ＦＩＬＥ ＥＰＩＳＯＤＥ ０
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EPISODE 0
こつ、こつ、こつ。
一定のリズムで響く足音。
辺りは深遠の闇。
その中に仄かに光る街灯の光が見える。
その足音は仄かな光の下を通り過ぎようとしている。
ゆったりと揺らめく黒髪、赤い服、鋭い眼差し。
少女のようだ。
その少女は手に、何か長い物を包んでいるような白い布を持っていた。
何気ない仕草でふと後ろを振り向いた少女、白い布がふわりと宙を舞った刹那、
その下から白銀の刃が横凪に一閃された。
「………気のせい？………けれど、何か……。」
少女は一言呟くと、何事も無かったかのように布を拾い、再び歩き始めた。
「おーい、二人とも準備できたか〜？」
居間から相沢祐一が扉へ向けて声をかける。
『祐一さんすみません、もう少しで終わりますーっ』
「…ん、わかった〜」
扉の向こうから聞こえた女性の声に返事を返し、祐一は手に持ったバッグを床へ置いて
テレビをつけ、チャンネルを回す。
「えと、天気予報はっと。お、やってるな。……よいしょっと。」
リモコンを操作する手をあるチャンネルで止め、祐一は椅子に腰を下ろす。
『本日から明日にかけては過ごしやすい気候となるでしょう…』
テレビでは、本日が格好の旅行日和であることを示していた。
「よし、いい感じだな。」
一方、扉の向こう――部屋の中では少女が二人、荷物の整理に追われていた。
一人はせっせと服をたたみ、もう一人はリュックに荷物を詰め込んでいる。
「ドライヤーも持ったし、シャンプーも詰めてっと。
そっちはもう用意できた？」
倉田佐祐理が作業を進めながら隣にいる川澄舞に声をかける。
「うん。」
そう言ってかばんを持ち、立ち上がった舞の手には布に包まれた剣があった。
「舞、何か気になる事でもあるの？」
「………」
佐祐理は舞のその様子から悟ったのか、特に気にしない様子で準備を進めた。
「祐一さんももう準備できたみたいだから、急がないとね。よいしょっと…」
時は夏休み前へとさかのぼる。
「夏休みはアルバイトをするぞ。」
そう祐一は宣言すると、言葉通り夏休みに入ると同時にアルバイトを始めた。
「そういえば祐一さん、お金を貯めて何か買いたいものでもあるんですか？」
あるとき佐祐理がそう尋ねたことがあったが、祐一は
「えっと……ヒミツだ。」
などと言い、舞と佐祐理に理由を話すことはなかった。
そして夏休みも終わり、アルバイト代が入った頃、祐一は二人を集めてこう言った。
「よし、三人で旅行に行くぞ！！」
「えっ？」
「………？」
舞と佐祐理は一瞬あっけに取られた顔をした。
それはそうだろう。今まで一度も三人で旅行などしたことがなかったからだ。
祐一はこう続けた。
「舞も佐祐理さんも、卒業旅行にも行けなかったからな…。
それにいつも世話になってるし、そのお礼みたいなもんだ。」
「祐一さん…。」
「………祐一。」
「えと、予算はあまりないからたいしたとこには行けないと思うぞ。
安物の国内パック旅行が関の山だろうし…。」
二人の視線から照れて顔を逸らした祐一がそう言うと、佐祐理はぱんと手を叩いた。
「あ、それならちょうどいいところがありますーっ！」
「ふふふ…ねぇ、舞。祐一さんと一緒の旅行、わくわくするね。」
佐祐理はそう言いながらリュックのチャックを閉めた。
「………うん。」
舞は照れながらも素直に頷く。
