あなたとなら通学路
流れる水を手に取り、顔を洗って、鏡を見る。
そこに写っているのは、まだ髪をぼさぼさにしたままの自分の顔。
その中の目も、まだはっきりとは開いていなかった。
タオルを手にして顔を拭いてから、あたしはドライヤーを手に取りスイッチを入れた。
「おねぇちゃん。何してるんですか。早くしないと遅刻しますよー」
その時に、キッチンの方から声が聞こえた。
ドライヤーの音をかき消すくらいの大声だった。
続いて、ぱたぱたというスリッパの音が迫ってくる。
「おねぇちゃんっ」
「栞……。もうちょっと落ち着きなさいよ」
本当に、栞は元気だ。
死の間際にいた、というのが嘘のように。
いや、それを考慮しなくとも、異常に元気である。
「本当に遅刻しますよ」
実際はそんな時間ではない。
いままで通りなら、十分間に合う。
むしろ、早いのだから。
「分かったわよ。すぐ行くから待ってなさい」
栞は、早くして下さいと、あたしに念を押してから去っていった。
「ふぅ……」
小さなため息を漏らしてから、いつもより手早く髪をまとめる事にした。
朝食もさっと済ませて、栞と家を出た。
あたしが、キッチンに行った時には、既に栞は半分朝食を終えており、食べ終わってすぐに出てきたので、あたしにはゆっくりと食べる時間はなかった。
栞が、学校に復帰してから、今日で三日目。
朝早く起きて、登校するのに付き合っている。
栞は、あたしと一緒に登校して喜んでいてくれる。
それは嬉しい。
しかし、この朝早いのは問題だった。
その理由が……
「祐一さーん」
水瀬家の玄関を開け、大声を出す栞。
改めて元気が有り余ってるわね、と妹を見た。
「おう、栞。今飯食い終わった所だからちょっと待ってくれ」
栞は、毎朝、相沢君とも一緒に登校しようと、朝早く出て、水瀬家まで寄っていくのだ。
一途で、いわゆる恋する乙女な栞を見てると嬉しくて涙がでそうだったが、付き合わされる身としては、むしろそっちの涙の量が多い。
「香里ちゃん、栞ちゃん。一緒にお茶飲んでいきませんか？」
遅れて出てきた秋子さんに誘われる。
栞は喜んで上がるのであたしもそれに続く。
これも昨日と同じ。
水瀬家の食卓には、秋子さんと相沢君がいた。
やっぱり、今日も……かしらね。
あたしの憂鬱の原因は、決して、栞に付き合う事ではなかった。
理由は他にある。
それを考えると、ちょっと鬱。
もしかすると、ただの過去の経験からのものかもしれない。
秋子さんがあたしと栞の分の紅茶を出してくれる。
一口飲んだ。
つい、例のアレが入ってないか、恐る恐る口をつけたが、そんな事は無かった。
一息着いたところで、口に物を含んだままの相沢君が、あたしの方を向いた。
「じゃ、名雪は香里に任せた」
予想通りの言葉。
「相沢君。あなたね……」
そう。
先日から、名雪を起こす役目という、あたしの今までの人生での一番の苦難が、また自分に回ってきたのだった。
「あたしに任せないで自分でしなさいよ」
「だめですっ。祐一さんが、私以外の女の人を朝起こしに行って目覚めのキスするなんて許せませんっ」
「栞、あなた。独占欲強すぎよ」
加えて、妄想しすぎ。
「香里ちゃん。すみませんが、名雪をお願いしますね」
秋子さんにまで言われては仕方がない。
あたしは、名雪の部屋に向かった。
「うにゅ……」
やっと名雪を起こして（まだ起きてないかもしれない）背中を押しながらキッチンへ戻る。
相沢君はもう朝食を終わって、食後のコーヒー中だった。
時計を見ると、もうぎりぎりである。
あたしの半分残った紅茶ももう冷めてしまっているだろう。
「遅いですー」
「文句なら名雪に言って」
「今日も、みんなそろって登校は出来そうにないですね」
