風光る
その日、何があったのか。
祐一は何も話そうとしなかった。
秋子が訊いても、祐一は何も話そうとしない。
ただ哀しそうな微笑を浮かべるだけだった。
そして、帰らない真琴。
秋子は全てを察して――
それでも祐一を見守ることしか出来なくて。
自分の無力さに、涙した。
真琴が消えたその次の季節。
祐一は屋上に呼び出されていた。
呼び出したのは、同級生の少女。
「相沢くん・・・あたし、ね」
少女は顔を赤らめながら、祐一を真っ直ぐ見つめて自分の思いを口にした。
「相沢くんのこと・・・好き・・・なの・・・」
精一杯の勇気で。
祐一は、そんな少女に――
「悪いな、秋月。無理だわ」
少し、哀しそうな笑みで答えた。
「ここにさ。居るんだよ」
そんな笑顔のまま、自分の胸を指さして。
「裏切れない奴がさ。居るんだ」
その笑顔を思い浮かべながら。
「だから、無理だ」
そう言った。
「あいつを裏切れないんだ」
「なんで・・・消えちゃった人なんでしょ？居なくなっちゃったんでしょ？」
納得いかない、と。
「あたしならここにいるよ！ずっと、相沢くんの側にいる！」
必死で言ったのだが。
祐一はやはり哀しそうな笑みを浮かべたままで。
「それでも、だ。やっぱりさ」
自分の想いを確認するように。
「俺、あいつのこと好きなんだよ」
ここにはいない誰かに聞かせるように。
「あいつでないと、駄目みたいだ」
微かに、笑みを浮かべながら。
「酷い奴だって思うだろ？でも、さ・・・」
答えた。
「やっぱり、駄目なんだよ・・・・あいつじゃないと・・・」
その祐一の答に、少女は笑った。
「そっか・・・」
でもその表情は泣き笑いのようで。
泣き出したいのに、泣けなくて。
しかし祐一は短く、
「済まない・・・」
と。
そう答えることしかできなかった。
「ううん。いいよ。はっきり言ってもらえて良かった」
涙を滲ませたまま、少女は軽く後ろに飛んで。
「その代わりね。約束して」
祐一の目をじっと見つめたそのままで。
「絶対、その子を捕まえるんだよ？」
そう言った。
「秋月・・・」
「あーあ、振られちゃったなぁ・・・。ちょっと自信あったんだけどなぁ・・・」
そしてそのまま校舎の中に姿を消したのだが――
祐一はしばらくその背中を見送った後、背を向けた。
校舎の中。
扉を隔てた向こうの、彼女の姿が想像できたから。
「ごめんな・・・」
その言葉は風に散り、誰にも届かない。
一方、名雪は香里と話していた。
どんなことがあったのか。
何故、あの季節から祐一は寂しそうな表情を見せるようになったのか。
それを聞き出して――
香里は思わず問いかけていた。
「チャンスだ、とか思わなかったわけ？」
問いかけた後、香里は自分の迂闊さに気付いて――自己嫌悪。
しかし名雪は気にした風もなく、答えた。
「うーん、正直思った」
軽くあはは、と声だけで笑って。
「でもね。分かるんだ」
しかしその目は――
濡れていて。
「わたしじゃ無理なんだって、解るんだよ・・・」
それは。
名雪が――
「わたし、祐一のこと好きだから」
そう。だから何も言えなかった。
傷ついた祐一に優しくすることは簡単だった。
でも、それは――
裏切りだから。
祐一に対して。
祐一が好きだった、彼女に対して――
「だから・・・だから・・・」
ずっと、張りつめてきた名雪は――
祐一の分まで笑ってきた名雪は――
ようやく、涙を流した。
「わかっ・・・ちゃ・・・」
香里は泣き出した名雪の肩を抱いたまま、祐一のことを考えていた。
名雪の思いを受け入れろと言うつもりはない。
それは自分の口出しして言い問題ではないと解っているから。
それでも、思わずにはいられなかった。
――こんなにも。
――こんなにも名雪はあなたのことを想っているのに、それでも。
――それでもあなたが想い続けているその子は。
――その子は、どんな子なの？
と。
放課後。
空は微かに金色に染まっている。
祐一がきているのはものみの丘。
ここにきた理由は――風を感じたかったから。
そして――
少しでも彼女がいる場所に近付きたかったから。
この場所は多分、この町で最も空に近い。
ただ高いだけならビルでも良いのだが、それでは空は近くにはならない。
手に届くほどには近くならないのだから。
あの日。
真琴を喪った日から今までを思い起こし、祐一は苦笑した。
傷ついて。
傷つけて。
余計に傷つき、傷つけた日々を思い起こして。
――自嘲。
「悩んでも、苦しんでも季節は巡る、か・・・」
季節は人の悩みを余所に回り、巡り、繰り返す。
また白い季節がやってきたとき、傷は今よりも癒えているだろう。
「少しだけ・・・」
真琴を失った頃と今を比べてみて――思う。
その時よりは――
「少しだけ、楽になったな」
空を見上げる。
蒼い空。
