ただいま


雪が降っていた。
黒い空からちらちらと舞い落ちる雪。
街灯に照らされて白く光る雪。
いつもの駅前のありふれた光景だ。
雪が降ることの珍しくないこの街では誰も足を止めることも無い。

駅から人々が流れ出てくる。
ある者は笑顔。
ある者は苦笑。
ある者は降り積もる雪を恨めしそうに見上げる。
恋人も。
友人も。
一人も。
いろいろな表情の人々が思い思いの心で家に帰る。

「名雪？今、駅に着いたから。ええ。お土産楽しみにしててね。」
秋子もそんなうちの一人だった。
娘と会話する母親。温かみのこもった声で娘に電話を切る事を告げる。
「それじゃ。」
彼女は携帯をしまうとコートの襟を立てて家路を急ぐ。
雪は相変わらず降り続いていた。
（そろそろジャムを作らなければいけないわね。）
娘の顔を思い浮かべながら。
（祐一さん、あのジャムを食べてくれるかしら。）
名雪のいとこを思い浮かべながら。


家族の事を思いながら。





家路を急ぐ。






秋子は横断歩道に差し掛かった。
ここまで来れば家までもう少しだ。
歩道の半分を渡った所で突然、秋子は強い光に照らされた。
いきなり朝になったような感じの光に秋子は反射的に目をつぶる。
「・・・・・」
目を開いて見るとそこはいつも見慣れた近所の街並みだった。
別段かわった所も無かったので秋子は疲れているんだろうと思い
再び家路に着いた。

数分後、そこの横断歩道は人だかりが出来ていた。

飛び散ったガラス片。
ブレーキ痕。
そして・・・


白い雪を赤く染める血。
潰れたケーキ。
バラバラに壊れた携帯。

赤く染まった雪で人々は足を止めた。



「ただいま。」
秋子は、玄関で怪訝な顔になった。
ドアが開けっ放しになっているのだ。
「名雪ー玄関開けっ放しよー？」
返事が無い。
「名雪ー！」
もう一度呼んでみるがやはり返事は無い。
「祐一さーん」
祐一を呼んでみた。
やはり返事が無い。
「二人ともどうしたのかしら？」
そのとき突然の声に秋子の思考は遮られた。
「名雪！タクシー呼んだから急げ！」
祐一の声が聞こえる。
「ああ、よかった。祐一さん。ただ・・・」
いまと言う前に祐一は走って秋子の前を通り過ぎた。
「祐一・・・さん？」
家の奥から女の子のすすり泣く声が聞こえる。
（あれは・・・名雪！？）
はじめて秋子は尋常ならざる事態が水瀬家に起こっている事に気が付いた。
（まさか、名雪が！？）
祐一が再び家の奥に戻っていく。
「ほら、早くしろ！急げ！」
「・・・だって・・・」
名雪の声だ。
「ここでグズグズしていてもしょうがないだろう」
再び祐一。声に焦りが含まれている。
「でも、お母さん死んじゃうかもしれないんだよっ！」
名雪が声を荒げる。

「・・・・何？・・・」

この時、秋子はこの会話に奇妙な点があるのに気が付いた。
彼らは他ならぬ秋子のことを話しているのだ。

「とにかく行くんだっ！」
そう言って名雪の手を掴んで玄関に走り出す祐一。
「待って、祐一さん！名雪！」
二人を呼び止めたが、振り向くことすら無い。
祐一は玄関に着くと名雪の肩に手を置いた。
「いまから病院へ行く。・・・いいな。」
「・・・うん」
静かに言った祐一は外に出るように促す。
「まって、二人共！何処行くの！」
秋子の声は二人には全く届いていないようだった。
「名雪！」
秋子は名雪の肩を掴もうとした。

だが、その手が肩に触れることは無かった。
手が名雪の体をすり抜けてしまったのだ。
「！？」
名雪は全く気が付いていない。
誰も秋子がいるとは分からないのだ。

ドアが閉まっていく。
だが、秋子には今起こった不可解な現象が頭に焼き付いていた。
完全にドアが閉まった音で秋子は我に返る。
「名雪！祐一さん！」
ドアを開けた秋子はちょうど走り去っていくタクシーを見ただけだった。

