『春の日に』
新学年になり暖かくなってきたある休みの日、俺がリビングにいると名雪が唐突に話を切り出してきた。
「前から聞きたかったんだけど、祐一と美汐ちゃんって付き合ってるの？」
はぁ？
「お前いきなり何言い出すんだよ。何で俺と天野が付き合ってるって思うんだよ」
「だって祐一と美汐ちゃんっていつも一緒にいるからそうなのかなって。違うの？」
「別に俺たちは付き合ってねぇよ」
そう、俺たちは付き合っているわけではない。
真琴が消えてから自然と俺たちが一緒にいる時間は増えたが。
「じゃあ祐一は美汐ちゃんのことをどう思っているの？」
「そうだなぁ。そばにいると安らげる、心から信頼できる友人かな」
今の俺にとって、欠くことのできない存在だな。
「……それって」
「ん？どうした」
「なんでもないよ。じゃあ毎週土曜日に二人で何してるの？」
確かに土曜日の放課後に二人でものみの丘に行っている。
「まあ、ものみの丘でピクニックみたいなもんだ」
「どんなことしてるの？」
「ん〜？そうだな、まず天野が作ってきた弁当を食うぞ」
「美汐ちゃんの手作りなんだ」
「ああ、作る手間は変わらないからって俺の分までな」
結構俺の好みの味付けなんだよなぁ。
「それで、その後は？何かお話してるの？」
「特に。空を見たり、風の音を聞いたり、草の匂いをかいだり……。ものみの丘の雰囲気を感じてるんだ」
お互い何を考えているかわかるっていうか、言葉はそんなに必要じゃないんだよな。
「退屈じゃないの？」
「そうでもないぞ。ああいった静かな時間は嫌いじゃないからな」
だからといって雪の中で二時間も待たされるのが好きなわけでもないが。
「今変なこと考えてなかった？」
「そんなことはないぞ」
すかさず否定しておく。
名雪のやつ妙に鋭いところがあるからな。
「ま、その後は商店街に行くんだ」
早めに話題を変えておく。
「百花屋に行ってコーヒー飲んだり、本やＣＤ、たまに服とかアクセサリーなんかも見に行くぞ」
「……へぇ」
「そういえばこの間はチケットがあるからって映画を見たっけ……」
「……確か今やってるのは」
「恋愛ものだったな。結構面白かったぞ」
ああいうのってつい眠くなるんだけどあれは最後まで見てしまったな。
「他にも服が安いからって隣町まで服を買いに行ったり……」
「……隣町って確か水族館があるんだよね」
「そうそう。来たついでだからって買い物する前に行ってみたけど、凄くキレイだったぞ」
あそこは割と大きくて魚の種類も豊富だから見ごたえがあったな。
「……よかったね」
「その後服を買いに行ったけど天野は結構センスがいいみたいだぞ」
あの時着ていた服もかなり似合っていたし。
「……そう」
「まあ最後には天野を家まで送っていく、と。だいたいこんなところだ。普通だろ？」
よくある友達付き合いだよな、うん。
「……………………」
ん？名雪のやつ黙っているけど、どうしたんだ？
「どうした？名雪？」
「………………………………ょ」
「え？なんだって？」
「全っ然普通じゃないよ！！！」
「うおっ！」
いきなり大声出しやがってなんだっていうんだ。
「祐一本気なの？毎週デートしといてただの友達だって言うの？」
「デートなんてそんな大げさな……」
「大げさなんかじゃないよ！！普通ただの友達がそこまでする？」
「いや、名雪の勘繰りすぎじゃ……」
「しかもたまにお夕飯に御呼ばれされたりして御両親にも挨拶済みでそれで普通だって言うの？」
違うのか？
「はぁ……。祐一はもうちょっと美汐ちゃんのこと考えたほうがいいよ」
「む、むぅ……」
「じゃあ、わたしの話はここまでだから。しっかりね」
そう言い残して名雪は自分の部屋へと戻っていった。
名雪にしっかりしろと言われるとは……。
マジで考えないとな。
「天野、か……」
それから俺はものみの丘に来た。
「一人で来るのは久しぶりだな」
土曜日以外でもここに来ることはある。
天気の良い日とかに天野と天野の家に預けているぴろと一緒に来るのだ。
ぴろが天野の家に預けられているのは水瀬家には名雪がいることと、ぴろが天野に懐いているためだ。
ちなみにぴろには真琴とおそろいの鈴をつけている。
