ことば
新学期が始まり、北国の街にもようやく春を感じられるようになったある日、
昼休みを知らせるチャイムとともに可愛らしい声が教室に響いた。
「祐一さん〜いますか〜？」
「栞、学食で待ちあわせって、言わなかったか？」
「言われましたけど、授業が早く終わったので、久しぶりに祐一さんの教室に迎えに
来てみました」
「それにこういうのも憧れてましたから」
「すごく恥ずかしいぞ」
祐一の机の上には、栞の特製弁当が広げられている。教室の机に乗る大きさに
収まっているのが、栞の成長の証と言えなくもない。
「それになんで名雪がいるんだ」
「名雪さんにも食べてもらいたいと思ってお誘いしました」
「う〜、学食ではいつも一緒なのに」
「学食とここじゃ状況が違うだろ」
「じゃあ、祐一は栞ちゃんと二人きりでラブラブなところをクラスの皆に見せびら
かしたいんだね？」
「なっ！？」
「そういうことなら、わたしは学食に行くよ」
そういって立ち上がる名雪に
「ここにいてくれ、頼むから」
疲れた表情で哀願する祐一であった。
「ごちそうさま栞ちゃん、おいしかったよ。」
「ありがとうございます。名雪さん」
「じゃあ栞ちゃんの話を聞こうよ、祐一」
「どういうことだ？」
「相変わらずにぶいね、祐一は。昼休みに香里が何も言わずに教室から出ていった
のは、おかしいと思わないの？」
「そういえば・・・栞、香里と何かあったのか？」
「実は昨日から様子が変なんです。朝も先に学校に行ってしまいましたし、さっきも
いつの間にかいなくなっていましたから」
「何か思い当たることはないの？」
「昨日私の部屋でお姉ちゃんとお話ししていたときは普通に話していたのに、急に
部屋を出て行ってしまって。それから様子がおかしくなったんです」
「じゃあ、栞が香里に何か言ったのが原因だな」
「そうですけど、私には思い当たるところがなくて・・・」
「じゃあ昨日何を話したか教えてくれるかな？わたし達が何か気付くかもしれないよ」
「分かりました。じゃあ聞いて下さい」
コンコン、軽いノックの音。
「栞、いる？」
「うん、いるよ。お姉ちゃん」
ドアが開いて、シャツにジーンズというラフな格好の香里が現れた。
「栞が貸して欲しいって言ってた、英和辞典を持ってきたわ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「しっかり勉強するのよ。分からないところは教えてあげるから」
「うん、頑張るよ」
「じゃあ、勉強の邪魔だから、あたしは出ていくわね」
「待ってお姉ちゃん、ちょっとお話したいんだけど・・・」
「仕方ないわね、ちょっとだけよ」
そう言ってベットに腰掛ける香里。
「えへへ」
照れ笑いをしながら、その隣に栞も座った。
「あのね、お姉ちゃん。だいぶ暖かくなってきたから、そろそろ中庭でお弁当を
食べられると思うんだけど」
「そうね」
「それでね、その時食べるお弁当はお姉ちゃんと一緒に作りたいなと思って」
「栞、料理に自信がないの？」
「そんなことないよ。毎日祐一さんにお弁当を作ってるから、上達したよ」
「じゃあ、栞が作ったらいいじゃない。楽しみにしてるから」
「う〜そんなこと言うお姉ちゃん嫌い」
ほっぺを膨らませて、ふくれる栞。
「冗談よ、一緒に作りましょ」
そんな反応を予想していたのか、すぐＯＫの返事をして、さらに栞の頭に手を置いて
なだめる様なしぐさを見せる香里。
「約束だよ」
栞もすぐに機嫌を直して笑顔になる。昔から何度も繰り返したやりとりで慣れている
のだろう。
「それでいつお弁当を作るの？」
「明日・・・えっと明後日から」
明日と言った瞬間、香里の視線に気付きあわてて言い直す栞。
「そうね。じゃあ明日一緒にお弁当のおかずを買いに行きましょ」
「皆で食べたほうがおいしいから、祐一さんや名雪さん、北川さんの分も作ろうよ」
