・・・昨日お母さんが車に撥ねらて入院してからわたしはこの部屋にずっと引きこもっている・・・。
でも、祐一はそれを受けとめて学校に行っている・・・。
じゃあ、わたしはどうして行かないんだろう・・・。
辛いのはわたしだけじゃなくて祐一も一緒。
だから祐一について行けば良いのに・・・。
雪の迷宮
朝、祐一が部屋の前に来た。
「名雪、朝食ここに置いておくからお腹が空いたら食べてくれ。俺は学校へ行ってくるから。」
そう言い残し、祐一は家を出た。
・・・もうこんな時間だったんだね。少しも気がつかなかったよ・・・。
わたしが最後に時計を見たのがＡＭ２：１５。今はＡＭ８：２０だ。 一睡もしていないので１晩中起きていたことになる。
・・・すごい事だとは思うけど今はどうでもいい。今欲しい物はお母さんの目覚めだ。
昨日病院に行ったのが午前のテスト中。それから電話はまだ来ていない。
あ、そういえば香里がテスト中に泣いていた気がする。本当かどうかは確かめる方法が無いけど。
どうしたんだろう？普段はあんなに強い香里なのに・・・。
でも香里の心配をしている場合じゃないね。わたしも何かしないと。
・・・何を？何をすればいいの？どうすればお母さんは助かるの？
ねぇ、教えてよ祐一。助けてよ。お母さんを助けてよ。
・・・こんなこと考えていても仕方が無いね。空腹は感じないけど何か食べておかないと。
そうだ。祐一が何か作ったって言ってたよね。それを食べよう。
ドアを空ければ済むことだ。そう、このドアを空ければ・・・。
力無い手でドアノブを回す。しかしなかなか開かない。
１０秒、1分、いや１時間にも思える時間が流れたとき、ドアは少しだけ開いた。
えっと、トーストにいちごジャム、か。祐一なりに思ってくれているんだろうけど、今はこれを食べられそうに無いよ・・・。
だって、いちごジャムは日常の象徴。お母さんがいたあのときにあるべきものなんだから・・・。
でも下へ降りて何か作る気にもならない。
だからわたしは何も作らず、部屋にこもっていることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は名雪に一言かけて家を出た。まるでそこから逃げ出すように。
・・・別に何も悪いことをしたわけじゃないが、居心地が悪かった。
本当は俺も学校へ行く気なんてなかったが、どうしても家にいる事が出来なかった。
あの空気に耐えられない。重く、沈んだあの空気に。
それに名雪に笑顔を取り戻すことは今の俺には無理だ。
俺自身ショックから立ち直れないでいる。
でも、そんなの名雪に比べれば軽い物だよな・・・。
実の母親でずっと一緒に暮らしてきたんだ。こんなのは比じゃないはずだ。
それに、それにさ・・・。
なんて声をかければ良いんだよ・・・。
もちろん秋子さんが戻ってくるって俺は信じてる。でも・・・。
でも、もし戻ってこなかったら・・・？
その時俺は、名雪はどうするのだろう？
俺は名雪を立ち上がらせることが出来るのか？
いや、名雪は立ち上がることが出来るのか？
・・・そんなこと今考えてもしょうがないな。学校へ行こう。
確か今日は・・・昨日のテストの続きか。
だるいな・・・って普段は言うんだろうけど、今日はそうじゃなくて・・・。
点はどうでもいいから秋子さんに元気になって欲しい。
名雪のためにも、俺のためにもな。
・・・そしていつもの通学路を行く。
こんなに余裕を持っていくのは久しぶりだな。
一人で行くのも、か。
そして学校に到着する。
この学校も後どのくらい来れるのか分からないな。
ひょっとしたら俺はまた何処かに預けられるかも知れないし。
・・・教室のドアをくぐり、自分の席に座る。
周りには教科書やノートを開いて最後のテスト勉強をしているやつらがたくさんいる。
そういえば昨日は何もしていないな。
試験勉強でもしてみるか、と思ったが肝心のノートも教科書もない。
かといって北川のノートを見るのもぞっとしない。書いてあったとしても読めないからだ。
香里は・・・ん？まぶたが腫れてるな。泣いていたのか？でもなんで？
でも聞いてみる訳にもいかないから席で寝ていることにした。
もうすぐテストだから時間はもう１０分もないがただ座っているよりは良いだろう。
そこまで考えてからまだ誰とも話していないことに気付く。
本当に気分が沈んでいる時って無口になってしまうんだな・・・。
机に伏せて少し経つ頃チャイムが鳴った。
石橋が入ってくる。茶封筒を抱えているところを見ると、どうやらこの教室のテスト監視担当らしい。
後十分したらテストが始まるんだよな。いまいち実感がわかないけど。
それじゃ、始まるまでもう一回寝るか。