ぴろもあの鈴がお気に入りらしい。
それから俺は真琴が消えた場所に立って考える。
俺にとって真琴がどういう存在なのか、…………天野がどういう存在なのかを。
「なあ、真琴……」
しばらく考えてから俺はどこにもいない真琴に話しかける。
「俺たちはここで結婚式を挙げたよな。あの時おまえと結婚したいって思ったのは嘘じゃないぜ」
愛していた……
「おまえが消えてしまうことを覚悟していたのに」
でも俺は弱かったから……
「いつまでもおまえを待ち続けた」
涙を流さなかったのはすぐに帰ってくると思いたかったから……
「そんな俺を天野は助けてくれたんだ」
あまりに自分と似すぎていたから……
「天野はもうおまえが帰ってくることはないと教えてくれた」
この丘の伝説から、そして自分の過去から……
「天野は自分の傷を広げてまで俺を助けてくれた」
人のためにそこまでできる天野だから……
「そんな天野だからこそ、俺は惹かれ始めたんだと思う」
真琴が消えてからずっとそばで支えてくれた天野に……。
そこまで語ると不意にある音が耳に飛び込んできた。
鈴の音だ！！
「真琴？！」
俺は弾かれるように音がした方へと振り向いた。
しかしそこにいたのは……
「……なんだ、ぴろか」
ぴろだった。
俺は思わずその場に座り込む。
「はは……、今帰ってこないって言ったばかりなのにな」
やはり心のどこかではあきらめきれていないようだ。
「まったく、タイミングが良すぎるぞ……。どうしたんだ今日は、一人で散歩か？」
そう言って話しかけると、急にきびすを返して鈴を鳴らしながら森の方に行ってしまった。
しばらくそちらのほうを見ているとまたぴろが森から出てきた。
……今度は天野を連れて。
「ふぅ。どうしたんですか、ぴろ。急に走り出して……」
そう言って天野は辺りを見回すと俺がいることに気づいたようだ。
「こんにちは、相沢さん。今日は土曜日ではないのに、奇遇ですね」
天野はこちらに来るとそう言った。
天野も俺が１人でものみの丘に来ることがないと知っていたから意外だったようだ。
「よう、天野。今日はぴろの散歩か？」
猫の散歩に人間が付いて行くってのはあんまり聞いたことがないが。
「いえ、そういう訳では……。ただぴろが私をどこかへ連れて行こうとしていたようですから、ぴろの後に付いて来たらここで相沢さんに会ったんです」
ぴろが？思えばこいつも不思議な奴だよな。
橋の上から落とされても真琴に懐いていたり、真琴の話じゃ財布を持ってきたのもこいつだとか……。
「それで相沢さんはどうしてここに？」
天野が話しかけてきたため視線をぴろから天野へと移す。
「ん？まあちょっと考え事。それと真琴に話しておきたいことがあったから」
「あ……、お邪魔してしまいましたか？」
「いや、ちょうど終わったところだ。それでな、あ〜、天野。おまえにも話があるんだが……」
ぴろに見られてると思うとな……と、視線を足元に移すとそこにいたはずのぴろの姿がなくなっていた。
俺の気持ちを察したのかただの気まぐれか、妙に気の利いた猫だ。
「私に、ですか？」
「ああ」
そう言って俺は立ち上がり、一度深呼吸してから天野に伝える。
「天野。俺はおまえのことが好きだ」
俺が自分の気持ちを伝えてから数十秒間、天野は自分が何を言われたか理解することに費やしてから口を開いた。
「あ、あの……。私、ですか？」
天野は顔を真っ赤にしながらかなり戸惑っているようだ。
それはそうだろう。
俺も自分の気持ちに気づいてから、三十分も経ってないからな……。
「ああ、そうだ」
「で、でも、あの……。真琴の、ことは……？」
「真琴のことは今でも愛している。でも天野に惹かれていることに気がついたんだ」
我ながら調子のいい話だとはわかっている。
それでもこれが今の俺の気持ちなんだ。
もともと良い返事をもらおうだなんて思っていない。
ただこれから俺が天野をどのように見ていくかを伝えておきたかっただけだからな。
それから天野はだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。
「あの、相沢さんは誰が一番好きなんですか？」
天野のこの質問に俺はしばらく考えてから答える。