『コンコンコン』
「舞ー、佐祐理さーん。」
ちょうどその時ドアがノックされ、男の声が聞こえた。
「あ、祐一さん。どうぞ〜。」
「おう、失礼するぞ。」
ドアが開き、祐一が部屋に入ってきた。
「お、準備できたみたいだな。それじゃそろそろ行くか？」
「はい、ばっちりですーっ。ね、舞？」
「…うん。」
祐一は満足そうに頷いた。
「よーし、じゃあ出発だ！」
一時間後、駅舎の前には大きな鞄を持った三人の男女が居た。
「えっと…ここからＮ駅へ向かい、そこから東西線に乗り換えて…。」
祐一が路線図を確認しながらぶつぶつと言っている。
「……で、佐祐理さんの別荘へはＲ駅を降りて歩く、と。
これでＯＫだよな、佐祐理さん？」
「はいーっ。」
「って、あれ？舞は？」
気付くと舞の姿がなかった。祐一がきょろきょろと辺りを見まわしていると、
駅舎の中から二人を呼ぶ声がする。
「…二人とも、遅い。早く行こう。」
佐祐理と祐一は苦笑し、少し急ぎ足で舞の元へと向かった。
「わかったわかった。でも舞、そんなに急がなくても別荘は逃げないぜ？」
「ふふ、それだけ祐一さんとの旅行を楽しみにしてたんですよ。ね、舞？」
『ぽかっ』
言い終わるとほぼ同時に、照れた舞のチョップが佐祐理の額に直撃する。
「なんだ、そうだったのか。お前も相変わらず素直じゃないなぁ。」
『ぽかっ』
続いて祐一の頭にもつっこみチョップが炸裂した。
「あははーっ。」
『ぽかっ』
そんな舞の様子を見て微笑んでいた佐祐理に、再度チョップが入った。
何度か電車を乗り換えた後、三人は目的地までの最後の路線に乗っていた。
「あと三駅か。もうすぐだな。」
目的までの駅数を数え、祐一が言う。
「そうですね〜。」
「……………」
舞は電車の外に流れる風景を静かに眺めていた。
「ん、舞どうした？」
そう言って、祐一も電車の外へ視線を送る。
そこにははるか遠くに山々が連なる、雄大な景色が広がっていた。
「おぉ、凄いな……壮観だ。」
「ええ、本当に素敵ですね〜……。」
少しの間、三人はそのまま車窓から景色を眺めつづける。
「…たまにはこういうのも…いいな。」
祐一が珍しくしんみりとそう言った、その時。
「……松茸。」
ぼそりと舞が言った。
「へ、なんだって？」
祐一は思わず聞き返す。少しずっこけて声が裏返り気味だった。
「……松茸、おいしそう。」
舞は素直にもう一度繰り返した。
「松茸？どこにあるの？」
佐祐理も少し苦笑しながら聞く。
「……あの山にたくさん生えてる。」
「…………」
「…………」
佐祐理と祐一の二人は目を凝らしてみるが、とても見える距離ではない。
「うーん……。」
「あ、あははーっ…。」
顔を見合わせ、苦笑し合う佐祐理と祐一。
その横では舞がまだ車窓の外を眺め続けていた。そしてぽつりと一言。
「……松茸、かなり嫌いじゃない。」
やがて列車は別荘のある、のどかでひなびた町へ到着した。
その駅で降りる老人の夫婦や黒い帽子を被った青年、
舞たち同様友人と休みを過ごしにきた大学生風の男女たちなど
数人の人々に混じって彼女達もホームに降り立つ。
「ん〜〜……ようやく着いたな……。」
祐一は長時間電車に揺られて凝った体をほぐすように伸びをする。
「さて、それでここからは……バスだっけ？」
「はい。別荘近くの町までバスが出てますので、そこまで行くんですよ〜。
ついでにそこでご飯の買い物もしちゃいましょう。」
佐祐理がそう言い、バス停の方へ歩き出す。
