夢への螺旋
長い夢を見ていた。
それはとても幸せで…それでいて、脆くて、いつ終わってもおかしくない程の幸せな夢。
幸せ過ぎて怖い夢。現実になって欲しいと思う夢。しかし、それは……自分が望む夢。所詮、夢でしかない。どうしようもなくて、涙が出てきそうになる。
これが、現実になれば…どれだけ幸せか。何度もボクはそう考えてきた。
怖いけど……幸せを求める。そうしながらも、夢の狭間を漂い続ける。もっともっと、幸せを感じていたいから。大好きな人と幸せな日々を過ごしたいから。
そして、夢が終わる事を恐れる。
全てが終わって、闇の中に消えていく事を―――――
「…また雪かぁ」
空を仰げば灰色の雲が空を隠し覆い、ちらほらと小さな雪の結晶を宙へと舞わせていた。明日には街中が真っ白になっているだろうか。
腕に抱えていた紙袋から、一つだけたい焼きを取り出して……
「よぅ、あゆ。また食い逃げか？」
良く聴く声。後ろを振り向けば、いつもの人がいる。
「食い逃げじゃないよ……それにいつも食い逃げしてる訳じゃないよぅ…」
それを意地悪そうに聞きながら、ウンウンと頷く。
でも、いつも祐一君はそうだ。ボクをからかっては、楽しんでいる。
「うぐぅ…なんだか、イジワル……」
「気のせいだ」
きっぱりと言われて、黙り込むボク。まぁ…いつものパターンだけど……。ここで、適当にたい焼きを食べ歩きながら雑談をして、バイバイ。という順なのだが、今日はちょっと違った。
祐一君は、何やらごそごそと自分のポケットの中をまさぐると、二枚の紙切れを出した。
「あゆ、映画観ないか？ チケットが一枚余ってるんだけどなぁ。秋子さんに貰ったんだけど…一緒に観るワケにはいかないし、名雪は部活で忙しいし。とゆーワケで……」
ちらとボクを見る。
…と、いうことは。ボ…ボクと祐一君はデートォ！？ あ……でも、一緒に映画を観に行くというワケで決してデートってわけじゃないよね…。
そもそも、デートっていうのは一緒に遊園地行ったり、映画を―――って、当てはまってる！？
「…？ まさか、あゆも忙しいのか？」
「そそそそそそんなことないよ！」
目の前にいる祐一君は不思議そうに首を傾げる。まるで、ボクが慌てている理由でも考えているようにも見える。わわ…バレちゃったらマズいよぅ……。
でも、気付いた素振りもなく祐一君は、
「それじゃあ、行くか。だらだらしてると、いつものように夕焼けになっちまうからな」
と言って笑うと、先に歩き始めてしまう。
それを追いかけるようにしてボクも後を続いた。なるべく、祐一君と歩く速度を合わすようにしながら。一緒に歩みたいから。
駅前に来ると、人がたくさんいた。今日は休日なだけに、いつもより人が多い。その中には親子連れもいれば、ボクたちのようにカップル…もいる。
そもそも、カップルに見えるのかな。ボクたち。でも、ボクは祐一君とは同い年だし、恋人同士にも見えるはず…だと思う。でも、祐一君は意識してないだろうなぁ……きっと。
「お、丁度いい時間に到着したみたいだぞ。ラッキーだな、あゆ」
祐一君が指差した方向を見ると、チケットを買う窓口がある。さらにその上を見ると、今日放映している映画のタイトルが並んでいる。ここの映画館はホールが二つ合って、別々で違う映画を公開しているというシステムらしい。
片方は、どうやら純愛系でデートには持って来いの映画のようだった。もう片方は……
その純愛系映画じゃない方の、ボクが見ていた映画のタイトルを指差して祐一君は言った。
「…このチケット。あっちの映画にしか対応してないぞ……。なんでわざわざ如何にも！ なタイトルの映画を観なくちゃいけないんだ…」
その祐一君の言う「如何にも」なタイトルは、まさにホラー系っぽいタイトルだった。ボクの嫌いなもののベスト３に入ってるし……。
「ねぇ…祐一君？ これからたい焼き食べに行かない？」
恐る恐る訊いてみたけど、祐一君は見る気マンマンだった。
「何を言うか。せっかく秋子さんに貰ったんだから是非観ないとな。あゆだって、秋子さんの好意を踏み躙る気はないだろう？」
「う………」
否定は出来ない。
そんなこんなで逃げようとするボクを半ば強制的に引きずりながら館内へと入っていく。そんな姿を珍しそうに、受付のお姉さんが見ていた。
