第3回かのんSSこんぺ・中編部門結果発表
「さあ諸君、今日は諸々の事情によって臨時クラスを編成させてもらったわけだが」
教壇に立った中年男が、出席簿で教卓を叩いて注目の合図をしてから、クラス全体見渡した。
次々に視界に映る生徒達。
相沢祐一。
北川潤。
水瀬名雪。
水瀬秋子。
久瀬。名前はまだない。
美坂香里。
美坂栞。
自分こと石橋。名前がない上に台詞が少ない。
沢渡真琴。
天野美汐。
斉藤。名前どころか台詞すらない。
倉田佐祐理。
川澄舞。
月宮あゆ。
以上、１４名が集まった教室。
通常のクラスの何分の一ほどの数にもかかわらず、その空気はやけに緊迫していた。
まず、不機嫌そうに眉毛を吊り上げて、祐一が口火を切る。
「苗字しかない脇役がいきなり仕切るな」
「うるさい相沢、たまには仕切らせろ」
いきなり、真っ向から対立しそうな流れである。
祐一の視線と石橋の視線が、ちょうどその中間点でぶつかり……そうになったところで、一人の男に遮られた。
久瀬だった。
「そうだ相沢、いつも目立ってるんだからこんな時くらい担任孝行したっていいじゃないか。ついでに生徒会長孝行もしてくれると僕は嬉しい。嬉しいよ、他は知らないけど少なくとも僕は。うん、ぶっちゃけ、脇役孝行してくれ。僕ら脇役にとことん尽くせ」
「久瀬……凄いアピールするなあ」
「北川だって同じだろ、僕らはどうしてこの場に集まった？ 用もないのに集合かけられるか？ 答えは否。そんなわけはない。必要だから呼ばれたんだ。だとすれば、どうして自己主張を控える必要がある？ いるだけで自己主張しているような人間ばかりなんだから、ただでさえ影の薄い僕らはこうして台詞で稼ぐしかないのさッ！ だから叫べよホラ！ ピューーーー！！ フンはッ！ フンはッ！」
机の上に立って、窓の外に向かって咆哮する久瀬。
そこに石橋が歩み寄り、気付かれないように後ろに立ってすかさずガムテープで両手両足を縛り、口に猿ぐつわを噛ませて体ごと担ぎ、そっと教卓の下に安置する。
そして何事もなかったかのように。
「久瀬はちょっと、ストレスが溜まっているんだろう。そんなときはじっとしているのが一番だと俺は思うからこうして縛ったわけだから、あんまり変な勘違いするなよお前ら？」
言ってる石橋も危なかった。ニホンゴが狂い始めている。
この二人は行き過ぎにしても、この場にいる全員がかつてないほど興奮し、緊張ていた。
そのせいでピリピリしているのは、男連中だけであるが。
待ちに待った結果発表の瞬間。
一体誰の話がくるか？
自分の？ 彼の？ それとも彼女の？
そしてどんな話か？
恋人との憩いの一時？ 修羅場尽くしの本気話？ 歌って踊れて空だって飛べちゃうスーパースター？
まさか死んじゃうのもアリ？
……結婚、してたりして。
誰もが、心の中は不安と期待で構成された疑問符で埋め尽くされている。
そんな発表３０分前。
「ところで、そっちの女子軍団。水瀬に美坂まで何やってんだ、そろそろだぞ」
クラスの勢力分布を説明すると、教室の窓際に男子が集まって、廊下側に女子が集まっている。
普通、女子が２人集まれば、話題に事欠かないわけであるが。今回のように一箇所に９人も固まり、あまつさえ滅多にない全員集合ときては、石橋の言葉など右から左状態でワイワイガヤガヤと。
しかも今日は、全員共通の話題があった。
「誰の話がくるんだろうね〜」
「そうね……やっぱり、こればっかりは発表されてみないと」
でも意外なのがくるかもね、と香里が不適な笑みを浮かべる。
名雪も同意して、嬉しそうに頬を緩める。
「真琴の話っ。あ、あと美汐のも」
「大丈夫よ」
心拍数を上げ続けるしかない状況にあって、のほほんと頬に手を当てている秋子。一見、この中で最も落ち着いている。
運命の時を控えて、緊張を和らげるためか、会話に興じる者とそうでない者にハッキリ分かれていた。
たとえば美汐は、湯呑みで茶を啜ると同時にミカンを食べるという禁忌中の禁忌を平然と行っているし(本当に美味くない)、栞はリットル単位のアイスの容器にさっきからずっと顔を埋めている。心配して、一度香里が肩を突付いてみたところ、鼻から下を真っ白に染めながら泣きそうな表情で顔を上げた。この手のプレッシャーに弱いのだ。
他の面々も、佐祐理と舞は二人あやとりに没頭していたり、あゆはうろうろしながらうぐぅと鳴いていたり。
「……そろそろ、かな」
次第に口数が少なくなってきた室内に、一人の声が響いた。
いまどき、携帯ではなく腕時計で時間を確認している男子。
存在感の無さでは他の追随を許さないはずの斉藤が、北川の肩を叩いてジェスチュアで教室の外を示していた。
「時間だよ、潤」
「あみゅあみゅ」
言われた北川は思いっきり寝ていた。机に突っ伏して、腕枕で。
寝ている横顔がそこはかとなく可愛い。
「時間だってば」
「うーん、あと１分１５秒だけ」
「そんな微妙に許したくなるような時間を告げないでくれよ、いいからさっさと起きて」
