……
なんでこんな話を読まされてるんだ？
「私の自伝です」
「自伝っ？！」
「ちょっと意味ありげでかっこいい自伝ですよねー」
「どこがだ――――――っ！」
と、叫んだ時に、勢い余って手に持った原稿がくしゃっと丸まる。
「わ、祐一さん。もっと大事に扱ってください。苦労して書いたんですから」
「なんでこんな明らかにウソ満点な自伝を書くかなー」
「何を言う。ちゃんと事実に基づいて書かれた話だぞ」
なぜか、栞の担当の医師まで、グルになっている。
「そうですよ。事実に基づいてますよー」
「どこに事実があるんだ…？」
「そうですね、やっぱり……」
栞は嬉しそうに、がばっと俺に抱きついて、こう答えた。
「祐一さんが私を元気にしてくれた、ってところですねっ」
投票結果
二束三文 (採点:5)
栞が最高（笑）
ａｓｈ (採点:4)
あゆの奇跡の力じゃなくて、栞自身の思いと医師の壮絶なる決意が、栞の病気を克服したんだなぁと納得できるほど綺麗にまとまってると思ったんですけどねぇ。オチが今ひとつ、でした。
姫ちゃん (採点:5)
いや、本当に笑わせてもらいました☆
かれーまん (採点:5)
微妙な（？）無茶っぷりと、エンディングが大好きです
Rebyu (採点:5)
怪盗バニラ仮面に惚れました！
広木 (採点:5)
気に入った
あきらくん (採点:5)
この栞は本当に病人じゃない、と思っていたのですが、やられました。しかし、確かに事実に基づいていますね。
TOM (採点:3)
最後は蛇足だったような・・・。ちょっと読みにくいけど面白かったです。
空明美 (採点:5)
今まで出会わなかった衝撃です
烏賊悪魔 (採点:5)
『―――とても信じられなかった――』のテロップ（？）が本当に感動した。やっぱ、感動の基本は『ギャグ９ シリアス１』の黄金ブレンドですよね。ただ・・・終わり方はもう少〜し熟考してほしかった。あと医師の性別が説明されてない・・・女医だよね？たぶん。（ってかAIRの聖ねぇさん？）
ugen (採点:4)
文章に勢いがあって良かった最後の落ちがないほうが良かった
研究員Ｄ２ (採点:4)
最後までオチが読めませんでした。内容も面白く、いい感じです♪
荒野草途伸 (採点:5)
コメディってくらいだしネタはばかばかしいんだけど、でも栞の性格が全開という感じで、すごくいいです
ヘキサ (採点:4)
ギャグの、ノリとキレが良かったです。
阿倍碧郎 (採点:5)
こういうノリは大好きです。綺麗に纏っているし、何より読んでいて面白い。お見事！
暇人 (採点:5)
コメディが好きなので。
zero (採点:4)
女医が良い感じ
TempFighterZ (採点:5)
つぼにはまりました。隠された大脱走劇があるとは・・・。
グＥ (採点:4)
途中のバトル、好き嫌いが別れるところですが私は好きです。ちょっと強引かな、とも思いましたがそれが栞の作った話だということですべて納得させられ、非常にうまいと思いました。
naoki (採点:5)
うん、愛の力は偉大です。
コーダイ (採点:5)
・・・栞の自伝・・・
まちゃる (採点:4)
正にコメディ。笑わせていただきました。医師がイカス。
はまのじ (採点:4)
べたべただけど、良い感じ
ＪＩＭＭＹ (採点:5)
こんな「瀕死の重病人」居ません。でも、栞ならありそうです。元々どこが病人なのか判らない方ですし。テンポが良く、楽しく読めました。
Ｇａｒａ (採点:5)
楽しく読めました。主治医の先生がいいキャラです。
おーふな (採点:5)
文句無し。完璧。これ以上何を望みますか？
かずき (採点:5)
笑いもしたし、感動した。医者が最初男だと思った。
Alice (採点:3)
ちょっと笑った。確かにコメディだと納得。すげぇドタバタしててビックリしたけど。栞のSideStoryとしては、一級とまではいかずとも、そこそこ良い線いってると思いますよ。けど、お腹を抱えて笑えるほどでもないし、ちょっと元気良過ぎたかな？んな感じ…。評価：Ｂ−
舞耶 (採点:4)
裏ではこんなことが！ってことっすか？（笑）
橘征五郎 (採点:2)
アクションシーンはもっと密度を高めて書き込んだ方が迫力が出る。状況を台詞で説明させるのではなく地の文で描くように。文章力の一層の向上を。
tabibito (採点:5)
面白いので何度か読み返してしまいました。
トリプル (採点:5)
楽しかったです。ただのコメディではなく芯に何か通ったものを感じました。
浮動明王 (採点:5)
栞のキャラが存分に際立ってます できるものならこの話をマンガかアニメで見たいです
taka (採点:3)
・・・って自伝かよお〜ぃ！しかも嘘八百（笑）斬新なオチでした・・・。
Lv2 (採点:5)
文章構成がとても上手だと思います。うまく『読ませる』内容でした。
Ｖｉｓ (採点:5)
元気になれる、良いお話でした
はぐ (採点:4)
「良かったです」 なかなかはちゃめちゃなコメディで(笑)。楽しかったです。
神代 悠 (採点:4)
何処まで本当なのやらｗ でも、コミカルな文体の中に流れるシリアスな空気、かなり良かったです。
全採点
5点 : 66
4点 : 62
3点 : 34
2点 : 14
1点 : 5
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
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