「冬の夜の一風景」
「じゃ…行ってくるわね、名雪」
「うん。いってらっしゃい、お母さん」
「気をつけてくださいね、秋子さん。
この雪のせいで、あちこちで事故が多発してるらしいですから」
「ふふっ、私は大丈夫ですよ。
それに、名雪も気をつけるのよ」
「え……？」
戸口を開け、吹雪の中へ踏み出す秋子さん。
ふと振り返り、
「というわけで祐一さん、名雪をよろしくお願いしますね。
…変なことしちゃだめですよ？」
「あ…秋子さんっ！」
思わず２人の顔が紅潮する。
「冗談です」
秋子さんはにっこりと笑い、扉を閉めた。
何となく顔を見合わせる俺と名雪。
そして、しばし漂う妙な雰囲気。
「あー…とりあえず、部屋にでも戻るか…？」
「う…うん、そーだね…」
そんな空気の中、２人は何となく、呆然と呟き合った。
仕事の〆切りが近いとかで、秋子さんが友人の家に泊まりこむことになった。
…ちなみに何の〆切りかは分からない。そもそも何の仕事かも知らない。
ともかく…その数日間の留守を、名雪と俺が預かることになったわけだ。
しばらくして。
部屋でくつろいでいた俺のところに、良い匂いが漂ってきた。
その匂いにひかれて、リビングへ向かう。
「いい匂いだな…」
「あ、祐一。もう少しでできるから待っててね」
コンロに、ほかほかと湯気を上げる鍋が乗っていた。
名雪の得意料理、秋子さん直伝、スキヤキ風鍋だ。
「お、うまそうじゃないか」
「もちろん。わたしが腕によりをかけて作ったんだよ」
「何か手伝おうか？」
「ううん、大丈夫。その代わり、お皿運んでおいて」
「あいよ」
取り皿とレンゲを棚から出し、テーブルに置く。
「気をつけてね〜」
そこに名雪が鍋を運んできた。
あらかじめ敷いておいた鍋敷きに、ゆっくりと乗せる。
「お待たせっ」
テーブルに向かいあって座る俺達。
さっそく箸に手を伸ばす俺を、名雪が制止する。
「ちゃんといただきますしなきゃダメだよ」
「分かったよ」
手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
「あっ、それ俺が狙ってた肉！」
「さっきわたしのおトーフとったお返しだよ〜」
「シラタキやるから肉返せ」
「はぁ、あったまるね…」
「うわ無視かい」
「お肉、また入れればいいのに」
「それもそうか…」
「じゃ、ついでに色々入れよっ」
「…ちょっと待てぃそのビンは」
「せーのっ」
どばっ。
「……」
「ほら、おいしそう」
「この肉、名雪にやる」
「え…どうして？」
「イチゴジャムの入ったナベなんぞ食えるかっ！」
「おいしいよ〜」
「…食べてるし…」
「祐一、食べないの？」
「遠慮しとく…」
そんな平和な（？）食卓を繰り広げていた俺達は、当然のことながら気付かなかった。
２階の片隅に響いた、小さな破砕音に。
風呂から上がると、名雪がテレビの前に座っていた。
「あれ名雪、まだ起きてたのか？」
「……」
「名雪？」
「くー…」
「…やっぱり寝てるし…」
とりあえず揺り動かす。
「おい名雪、起きろ」
ゆさゆさ。
「…うにゅ」
割と簡単に起きてくれた。
「わたし、眠い…」
「うにゅじゃない。こんなとこで寝ないで布団行ったほうがいいぞ」
「うん、そうする…」
目をこすりながら立ちあがる名雪。
なんだか足元がふらついている。
「大丈夫か？」
「くー…」
大丈夫じゃないらしい。
仕方ない、部屋まで連れていくか…
ごん。
「…痛い」
「…名雪、そこは階段じゃなくて冷蔵庫だ」
ごつっ。
「いきなり壁に突っ込むんじゃないっ！」
多少手間取りながらも、なんとか２階にたどり着いた。
「…なんか、妙に寒いような気が…」
思わず自分の身体を抱える。
底冷え――というにはあまりに冷たい、空気。
とはいえ北国の夜だと、これくらい冷えて当然かもしれない。
相変わらず半端な睡眠状態の名雪を、手を引いて部屋まで誘導する。
「んじゃ、ちゃんと布団入れよ」
「うん…おやすみ、祐一」
名雪がドアを開けるのを見届け、俺は階下へ戻…ろうとした。