中には大分人がいて、人気があることを主張していた。でも、そんなことボクには関係無い。席に座らせられたボクは、わざとダッフルコートを頭から覆うように被った。
「おい、まだ始まってないぞぉ〜」
無理矢理コートを剥ごうとしてくるので、それに抵抗しているとビーッという上映時刻を教えるサイレンがなる。流石に始まってもうるさくしていると、周りの人に注意されるので大人しくする。…うぅ地獄だよぉ……。
そして、いよいよその怖いと思われる映画が始まった―――だが、何か雰囲気が違った。普通だったら始まり数十分後には、でろでろとした化け物が出て来たりするのに、その傾向が全く無い。隣の祐一君を突付いてから、小声で話し掛ける。
「祐一君？ これ、怖いヤツだよねぇ？」
「ん…そうだと思ったんだが……。なんか、勘違いしてたみたいだな」
ボクはコートの合間からそっと……その映画を観る事にした。
………………
ボクの膝の上に、何か、暖かいものがこぼれる。
あ…れ……？
「……え」
ボクは不思議に思って、声を上げた。その声が祐一君に聞こえてしまったのか。
「どうした？ あ……ゆ？」
「え？ 何、祐一君？ 何かボク、変な顔してる？」
確かに感動できる映画だけど…なんで、ボク泣いてるのかな？ あれ…？
ごしごしと目を擦ると、手の甲に暖かいものを感じられる。これは涙なのかな…。自分はいつ泣いたんだろうか…考えたところで分からなかった………
そして、夢が終わる事を恐れる――――――
映画が終わって、いつものベンチへと移動する。雪は積もっておらず、まだ少しずつ降っている。
「あゆ、いきなり泣き出してどうしたんだよ。そんなに怖かったか？」
心配そうに祐一君が顔を覗き込んで来る。…でも、そんなのじゃない。
「ううん…」
首を横に振った。
本当はあまりにも、映画に出てくるヒロインの人がボクと同じ運命を辿ったので、感情移入してしまい思わず泣いてしまった。
……運命？ 何、ボクの運命って。ボクは…誰なんだろう。
「おい、あゆ………」
「―――え！？ う、うん！ ボク大丈夫だよ！」
多分。
「本当か？ …とりあえず、何か食ってから解散するか」
ボクは頷いた。そうしてから、また祐一君と歩く速度を合わせながら。
商店街にある適当なファーストフード店へ入ると、窓際の席へと座った。祐一君が隣り合わせに座ると、ボクは立ちあがった。
「じゃ、ボクがメニュー取ってくるよ。今日のお礼ってわけで！」
「おう。ごめんな、あゆ」
笑顔で祐一君は頷いた。
…出来事は断片だった。そこで、夢は終わる。
（夢が終わった……あとは…もう、消えるしかないのかな）
ボクは、瞼を閉じて白い空間の中をただ浮き続けていた。ここが何処なのかは分からない。考えられるとしたら……目を開けても白い空間だと思う。でも、瞼を上げようとする気はない。どうせ、開けても閉じても、寝ても覚めても…「無」しか見えないから。
何度も何度も。記憶の断片を思い出しては、白―――「無」へと帰ってくる。しかし…闇はいつまで経ってもこの空間に現れない。
ボクは存在してはダメな存在なんだと思う。ボクは「ボク」ではない。この空間だと、ここにいるボクは「記憶」としてここにいるだけなのかもしれない。だから、「ボク」の「記憶」を延々と再生しているのかもしれない。ただの「記憶」だから。
ならば、この空間は何だろうか……それが解けない。
そろそろ闇が近寄ってきて、ボクを飲み込んでしまうだろう。あっさりと。
さぁ…覚悟は出来ているよ。飲み込んで。早く飲み込んでボクをなかったモノとしてほしい。優しかった秋子さんや名雪ちゃんの記憶から消えて…大好きだった祐一君の記憶からも消えて……なかったモノにしてほしい。
祐一君がボクを思い出したら、かえって辛くなるから。逢いたくても逢えない相手…。想いだけが積もって、ただ、ただ、辛くなる。だから、あの時。ボクはその台詞を言った。
（ボクを忘れてください…）
悲しかったけど…祐一君が一番楽になれる方法だったから。
ボクはどうだろう……ボクはいずれ消えてしまうから…関係ないと思った。けれど。
「祐一君に逢いたい。一目でもいいから…」
そう。
今まで、祐一君に会っていた事自体がまるで奇跡のようだった。それは自分の意思で会えたのだろうか。しかし、ボクはあの時に死んでいた。でも、祐一君と商店街でばったりと会って会話していた。