「あんたが水瀬秋子さんかい？」
突然、背後から声を掛けられた秋子は驚いて振り返った。
背後から声を掛けたということは家の中にすでにいたことになる。
黒いコートに黒い髪。黒尽くめの男が薄い笑みを浮かべて立っていた。
「どなたですか。」
異様な風体だがとりあえず尋ねてみる。
「死神。」
だが返事をして秋子は更に二重に驚くことになる。
自分の声が相手に伝わり、姿まで見えているのだ。
「あの、死神さんが何のようですか？」
「あんた。自分が死にかけてることに気が付かない？」
突然、そう切り出してきた死神。
「それは、毎日仕事が大変ですし。」
「違う。違う。あんたの肉体が死にかけているんだ。」
ペースが違うため話がかみ合わない。
「じゃあ、私は死ぬんですか？」
「いきなり、事態を認識したし。」
死神は苦笑して言った。
「まあ、そういうことだよ。」
静かな時が流れる。
「では私は今、病院に！？」
「その通り。あんたは今、街の病院で大手術を受けている。」
秋子の問いに答える死神。
「でも、あんたは助からない。」
死神が説明を続ける。
「あんたは、もうリストアップされているんでね。１月３１日深夜２時２３分臨終と。」
「そんな・・・」
秋子は床に座り込んだ。
「行ってみるかい、病院に？」
死神は静かに言った。


静かな待合室。
深夜の病院は昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返っている。
特に大病院のそれはかなり日常とのギャップがある。
祐一と名雪は二人で座っていた。
二人とも口を開かない。
自動販売機の作動音だけが闇の向こうでうなり続けている。
入り口にある非常灯の緑の光が押し寄せる闇の波を拒んでいる。
「ねえ、祐一。」
名雪が口を開く。
「なんだ？名雪。」
「お母さん、大丈夫だよね。」
「決まってるだろ。絶対大丈夫だって。」
「うん・・・・」
それっきりまた静寂が待合室に戻る。


「彼らがあんたの家族か？」
死神が二人を見る。
「ええ。」
やはり静寂が二人の間に流れる。
待合室はこんどこそ静かになった。


どれくらいの時間が経っただろうか。
永遠のような闇と時間の流れが突然途切れた。
「水瀬秋子さんのご家族の方ですね。」
医者が手術室から出てきていった。
「どうぞ、こちらへ。」


案内されたのは明るい休憩室だった。
さっきまでの薄暗い部屋から明るい部屋に移ったので目を細める二人。
「どうぞお掛けください。」
とりあえず手近にあった椅子に腰を下ろす。
「さて、水瀬様の容態ですが。」
二人はぐっと息をのむ。
「大変、危険な状態です。」
医者はそう告げた。
名雪の肩ががっくりと落ちる。
「危険とはどういうことなんですか？」
祐一が静かに尋ねた。
「まだ、意識が戻らないのです。ここ２，３日が峠でしょう」
「そんな・・・」
「とにかく今のうちに親類の方々にも連絡を。」
「先生、面会はどうでしょうか？」
「とても面会のできる状態じゃありません。君達も一度、家に帰ったほうがいいでしょう。」
そういうと医者は部屋を出て行った。
「名雪・・・」
「どうしよう・・・祐・・・一どう・・・しよう・・・」
医者が出て行った途端泣き崩れる名雪。



「名雪・・・」
秋子もまた泣いていた。近くにいるのに声すら届かないのだ。
「俺も一度帰る。１月３１日迎えにくるから心の整理をしておくんだな。」
そういって死神は消えた。





名雪は部屋にとじこもったまま・・・・






大きな圧力に押しつぶされそうになり、






母親の死が間近に迫り、





絶望が支配していた・・・・





秋子も部屋にこもっていた。






誰も訪ねてこない部屋。






あと２日で本当に誰もこなくなるだろう。







（３週間前が懐かしい。）







（３週間前、祐一さんが引っ越してきて、）








（しばらくすると真琴が来て。）






（みんなで食卓を囲んで。）







（でも真琴がいなくなり、）







（私も明後日には・・・・）







夜がゆっくりと明けていく。




その日は朝から雪が降っていた。
静かに雪が降り続けた。
秋子にとっては最後の朝である。
雪を眺めながら。
窓に映る景色を見ながら。
伝わることのない言葉をゆっくりと話す。