瞬間。
猛烈な冷気が俺の背を襲った。
「な…なんだっ！？」
振り向く。
「わ……」
名雪は、ドアを開けた姿勢のまま立ちすくんでいる。
俺は走り寄り、部屋の中を覗き込んだ。
「うわ…」
思わず、名雪と揃って間抜けな声をあげる俺。
２つある窓のうち、道に面している側。
防寒用に二重になっているはずのそれがひとつ、粉々に砕けていた。
吹雪の圧力に耐えられなかったのだろうか。
寒風と共に、雪がびゅうびゅうと吹き込んでいる。
ベッドとその周辺は、すでに白く染まっていた。
けろぴーが見当たらないが、おそらく雪に埋もれて冬眠していることだろう。
ぱたん。
「ど…どーしよう」
「う〜…これじゃ寝られないよ…」
ひとまずドアを閉め、呆然と呟くふたり。
名雪も、今の冷気で少々目が冴えてしまったらしい。
「…別の部屋を使うしかないか」
「そうだね…」
「秋子さんの部屋は…ダメか、何が置いてあるかわからないし…」
「お願い、祐一」
上目遣いでこちらを見る名雪。
「確か２階の客間が空いてたよな。あそこ使うか」
「祐一……」
「あ、ダメか。あそこの布団、しばらく干してないから」
「……」
「……」
「……」
「わかったわかった、俺のベッド貸すよ！」
「うん、ありがとうっ」
ぐっ…
いつもこのパターンで断りきれない…
「とりあえず、あの窓どうにかして塞いでくるから」
「あ…わたしも手伝うよ」
「いいよ、そんな面倒な作業でもなさそうだし」
けろぴーは助けられそうにないけどな…
俺は胸の中で付け加え、
「じゃ、先に部屋で待っててくれ」
言って、材料を取りに１階へ向かった。
「これで…仕方ないか」
震えを抑え、手についた雪を振り払う。
塞ぐ・・といっても、壊れたガラスを直せるわけもない。
ダンボールをガムテープで張りつけるだけの応急処置だ。
雪は防げるが、入りこむ氷点下の大気までは留められない。
さすがに全身が冷えきってしまった。
名雪には悪いけど、けろぴーは諦めてさっさと部屋に戻ろう…。
部屋に帰ると、毛布を身体に掛けた名雪がベッドに座っていた。
「あれ、まだ寝てなかったのか」
「いくらわたしでも、こんなに寒い中で寝られないよ…」
もっともだ。
ガラスが割れてからずいぶん経っていたらしく、２階全体が既に零下の世界になっている。
１階には暖房が効いていたので、俺達は気付かなかったが…
…暖房。
「そういえば、この部屋にも暖房あったな」
「…気付くの遅いよ」
そう言われても困る。
リモコンを手に取り、ボタンを押す。
ポチっとな。
ぶつっ。
夜の闇が部屋を包んだ。
「…あれ？」
「祐一が壊した…」
「違うっ」
ボタンを押すと壊れるエアコンなんて、俺は少なくとも知らない。
それに、窓の外。
普段なら吹雪の向こうに見えるはずの、家々の明かり。
それが今は消えてしまっている。
「…停電？」
「たぶん、雪で電線が切れたんだろうけど…」
「寒いね…」
「ああ……」
寒気のせいで眠ることもできず、俺達は仲良く揃ってぼーっとしていた。
静かな部屋の中に、ただ吹雪の音だけが響く。
「そうだ、祐一っ」
唐突に名雪が声をあげた。
「ん？」
「ちょっと、むこう向いてもらえるかな？」
「あ…ああ、いいけど」
俺は疑問を持ちながらも、名雪に背を向ける。
そこに。
「えいっ」
後ろから名雪が抱きついてきた。
「うわわっ、ちょっ…」
慌てふためく俺を置いて、名雪は布団を引き寄せる。
それを、ぱさっ、と広げ、２人に巻きつけた。
「お互いに暖め合えば、きっとあったかいよ」
…きっと、妙な心などないのだろうが…
そーいう言葉を平気で言われると、こっちのほうが恥ずかしくなってくる。
でも。
「ああ、そうだな…」
「うん…祐一の背中、あったかい…」
冷たい部屋。
ただ、暗い部屋。
ああ、そうか。
あの時の名雪も、こんな部屋にいたんだ。
頼りにしていた存在、秋子さんという人を失って。
冷たい部屋。
暗い部屋の中。
誰もいなくて。
誰も、見えなくて。
何も、見ていなかった。
７年前の俺のように。