「今のところ真琴、だと思う」
天野のことは好きだが、まだ真琴のほうが好きなんだと思う。
「そう、ですか」
天野は少し沈んだ声で答える。
まあそうだよな。
告白されたと思ったら二番目だった、なんて……。
「真琴は、凄いですね……」
天野が続ける。
「たった一ヶ月にも満たない時間でこんなにも相沢さんの心に残っているのですから」
そうだよな。
一ヶ月もいなかったんだよな、真琴は。
「出会ってからの時間はもう私のほうが追い越しているのに……」
……天野……？
「相沢さん。私の答えは……」
それだけを言うと、天野の顔が近づいてきて……
……天野の唇が俺の唇に優しく触れた。
今度は俺が固まる番だった。
天野の唇が触れたところに手で触れて考える。
え……と、キス……された？
「天野……？これが答えって……」
つまり天野も俺のことが……？
「はい。私も相沢さんのことが好きです」
「で、でも俺はまだ真琴のほうが好きなんだぞ？」
頭の中が混乱してるな、俺。
「わかっています。私達があの子達のことを忘れることなんてできませんから……」
天野は少しだけ眉を伏せるとそう言った。
「天野……」
天野もやっぱりまだ引きずっているんだよな。
なんと声をかけたらと考えていると、天野が顔をあげて
「だから相沢さんにはもっと私のことを好きになってもらいます。今は真琴のほうが好きでもこれから私のことを一番好きになってもらいますから」
にっこり笑ってそう言った。
天野ってこんな性格だったか？
確かに最近は明るくなって友達もでき、よく笑うようになったが……。
「さっきのキスは真琴と相沢さんへの宣戦布告です。私のファーストキスなんですから、負けませんよ」
そう言って笑う天野の顔は凄く綺麗だった。
「これからは私のことを名前で呼んでくれませんか？私も祐一さんって呼びたいですから」
宣戦布告のあと天野はそう言ってきた。
前からそう呼ぼうかって考えていたけどそんな機会がなかったしな。
「そうだな。これからもよろしく、美汐」
「はい、祐一さん。こちらこそ『末永く』お願いしますね」
「そ、それって……」
なんだか早くも負けそうな予感が……。
＜注意＞
これ以降の蛇足を読むと作品の雰囲気を著しく損なう危険があります。
やや壊れ気味ですからそういうのが好きな人だけ楽しんでください。
あえてタイトルをつけると『美汐ちゃん大暴走 〜恋する乙女ですから〜』といった感じになります。
蛇足其の壱『私がしっかりしないと』
「美汐はいつから俺のことが好きだったんだ？」
「そうですね……、結構前からですよ。お弁当を作ってきたり、映画館や水族館に誘ったり、アプローチしたつもりなんですが祐一さんは全然気づいてくれなかったみたいですね」
「気づかなかった……」
「私は祐一さんが私のことをどう思っているか気づいてましたよ」
「え？」
「祐一さんが私のことを友人だと思っている、その奥にある気持ちを」
「俺が自分の気持ちに気づいたのは三十分ぐらい前なのに……」
「ふぅ。でもまあここまで鈍ければ私がしっかりと手綱を握っている限り、浮気される心配はないかもしれませんね」
「う、浮気って……」
一応俺って真琴と結婚式挙げたんだけどな……。
蛇足其の弐『時には演技も使います』
「そうそう、祐一さんこれから時間ありますか？」
「ん？あるけど、どうしたんだ？」
「あのですね。うちの両親、特に父のほうが一度ゆっくりと祐一さんと話がしたいそうです」
「それって……」
「いつもは祐一さん夕御飯を食べた後は帰ってしまいますから。今から家に来ませんか？あ、どうせでしたら家に泊まっていってもよろしいですし……」
「い、いや……。さすがにそれは……。明日学校もあるし……」
「……家には今は使ってない部屋がひとつだけあるんですよね。あの子がいつ帰ってきてもいいようにって綺麗にした部屋が……。たまには誰かがあの部屋を使ってくれたらと思ったんですが……」
「あぁぁ。わかった、わかったから。そんな顔するなって、行くよ、行く。泊まらせて貰います」
「そうですか。それでは準備があるでしょうから今から祐一さんの家に行きましょう。ぴろ！帰りますよ！！」
泣いた鴉がもう笑った……。