机に伏せる。その間も考えていることは名雪のことだけだった・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・わたしは時計を見た。短針は１０、長針は３０を指している。
みんな今ごろは２時間目の終わり。授業じゃなくてテストだけど一生懸命頑張っているのかなぁ・・・？
・・・祐一はどうしているんだろう？テストに精一杯頑張ってるとは思うけど、やっぱり自分のことが気がかりなのだろうか？
そうだよ。祐一のためにも立ち上がらないと。あの扉を開けないと。
でもからだは動かない。扉を開けてしまうという事はあの日常に帰るということ。どうしても開ける気にはならない。
窓からの日差しが少し眩しい。そういえば昨日の天気予報で「明日はこの時期には珍しく、雪が降らない快晴になるでしょう。」って言ってたっけ。
カーテン、閉めてあるはずなのに。
この部屋は今のわたしの心だ。暗く閉ざしたまま、開こうとしない。
たとえ祐一という日差しが差し込んできても、かたく拒む。
そして全てを認めようとしない。この暗闇の中でじっとしている。
・・・怪我をした子供のように・・・。
そこまで考えて、わたしはぞっとした。
ずっとこのままなのだろうか？お母さんが戻ってくるその時まで？
ではもし戻ってこなかった場合はどうなのだろう。わたしも後を追ってしまうのだろうか？
でもそうしたら祐一は？彼はどうするのだろう。彼に家なんて無い。今ここにいることだけが全てだ。
初めて想いが結ばれたあの夜、彼は約束してくれた。ずっとそばにいてくれるって。
それにあのお母さんが帰ってこないはずが無い。
それはたまに物凄いジャムを作ったりしていたり、のほほんとしているけれどたった１人でわたしをここまで育ててきた人なのだ。こんなことで帰ってこないはずが無い。
・・・わたしは祐一のためにも、お母さんのためにも立ち上がらなければいけない。
今はまだ立ち上がることが出来ないけど、必ず立ちあがってみせる。
うん、まずはカーテンを開けよう。
閉まっているままだと良い考えなんて浮かんでこないし。
さっと音を出してカーテンを開けたけど、とても眩しい。
あ、ねこさんがいるよ・・・。えっと、あそこは向かいの山岸さんの家。
昔はよくお付き合いしていたんだけど、何時の間にかやめちゃったんだよね。
なんでだっけ？確か・・・そう、お母さんが何かお裾分けしたんだっけ。
「ジャムを作ったんですけど、作りすぎちゃって・・・」とか言って。
その後からまったく付き合いがなくて。
あ！もしかして例の『甘くないジャム』だったのかな。
そうだとすると大変だよ。なんとか仲直りしないと。
今度お母さんと一緒に挨拶しに行こう。
・・・って結局お母さんの話になっちゃうんだね・・・。
全然進展がないよ。
それに、疲れちゃったみたい。無理もないか。一晩中起きてたんだもんね。
そしてわたしは目を閉じた・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺が家に戻ったのは６時半過ぎだった。
学校は３時過ぎに終わったんだが、戻りづらかったからコンビニで雑誌の立ち読みをしていたんだ。
普段ならすぐに時間がたってしまうはずなのに今日はなかなか時間が進んでいなかった。
それに・・・特に面白いとも感じない。名雪もそうなんだろうな。
家に入る時チャイムを鳴らそうかとも一瞬思ったが出れる状態じゃないし。
それに鍵なら持ってる。
靴を脱いでリビングに向かう。
電気なんてついてない。真っ暗。
とりあえずスイッチをつけるか。
・・・ん？名雪のやつ降りてきてないのか。
朝俺が使ったままの状態にしてある。
確か時間がなかったからテーブルの上のパン屑とかを掃除してなかったな。
とりあえず軽く掃除してから着替えに戻るか。
俺はキッチンから布巾を持ってきてテーブルを拭くことにした。
・・・なんか俺拭く姿が様になってないか？
前の実家ではよく家事をさせられたからなぁ・・・。特にテーブル拭きとか。
毎日やってた覚えがあるな・・・。
そうそう、その時に一人暮らしをするってよく言ってたっけな。
やっぱり一人暮らしが親がいなくて気楽でいいなって感じだったんだろうな。今は苦労がよく分かるけど。
とにかく、そのことはどうでもいいから今のこと、名雪を何とかしないとな。
そういえば名雪は朝渡したトーストとか食べたのか？気になるな・・・。
・・・とかなんとか考えているうちに作業が終わったので俺は部屋に戻ることにした。
名雪にはまだ会わない方がいい、様子だけ確かめようと思いながら・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・？