温もりを失い。
絶望し。
差し伸べられた、他の暖かさを拒み。
ひとり、泣いていた。
でも、今は。
名雪はこうして、俺を信頼してくれている。
温もりをただ甘受するのでもなく。
傷を舐め合うのでもなく。
互いに、大事な温もりを分かち合える。
そんな、ふたつの存在。
「名雪…起きてるか？」
背後に声をかける。
くー……
返事は、小さな寝息だった。
俺は苦笑して、肩越しに名雪の顔を見た。
無垢で、安らかな寝顔。
その肩に掛かる髪を、俺はそっと撫でる。
ストレートの長い髪が、さらっ、と小さく揺れた。
俺の身体をしっかりと抱く、細い腕。
俺は自分にかかった布団を少し持ち上げ、名雪の肩に掛け直した。
１度だけ、その頬に触れる。
そっと、
「おやすみ、名雪」
その耳にささやいた。
そして俺もいつしか、心地よい眠りに引き込まれていった。
冷たい部屋。
暗い部屋の中。
自身の背に、
大切な――大好きな人の、確かな温もりを感じながら……
『朝〜、朝だよ〜』
…………
『朝ごはん食べて学校行くよ〜』
「…ん…」
いつもの朝。
目覚し時計の名雪の声。
『朝〜、朝だよ〜』
俺はいつものように、目覚ましのスイッチに手を伸ばした。
…つもりだった。
すかっ。
「…あれ？」
俺は目を開けた。
「…………」
あ、そうだった。
確か昨日、名雪と一緒に…
『朝ごはん食べて学校行くよ〜』
「くー…」
名雪の寝息。
ようやく頭がはっきりした。
とりあえず目覚ましを止めないと…
俺は立ちあがろうとする。
ぐっ。
その身体を、名雪の手がしっかりと抱き止めた。
「うにゅ、けろぴー」
「…俺はけろぴーじゃない。離せ」
「……くー」
俺は…なんとなく、イヤな予感を抱いた。
時計を見る。
いつもより、３０分ほど遅い。
目覚ましの設定が、日曜日のままになっていた。
と、いうことは…
俺は名雪の肩をがしっと掴む。
「おい名雪、起きろっ！」
「みゅ…」
「みゅーじゃない、遅刻するぞ！ 名雪っ！」
『朝〜、朝だよ〜」
「あああせめて目覚ましくらい止めさせてくれぇっ！」
「くー……」
「起ーきーろぉーっ！」
こうして。
再び、俺達の日常が始まる。
平和で、慌ただしくて。
でも、幸せな日常が。
この場所で、
俺はきっと、この日常を続けていける。
愛しくて、
大切な、
この、お寝坊な恋人と一緒に。
いつまでも――――
投票結果
久慈光樹 (採点:3)
悪くなかったです、でももうちょっと展開に山が欲しかったかも。
TOM (採点:2)
お約束のシナリオと、お約束のセリフ。でもそれだけ・・・。いわゆる「やおい」ですね。
Ｇａｒａ (採点:3)
何が起こるのかな、と思ったら何もありませんでしたね。ほのぼのなのは良かったです。
グＥ (採点:3)
作品に流れる名雪と祐一の雰囲気がよかったです。
yuxsan (採点:5)
凄く幸せな風景です〜
かずき (採点:3)
盛り上がりも事件もない普通のＳＳだった。
kuryu (採点:2)
吹雪で窓ガラスは割れないような・・・、ストーブない状態で寝たら、さすがに凍死するような気がします。
ugen (採点:3)
話は悪くないと思うが、雪国で、雪で電線が切れることは無いと思う
橘征五郎 (採点:1)
名雪の可愛さ、祐一の名雪に対する愛情がこの話のメインなのだろうが、文章力のなさのせいでまるで伝わってこない。特にラストのパラグラフの辺りは読んでて苦痛なほど酷い。話自体もありがち。
naoki (採点:3)
別に窓をわらなくても、この手の話は作れる気がします。
はぐ (採点:1)
「読むのは疲れました」 これでシーン描写がちゃんとしていれば雰囲気のいい作品なのでしょうが。おおまかな流れはよかったです、とはいえ、可もなく不可もなくといったところ。
taka (採点:2)
・・・外はどんなことになっているのかが相当知りたいのは私だけでしょうか。
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