「……佐祐理、晩御飯はなに？」
バス停へ向かいながら舞がそう聞くと、佐祐理は微笑みながら答える。
「あははーっ。それじゃバスの中で決めちゃおっか。」
「そうだな。せっかく山に来たんだから……。」
食卓に並ぶ山の幸に思いを馳せ、三人は到着したバスへと乗り込んだ。
別荘最寄りの町へバスが到着し、三人は早速商店街へと向かった。
バスの中で相談した結果、舞の強い希望もあって松茸メインのメニューに
決まり、その食材を購入するため市場を訪れた。
「らっしゃいらっしゃい！安いよ〜！！」
「おっとそこ行く姉ちゃんたち、ちょっと寄っといで！」
様々な掛け声が響き、所狭しと野菜や果物などが並べられている。
「おぉ、凄い雰囲気だな…。佐祐理さんたち、いつもこんな感じの所で
買い物してるのか？」
普段買い物をあまりしない祐一は、物珍しげに辺りをきょろきょろとしている。
「む、これなんか面白い形してるな。」
変わった形をしたものやあまり見た事のない野菜などを発見しては
手にとって眺めたりと、落ち付きがない。
「私たちもスーパーがほとんどですから、こういう所は珍しいんですよ〜。
ね、舞？」
「…うん。」
佐祐理たちも同意を示し、おいしそうな食品を物色している。
「さて、それじゃあまりぶらぶらしててもしょうがないし、
必要な材料をさっさと買ってしまおうぜ。」
「あ、あははーっ、そうですね〜…。」
「……祐一が一番ぶらぶらしてる。」
佐祐理は少し苦笑して答えていると、舞がずばりとつっこみを入れる。
「ははは、それもそうか。」
祐一はそう笑うと、その後は三人での買い物に専念したのだった。
そしてその数十分後、一行は別荘へと到着した。
『かちゃり』
佐祐理が別荘の鍵を開ける。
「っ………。」
その時、佐祐理の後ろにいた舞が緊張し、立ち止まった。
舞の表情は堅く、強張っている。
「ん、舞、どうし…。」
「佐祐理、止まって。」
舞は祐一の台詞を最後まで聞かず、佐祐理に静止するよう呼びかけた。
「え、どうしたの舞？」
「舞……。」
「………。」
舞は相変わらず、閉まったままの扉の奥に意識を集中させている。
佐祐理と祐一の二人は舞の真剣な表情に思わず言葉を失い、
そのまま少しの刻が流れた。
そして、意外にもその沈黙を破ったのも舞自身だった。
ふっと息をつき、舞が緊張を解く。
「……ごめん、気のせい。」
それにつられ、佐祐理と祐一の強張りもほぐれた。
「あ、あぁ……。」
「えーと…そ、それじゃ入ろっか。」
場を取り繕うように佐祐理が明るく言う。
『がちゃ。ぎぃぃ…』
長い間、開閉されていなかった扉は少しきしんだ音を立て、開いていった――
三人は別荘へ入った。
「じゃあ一旦部屋に荷物を置いて、それからリビングに集まりましょう。」
佐祐理がそう提案し、佐祐理と舞は二人用の広い部屋へ。
祐一はその隣にある一人用の部屋へ入っていった。
「おぉ、なかなかいい部屋だな。」
部屋に入った祐一が見まわすと、シンプルだが洒落たデザインの
テーブルやベッドが置かれていた。調度品も統一されていて、
持ち主の趣味の良さがうかがえる。
祐一は荷物をベッド近くの床に置き、一息ついた。
すると床から天井近くまで高さのある大きな窓が目に入る。
「む、こっちはなかなか景色が良さそうだな。」
祐一は窓を開け、外へ出る。そこはテラスになっていたのだった。
「おお〜〜……。」
先ほど車窓から見た景色と負けず劣らずの景観に、思わず声が漏れる。
「こいつは壮観だな…。思わず、下を指差して
