ハンプティダンプティ
ハンプティダンプティ、塀の上。
ハンプティダンプティ、ずってんどう。
王様の家来みんな集めても、
王様の兵士みんな集めても、
ハンプティダンプティ、元の場所に帰るわけには参らない。
ハンプティダンプティは、何でしょう？
答え：卵、それと…………
休日だと言うのに、外は雪だった。しかも積もっていた。
特にやることもない俺は、せっかくのその休日をソファの上でうつらうつらと過ごしていた。
我ながら勿体ない気もしないでもないが、十二時間以上も惰眠をむさぼっている名雪よりはマシだろう。
その名雪はと言うと、すでに起きていて何やら上でごそごそしているようだった。
「……確か、部屋の片づけやるとか張り切ってたな」
あいつは時々、脈絡もなく色々なことを張り切るフシがある。
俺が呟いていると、やがて上からパタパタと足音が響いてきて名雪が降りてきた。
ソファの上に俺を認めると、にっこり笑って近づく。
「ねぇ、祐一」
「なんだ？ 片づけは終わったのか？」
「ううん、まだだよ……ちょっと懐かしいもの見付けて」
「懐かしいもの？」
「うん。祐一、このなぞなぞ知ってる？」
「なぞなぞだと？」
そう言って名雪が俺に見せてきたのは、一冊の英語の教科書だった。どうも中学生用のテキストらしい。
『Ｈａｍｐｔｙ＝Ｄａｍｐｔｙ』
名雪が開いた教科書のページには、そうタイトルが書いてある。
「ハンプティダンプティ？」
「うん、そうだよ」
「これって英文だろ？ 訳せって言う意味のなぞなぞなのか？」
「違うよ〜、この物語自体が一種のなぞなぞなんだよ」
名雪はそう言うと、教科書を俺に手渡した。
俺はとりあえず英文を訳そうと試みる。名雪は教科書に書き込みしたりしないタイプなので、自力で解く必要があった。
そういうわけで、教科書とにらめっこすること数分間。
「……あ、これは涎の跡だな」
「わ、わ、何見付けてるんだよ〜」
名雪は慌てて教科書をひったくり取り戻すと、仕方ないと言う表情で英訳をしてみせた。
「ヒント１だからね」
「へいへい」
「ハンプティダンプティって言うのは『ずんぐりむっくり』って意味なの。それで……」
ずんぐりむっくりさんが塀の上にいました。
ずんぐりむっくりさんは、ずってんどうと落ちました。
王様の兵隊全員集めても、王様の家来を全員集めても、ずんぐりむっくりさんは元に戻すことができません。
ずんぐりむっくりさんは何でしょう？
「……て言うなぞなぞなんだよ」
……分かったような分からんような。
「それで、お前は答を知ってるのか？」
「知ってなきゃなぞなぞで出さないよ」
「それもそうだよな……」
つまりこのまま答えられない場合、俺は名雪にクイズで敗北すると言うわけだ。
名雪にクイズで負けると言うのは、霊長類ヒト科ヒト目として屈辱的なものがある。何としても答えなければ。
「……今、ものすごく失礼なこと考えなかった？」
「そんなことないぞ」
俺はさらりと答えると、教科書を睨んで考え始めた。
教科書には挿し絵があって、女の子が塀の上のハンプティダンプティと対峙している。
ハンプティダンプティは蝶ネクタイを締めた卵のような奴で…………
……卵？
「…………おい」
「うん？」
「……この挿し絵は何だ？」
「ハンプティダンプティだよ」
「いや、そうじゃなくて」
俺は嘆息すると、挿し絵を指で弾きながら答えた。
「答は『卵』だろ」
「え？」
「ずんぐりむっくりした卵は、塀から落ちりゃ割れるからな。兵士だろうが家来だろうが元に戻せないわけだ」
「……わ、びっくり。半分正解だよ〜」
名雪は本当に驚いたらしかった。少し間を空けてから、ぺちぺちと拍手を送ってくる。
しかし俺は内心複雑だった。
「この絵見れば一発で分かるわい！」
……そして、そこで名雪の言い回しに引っかかるものを感じ、首を捻った。
「『半分』正解？」
「うん、答はもう一個あったんだよ」
そう答えた時の名雪の顔は、なぜか寂しそうで……でもすぐに笑顔に戻る。