「あぁん」
くねくねくね。
体を揺すると過剰な反応が返ってくるが、変なニオイがしてあまり触りたくない。
一つ溜息を吐いて、北川の頭に手を伸ばす。
癖毛をむんずと引っ掴んで、問答無用で真上に引っ張った。
起きた。
「イエス・サー、軍曹！ わたくしこと北川潤、ただいまより手入れを怠ったＦ２に搭乗し、ものの五分で太平洋の藻屑と化して見せます！ ……あ、あれ？ ここどこだ？」
「いい夢見てるところ悪いけど、おはよう。それより、時間だから」
「なんだ、残念……じゃあ、行ってくるか。みんな、穏やかな心で待っててくれな」
軽く片手を上げる北川に、全員がギロリと音がするほどの視線を送る。人間、切羽詰ってくると本性が出…………緊張しているので、仕方がないのかもしれない。何せ、気になって気になって仕方がなかった結果が、数十分後には発表されるのだから。
やけに血走った目で送り出されながら、二人は教室を出て行った。
もう届いているはずの、結果の書かれた冊子を取りに行くために。
あと、２０分。
「……あー、ただ待つってのも疲れるな。退屈だし、みんなでしりとりでもするか？」
ムードメーカーの北川が抜け、教室の空気がますます鋭くなったところで、祐一が提案する。
そろそろ何人かが胃痛を訴え始めてもおかしくないところなので、誰も反対はしなかった。
何でもいいから緩和剤を。
もはやそんなノリ。
「俺は押し競饅頭がいいな。やっぱスポーツだろ」
例外は担任だった。
このメンバーで押し競饅頭。
つまり、くんずほぐれつ。
もみもみのくちゃくちゃ。
……。
あらぬ想像をしてしまい、何名かの心拍数が更に跳ね上がる。
……邪魔な机や椅子をどけて、全員が円状に並び……審判の石橋の合図で、用意、ドン……
きゃー。
やったなー、お返しだッ。
えいッ。
あははーっ、死ねぇ。
うわははははは。
あぅー、うげろァ。
おっと、冤罪だぜ？
うぐぅ、踏まないでっ。
もっと踏んでそこっ、ほらっ。
痛いです。
喰らえい、伝統のオヤジ味、フライングボディクラッシャァァ！
ああー、肉がぁぁぁぁぁぁ！！
ぶーぶーぶたさん。
阿鼻叫喚の図が浮かんだり。
「先生……セクハラで殺害しますよ」
「って、殺されちゃうのか、俺！」
香里からすればとても重罪のようだった。
「いや、ここはやっぱりアレだろう！」
遂に殺気立ってきた人々に、今度は久瀬が提案する。
口に巻かれていたガムテープは、食い千切ったようだった。
芋虫のようにズリズリと、教卓の下から這いずっての再登場。
「あははー、久瀬さん、アレってなんですか？」
「アレってのはだな、つまりあれだよ。……筋トレ」
何も考えていなかった。
アドリブに弱い生徒会長、ここに君臨。
そして三秒天下。
「筋トレ？ 部活じゃないのに。それに、運動は得意じゃない人もいると思うよ」
「いや水瀬さん、健全な精神は健全な肉に宿るものさ」
「健全な肉って、なんか、ちょっと気持ち悪いですよね。とりあえずアイス食べます」
「それでは、私は緑茶を。今度はいよかんとセットで」
「あ、真琴も食べるっ」
「佐祐理、今度は二人縄跳び」
「あ、それいいね」
ズズーッ。ぺろぺろぺろり。パシパシパシ。
ものの見事に団結力がない。
むしろ皆、テンパっていた。
早くどれが何位か、誰でもいいから教えてくれ！
時間よかっとべ！
腹減った！
「ただいまー」
「やれやれ」
唐突に帰ってきた二人。
何故か、ドアを少しだけ開けて、首だけ教室の中状態だが。
全員の目が、再びそこに集中する。
発表は０：００からで、一分前になってから教室に入ってきて冊子を配るという流れだったはず。
予定が繰り上げになったのだろうか？
フライングで、もう始めるのだろうか。
とりあえず、手元に配るだけはしておくのだろうか。
……などと、次から次へと頭の中に疑問が降って湧く中、北川がひとつ咳払いをした。
右手で頭をぼりぼり掻いて、ばつが悪そうに疑問を口にする。
「えーと、石橋、どこに届いてるんだっけ？」
「……職員玄関前だ。職員室じゃない」
「あー、なるほど道理で。じゃ、もっかい行ってくる。……って、みんな、そんなおっかない顔してどうしたんだ？」
湯呑みが飛んできた。
縄跳びが飛んできた。
ちょっとしたゴミ箱くらいありそうなアイスが飛んできた。
久瀬が飛んできた。受け止めた。
当然、逃げた。
あと、１０分。
「時間になったら、せーので開くんだよね。うう、緊張する……」
「大丈夫だよ、あゆちゃん」
死なばもろともだからね。そんな言葉が名雪の笑顔の影に隠れて見えた、ような気がしなくもない。
香里と栞が、真琴と美汐が、舞と佐祐理が、祐一と秋子が。それぞれ冊子を裏返したり、じっと見つめたりしている。
いよいよだった。
石橋と斉藤と久瀬と北川は、教室の隅でスクラムを組んでいる。
さておき、いよいよだ。
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