『愛の犠牲』
……これは、ある雪の町に住んでいた、一人の若者の物語です……。
いつもよりも、１時間近く遅れていた。
雪の積もった町を早朝から走り回って、今日最後の配達は例の高校だ。
今日もいるかな？
俺は、通用口にトラックを回しながらそれを確認した。
……いた。
俺が配達に来る時間はいつも、この高校の裏庭に、一人の少女が立っているのだ。
小柄で華奢な、中学生くらいにも見える女の子。栗色の短い髪で、いつもチェックのショールを肩に掛けている。
あの娘は、何なんだろう？
他校の生徒ならこう毎日ここには来ないだろうし、この学校の生徒にしては、制服も着ていなければ授業にも出ていない。いつも俺が目撃するときには、裏庭に立ってどこかの教室を見つめているだけだった。
かわいいんだけど、何だか妙にはかなげな感じなんだよな……。
俺はそんなことを考えながら、通用口の前にトラックを止めた。
「遅かったじゃない！ もう昼休みになっちまうよ！」
学食のおばさんがそう言いながらやってくる。俺はトラックから降りながら頭を下げた。
「すんません。事故の通行止めで、道が混んでて」
「言い訳はいいから、早く運んで！」
俺は荷台のドアを開き、パンやサンドイッチの入った箱を足早に運び始める。半分も運ばないうちにチャイムが鳴り、学食に生徒たちが現れ始めた。
「じゃあすいません、また明日よろしくお願いします」
俺は荷下ろしを終えてトラックに戻る前に、学食のおばさんにそう挨拶したが、おばさんは学生たちへの応対が忙しくて、返事はなかった。
まあ、別に返事を期待したわけじゃない。
俺はトラックを出した。裏庭に、あのショールの女の子が見えた。ここの生徒らしい男の子と二人並んで、何か食べている。
「そんなこと言う人、嫌いです」
そう言いながらも、ショールの少女は、楽しそうに笑っていた。こんなに楽しそうな顔を見るのは、初めてだ。
ちぇっ、彼氏持ちか。
俺は、なんとなく不機嫌になった。
別に惚れてたわけではなかったのだが、どうも面白くない。
……きっとあの彼氏の方の面構えが気に食わねーんだな。
俺は面白くない気分のまま、会社に戻った。
配達後の伝票処理をして、夕方になって会社を出る。
買い物をしに商店街に来たときにも、まだ面白くない気分はそのままだった。
今晩は、なに食うかな。
そんなことを考えながら通りをぶらぶらしていると、いきなり後ろからものすごい勢いで何かがぶつかってきた。
「おわっ！」
雪道に倒れ込んでしまった俺の上を、そのまま人が駆け抜けていく。
「あ、あゆっ！ 今だれか踏んだぞ！」
「うぐぅ、これがコラテラルダメージって奴なんだよっ！」
「本当に『やむを得ない犠牲』か？」
「だって、たい焼き屋さんに追いつかれちゃうよっ！」
……なんてひどい連中だ。
俺がようやく起き上がった時には、俺を踏んだ二人連れは、もう遠くなっていた。羽付きリュックを背負った小柄な女の子と、制服姿の男子学生の後ろ姿が、人混みの中に消えていく。
あれ？
さっきの男子学生、どっかで見たような気がするな……。
その疑問が解けたのは、翌朝のことだった。
俺は早朝からいつものように、コンビニを回ってパンを配達していた。ある店で荷下ろしを終えて、店の前で大きく伸びをすると……。
どんっ！
「おわっ！」
昨日と同じように雪道に倒れ込んでしまった俺の上を、またもや人が走り抜けていく。
「な、名雪っ！ 今だれか踏んだぞ！」
「うー、でも、１００メートルを６秒５０で走らないと間に合わないよ」
「じゃあ絶対遅刻じゃないかっ！」
「ふぁいとっ、だよ、祐一」
そうだ！
俺はガバッと起き上がった。
制服姿の長い髪の女の子と、見覚えのある男の後ろ姿が、見る見る遠くなっていく。
今の男は、昨日俺を踏んでいった奴で、しかも、あのショールの娘と一緒にいた奴じゃないか！
なんてこった、あいつ、三股かけてるのか！
「許せん！」
俺の心に、怒りが燃え上がった。
なんとしても、あの祐一という男に天誅を下してやらねばならん。
俺はその日の午後を、そのコンビニの周辺の調査に費やした。そして、暗くなったころ、偶然ヤツの姿を発見したのだ。
「ちょっと出かけてきます」
そう言って、奴は一軒の家から出てくるところだった。
ちょうどいい。このまま尾行して、人気のない場所に出たら闇討ちしてやることにしよう。
と思っていたのだが、しかし……。
何する気なんだ、あいつ？
祐一という男は、コンビニで牛丼弁当を二つ買うと、例の高校に忍び込んでいったのだ。全く訳のわからん行動である。
……しかしまあ、追いかけないわけにもいくまい。
俺は、奴と同じように、学校に忍び込んだ。そうして、暗い廊下を、足音を忍ばせながら奴の姿を探していると……。
ヒュッ！
「ひっ！」
角を曲がった途端、いきなり目の前に、剣が振り下ろされた。もうあと一歩踏み出していたら、斬られているところだ。
「…違った」
「へ？」
俺は思わず、気の抜けた声を出してしまった。よく見ると、剣を持っているのは、制服姿の、神秘的な感じのする少女だった。
「…泥棒さん？」
「ち、違います」
「…なら、ここには居ない方がいい」
神秘的な少女はくるっと振り向いて、すたすた向こうに行ってしまった。
……確かに、そうかも知れない……。
俺は何となく、毒気を抜かれてしまった気分で、学校を出た。