「もう一個の答も答えてね。できなかったらイチゴサンデー二つだよ」
「答えられたら？」
「イチゴサンデー一つにまけてあげるよ」
「……えらくそっちに都合のいい交換条件だな」
「祐一。ふぁいとっ、だよ」
名雪は笑うと、教科書を持ってぱたぱたとまた二階へ上がっていってしまった。
俺は嘆息すると、ソファにごろんと寝そべった。
「……名雪の奴、イチゴサンデー奢って欲しいからって無茶言ってるな」
そう結論づけることにして、俺はそのまま目を閉じた。
しばらくもすれば、そう深くない眠りにつくのは容易かった。
「お母さん、手袋どこ？」
「あら。手袋なんかどうするの？」
「うん、きっと祐一が必要だと思うんだよ」
「祐一さんが？」
「祐一なら気づいてくれるって……わたし信じてるから」
「……………………」
目が覚めると夕方近かった。
その間に俺は、小さい時の夢を見たような気がした。
それとも、単純に昔のことを思い出していたのかも知れない。
どっちでもいい。
俺には答が分かったのだから。
「……ハンプティダンプティ、元の場所に帰るわけには参らない、か」
名雪があの教科書を見たのが中学生の時なら、それはどんな感傷となってあいつを襲ったんだろう。
そして再びこれを見付けた時、どういう気持ちで俺に話してくれたんだろう。
何にしろ、俺はやるしかなかった。
パタパタと階段を上っていくと、俺の部屋の隣に名雪の部屋がある。
コンコン、とノックすると「うにゅ」と言う声が返ってきた……寝てたな。
「祐一？」
「表出るぞ。答を見せてやるからな」
名雪は一瞬首を傾げたが、ぱっと顔を明るくするとにっこり微笑んだ。
「うん……あ、これ手袋だよ」
「用意周到だな」
俺は苦笑すると、名雪を伴って水瀬家の庭先に出た。
庭には、白い雪が待ちわびるように積もっていた。
「二人とも、もうすぐ晩ご飯よ」
秋子さんが呼んでくれるまで、俺達は夢中でそれを作っていた。
最初はなぞなぞに対する返答のつもりで作ってたのが、いつの間にか病みつきになってしまい、黙々と作業を続けていたのだ。
人間、疲れたときにふと童心に帰りたくなるものらしいけどな……疲れてるのか、俺？
「……名雪、これでどれくらい作った？」
「うん、この子で三十三匹目だよ」
名雪は満足そうに頷くと、できたばかりのハンプティダンプティを塀の上に乗せた。
ハンプティダンプティ……ずんぐりむっくりしている、可愛らしい雪ウサギを。
「みんな、本当に可愛くできたね〜」
「ああ、そうだな……」
名雪の言葉に、俺は庭中に作られた雪ウサギのオブジェを眺めた。
夕闇に勢揃いして居並ぶ雪ウサギの群は、どこか荘厳で……そして……
「……何か、ちょっとだけ不気味だな」
「そんなことないよ〜、可愛いよ〜」
俺の言葉に名雪が頬を膨らませて反論する。
俺は少しだけ意地悪をしてやろうと、笑いながら付け加えた。
「まぁ、ハンプティダンプティだからな。妖怪みたいなもんだろ」
「そんなことないもん」
「だってお前、あのイラスト。卵に手足が生えてて顔とネクタイと背広がついてるなんて……妖怪じゃないか」
「う〜、でもっ、でもっ」
名雪はじれったそうに立ち上がる。俺もつられて立ち上がると、名雪の膝と頭の雪を払った。
「あ、祐一……ありがとう」
「別にこんなもん、礼を言われるほどのことでもないだろ。雪そのままにして家に入るわけにもいかないしな」
俺の言葉に名雪はきょとんとしていたが、やがてぶるぶると頭を振った。
「違うよ。雪ウサギ作ってくれて、とっても嬉しかったんだよ……祐一が、答を分かってくれて……」
そう呟いて微笑む名雪の横顔は、とても綺麗だった。雪明かりを受け、息を飲むほど白く、そして淡かった。
「…………ハンプティダンプティか」
ずんぐりむっくりした雪ウサギ。
それを作ったのは七年前の名雪。
それを壊したのは七年前の俺。
雪ウサギは元には戻らない。そして、名雪の想いもずっと……
…………いや。
「名雪……」
「うん？」
