指輪
ボクは、ベッドの中で、ただ、時が流れるのを待っている。
慣れないお酒のせいで、ちょっといつもよりぼーっとするけど、それでも、ボクはなんとか眠ってしまわないように自分に言いきかせる。
ボクが退院して、この家の住人になってから、もうすぐ３年になる。
なんとか勉強を頑張って、ちょっと遅れたけど高校に入った。
髪も背中まで伸びたし、７年間眠っていたせいであまり成長していなかった体も、背が少し伸びたし、胸も、腰まわりもそれなりに育ってくれた。
それでも、名雪さんほどスタイルが良くないのがちょっと残念、かな。
そしてなにより、祐一くんといつも一緒にいられた、そんな３年間だった。
２０歳。
なってみれば、それほど感慨が沸いたわけでもなかったけれど。
それでも、今日はボクの２０回目の誕生日。
ふふっ。
今日のことを思いだすだけでも、笑みがこぼれてしまう。
さっきまで、この家のみんなでボクの誕生日を祝ってくれていた。
ボクと、祐一くんと、秋子さんと名雪さん。
４人だけの小ぢんまりとしたパーティだったけど、それでも、家族の暖かな気持ちに包まれて、ボクはとても幸せだった。
暖かいお料理、手作りのケーキ、そして初めて許されたお酒。
…ひと口飲んだだけで頭がぼーっとしちゃって、結局コップ一杯も飲めなかったけど。
祐一くんに笑われちゃうし…うぐぅ。
そして、プレゼント。
秋子さんからはお洋服。
名雪さんからは欲しかった小説。
祐一くんからは…何もなかった。ただ、そっと「後でやるから、部屋に取りに来い」って耳打ちされた。
だからボクはこうして、眠い目をこすりながら時が過ぎるのを待っている。
でも、祐一くんからのプレゼントってなんだろう？
ボクには全然想像できなかった。
そろそろ、いいかな…？
家の中がしんと静まり返ったのを確認したボクは、パジャマの上に一枚着込んで、部屋を出た。
夜の廊下は、冷たい空気がぴん、と張りつめていた。
温まった部屋から急に寒い廊下に出たボクは、ちょっとだけ身を震わせた。
もし、スリッパをはいていなかったら、足の裏に突き刺すような痛みを感じていただろう。
足音をたてないように祐一くんの部屋の前に立って、ひとつ深呼吸。
うぐぅ…なんだかどきどきする。
意を決して、ボクは部屋の扉をノックした。
『あゆか？』
「…うん」
『寒いだろ？ 早く入ってこい』
その言葉を聞いたボクは、ゆっくりと祐一くんの部屋に入った。
「悪かったな、こんな夜中に」
ベッドに座っていた祐一くんが立ち上がって、少し笑った。
「ううん、ボクはいいんだよ」
ボクは笑って首を振った。
「酔ってないか？」
「ボク、そんなに飲んでないもん」
「それもそうか」
「で、祐一くん？ プレゼントってなにかな？」
ボクはそう、祐一くんに問い掛けた。
みんなの前では渡せないようなものなのだろうか？
「あー、そうだな…ちょっと、ベランダに出てみないか？」
祐一くんは何故か目線を泳がせて、そんなことを言った。
「え、うん、いいけど…寒いと思うよ…」
なにしろ、今は真冬。
この時期、外は氷点下を大きく下回っているハズ。
「なに、まあ、すぐ済むさ」
「わかったよ」
ボクはちょっと不思議に思ったけど、頷いた。
「すまない」
こちらを見つめる祐一くん。
その、予想外の真剣な目つきに、ボクは何故かドキドキした。
「うぐぅ…やっぱり寒いね…」
先にベランダに出たボクは、背中の祐一君のお部屋に振り向いて言った。
その言葉も、真っ白な息になってゆっくりと流れていった。
「でも、星がよく見えるね…」
ボクは雲ひとつない夜空を見上げた。
冬の澄んだ空気のおかげで、空には無数の星ぼしが瞬いていた。
明るい、暗い、数えきれないほどの星空。
ボクは、しばし寒さも忘れてずっと空を眺めていた。
不意に、後ろから祐一くんに抱きしめられた。
触れ合った体から、暖かさが伝わってくる。
「悪いな、寒い思いさせて」
耳元できこえる祐一くんの声。
「だいじょうぶ…それに今は暖かいから…」
祐一くんのぬくもりを全身に感じて、ボクは答えた。
軽く、頭を祐一くんの肩にもたせかける。
暫く、そのままじっとしていた。
「もうすぐ、３年…か。再会してから」
「そうだね…あっという間だったよ」
ボクは、今までの時間を思い出す。
祐一くんと一緒に過ごしたこの３年間は、ボクにとって何より幸せな日々だった。
「楽しかった…ね」
「あゆは…あゆはさ、今も、俺の事、好きか？」