ん…そうだ。これは夢だったんだっけ。長い夢だったんだ。自分の都合の良い様に作られた夢物語だったんだ……。
あの夕焼けの日からずっと眠っている。いつになったら、ボクは夢から覚めて現実へ戻れるのだろうか。現実はどうなってるのか。夢が正夢だったらいいなぁ……。目から覚めたら、病室で…祐一君がボクを心配そうに見てたりして……。
…楽しみだな。早く、この夢が終わらないかな。ぐるぐると回りながら延々と繰り返している、この幸せな記憶の断片の夢。いつ見ても飽きない。
このまま夢でもいいんじゃないかと思ったりもする。でも、それじゃ嫌だ。
『あ……』
……声がした。また夢が始まるのかな。だけど、闇は迫ってきていない。ということは、まだ全ては終わってないらしい。
『あ……ゆ…』
あぁ…祐一君の声、するよ。笑顔まで思い浮かべられるよ…。だから、早くボクを起こしに来てよ。
ボク―――「記憶」は、どんどん消えていきそうになる。永遠の夢へ溶け込む感触。ほんわかしていて、まるで布団の中のように思える。どんどん「記憶」が溶けていくのが分かる。
そして、「黒」に包まれた。心地よい闇へと。
二度と戻れない、メビウスの輪の軌道に乗った。表―――空間と、裏―――夢を延々と繰り返す、永遠の輪へと。
最後に見たのは―――――彼の笑顔。
「あゆ！？ あゆっ！！」
祐一は叫んだが、あゆは動こうとしなかった。ベッドの上に仰向けになったままだった。激しく揺す振っても、意識を戻す様子はなかった。
室内には虚しく、電子音が鳴り続けている。決して終わろうとせずに、一定の音を延々と鳴らし続けている。
「…残念ですが。月宮さんは……もう」
如何にも残念そうに医者が呟いた。もう、どうしようもないという程に。
「祐一……」
「祐一さん…」
その場にいた秋子と名雪は、祐一を慰めるように名前を呼んだが、本人には聞こえなかった。ただ、泣きながら、あゆの手を強く握り締めていた。そして、己の記憶を恨みながら。
「どうして…！ どうしてどうしてどうしてどうして…ッッッ！！」
もう戻ってこない彼女に声をかけ続けるが、それは願わぬ願望。決して、起きない奇跡。絶対運命。
しかし、何故…彼女は笑顔のまま逝ってしまったのか。その理由は誰にも分からない。彼女だけが知っている。
永遠になったからだ。
夢が終わらずに、永遠となったから―――彼女、月宮あゆは笑っていられる。
ピ――――――――――――――
電子音は鳴り続ける。まるで彼女の夢のように。
永遠に……
笑顔で。
―――窓の向こう側。雪が降っていた。祐一の記憶の中の『赤い雪』ではなく、白い雪が。
投票結果
ugen (採点:1)
一つの作品として必要な情報が足りない
コーダイ (採点:5)
面白かったです。
グＥ (採点:3)
状況がややわかりにくかった部分もありましたが、あゆの気持ちが十分に伝わって着てよかったです。
naoki (採点:4)
これはこれでいいのかな。
kuryu (採点:2)
夢と現実の境界ってのは表現が難しいですね。
かずき (採点:4)
ハッピーエンドだったら5点だったなあ。
橘征五郎 (採点:2)
あゆがあゆらしくない。一人称は地の文もキャラを構成する大切な要素なので慎重に（無論、三人称でも同様に慎重になるべきなのだが）。あゆが「闇」を受け入れるまでの心理描写が不足しているために、あゆが死んでも「それで？」で終わってしまう。文章力を鍛えるとともに、哲学も深めよう。
浮動明王 (採点:4)
原作ではあゆは復活しましたが、私はこのSSのような終わり方も良いと思います
taka (採点:4)
不幸・・・ですが、こんな終わり方もあるんだろうなと思いました・・・。あゆは、最後まで幸せだったのでしょうね、祐一と一緒だから。
はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 評価が難しいなぁ。高低差は出せてるんだけど、いきなり地面が崩れ落ちた感じでしょうか。坂道転がりオチるような感じにすると、ずばっと刺さるんでしょうが。
神代 悠 (採点:4)
そして、彼女は永遠の中で生き続ける…
全採点
5点 : 3
4点 : 24
3点 : 52
2点 : 36
1点 : 20
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
戻る