『人がゴミのようだ』とか偉ぶって言ってみたくなるぞ。」
などとくだらない独り言を言いながら景色を眺めていた祐一だが、
ふと気配を感じて、舞たちの部屋側のテラスを振り向くと―――
「………ん。」
「…………。」
「………あ。」
そこにいた舞、佐祐理とばっちり目が合った。
「………二人とも、何してるんだ？」
冷静な祐一の問いに、佐祐理は苦笑して言う。
「あ、あははーっ……。」
「………風景鑑賞。」
どう見ても祐一を観察していた二人が視線を逸らしながらごまかす。
「…ま、いいけどな…。とりあえず腹減ったな。飯にしないか？」
「あ、はい。それでは晩御飯作りましょう！」
佐祐理がぽんと手を叩き、にっこりと笑う。
「……私も手伝う。」
「そうだな…じゃ、俺も手伝うか。」
そして三人は部屋を後にし、キッチンへと向かったのだった。
「うおお、やるな舞！見事な技だぞ。」
舞がすさまじい包丁捌きを見せ、野菜が次々と千切りにされていく。
「………。」
「よし、じゃあ次はこれな。頼むぞ舞！」
祐一は調子に乗って次々と野菜を取り出してくる。
舞も祐一に褒められ、出されるままに野菜を切り刻んでいた。
「あははーっ…。二人とも、あんまりたくさん切りすぎても…。」
「おおお、いいぞ舞！」
「………。」
佐祐理の苦笑まじりのつぶやきも二人には届いていないようだった。
その時。
「あ。」
思わず佐祐理が声をあげた。
「次はこれだ〜！」
そう言って今まで同様、舞に何かを渡そうとしている祐一の手には―――
「ちょ、ちょっと待ってください祐一さん。松茸は千切りにしないでくださいーっ」
一時間後――居間のテーブルには、松茸づくしの料理が並んでいた。
松茸の土瓶蒸しに、松茸入りのすき焼き。他にも焼き松茸や松茸ご飯。
さらにはきのこグラタンもあるのだから、と松茸グラタンまでできていた。
「う―――ん………いい香りだ。」
祐一が胸いっぱいに息を吸い込み、松茸の香りを堪能している。
「あははーっ、それじゃそろそろいただきましょうか。」
「うん。」
既に席に着いた舞が頷く。お腹がぺこぺこでこれ以上待ちきれないようだ。
祐一も席に着き、体の前で両手を合わせる。
「よし、それじゃ早速いただくとするか。いただきま―――す！！」
「いただきますーっ。」
「いただきます。」
三人で『いただきます』をし、それぞれ思い思いの料理に箸を付けていく。
「もぐもぐむしゃむしゃ……う、うまい！」
「もぐもぐ……うん、なかなかおいしくできて良かったですーっ。」
「……………。」（もぐもぐもぐもぐ）
「ばくばくはぐはぐ……お、こいつもイケるな。それからこれは……はむっ。」
「……あ、祐一さん。そんなに急いで詰め込んだら喉に……。」
「んぐっ！？」
佐祐理がそう言うや否や、祐一が料理を喉に詰まらせる。
「び、びず（水）〜〜！？」
タン。
「！！んぐ、んぐ、んぐ………。」
もがく祐一の前に素早く水の入ったコップが置かれ、祐一は一気に水を飲み干す。
「んぐっ………ぷはぁ！」
「祐一、大丈夫？」
水を置いた舞が少し心配そうな目で祐一を見ている。佐祐理も箸を止めていた。
「大丈夫ですか、祐一さん？」
「ふぅ………悪い、もう大丈夫だ。」
そして祐一は少し照れた笑顔で舞を見ると、
「ありがとな、舞。」
そう言った。
三十分後。
テーブル上の料理は７割以上片付いていた。
「もぐもぐ……ん。なかなかボリュームがあったな。食べきれるかな？」