栞は、あたしとも、相沢君とも、一緒に登校したいらしかった。
そのために、あたしと一緒に、ここに寄るのだ。
一日おきに交互にしてくれればあたしは助かるのだけれど……
昨日提案したのだが、得意の一言で即座に却下されてしまった。
栞の決意は無駄に固いらしい。
「それじゃ、俺たちは先にいくから」
「早く追いついて下さいね」
そう二人は言い残して、先に学校に向かった。
あたしは、遅れて、なんとか寝ぼけている名雪に朝食を食べさせて、着替えさせて、なんとか水瀬家を出るところまでこぎ着けた。
「あれ？ 香里？」
「おはよう。名雪」
外の空気を吸ってやっと目が覚めたらしい。
「はい」
と、自分の腕時計を見せる。
「わ。100mを8秒で走らないと間に合わないよ。でもいつもは7秒だから、余裕あるかな」
「ないわよ。ほら走るわよ」
走りながら、名雪が話しかけてくる。
「ところで、祐一は？」
息が切れてないのはさすがである。
「栞と、先に、行ったわよ」
「うー。それならわたしも一緒に行きたかったよー」
「そう、ね……あたしも、心から、そう、思うわ。だから、ちゃんと、起きて、よね」
あたしは息を切らせながら喋る。
名雪と一緒に走りながら。
中学時代に、一度は挫折した名雪との登校。
これでも結構悪くないと思えるのは、栞と相沢君のおかげだろうか。
栞が元気になって、心に余裕ができたのは間違いないし……
二人に影響されて、あたしの性格も丸くなっているのかもしれない。
これから、毎日、名雪と格闘する事になるかもしれないけれども。
「あ、ねこさんだよー」
脇道にそれそうな名雪の襟を掴んで引きずる。
「ねこー、ねこー」
「そんな事してると、遅刻するわよっ」
昔と違い、今の、この状況を楽しいと、あたしは思えるようになっていた。
投票結果
かれーまん (採点:5)
何と言うか、後読感がとても良いです。
久慈光樹 (採点:3)
もう一山欲しいですね。
Ｂ・Ｃ (採点:4)
なんとも微笑ましいひとコマ。こういうの好きです〜。
十七夜 (採点:2)
お姉さんの日常はこんな感じでしょうね。
ugen (採点:3)
香里が気の毒かな、ほのぼのしていて良い
竹仙人 (採点:4)
ほんわかした雰囲気が出ていて良かったです。あ、不自然に句点が多かったような気がします。
kuryu (採点:2)
ほのぼの
zero (採点:3)
ほのぼの
グＥ (採点:2)
この話のほんわかとした雰囲気がいいと思いました。
naoki (採点:3)
爽やかな登校風景ですね。
かずき (採点:3)
ちと物足らないけど、よかった。
おーふな (採点:4)
この題名はもしかして……いえ、何でもないです。
橘征五郎 (採点:1)
文章に説得力がない。香里が自分の心理を簡潔に説明しているだけで、行動が伴っていないのが原因。例えば単純な例で言うなら楽しいと思っているのなら笑ったり、自分から率先して寄り道してみたり。構成もイマイチ。
ヘキサ (採点:4)
話の流れがスムーズで読みやすかったです。
taka (採点:3)
災難ですが、楽しいでしょうね。見てて飽きなさそうですから。
はぐ (採点:2)
「ひとまず読み切りました」 無難にまとまってるんではないでしょうか。ただ、栞のしゃべり方は…。
Ｖｉｓ (採点:4)
もう少し長く話を見てみたい、そう思いました。
神代 悠 (採点:3)
やっぱり、この二人いいコンビだわ…ｗ
全採点
5点 : 3
4点 : 34
3点 : 84
2点 : 44
1点 : 7
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