「名雪・・・」
一言づつ。
「私は、今日であなたとお別れをしなくてはいけないの。」
一言づつ、かみしめながら。
「でも、大丈夫よね。」
ゆっくりと話す。
「祐一さんがいるじゃない。」
頬を伝う涙を拭わず、
「あなたは沢山の人がいるじゃない。」
ゆっくりと。
「私がいなくなっても平気よね。」
涙が幾つも伝い落ちてくる。
「だから、元気で。」
最後に声を大きく出す

「さよなら！名雪！」



「お母さん！？」
名雪は扉を開けた。
家の中には誰もいない。
前を見ると目覚まし時計が置いてあった。
さっき祐一が返していったものだ。
ゆっくりと手を伸ばして目覚まし時計を手にとる。



「準備はいいか？」
死神が現れた。
「ええ。もう全部。」
秋子がゆっくりと振り返る。
そこには、名雪と今まで暮らしてきた家があった。
いろいろな思い出のある家。
これで最後なのだ。

「帰りたい・・・」
秋子が呟く。
「・・・」
死神はだまったままだ。
「もう一度、あの子にただいまと言いたい！」

「もっとあの子と暮らしていきたい！」

「祐一さんと名雪と私の３人の生活に戻りたい！・・・」


秋子は叫んだ。

「なぜ！なぜ私は死ぬの！」

「あの子達を残して。」

「私は約束したのに。」

「あの子にお土産楽しみにしてって。」

死神は口を開いた。
「やれやれ・・・人情商売はもうしないように心に決めたんだがな」
死神は言った。
「今回は、見逃してやるよ。」
「え？」
秋子は死神を見た。
「今からあんたを体に戻す。２，３日苦しいかもしれんが我慢しろ。」
「・・・でも、どうして？」
「俺の気まぐれ。」
いたずらっぽい笑いと共に死神はそういって消えた。
同時に秋子の意識は薄れていった。








幾日かが過ぎ、
秋子は今病院の門をくぐった。
家に帰るために・・・・






「わ〜時間ないよ〜！」
名雪の声が家中に響く。
「なんで時間ないんだ〜！」
祐一が非難の声を上げる。



「いってきま〜す！」
２人がいつもどうり学校に行く。


２人の背中を見ながら秋子は思い出す。
自分が帰ってきた日。

あの２人が言ってくれた・・・・














「おかえりなさい！」
























投票結果

通行人Ｂ (採点:2)
kanonSSとしてみなければもっといい点数をつけたのですが.

ugen (採点:2)
死神の気持ちが変わった理由が貧弱そこにもっと工夫を

zero (採点:2)
死神の行動が・・・

り〜だ〜 (採点:3)
こんなＳＳもありですなぁ＾＾

TOM (採点:3)
死神に見逃してもらえる強力な理由があれば・・・

グＥ (採点:2)
死神を出したことは面白いと思いましたが・・・、最後がいまいちだと思いました。

Ｇａｒａ (採点:2)
助かるのはいいんですけど…安易過ぎます。子供を残して死ぬ人なら誰だってするような反応見せただけで、死神が見逃してくれるのなら、母親は誰も死にません

naoki (採点:2)
こういうお話、好きです、が、納得いかない。

かずき (採点:4)
名雪ハッピーエンドの裏でこんなことがあったとは。

kuryu (採点:2)
死○くんを思い出させる何がありました。結構好きです。

橘征五郎 (採点:1)
まずは基本的な文章作法の勉強を。Kanonの根幹をなす「あゆの奇跡」というファクターをまるで無視しているのは問題。そのくせ話自体はありきたりでご都合主義的。秋子さんの個性が掴めていない。死神のキャラクターにも魅力がない。文章のレベルも低い。

Time (採点:4)
落ちが簡単。　えっ、そうなの？という感じ。　でも話的には面白かったです

taka (採点:3)
死神がかっこいいですね。人情あふれる良い？死神ですよ。

はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 無意味だなぁ。あの空行が効果出せるならいいけど無意味。これなら、その合間をもっとびしっと描いたほうが話のまとまりが出ますね。

全採点
5点 : 3
4点 : 11
3点 : 49
2点 : 52
1点 : 19
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