「一度作ってもいいかもね」
「うん、お姉ちゃんをアピールするチャンスだから、頑張ろうね」
「誰にアピールするのよ？」
「北川さん」
「どうして北川君の名前が出てくるの？彼はただの友達よ」
「そうなの？」
「そうよ」
「そうは見えないんだけどなぁ」
と香里に微笑む栞、元々恋愛に興味があるお年頃、さっきからかわれた仕返しと
ばかり追及しようという様子。
「もう・・・」
何か言おうとした香里は急に言葉を飲み込んでしまい、今まで微笑んでいた顔から
表情が消えた。
「お姉ちゃん？」
急に黙ってしまった香里を心配して栞は呼びかけるが、
「長居したわね。勉強の邪魔をしてごめんなさい」
早口にそれだけ言うと、部屋から慌ただしく出て行ってしまった。
「この後、気になってお姉ちゃんの部屋に行っても『もう寝るからって』部屋から
出てきてくれないし、朝からは顔も合わせてないんです」
「栞が北川のことを言い出したからじゃないのか？」
「香里はそんなことで怒ったりしないよ。きっと何か訳があるんだよ」
「私もそう思いますけど、理由が分からないんです」
「う〜ん、香里に直接聞くしかないな」
「そうだね。栞ちゃん、香里に聞いてみるから放課後もう一度会おうよ」
「分かりました。祐一さん、名雪さん、よろしくお願いします」
しかし・・・
「祐一さ〜ん」
「よう栞」
「名雪さんは部活ですか？」
「いや・・・」
「祐一〜、栞ちゃん〜」
そこへタイミング良く名雪登場。
「名雪、どうだった？」
「ダメだったよ。校門まで追いかけたけど、香里何も答えてくれないよ。
ごめんね栞ちゃん」
「俺の方もダメだった、すまん栞」
「いえ、祐一さんも名雪さんもありがとうございました。今夜直接お姉ちゃんに聞いて
みます」
「「今夜？」」
「ええ、多分お姉ちゃんは夜にならないと帰ってこないと思いますので」
「そうだね、多分栞ちゃんと顔を合わせづらいだろうから」
「そうか。じゃあがんばれよ栞」
「はい」
名雪を振り切った香里は商店街にいた。
どうしてあんなこと言おうとしたのかしら？
昔、栞をたしなめるときに冗談で使っていた言葉だけど、どうして・・・
今は家には帰れないわ。栞にどんな顔して会えばいいのか分からないから。
街の喧騒も何も聞こえず、ただ時間を潰すために当てもなく商店街を彷徨う香里。
「うぐぅ〜そこの人どいて〜」
当然そんな声も聞こえていない。衝突するのは当然。
「うぐぅ〜痛いよ〜どいてって言ってるのに」
「ご、ごめんなさい。怪我はない？」
慌てて、ぶつかってきた子供に駆け寄る香里。でも怪訝な表情になる。もう春に
なろうとするのに、その子供はダッフルコートを着て手袋までしてるのだから。一見
小学生の男の子かとも思うが、頭のカチューシャで女の子と分かる。
「うん、大丈夫だよ。でもボクのたい焼きが・・・」
そう言って悲しそうに地面を見る。そこにはたい焼きが散乱していた。
「ありがとう。ボクの方がぶつかったのに、たい焼きを買ってくれて」
「あたしがぼーっとしてたのが、悪かったのよ。弁償するのは当然だわ」
「・・・そうなんだ。えっと、ボクは月宮あゆだよ。お姉さんは？」
「美坂香里よ」
「じゃあ香里さん。一緒にたい焼き食べようよ。焼き立てだからおいしいよ」
そう言って、たい焼きを差し出すあゆ。
「そうね、いただくわ」
不思議ね。いつもなら断るけど、断れなかった。でも何もすることもないし、
この子に付き合ってみるのもいいかもしれないわ・・・
「うぐうぐ、おいしいよ〜」
「美味しいわね」
商店街の片隅でたい焼きを食べる二人。
「香里さん、もう一つ食べる？」
「もういいわ。あゆちゃんが食べて」
「じゃあ、もらうね」
「幸せそうに食べるわね」
「うん、たい焼きは思い出がいっぱい詰まってるからおいしいよ」
「ふーん、そう」
