中編部門結果発表（1～5位）

「お姉ちゃん、いますか～」
　結果報告も半分をすぎた頃、そんな聞き慣れた妹の声が聞こえた。
　この世界では、妹である栞はちゃんと生きている。もっとも、結果発表のＳＳで、栞が死んでいるという設定を持ってこられても困るのだが。
「えっへん。５位は私のＳＳですよ」
「栞が威張れる事じゃないでしょう」
「そんなこと無いです。美坂　栞の魅力を全世界が認めたという、証拠です」
「いいから、結果を見せなさい」
　埒があかないとみて、あたしは栞の手から、結果報告書を奪い取った。

第５位　70.57pts.
No.062 広木真紀さん作　『壊れゆく世界の片隅で恋を歌った少女』

「これは……異色作といっていいわね」
　内容自体は、オーソドックスなのだ。栞が病からの復帰する経過を別視点でみるという内容。その見せ方だ。
「レポートっぽいですね」
「レポートね」
　これは、ＳＳの書き方ではない。本来なら、感情の入らないレポートという書き方はあまりに難しい。
　だけど、この作品はそれをやってのけている。レポート形式であるにも関わらず、このＳＳに記されているキャラクターの感情が読者に伝わって来る。
　並の技術で出来ることではない。
「えっと、感想はすごいと絶賛する声と、ダメっていう両極端ですね」
「そうね……」

投票数 110 : 単純平均点 7.85

10点

9点

8点

7点

6点

5点

4点

3点

2点

1点

　採点配分をみても、１０点が多い。そして、低得点もしっかりとある。もっとも、これは魔球とも言えるような変化球を投げた以上、どうしても出てくるものだろう。
　その内容・試みとしては１００％成功していると言えるだろう。
　これだけの作品。そう簡単な思いつきでは出来なかったはずだ。一体、どれだけの努力と労力を注いだのだろうか？
　そしてそれをＳＳという作品に注いだのは何故なのだろうか？
「――美坂先輩」
　ゆっくりと、あたしを驚かせない程度の声がかけられた。考え事をしていたため、天井の方を向いていた視線を元に戻すと、そこにいたのはKanonＳＳ界の人気者だった。
「天野さんが４位の結果報告を？」
「ええ、持ってきました」
　すっと、差し出させる報告書。部下にいると、一番信頼出来そうな感じだった。いろいろ疑問は挟む余地はありそうだったが、とりあえずその報告書に目を走らせた。

第４位　70.84pts.
No.072 阿倍碧郎さん作　『彼と彼女のフォークロア』

「また、私の話のようですね」
「そのようね、天野さんと相沢君の組み合わせ。もう、何度も出てきた話になるわね」
　きっと、書きやすいのだろう。そう思う。
　もちろん、「書きやすいから書いた」というだけのSSがここまでくるはずもない。この作品も６位の作品と同様に、そのＳＳの持つ雰囲気で高い評価を貰った作品だ。
　６位とこの４位の差は、採点分布をみると一目瞭然だろう。こちらの方が、１０点の比率が多いのだ。ほとんどの採点が７点以上で固められている。満遍なく高評価でありながら、更に１０点をもたくさん貰えている。

投票数 98 : 単純平均点 7.76

10点

9点

8点

7点

6点

5点

4点

3点

2点

1点

　この二つを分けたのはなんなのだろうか？　これは、研究の余地がありそうだ。
「感想の方に目を向けると、やりとりが良かった、いい話だった、雰囲気が良かった。そんな感じのが目立ちますね」
「なるほどね」
　そう言えば、６位の作品も、天野さんの話で雰囲気が良かったという感じだった。天野さんを扱う作品は、いい雰囲気が出しやすいのだろうか？　これだけ何度も、天野さんと相沢君ものが出て。お腹一杯であろうにも関わらず、なおかつこうした作品が上位に来ということは、それだけの魅力があるからなのだろう。
「結局、いいものはいいって事ね」
「そうなりますね。それでは、失礼します」
　言って、ゆるりと頭を下げて部屋から出ていった。
　なるほど、この雰囲気は独特だった。

「よぅ、美坂！」
　あたりの雰囲気を崩すことの無かった天野さんと違って、すべての雰囲気を壊すかのように、北川君が入ってきた。
「ついにベスト３の発表だ。いくぜっ」

