緑と青と
普段は見えない街の別の顔が見える場所――ものみの丘。
季節は春。ものみの丘も冬とは違った青々とした緑が広がっている。
何気なく視線を上げてみるとそこに見えるのは抜けるような青、所々に小さな雲が流れている。
そんな中に佇む少女が、一人。
天野美汐、その人である。
俺は何をするでもなくその光景に見入っていた。
彼女の周りでは、まるで時の流れさえ止まったような気がする。
そよ風が、流れる。美汐の柔らかい髪とスカートがふわりとゆれた。
そんな幻想的な雰囲気を…
「ゆういちぃ〜！ みしお〜！ 何してるのよー！」
…叩き壊して丸めて捨てるような声が高らかに、響いた。
はぁ、とため息をつきつつも声の主の元へと足を向ける。見ると美汐の方もそちらに向かっていた。ほとんど同時に辿り着く。
そこに居たまさに元気の塊のような少女、と猫一匹。
沢渡真琴とその相棒(？)のぴろである。
ちなみにぴろはいつもの定位置である真琴の頭の上でお昼寝中だった。
「せっかく丘に来たのに何ボーっとしてるのよう」
何も丘に来たからといって走り回らなければならないという事は無いのだが。
しかし、真琴の中でそれはすでに決定済みの事項らしく、さっそく美汐を引っ張りながら駆け出した。
「ちょっ、真琴。待って下さい。真琴ったら」
弱々しい美汐の抗議は、しかし真琴には届かない。
満面の笑みを浮かべて走り回る真琴を見ているうちに、美汐も楽しくなってきたらしく、自然に表情がほころぶ。
俺も混ざろうと走り出そうとした矢先、足に何か柔らかいものが当たった。
「ってこれ、ぴろじゃないか」
ついさっきまで真琴の頭の上に居たが、どうやら寝たままの状態では、走り回る真琴にしがみついている事は無理のようだ。
俺はぴろを猫掴みで拾い上げるとぴろが痛くない様にゆっくりと歩いていった。
真琴も美汐も飽きたのかもしくはただ単に走り疲れたのか、それとも芝生が気持ちいいのか、地面に横になっていた。
「ほら、真琴。落ちてたぞ」
俺はぴろを真琴に少し乱暴に渡すと自分も二人にならいゴロン、と横になった。
「んーーーっ！」
思いっきり背伸びと深呼吸をして、春特有の日向の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
あまりの心地よさに目がトロンとしてくる。ふと見ると真琴は早々に寝息をたてていた。ぴろも再びお昼寝タイムに入っている。
「祐一さんもお昼寝したらどうですか？ 後で私が起こしますから」
「そうする、ふわぁぁ」
まぶたを閉じ、まどろみに身をゆだねる。
深く、フカク、意識が落ちていく――
夢を見ていた。
あの年の春、美汐のことをまだ天野と呼んでいたあの頃の夢。
俺と天野は真琴が消えてちょうど二ヶ月後に何食わぬ顔で寝ていた真琴を見つけた。
いつものように、だが時期的に最後だと思う肉まんを持ってものみの丘を訪れたときだった。
天野は、泣いた。
昔も、そしてよく笑うようになった今も、あの時ほど感情を素直に表した天野を俺は見たことが無い。
もちろん俺も泣いた。
涙なんて枯れているかと思ってたけれど、嬉し涙はちゃんと流すことができた。
あれから1年、いろいろな事があった。
真琴が水瀬家に正式に引き取られた。そういえば、皆も泣いていた。
天野が水瀬家に遊びに来るようになった。秋子さんはもちろん歓迎した。
真琴が正式に保母さんになるために勉強をはじめた。やる気は十分なようだ。
まだまだたくさんの事があったけれど、一番大きな変化は俺と天野――美汐が付き合い始めたこと。
その頃からやっとお互いに名前で呼び合うようになった。
一番祝福してくれたのは、真琴だった。
美汐は後から掠め取ったようで後ろめたさがあったみたいだった。
でも真琴は、真琴らしくあっけらかんと言った。
“一番好きな人同士が一緒になるんだから真琴もとっても幸せ！”
それからは美汐も素直に喜ぶことができたみたいだった。
それから季節は巡り、また春がやって来た。
今も、俺の隣では――
「あら、起きてしまいましたか？」
美汐が、微笑んでくれていた。その向こうには真琴のあどけない寝顔も見える。
「いや、美汐にばかり寝顔を見せるのもどうかと思ってな」
身を起こしてもう一度背伸びをする。
美汐がやれやれと言った表情をしている。
「では、お言葉に甘えて」
美汐が真琴の隣にコロンと転がる。俺は立ち上がって、大空を振り仰ぐ。
しばらくするとスース―と言った寝息が聞こえてきた。
視線を落とすと緑色の芝生の中に埋もれるようにして二人の寝顔があった。
普段から可愛いけれど、こういう俺にしか見せない無防備な表情を見るとなんと言うか嬉しくなる。
いったん二人から視線を外し、周りを見渡す。
あまりに大きな自然、ちっぽけな人間。
芝生と空、緑と青。
しゃがみ込んで、美汐と真琴の頬を交互に突っつきながら。
俺は、毎年春は三人でこの丘に昼寝しに来ようと密かに心の中で決めていた。
投票結果
Kanade (採点:3)
美汐が無防備に寝顔を見せるまで……。どれくらい時間がかかるだろうと思うと、凄いなぁ。
名無しさんだよもん (採点:3)
まこぴーとみしおたんは相容れない気がするんだが。いわゆるハーレムエンディングって奴だ。やりたければそこら辺の説明を相当やらないと。
グＥ (採点:3)
作品全体に流れる雰囲気がとてもよかったです。
かずき (採点:3)
真琴がちょっと不憫だ。
kuryu (採点:2)
情景描写は結構よいとおもいますが、話の内容自体が薄っぺらい気がします。
ugen (採点:2)
これ単体では完成してない様に見える。だがカノンの後日談にしては肝心の部分が足りない
Ｇａｒａ (採点:4)
状況説明が済んだと思ったら、そのまま終わってしまってちょっと戸惑いました。雰囲気が良かったので話としては読めましたけどね。
橘征五郎 (採点:2)
あまりに短く内容が薄い。これでは単なる一萌えシチュエーション。何を一番読ませたいのかが分からない。祐一と美汐が付き合うようになった経緯か、それともものみの丘でのほのぼのとした一コマか。前者がメインならば書き込みが足りないし、後者がメインであるなら別に祐一と美汐が付き合う必要もなく蛇足。あとタイトルのセンスは悪い。
ANJU (採点:4)
シンプルな中に重みがあります。展開がぎくしゃくしてると感じました。ブロットを立てて論理構成をきちんとすると良くなるのではないでしょうか。
naoki (採点:3)
タイトル緑と赤だったら……ただのギャグになりますか。悪くはないですけどね。
taka (採点:3)
うにゅ・・・。ほのぼのしてて良いと思います。
全採点
5点 : 3
4点 : 23
3点 : 71
2点 : 42
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