わたしは何かドアの音で目を覚ました。
今何時・・・６時半過ぎ・・・か。
学校帰りにしてはやけに遅いから寄り道してたのかな？
・・・学校、か。わたしはいつになったら行けるんだろう？
わたしが勇気を出して、朝祐一と一緒についていけば良いんだよね。
お母さんもきっとそれを望んでる。
だけど、もう少し、この心の暗闇から抜け出すまで待っていて欲しいんだ・・・。
しばらく考えていると「トン、トン」と階段を上がってくる足音がする。
そしてその足音は祐一の部屋のほうへ遠ざかって・・・いかなかった。
まっすぐにこっちへ近寄ってくる。
え？なんでこっちに来るの？今はまだ話したくないのに・・・。
ドアが開かないように小さく祈る。
そして、祈りが届いたのか足音はすぐそこで引き返していった。
「カシャンッ」という音と共に。
・・・１分、いや１時間ほどたったようにも思えた。実際は１分にも満たないんだろうけど・・・。
ドアに近づいてお皿があるかどうか確認した。
・・・やっぱり、ない。
さっき祐一が持って行ってくれたようだ。
せっかく作ってくれたのに、結局食べなかったよ・・・。
ごめんね、祐一・・・。
そしてまたわたしは眠りに落ちていった・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
はぁ・・・。
部屋から戻ってリビングに行くと俺はため息をついた。
やっぱりなんて言うべきなのか分からない。
・・・と考えている時に腹が鳴った。
そっか。朝からなにも食べていないから・・・。
考えることをやめて料理することにした。
・・・結果は上々だった。
チャーハンを作ったんだがなかなか美味しく出来た。
名雪の分も作ったので皿にいれて持っていくことにする。
食べてくれるかどうかは分からないが、話すきっかけを作ることが出来たのでさっきよりは俺の心が和らいでいるのを感じていた・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ん・・・。
またわたしは物音で起きた。
ドアの向こう側から声がする。
「ここに食事置いとくから。おなかがすいたら食べてくれ。」
そう、聞こえた。
だけど・・・わたしはお礼も言わずにひどい言葉を返してしまった。
なんて言ったのかは、よく覚えて、いない。
そして祐一は部屋へ戻っていった・・・。
・・・何時間かたっただろうか。
空腹の時に起こる音で我に返った。
丸一日以上食べていないのだから当たり前なのだけれど、なんだか嫌だった。
だけど・・・作ってくれたのだから食べるべきだろう。朝ご飯には手を付けていなかったんだし。
そう考えるとドアを開け、今日の夕食を手に取る。
チャーハン、だね。
早速一口食べてみる。うん、おいしい。
祐一は料理が駄目だと思っていたけど、なかなか上手だ。
と思ったら、食べたことのある味だという事に気がついた。
お母さんがたまに作ってくれるものと一緒じゃないけど、よく似ている。
ああ、今はお母さんのことは考えたくないのに・・・。
お母さんが今も苦しんでいる、と考えてしまうとどうしても食べる気にはなれない。
危険な状態なはずだし、もしもその時が来たら・・・なんて考えてしまう。
それに・・・。
わたしはさっきまで気落ちしていたのにこれで元気になろうとしている・・・。
まるで、自分だけが、お母さんを置いて、いい思いをしているようで、嫌だ、嫌だ・・・。
わたしは目を閉じて、部屋の隅にうずくまった。
涙を流しながら・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は薄暗い中で目を覚ました。
名雪はどうしてんのかな・・・。
でも、部屋に行くわけにも行かないよな。どうしようか・・・。
・・・そして長い間考えて１つ行動をした。
たった１つ、俺に出来ること。
それがどうなるかは分からない。でも、俺にはこれしか出来ない。
俺は外へ行く準備を済ますと俺は玄関へ向かった・・・。
たった１つの奇跡を信じながら・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
わたしは部屋の隅にずっとうずくまっていた・・・。
カーテンの掛かる窓から青い光がもれている頃、静寂に満ちた家に再び音が発生した。
祐一・・・起きたのかな？
その疑問はすぐに解決された。足音が聞こえてきたからだ。
時計を見た。『ＡＭ６：１５』とデジタル時計が表示している。
何をしているんだろう。学校が始まるまで時間があるのに・・・。
しばらくすると声が聞こえてきた。