第３位　72.80pts.
No.072 Piro-Sukeさん作　『楽園日記』

「ということで、第３位はPiro-Sukeさんの『楽園日記』だな。無人島にたどり着いた、大活躍のオレとその周りの連中の話だ」
「そこまで自分に都合の良いように歪められると、訂正する気にもなれないわね」
　全編にわたって男性キャラだけで作られている。これは男キャラだけでもここまで書ける、という意味込みなのだろうか？
　文章のテンポもよく、すっと読み切ることが出来、読後も何とも言えない爽やかな気分になれる。さすがに、３位に入れるだけの作品だ。
「感想を見てみると……そうだな、男だけという内容に驚きつつも、面白かったって所みたいだな。その辺は共通してる。ただ相沢の行動の方で、面白いってのと違和感があるってのに分かれてる感じだな」
「そうね。あと、この雰囲気がいいというニュアンスの感想も多いみたいね」
　そう考えると、雰囲気の良さというのも上位に食い込むためには必須条件かも知れない。
　採点分布に目を向けてみると、１０点が一番多い。多いのだが、そこから階段状に続いていて、１点を付けた採点者もいる、４位の作品では１点から４点までの合計は３票。それに対して、こっちは９票もある。

投票数 121 : 単純平均点 7.79

10点

9点

8点

7点

6点

5点

4点

3点

2点

1点

　低得点を着けた人の感想が無いため、その点数の意図は残念ながらくみ取ることが出来ない。それをクリア出来ればＴＯＰをも狙えた作品かもしれなかった。

「香里ちゃん、お邪魔しますね」
「はい、どうぞ――って、秋子さん！？」
　びっくりした。
　どういう理由かは知らないが、ここは生徒会室。さっきから、ぱらぱら人が来るところを見ると、この結果発表ＳＳでは、全員を出す気らしいのは見て取れたのだけれど、まさか秋子さんまで来るとは思わなかった。
「２位の発表ですからね。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
　どうも、この人の前だと、変にかしこまってしまう。
　誰にだって、「絶対に勝てないな」と思うものがあるだろう。あたしのそれは、この世で二つ。栞の泣き顔と、この秋子さんだ。
　まあ、そんな話はどうでもいい。気を取り直して、あたしは報告書に目を走らせた。

第２位　73.71pts.
No.041 成さん作『また逢えたらいいね』

「タイムスリップものですね」
「ええ、しかもオリジナルキャラを使っての」
　ＳＳとは、どんな名作でも他人のふんどしで相撲を取っているにすぎない。そして、オリジナルとの最大の違いは、キャラメイキングの差にあるだろう。
　物語を実際に演じるキャラ（まあ、あたし達のことだ）は、当然魅力を持っている。持っていなければ書かれなどしない。そうした魅力あるキャラを使えれば、簡単に話が書けてしまう。ＳＳを書くときの魅力の一つであることは間違いない。
　問題は、そこへ二次創作者がオリジナルキャラを入れたくなった場合。
　この場合、当然の事ながら、すでにいるキャラと最低でも同等の魅力を持っていないと影が薄くなってしまう。更に、すでにいるキャラなら、ゲームを通じての読者の思い入れがあるため、それらと同等に持ってくるにはそれ以上の魅力が必要となる。
　だから、オリジナルキャラというのは難しい。精々、引き立て役になる程度だろう。
　だけど、この作品は違う。
　オリジナルキャラである、早緒里は、栞や香里に負けない魅力を放っている。簡単に出来ることではない。
　もちろん、この作品が持つ魅力はキャラだけではない。テンポ良く進む話の流れから、楽しい会話。そうした面白いＳＳ、楽しいＳＳという条件がすべて満たされている。
　これだけの内容で、順位が上に来ない方がおかしいだろう。
「香里ちゃん。採点配分を見て貰えますか？」
「……え？」
　ＳＳの内容に感心しきりだったあたしは、秋子さんの声で、我に返った。
「採点配分がいったい……あ」

投票数 110 : 単純平均点 7.96

10点

9点

8点

7点

6点

5点

4点

3点

2点

1点

　そのグラフが目に入った瞬間、驚きの声を上げてしまった。１０点の配分が、これまでのＳＳと比較にならないほど多い。
　まさに圧倒的だ。
　確かに、１点～４点の票数も１０票と多いものの、これだけの採点配分でＴＯＰになれないことに戦慄をおぼえる。
　果たして１位のＳＳには何がくるのだろうか？