そんなやりとりをしてるうちに、あゆがたい焼きを食べ終える。そして
「えっと、香里さん。質問してもいいかな？」
「何かしら？」
「もしかして２年生かな？」
「そうよ」
「じゃあ、ボクと同じ年だね」
「えっ？」
「うぐぅ〜どうせボクは小学生にしか見えないよ」
「ごめんなさい、そういうつもりじゃないの」
「いいよ、ボクが聞きたいのはそんなことじゃないから」
「何が聞きたいの？」
「香里さん、栞ちゃんのお姉さんじゃないかな？」
「えっ、あなた栞の知り合いなの？」
栞の名が出た途端、香里の表情が曇る
「やっぱりそうなんだ。栞ちゃんから聞いた話と香里さんの雰囲気がそっくりだし」
そんな香里の様子に気付かないのか、変わらぬ調子で話を続けるあゆ。
「奇麗で、大人っぽくて、何より優しいお姉ちゃんだって言ってたんだよ。
それに・・・」
「やめて」
「え？」
「あたしは栞が憧れるような姉じゃないわ。あたしは、あたしは・・・栞を見ない
ようにしてたことがあるのよ」
「香里さん・・・」
「今は元の姉妹に戻ったように思ってた。でも昨日栞に酷い言葉をかけようとしたわ。
それで気付いたの、あたしは栞をまた・・・」
「香里さん！！」
あゆの強い口調に言葉を中断する香里。
「ダメだよ！そんなに自分を責めちゃ。誰だって間違うことはあるんだから」
「でもこれから償っていかないといけないのに、あんな酷い言葉を・・・あたしに姉の
資格なんてないわ」
「そんなことないよ！だって栞ちゃんは本当に香里さんのことが好きだもん！
香里さんが栞ちゃんのことが好きなら、きっと大丈夫だよ！！」
「あたしは・・・栞のことが好きよ。栞を見ないようにしてたときも、その気持ちは
変わらないと思ってた。でもね、昨日のことで分からなくなったわ」
「酷い言葉をかけようとしたこと？」
「そうよ」
「どんな言葉なの？」
「・・・・・・」
「あのね、さっきボク『べんしょう』って言葉がわからなかったんだ」
「えっ？」
何を言いだすの、この娘は？
「でも香里さんの表情や話し方で、なんとなくたい焼きを買い直してくれたことだって
分かったんだ」
「・・・・・・」
「えっと、ボクの言いたいのは『ことば』って意味も大事だけど、『ことば』を
言おうとしたときの気持ちも大切じゃないかってことなんだ」
「『ことば』を言おうとしたときの気持ち？」
「うん、よく遊んでくれた男の子がいつも意地悪なこと言うんだけど、それはボクの
ことが嫌いって訳じゃなくて、ええっと、えと・・・うぐぅ〜」
恥ずかしいことを言おうとしたことに気付き、顔を真っ赤にして混乱するあゆ。
見かねた香里が助け船を出す。
「言いたいことは分かったわ。言葉よりもそれに込められた気持ちが大事ってことね」
「そうだよ！良かった〜ちゃんと分かってくれて」
「あゆちゃんが一生懸命気持ちを伝えようとしてくれたからよ」
「じゃあ次は香里さんの番だね。ボクでも出来たんだもん、香里さんもきっと
出来るよ」
「本当に出来るかしら？」
「香里さんが栞ちゃんを好きだって気持ち、ボクにもはっきり分かったよ。だから
きっと伝わるよ！」
「・・・そうね、やってみるわ。１人で悩んでも仕方ないもの」
「うん、頑張ってね。あっ！」
「どうしたの？」
「街が真っ赤だよ」
「奇麗な夕焼けね」
「ボク行かなくちゃ。もうこの商店街に来ることはないと思ってたけど、また来れて
良かったよ」
「たい焼きを食べたことが良かったの？」
「うぐぅ〜意地悪だよ。それも良かったけど、香里さんに会えたのが一番なのに〜」
「冗談よ。私もあゆちゃんに会えて良かったわ」
「うぐぅ〜香里さん、ボクで試したんだね？」
「ふふふ、どう？気持ちは伝わった？」
「あっ、うん！ちゃんと伝わったよ！」
「引き止めちゃったわね。でもありがとう、あゆちゃん」