祐一が焼き松茸を咀嚼しながらテーブルの上を見渡して言う。
「そうですね〜…。結構たくさん作ってしまいましたから。
でも残しても大丈夫ですよ。」
その横で既に箸を置き、食後の紅茶を飲んでいた佐祐理がそう言い、舞を見る。
「だから舞も無理して全部食べなくていいんだからね？」
「………まだ、大丈夫。」
舞はそう言うと、すき焼きを入れたお椀を手に取り、そのまま持ち上げる。
「ん、舞。それ、どうするんだ？」
祐一が言うと同時に、舞は手に持ったお椀を傾け、中身をご飯の上へかけていく。
「あ………。」
「おっ……。」
「………こうしたら、牛丼になる。」
舞はそう言いながら、できあがったすき焼きかけご飯を二人に見せる。
「ははは……。」
「あははーっ。豪華な牛丼だね、舞？」
祐一と佐祐理の顔にも思わず笑みが浮かんできた。
「そうだな。やっぱり牛丼が一番いいか、舞？」
「………牛丼、かなり嫌いじゃない。」
祐一の問いに、舞は幸せそうな顔でご飯と片付けながら答えたのだった。
「それじゃ、また明日な。おやすみ〜。」
祐一は手を振り、二人に就寝の挨拶をする。
「はい。祐一さん、おやすみなさいーっ。」
「………おやすみ、祐一。」
舞と佐祐理もそれぞれに挨拶を返し、部屋へ入る。
食事後も三人はトランプなどをしてひとしきり遊び、
時計はもう深夜になろうかという時間を指し示していた。
「今日は楽しかったね、舞？」
「うん。」
部屋に入って二人は寝る準備を済ませ、あとは寝るだけという状態だった。
「んっ……と。ふふ、三人でいるのはいつも一緒だけど、
やっぱり旅行ってずっと楽しいね。」
「………。」
布団にもぐりこみながら佐祐理が言うと、舞も無言で頷く。
「明日ももっと楽しいこと、きっとある。」
翌日へと思いをはせながら舞が言うと、佐祐理もにっこりと微笑んだ。
「そうだね。じゃ、明日楽しく過ごすために、今日はもう寝よっか。」
「うん。」
ぱちり。
佐祐理が電灯の紐を引くと電気が消え、部屋は暗闇に包まれる。
「舞、おやすみ…。」
「おやすみ、佐祐理。」
舞と佐祐理が互いにおやすみの挨拶を交わした数分後、
部屋には静かな寝息が聞こえてきた。
『カタッ』
「………………？」
布団がごそごそと動き、ひとつの影がベッドから起き上がった。
「……何の音……？」
目をごしごしと擦りながら影――舞は耳を済ませる。
「………………。」
そのままたっぷり数分間、舞は身動きひとつせず、
耳に全神経を傾けていたが――
「………気のせい……？」
舞はふっと息をつき、体の力を抜く。
その時ごそごそと小さな音がし、隣で佐祐理が寝返りをうつ音が聞こえた。
「……舞、どうしたの……？」
「あ、佐祐理……ごめん。気のせいだから気にしないで。」
「……うん……。」
佐祐理は頷くと、そのまま目をつぶる。
「それじゃもう一度改めて……舞、おやすみなさい…。」
「………おやすみ、佐祐理。」
翌日の朝。
明るい日差しが部屋へと差し込んでくる。
「んん〜〜〜……よく寝た〜〜……。」
祐一が体を大きく伸ばし、ベッドから起き上がる。
「お、今日もいい天気みたいだな…。よし、行くか！」
「おはよう。舞、佐祐理さん。」
「あ、おはようございますーっ、祐一さん。」
「……祐一、おはよう。」
リビングへ出てきた祐一が、既に起きていた二人に声をかけると、
朝食の支度をしていた二人が返事を返す。
「ん……いい匂いだな。今朝は何の料理？」
「今朝は白ご飯に豆腐のお味噌汁、それから目玉焼きですーっ。」