ぴろもどこからともなくこっちに向かって走ってくるし……。
俺、騙されてない……よな？
蛇足其の参『婿養子でもいいですよね』
「……ただいま」
「おじゃまします」
「うな〜」
「あ、お帰り祐一。美汐ちゃんと……ぴろちゃんと一緒だったんだね！！」
「ああ、途中からな。それと名雪、ぴろに触るなよ」
「う〜、祐一の意地悪。いいよ。こうなったら祐一の晩御飯は毎日紅しょうが！！」
「なんでそうなるんだよ。俺はおまえのためを思ってだな……」
「ふふふ、いいじゃないですか祐一さん。そうなったら毎晩私の家でご飯を食べたらいいですよ」
「み、美汐？」
「あ、どうせでしたら毎晩といわず毎食でもいいですよ。部屋もひとつ空いてますし歓迎しますよ」
「美汐ちゃん、それって……？それに二人の呼び方……」
「そうだ名雪さん。祐一さんは今日家に泊まることになりましたから、秋子さんにそのように伝えておいてください」
「え？え？美汐ちゃん？ゆ、祐一本当なの？」
「ああ、今日は美汐の家に泊まることになったから」
「祐一さんは私が責任を持って学校までお送りしますからご心配なく」
「あ、はい。よろしくお願いします……？」
「お礼なんていいんですよ。祐一さんは未来の旦那様ですからお世話をするのは当然です」
…………モウケッテイジコウナンデスカ……？
投票結果
村人。 (採点:5)
あー……美汐、可愛いですねぇ……。天然の積極的、という感じが♪
Kanade (採点:4)
美汐さんの有無を言わせない所が素敵
空明美 (採点:4)
蛇足……う〜ん、微妙です。私はない方が好きかも。
名夜 (採点:3)
名雪、粘着質…？（汗） キスシーンの描写、好きです。
Lv2 (採点:4)
序盤の祐一のずれまくった会話がグッドです。
荒野草途伸 (採点:4)
別に蛇足とか、そういうの言う必要無かったんじゃないですか？蛇足じゃないし
かれーまん (採点:4)
「蛇足」も含めて気に入ってしまいました。
紅 虹葉 (採点:3)
蛇足の美汐の強引っぷりが良い感じですね
名無しさんだよもん (採点:4)
キスした時からとっくに壊れてるような気がするが、それはそれで！
雨音 (採点:4)
最後の壊れの所も面白かったです
通行人Ｂ (採点:3)
ご本人が蛇足といっている部分、ないほうが評価高かったです（数字に表れるかはわかりません).
TOM (採点:3)
美汐のキスあたりのところが結構グッときました。
ＪＩＭＭＹ (採点:4)
お互いの気持ちに気がついて…という展開かと思いきや、美汐さんの祐一お持ち帰り大作戦、な話でしたね。「蛇足」、の展開を念頭に置いてから告白シーンを読み返すと、あの「数十秒の間」は、「言われた事を理解する為」ではなくて「よっしゃああっ！ＧＥＴだぜい！」と叫ぶのを堪える為の時間だった様な気がしますね。
グＥ (採点:4)
天野への気持ちに気づかなかった祐一がいい感じでした。そして告白シーン、なんか二人らしくてとてもよかったです。
ugen (採点:4)
蛇足は蛇足でおもしろかったけどもやっぱり雰囲気が壊れるのでないほうがいいかも
かずき (採点:5)
面白い、特におまけが。
kuryu (採点:4)
最後のおまけが、ナイス
REV (採点:4)
…蛇の足が気に入ってしまいました。
橘征五郎 (採点:2)
三点リーダーの多用が見苦しい。蛇足だと思ったのなら書かなければいい。敢えて書いたのなら言い訳はしないこと。祐一のキャラが違う。文章のレベルが低い。
naoki (採点:4)
祐一くんがうらやましかったり。
はぐ (採点:1)
採点不能「最悪です」 感じた事：読み疲れしてたところにあの蛇足。採点する気になれません。
taka (採点:3)
シリアスで終わったと思ったらおまけですか・・・。そういったノリは好きですが（笑）
ヘキサ (採点:5)
蛇足が面白かったです
Ｖｉｓ (採点:4)
蛇足も加わって２つの美味しさ。
全採点
5点 : 15
4点 : 49
3点 : 47
2点 : 25
1点 : 7
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