「うん！じゃあ栞ちゃんにもよろしくね」
「分かったわ」
「ばいばい、またいつか会おうね」
「さようなら」
あゆは夕焼けにむかって駆け出して行き、あっという間に見えなくなった。
不思議な娘だったわ。名雪や相沢君には言えなかったことが、あの娘には
言えた・・・
そんな物思いにふける香里の目の前を、１枚の羽が揺れ落ちていく・・・
「あら？あたし何をしていたのかしら？」
栞に酷い言葉をかけようとしたことを悩んでたはずだけど・・・
今はもう大丈夫。あたしの気持ちを栞に伝えればいいから。
でもどうやって気付いたのかしら？誰かと話してた気がするんだけど。
「まあいいわ。早く家に帰らなきゃ」
そう言いながら歩き出そうとした香里の目に留まったのは、夕食の買い物で混雑する
スーパーだった。
「その前にやることがあるわね」
「ただいま」
香里の声を聞いて派手な足音を響かせ走って来たのは・・・
「お帰りなさいお姉ちゃん。話があるんだけど・・・ってその荷物は？」
「何言ってるの。明日は中庭でお弁当食べるんでしょ？」
「そうだけど・・・」
「１人で買い物に行ったのは謝るわ」
「せっかく一緒にお買い物できると思ったのに・・・って、お姉ちゃん！話題を
そらさないで。昨日から様子がおかしいかったことを聞こうとしたのに」
「ああ、そのこと。それならもう解決したから」
「解決したって、全然訳が分からないよ。説明して」
「さっきの言葉通りよ」
「分からないよ〜祐一さんや名雪さんにどう説明したらいいの？」
「二人には明日謝るわよ」
「でも・・・」
「秘密」
「えぅ〜」
拗ねる栞。そんな栞に香里が深呼吸して一言。
「・・・あたしにこんなわがままな妹なんていないわ」
「え？」
一瞬固まる栞。でもいたずらっ子のような笑みを浮かべる香里を見て、言い返す。
「私にもこんな意地悪なお姉ちゃんなんていないよ！」
「ふふふ、栞も言うようになったわね。昔は泣いて謝ったのに」
「私、もう子供じゃないもん」
「そうね、お弁当も作れるようになったしね。じゃあ大人の栞にお願いするわ、
お弁当の下ごしらえを手伝って」
「ごまかされてる気がするけど・・・いいよ、大人だって証明するから」
「じゃあ、相沢君のためにも頑張りましょ」
「お姉ちゃん！！」
「じゃあ、着替えてくるわね」
逃げるように自分の部屋に向かう香里。顔にはとびっきりの笑顔、心には一つの
イメージ。
これでいいのよね・・・たい焼き好きな天使さん・・・
ことば 完
投票結果
ugen (採点:4)
題材がいいと思う
グＥ (採点:2)
作品全体に流れる穏やかな雰囲気はいいと思いましたが、香里の悩みがなぁ・・・。
naoki (採点:3)
目の付け所は面白いかな。
かずき (採点:3)
良いけどなんか物足りない
橘征五郎 (採点:1)
まずは基本的な文章作法の勉強を。会話が説明的過ぎて不自然。情景を思い浮かべながら音読してみるとその不自然さがよく分かるので試してみよう。話の展開も唐突でご都合主義。全般的な文章のレベルも低い。
taka (採点:3)
あゆってカウンセラーが天職なのでは・・・？と思えてしまう話でした・・・。
はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 なんだか、話の進め方が唐突ですね。読んでて困惑してしまう…。ことばというタイトルですが、ことば(台詞)に頼り過ぎの感。
Ｖｉｓ (採点:3)
言葉というのは曖昧なものですから幾らでも解釈ができるんですよね……。発言の意図をどうやって判って貰うか、香里の悩みは誰にでもあるものです。
全採点
5点 : 2
4点 : 34
3点 : 69
2点 : 33
1点 : 12
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