……とはいえ、学校を出てみると、やはりあの祐一という男に対する怒りが沸々と湧いてくる。
俺は、奴の家に先回りして、玄関脇で待ち伏せすることにした。奴が帰ってきたら、一発殴って、すぐに逃げようという作戦である。
奴の家に来てみると、玄関前には、うまく隠れられる場所がない。
しかたないな。奴の家の、庭に隠れることにしよう。
そう考えて、こっそり門を入ったとき……。
「あはは…」
頭上で声がした。
思わず降り仰ぐ。二階の窓が開いていて、そこに明るい色の髪を頭の両側で結んだ女の子が笑っている。そうして、その女の子は、
「祐一、覚悟しなさい！」
そう言って、上から俺に何かを投げつけてきた。
パンパンパンパンパーーーーーーーーーンッ！！
「どわあっ！」
俺は、それがねずみ花火だと察知する間もなく、気を失った……。
「う……」
「あら」
意識を取り戻してみるとそこは、応接間らしき部屋の中だった。
「気がつきましたか？」
そして、目の前でそう言っているこの人は……。
「幸い、お怪我は無かったようですね」
ああっ、なんて美しい人なんだ……。
長く美しい髪を一本のお下げにして、ピンク色のカーディガンを着ている。清らかな微笑みは、俺の怒りを急速に癒していった。
祐一とかいう男……いや、祐一君……俺は、君のお姉さんに一目惚れしてしまったよ……今夜から、俺を兄さんと呼んでくれたまえ……。
「大丈夫ですか？」
俺がぼーっとしているので、彼女は心配そうな顔になった。
いかんいかん、こんな顔をさせてはいかんっ！
「はっ、大丈夫です。ご心配おかけして、申し訳ありません」
俺はすぐさま起き上がってそう言った。
「いえいえ、うちの真琴がいけないんですから」
にっこり笑顔を見せてくれたとき、ドアが開いて、今朝俺を踏んでいった女の子が顔を出した。
「お母さん、真琴捕まえてきたよ」
「あぅーっ、ごめんなさい…」
「あら、悪いわね、名雪」
……おかあさん？
って、お母さんのこと？
お母さん！
この人が、お母さん！
高校生の娘がいる、お母さん！！
「ええええええええーーーっ！！」
……そうして若者は、人知れずあの雪の町を去りました。
昔から、恋に破れた男は、北に向かうものと相場は決まっています。
若者もやはり、あの雪の町から、さらにさらに北に向かったのです。
そして……。
次に若者が目撃されたのは、国後島のムネオハウスの前だったと言われています……。
投票結果
烏賊悪魔 (採点:4)
いいなぁ、ムネオハウス（笑）もう少し話が続きそうだなぁ、続編があれば楽しみ
はまのじ (採点:3)
ム○オハウスかよ！
KOU (採点:2)
いや、最後にムネオハウスってのが・・・・・・私、”あれ”嫌いだし。
ugen (採点:1)
いきおいだけ
殺陣倉Xp (採点:3)
もともと北国なのに、更に来たにいこうとしたらおのずとそこになるかもしれませんが……タイムリーな時事ネタを！！
Kanade (採点:1)
オチにムネオハウスは蛇足かな、と。
荒野草途伸 (採点:1)
ちょっと厳しいけど、特におもしろいとこもなかったし
アーリマン (採点:1)
どっかで読んだことがあるようなありきたりな内容です
竹仙人 (採点:4)
若者はムネオハウスの前で何をしていたんだぁ！(知りたい
通行人Ｂ (採点:4)
いくらこんぺ用でも賞味期限が短くなる時事ネタは止めたほうがいいと思う。
フール (採点:1)
最後の２行は蛇足だと思います
kuryu (採点:1)
いまいちって感じです。すいません。辛口で・・
グＥ (採点:2)
かわいそうな男もいたもんですね・・・。あの、オチが危険なんですけど・・・（＜そうでもないか？）
naoki (採点:3)
最後が、ね……。
かずき (採点:3)
この若者は根性が足りない。秋子さんにアタックしなくてどーする？（爆）
Alice (採点:2)
オチに無理がありすぎる。時事ネタの旬はとっくに過ぎてるので寒いことこの上なし。まぁ、主観を関係ないキャラクターに置いて二次創作を展開する発想は面白いけれど、内容が…ちょっと…。チャレンジ精神に期待を込めて！！評価：Ｃ＋
舞耶 (採点:3)
なんでぇムネオハウス（爆）
十六夜 睦月 (採点:3)
それとなく時事ねたがｗ
musu (採点:2)
はは、おちがつまらん。しかしなんだな、いるなあ、こんな最低な男（若者ね）。早とちりした上に逆恨みし、調子のいい。
浮動明王 (採点:2)
いまいちボケとつっこみが足りない
橘征五郎 (採点:1)
何故主人公が配達業者？ これでは主人公は他の誰でも構わず、設定が活かせていない。あゆが「コラテラルダメージ」などという言葉を知っているとは思えない。あゆと名雪のシーンがまったく同じなのは手抜き。オチもつまらなく、タイトルも意味不明。
望月 コウ (採点:5)
落ちが最高！
taka (採点:3)
・・・いや、ムネオハウスはやばいでしょう（謎）いろいろと・・・。
はぐ (採点:1)
採点不能「最悪です」 感じた事：オチ見た瞬間、考えてたことが真っ白になりました。嫌な意味で。
神代 悠 (採点:1)
哀れな…オチがちょっと違和感あるけど。
全採点
5点 : 4
4点 : 12
3点 : 59
2点 : 73
1点 : 43
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