「ってことで、いきなり優勝の発表だ！」
「ちょ、ちょっと相沢君！　こういう時は、もう少し――」

優勝　73.77pts.
No.043 村人。さん作『恋と素敵な魔法のはなし』

「ということで、優勝は村人。さんの『恋と素敵な魔法のはなし』だ。おめでとう！　――香里、どうかしたのか？」
　どうかしたどころではない。
　なんで彼は、こうも雰囲気をぶちこわしてしまうのか。優勝の発表といえば、もう少し盛り上げるなり、なんなりするものなのに……もう、申し訳ない。
「ねえ、これってどんな話なの？」
「んー、ああ、これは俺と天野の恋愛物……まあ、定番中の定番だな」
　相沢君がこくこくと、頷きながら他人事のように言ってのけた。それに比べて、天野さんは、恥ずかしそうにしている。まあ、普段表に出たがらない人だから仕方ないだろう。
「あははーっ、テーマはありがちなんですが、お話が非常にお上手です。見せられる魅力をすべて出し切った作品だと思います」
　嬉しそうに解説をする倉田先輩に、その横でこくこくと頷くだけの川澄先輩。今回は、川澄先輩の台詞はほとんど無かった。
「ああ、でもこういうお話いいですよね。ほんと、こういう素敵な恋愛には憧れちゃいます」
　こっちはどこか夢見る少女風に語っている我が妹。憧れるのは良いけど、それを無理に実現させようとしなければいいのだけれど。
「でも栞ちゃんが言うとおり、少女漫画みたいな、ほのラブが良かったって感じみたいだね」
　月宮さんのいうとおり、良かったという感想のほとんどはそうなっている。しかし、１０点を付けた感想は意外と少ない。その考えは、採点配分をみて確認された。

投票数 119 : 単純平均点 8.08

10点

9点

8点

7点

6点

5点

4点

3点

2点

1点

　２位の採点配分とみてみれば、その差は歴然だ。２位の『また逢えたらいいね』は、１０点を多く取ったかわりに低得点もとってしまった。優勝した『恋と素敵な魔法のはなし』は１０点が飛び抜けず８～１０点を満遍なく取ったという感じだが、１点、２点の数が０票だ。
　対照的な票の獲得の仕方、結果として『恋と素敵な魔法のはなし』が優勝したけど、その差はどれくれいのものだったのか。
「はい、順位変動グラフですよ」
「え？　あ、ああ。ありがとうございます」
　なんで、秋子さんにはこっちの考えが分かったのだろう。……気にしないでおいた方が無難かも知れない。
　気にしないで、あたしはグラフに目をやった。

No.043 恋と素敵な魔法のはなし

No.041 また逢えたらいいね

　なるほど、この両者でデッドヒートが繰り広げられていたことが分かる。確かに、単純平均点でも、『恋と素敵な魔法のはなし』の方が上であり、この優勝には文句はないだろう。
　ただ……やっぱり新しい集計方法は必要になってくるのかも知れない。
「香里？　何難しい顔してるの？」
「なんでもないわ」
　ここまでの報告書をまとめたあたしは、ゆっくりと立ち上がった。
　優勝は決まった。
　それだけでなく、１位から78位まで。短編も含めると、それに＋141本。合計、２１９本の作品に順位が付き、その一覧が並んだことになる。
　合計２１９本の作品……妄想の出力結果だ。
　それが、こんなに揃った原動力はなんなのだろうか？　と考えてみる。
　時には、二次創作者は、辛い現実をあたしたちに持ってくる。そうかと思えば、ただひたすらに楽しい世界だったりもする。
　二次創作者が、そうした話を書くときに、あたし達との間にあるものはなんなのだろうか？
　この場にはいないが、久瀬君ならこういうだろう「話を書くのに都合の良い道具なのだろう」と。
　それは、真実であるとも思う。話を作る楽しみを味わう手段として、あたしたちは実に都合が良い。
　だけど、そこにそれだけではないと思いたいのは、あたしの勝手な妄想なのだろうか？
　二次創作者達は、あたし達のことを好きでいてくれているから、こうしてあたし達と、一緒に笑ったり、泣いたり出来るのではないだろうか？
　もし、少しでもそうであるなら、あたし達はこれからも作者の皆さんにずっと突いていこうと思う。
　そして、皆さんの妄想の出力手段として、良き道具になれるであろうと思う。

　これからも、あたし達がみなさんと共にありますように……。

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