どこまでも蒼い空に、白い雲が浮かんでいる。
雲が流れていく。
緩やかに。
穏やかに。
風に乗り、流れていく。
祐一は空に手を伸ばした。
届け、と。
この願いが届く様に、と。
不意に。
強い風が吹いた。
暖かい、風。
春の風。
変化の風。
再生の風。
祐一は思わず目を閉じた。
風の音しか聞こえない。
強い、強い風の音。
問いかける様な風の音。
信じられるのか、と。
いつまでも信じられるのか、と。
待ち続けるのか、と。
いつまでも待ち続けるのか、と。
想っているのか、と。
いつまでも想っているのか、と。
問いかける様な、強い風。
祐一は問いかけに答えた。
俺は信じている、と。
俺はいつまでも信じている、と。
俺は待ち続ける、と。
俺はいつまでも待ち続ける、と。
俺は想っている、と。
俺はいつまでも想っている、と。
祐一は声にしないまま叫んだ。
叫びながら、打ち倒すほどの強い風に抗い、祐一は立ち続けた。
すると。
微かに、風の中で。
ちりん、という。
鈴の音と。
にゃぁ、という。
猫の声が、聞こえた。
確かに。
聞こえた。
やがて風が止み――
目を開ける。
空は何事もなかったかの様に蒼い。
どこまでも、蒼い。
しかし。
にゃあ、と。
すぐ側で猫の声。
見下ろす。
足下には、猫。
「ぴろ・・・か・・・？」
「にゃあ」
ただいま、と言うかの様に。
ぴろは祐一を見上げた。
「にゃあ」
もう一度、鳴く。
「おかえり・・・」
ぴろの頭を撫でる。
と。
「にゃあ」
ぴろは祐一を促す様に、歩きだした。
「付いて・・・来いって？」
祐一の問いに答える様に、ぴろは振り向き短く鳴いた。
ひょっとして、と声にならない声で呟く。
帰ってきたのは。
ぴろだけじゃなくて――
気が逸る。
しかし、ぴろは悠然と歩いていく。
祐一の心など知らない様に。
焦る。
しかし、腹は立たなかった。
心を落ち着かせるためにはこのくらいゆっくりな方が良いだろうから。
「にゃぁ」
ぴろが歩みを止め、振り返り――
鳴いた。
見回す。
すると。
そこに。
いた。
眠っている。
悩みも無さそうに。
手首には、鈴。
頭には、ヴェール。
あの日失ったままの姿がそこにあった。
「は・・・ははは・・・」
力が抜けていく。
力が抜けたまま、手を伸ばす。
日なたの匂いのする髪に。
そして、撫でる。
一回。
二回。
すると真琴は目を開けて――
祐一を見て、不思議そうに呟いた。
「あう・・・祐一、泣いてる・・・？」
「こんな時に泣かないでいつ泣くんだ？」
そう言って、祐一は――
真琴を抱き起こし。
強く。
強く。
しかし、優しく――
抱きしめた。
「ただいま、祐一・・・」
「ああ。お帰り、真琴・・・」
投票結果
名夜 (採点:2)
オリキャラかな？ 必要性が分からなかったかも……
紅 虹葉 (採点:5)
うぅっ・・・良い話ですねぇ・・・（；；）
殺陣倉Xp (採点:3)
おお、エンディング後のお話ですね！
グＥ (採点:3)
途中の雰囲気がすごくいいだけに・・・、最後のシーンをもう少しこってほしかったと思ってしまいました・・・。
naoki (採点:1)
中途半端ですねぇ。秋月さん、出た意味がほとんどないし。
Ｇａｒａ (採点:2)
ただの同級生が何故祐一の好きな相手が「消えた」なんて事まで知ってるのかが疑問。名雪の悲しみを描写しておいて、その件はそのままで、真琴の復活に話が行ってしまうのでは、何の為に名雪がでてきたのか判らない。書きたいシーンだけ書いて、解決は考えていない、といった感じ。
かずき (採点:3)
秋月ちゃんかわいそう〜
ugen (採点:4)
それぞれの心情の書き方がうまいけど、うまくつながらないで、説明的になっているのがマイナス
kuryu (採点:3)
なんか、短いながらも思いが伝わってきました。
tabibito (採点:4)
ハッピーエンドは大好きです。秋月さんもいい味出してましたね。
雨音 (採点:2)
ハッピーな終わり方にケチつけるのは嫌なのですが、この場合あまり即物的な終わり方にしない方が良いのではと思いました。
橘征五郎 (採点:1)
まずは基本的な文章作法の勉強を。秋月に背景がなく魅力がない。どこかで利いたことのあるような台詞ばかり。ぶつ切りの単語の連続はリズムと見た目が悪いばかりで逆効果になってしまっている。
taka (採点:5)
信じ続ける祐一が、一番かっこいいと思います・・・。ゲーム本編でもそうでしたし。
はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 こういう静かな文体で心に残るには、単調だとむりですね。そこらへんが気になりました。
全採点
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