「なゆ・・・お・・・おこせな・・・かなしいと・・・わらって・・・」
そのうちよく聞き取れなくなり、声が止んだのは少したってからだった。
なんだったのだろうか？気になってしょうがない。
「なゆ・・・」と言っていたからわたしになにか言おうとしていたのだろうか？
でも、わたしには確かめる方法なんてない。
そう、ただじっとしていることしか・・・。
・・・そして、再びドアがノックされた。
「名雪、起きているか？」
わたしは返事をしなかった。
「起きていたらでいいから聞いてほしい。俺は、あの約束の場所で待ってる。ずっと、待ってる。」
・・・。
「それと、借りてた時計ありがとな。ここに置いとくから。」
そう言うとドアを少し開け、目覚まし時計を置いた。
「・・・それだけだ。」
そう言い残し祐一は下へ降りていった。
でも・・・わたしは動く気なんてなかった。
この部屋に閉じこもることで逃げていたかった。
辛い現実なんて見たくなかった。考えたくなかった。
だからこの部屋でじっとしていたかった。
いけないことは分かっている。お母さんも悲しむだろう。
それでも、目をそらしたかった。分かりたくなかった。
・・・気付くと涙を流していた。
あれだけ泣いてもまだ涙が出てくるなんて・・・。
もう、嫌だ。いなくなってしまいたいほどに。
そんなことを思っていた・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
名雪に一言かけてから俺は家を出た。『約束の場所』に行くために。
・・・香里や北川は来ないよな？家を知らないけど近くを通られると結構困るし・・・。
・・・結論としては通学時間が過ぎるまで何処かに隠れている、という事になった。
駅前のコンビニかどこかで時間をつぶしていれば良いだろう。
寒いし缶コーヒーかなにか買おうか・・・。
ポケットに手を当てて気がついた。
しまった・・・財布なんか持ってきてない。
腕時計を見た。７時ちょうどをさしている。
残り大体１時間と半立ち読みか・・・。まぁ、中は暖かいからいいか。
そう考えるとコンビニへ向かった・・・。
・・・中は予想通り暖かかった。
俺は適当な雑誌を手に取ると始めのページを開いた。
・・・そのまま一冊を読み終えると時計を見た。
あれから４５分経過している。
もう一冊読めば時間ちょうどだな。
そしてもう一冊適当な本を手に取ると読み始めた・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・あれからなんの音も声も聞こえない。
静かになってから少しだけ落ち着いた。
やっぱり今だけは１人にして欲しい。お願いだから・・・。
誰に言うともなしにそんなことを考えていた。
その時１つの記憶が脳裏によみがえってきた。
・・・誰もいない雪の積もった白い駅に少女が１人駅のベンチに座っている。
その女の子は手を膝の上において、目に涙をためている。
そして・・・しばらくすると母親だと思われる女性が駅に現れて女の子になにか言いながら頭をなでている。
これは・・・わたしだ。
でもなんで？部屋の中にいたはずなのに・・・。
そういえば、自分が夢を見ていると分かる時がある、という話を聞いたことがある。
今がそうなんだろうか？でもなんで今ごろこんな・・・？
この時の話は・・・つい最近した覚えがある。
うん、祐一に話したよ。それでイチゴサンデー７個で許すってことになったんだよね。
祐一にずっと待ってるからって言って・・・毎日駅に行った。
まだ子供だったけど祐一はもう来ないって事は分かってた。
でも、どうしても祐一を信じたかった。きっと戻ってくる、そう信じてた。
ある日駅で待ちつづけていた時に倒れてしまった。
原因は寒さによる風邪、とのことだった。
多分、体が耐えきれなくなって高熱を出して倒れてしまったんだと思う。
わたしの部屋のベッドの上でお母さんに言われた。
「名雪、祐一君はこの街で辛いことがあってね、それでどうしてもここに戻って来ることは出来ないの。お願いだから、分かってあげてね。」
お母さんは困ったように手を当て、微笑しながら言ったのだった。
・・・分かってた。何があって祐一が辛かったのか。
でも・・・それでも・・・わたしは祐一が好きだったから・・・。
・・・信じたかった。信じていたかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
結局８時半過ぎに俺はコンビニを出た。
念のため外へ出る前に学生がいないかどうか見てみたが、誰一人俺の通う高校の生徒は見当たらなかった。
これなら知り合いが近くを通ることはないだろう。
そう結論付けると駅に向かい、ベンチに座った。