「……どうして、そんな事聞くの？」
もしかして、考えたくはないけど、ボクの気持ち、信じられなくなっちゃったのかな…
声の震えが、祐一くんにも伝わったのかもしれない。優しく、きゅっと腕に力がこめられた。
「馬鹿、そんなに深い意味で聞いたんじゃない。単なる確認だよ」
ぽこん、と軽く頭を叩かれる。
「うぐぅ…いじわるだよ、祐一くん…」
「お前が変な事考えるからだ。少しは信用しろ」
「うん、ごめんね…ボクは、祐一くんのこと、好き…だよ」
いつもなら恥ずかしくて言えないような言葉でも、今日だけは何故かすらすらと口から滑りでてくる。
「３年前…ううん。初めて会ったあの時から、今までずっと…ね」
「ありがとう、あゆ。俺も…好きだぞ」
きゅん、と胸を締めつけられるような痛みを感じる。
幸せな痛み。視界が滲んでいくのがわかる。
「で、だ…」
祐一くんの大きな手が、ボクの手にそっと重ねられる。
「俺はまだ学生だから、指輪は買ってやれないけど…」
きゅ、と指を握られる。
左手の…薬指。
「この指…空けておけ」
え…？
「もし、俺が卒業して、ちゃんと自分で生活できるようになって…その時まで俺の事を好きでいてくれていたら…」
頭の中が真っ白になる。心臓の鼓動がどんどん速くなってゆく。
「ちゃんとした指輪…買ってやるから」
足が震える。
「今はプレゼントできないけど…今は約束しかあげられないけど…」
喉がからからになって、言葉が上手く出てこない。
「それだけは、覚えておけ」
「そ……それってさあ、祐一くん…」
震える声で、それだけなんとか口に出した。
「……何だよ」
「それって…それって…」
言葉が続かない。何も考えられないまま、さっきの言葉だけが頭の中をぐるぐると回りつづけている。
「解るだろ…何度も言わせるな」
「ボク……バカだから…ちゃんと言ってくれないとわからないよ…」
ううん、勿論本当はボクだって、祐一くんが何を言いたいかくらいはわかる。
でも、ちゃんと言って欲しい…そう思ったから。
「判ったよ…よく聞け、あゆ…」
「うん…忘れないよ…ずっとね…」
「俺がちゃんと自分の稼ぎで生活できるようになって…その時までお互いの気持ちが変わらなかったら…」
少し、間を置く。
「その時は、結婚、してくれるか…？」
涙が…涙の最初の一粒が、繋いだ手に落ちた。
ぽつり、ぽつりと、涙はとめどなく落ちてゆく。
「ボクで…本当にボクでいいの…？ 祐一くんは…」
「俺は…あゆじゃなきゃ駄目だ」
「うん…ボクも、祐一くんじゃないと嫌だよ…」
「で、返事…聞かせてくれ…」
「うん…ボクはいいよ…ううん、その時は…結婚、してください…」
振り向いて、ボクは答えた。
「ありがとう、あゆ…それから」
祐一くんの顔がゆっくりと近づいてくる。
ボクは、ゆっくり目を閉じた。
優しい、涙の味のするキス。
「誕生日、おめでとう」
投票結果
piro-suke (採点:5)
祐一が情けな格好良くて好きだなあ〜最初からズバリと言えないところとか。
かずき (採点:3)
シリアスと言うかほのぼのでは無いでしょうか。
kuryu (採点:3)
なんかやさしくなれるそんなかんじです。
グＥ (採点:3)
誕生日にベランダで告白されたあゆと告白した祐一、二人の描写がよかったです。
tabibito (採点:5)
愛しさが感じられる、良い作品だと思います
Ｇａｒａ (採点:4)
プロポーズに話を絞っている為、短くても心理描写等が濃く、楽しめました。
ugen (採点:4)
いいお話、ありがちだけども味付けがうまい感じ。
橘征五郎 (採点:3)
もったいない、というのが感想。全体的に悪くないのだが、あまりに短すぎて印象に残らない。平板なので、情景や動作の描写で緩急をつける技術を身に付けるとレベルアップするはず。
はぐ (採点:2)
「ひとまず読み切りました」 いま一歩。もう少し表現と会話に気を使えば面白くなりそう。あと題名もね。
naoki (採点:3)
ナットのリングでも渡してやったらそれはそれで面白かったかもしれませんね。
taka (採点:4)
あゆ、可愛いです。プロポーズの仕方とかが、祐一らしいですし。そこのとこがよかったです。
全採点
5点 : 6
4点 : 24
3点 : 63
2点 : 33
1点 : 5
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
戻る