「ハンプティダンプティは元には戻らないけど……」
壊れた雪ウサギも元には戻らないけど……
「……想いは元に戻る……って信じていいよな？」
名雪は少しの間俺を見つめていたが、やがて本当に嬉しそうに目を細めて頷いた。
「うん……きっと、戻った想いは、もっともっと強い想いになるんだと思うよ」
「……うわ、恥ずかしいこと言う奴だな」
「う〜、祐一が先に言いだしたんだよ〜」
「冗談だ、冗談」
俺は笑うと、名雪の体をそっと抱き寄せた。先ほどまで冷えていたはずの体が、もう暖かい。
その耳元に、そっと囁く。
「ごめんな……もう壊したりしないからな」
俺の言葉に名雪は、ぎゅっと腕に力を入れた。
「ううん、良いんだよ……わたしはただ、雪ウサギを祐一と作りたかっただけだから」
ハンプティダンプティの雪ウサギ。哀しい記憶ではなく、新しい想い出を作るために。
壊れても……また作り直せばいい。
「これからも、ずっとこうしていけたらいいのにな……」
「きっと大丈夫だよ、祐一なら」
しかし俺は首を横に振った。
「『俺と名雪なら』、だろ？」
「……うんっ」
そして俺達は、二度目に秋子さんに呼ばれるまで、ずっとそうやって庭に佇んでいた。
庭には雪。そして大勢のハンプティダンプティ。
雲の切れ間から覗いた月が、青くその光景を照らし出していた。
ハンプティダンプティ、塀の上。
ハンプティダンプティ、ずってんどう。
王様の家来みんな集めても、
王様の兵士みんな集めても、
ハンプティダンプティ、元の場所に帰るわけには参らない。
ハンプティダンプティは、何でしょう？
答え：卵、それと雪ウサギ
ただし、祐一がいる場合は雪ウサギは正解じゃないよ。
ずっと、これからもね……
＜完＞
投票結果
久慈光樹 (採点:2)
アイデア自体がちょっぴりこじつけっぽかったかも……
名夜 (採点:5)
アリスかぁ………いいなぁ、楽しいです。
風見鳥 (採点:4)
ハンプティダンプティのお話とうまく絡ませているのに感心しました。
橘征五郎 (採点:3)
可もなく不可もなく。ストーリーの面白みは皆無に近いが、ハンプティダンプティと雪うさぎを結びつけた着眼点は評価したい。ここを直せば良くなるという点はないので、読書量を増やして文章力やストーリーの想像力などの全体的なレベルアップを。
Doll (採点:4)
全体に漂う不思議な雰囲気の中に名雪と祐一君の現在の信頼関係が映し出されているようで、なんとも充実した読後感を覚えます。
荒野草途伸 (採点:5)
細かいことは気にせず５点！
ugen (採点:5)
マザーグースが猟奇殺人に使われていないのを見るのはひさしぶり。うまくお話ができている
殺陣倉Xp (採点:5)
うわぁ、なんて凝っているんだろう。迂闊にもわかりませんでしたよ。＞雪ウサギ。
グＥ (採点:4)
ハンプティダンプティを非常にうまく使っているなぁと感心しました。ほのぼのした雰囲気も非常によかったです。
naoki (採点:4)
もっと童話っぽさがあったほうがより面白かったかな〜。
り〜だ〜 (採点:3)
感無量・・・
Ｇａｒａ (採点:3)
回りくどいですね…普通は気がつきません。
白 (採点:3)
ハンプティダンプティってなんだろう？
かずき (採点:3)
ハンプティダンプティが分からないけど、良かったです。
おーふな (採点:4)
うまい！ アイデア賞モノですね。うーん、その手があったか。
浮動明王 (採点:4)
ハンプティダンプティと雪ウサギを関連つける発想は良いですね もしかして教科書の涎(よだれ)の跡とは実は涙の跡ですか?
taka (採点:3)
雪ウサギですか・・・。名雪専用ですね、それは。通常の３・・・げふんげふん（謎
神代 悠 (採点:4)
はうーっ。お幸せに。
全採点
5点 : 18
4点 : 40
3点 : 77
2点 : 27
1点 : 6
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