・・・ホームを通る人には俺を奇異な目で見てきた人が何人かいた。
そりゃそうだろう。どう見ても高校生の俺が私服で、しかもずっとベンチに座ってるんだから。
でも、どこかのおばさんが親切にも声をかけてくれたりした。
その時はあまり話をしたくなかったから適当に話したんだが、俺は『罰ゲームなんです。』と言った。
特に意識してない言葉だったんだが、後で思い返したら罪の意識から言ったのかもしれない。
もちろん昔のことだ。名雪には許してもらったがやっぱり何処かで後悔しているんだろう。
それを考えると自分では『罰ゲーム』を受けているつもりなのかもしれない。
自分では許せないことだからな・・・。
だから、俺に出来ることは名雪を待ちつづけることだけ。あいつを信じることだけ。
名雪がずっとここで俺を待っていたことに比べれば軽いものだろう。
でも、俺にはこれしか出来ない。
これが、俺の出来るせめてもの罪滅ぼしだ。
腕時計を見る。・・・何時の間にか７時になっていた。
すっと考えていたから暗くなったことにも気がつかなかったみたいだな。
名雪、悲しみから立ち上がってくれることを俺は信じてる。
お願いだ。俺を信じてこの『約束の場所』に来てほしい。
どんな時でも、俺はお前を信じてるから・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
視界が真っ白になったかと思うと真っ暗な部屋の様子が目に飛び込んできた。
目が覚めたらしい。
ふと時計を見た。１０時を過ぎている。
・・・？１０時なのになんで真っ暗なのだろう？
・・・！午後１０時なんだ。
確か祐一は・・・「あの約束の場所で待ってる。ずっと、待ってる。」って言ってたよね。
ずっと・・・もう半日以上も待っているんだ！
・・・と、誰かの声が聞こえてきた。
いや、聞こえてきたというのは間違いだろう。ずっと『聞こえていた』のだから。
そう、この声で目が覚めたのだから・・・。
その声は間違いなく彼の声。そして、再び始めから繰り返される・・・。
『名雪…』
『俺には、奇跡を起こせないけど…』
『でも名雪のそばにいることはできる』
『約束する』
『名雪が悲しい時は、俺がなぐさめてやる』
『楽しいときには、笑ってやる』
『白い雪に覆われる冬も…』
『街中に桜の舞う春も…』
『静かな夏も…』
『目が覚めるような紅葉に囲まれた秋も…』
『そして、また、雪が降り始めても…』
『俺は、ずっとここにいる』
『もう、どこにもいかない』
『俺は…』
『名雪のことが、本当にすきみたいだから』
そう彼の言葉を発したあの白い目覚し時計は部屋のドアの前にぽつん、と置かれていた。
あれはわたしの一番お気に入りの目覚まし時計。彼に貸してあげた目覚まし時計。
彼に目覚まし時計を貸してくれって言われてわたしが選んだ物だけど・・・。
あの時計はもしかしたらわたしがこうなることを知っていたのかもしれない。
そしてわたしに“選ばせた”。
いずれ来るだろう、この時のために・・・。
・・・そんなことはないか。でも、貸してあげたのがこの目覚まし時計で本当によかった・・・。
それじゃ、行って来るよ。彼の待ってるあの『約束の場所』へ。
もう、苦しむ必要も、一人だけでいる時間もいらない。
彼と一緒にこの時を過ごしていこう。ずっと、一緒に・・・。
そう自分に言い聞かせると自分の足で立ちあがった。
目眩がするけど、そんものにはかまっていられない。
どうしても彼に言いたい言葉がある。そのためにも・・・
・・・行かなくちゃ。今度はあの人が待っている番。
３日間も待たせたんだから。
７年に比べれば全然短い。でも、あの人はわたしと同じ、ううんわたし以上に苦しんでいるのだ。
約束の場所・・・夢に出てきた場所・・・駅のホームだ！
待ってて祐一。遅くなっちゃったけど必ず、今すぐ行くよ。
今度はわたしが追いかける番。
わたしは服を適当に選んで玄関へ走った。
１分１秒がとても重い物に感じられた。
靴を履きながらわたしは思う。
こんなに急いで外へ出ようとしたことなんて今までにあったっけ・・・。
そして微笑する。
ううん、ない。でもあの人のためならいくらでも急げる。
靴を履き終えた。玄関を開け、走る。
ドア１枚で隔てていたそこは銀一面の世界だった。
走っても走ってもなかなか進めない。時々足を取られそうにもなる。
まるで迷路か迷宮のように感じた。
・・・でももうこんな場所は抜け出さないと。
そして走る、あの駅へ。
あの人と昔約束を交わし、そして今待っている『約束の場所』へ・・・。
そして、お互いが引きずってしまっている過去を解決し、今を二人で過ごしていくために・・・。
結果のページ
戻る