「おお、今朝はシンプルの朝飯だな…でも夕べ濃い目の料理食べたばかりだから
ちょうどいい感じだな。っと……。」
祐一は、食卓に並んだ純和風の料理を眺め、腹を鳴らす。
「あははーっ。もうできますので、席に着いていてくださいね。」
「……おいしそう。」
舞も既に席に着き、食事の開始を待っていた。
「…そういえば夕べ、なんか音がしたような気がしたんだが…。
舞か佐祐理さん、どっちかが起きたりしたか？」
箸を休めて祐一が二人に話しかける。
「ふぇ？…そういえば深夜、一度だけ目が覚めましたけど…。ね、舞？」
「……うん。」
二人はこくりと頷く。
「ふーん…。何かあったのか？」
祐一がそう聞くと、佐祐理は舞に視線を送る。
「えっと……。」
「……風の音。」
「ん？」
ぼそっと舞が言った。
「風が窓を揺らしてた音。」
「あぁ、なるほど。それじゃ俺が聞いたのもそうだったんだな。」
祐一は納得し、また食事へ戻っていく。
「………。」
そして舞も無言で食事を再開した。
「おお、これまたいい景色だな…。」
時間は正午の少し前。
祐一たちの前には太陽の光を反射し、きらきらと光り輝く湖の水面が広がっていた。
湖のほとりには紅葉の赤に染まった山が迫り、紅葉が風に乗ってはらはらと
水面に落ちてきている。
「あそこでボートが借りられるんですよーっ。」
佐祐理が指差した方にはボートの貸し小屋があった。
「よし、それじゃいっちょ気合入れて漕ぐか！」
張り切る祐一を先頭に三人はボート貸し小屋へ向かい、
ボートを借りて水面へと滑り出していった。
そよそよと風が秋の空気を運び、舞たちの頬を撫でていく。
「ん〜……涼しくて気持ちいいですねーっ。」
佐祐理が風になびく髪を片手で押さえながら言った。
「そうだな…。今は俺、ちょっと汗かいてるけどな。」
「祐一は今までボートを漕いでいたから…。」
「あははーっ。ご苦労様でした。」
まったくだ、と呟いて祐一は水面に浮いた紅葉を手で水ごとすくう。
「うーん、もうすっかり秋だよな。ついこないだまで夏だと思ってたのに…。」
そしてそのままもう一度水面に手をつけ、紅葉を流した。
「そうですね。祐一さん、夏はずっとアルバイトされてましたから、
余計に早く感じたのでしょう。」
「ん〜…それも確かにあるかもな。」
「………祐一、あんまり乗り出すと落ちる。」
「え？」
祐一がそう言い、体重が少しボートの外側へと傾いた時―――
「あっ。」
ボートが大きく傾いた。
「祐一！！」
「祐一さん！！」
二人が手を伸ばし、祐一の腕を取る。
「くっ…！！」
祐一も必死に体制を整え、ボートの中央に戻ろうとする。
すると、舞の強い力で一気にと引っぱられた祐一の体が一気に
ボートの真ん中――佐祐理と舞のいる場所へと飛んできた。
「えっ！？」
「ふぇっ！？」
「………！」
『どさどさっ！！』
「あいてっ！」
祐一のうめき声が聞こえ、ボートがぐらぐらと大きく揺れる。
「いてて……。」
ボートの揺れが止まり、祐一が起き上がろうとすると、
佐祐理と舞も祐一の脇でしりもちをついていた。
「……いたた…。」
「っ………佐祐理、祐一。大丈夫？」
「お、おう。俺は全然大丈夫だぞ。」
祐一はなんとか体制を整える。そして三人は少しの間お互いの顔を見ていたが――
「………ははっ……。」
「………ふふ……。」
「………。」
三人の顔に笑いがこみ上げてくる。
「ははは……。なんか俺、間抜けだったよな〜。」
「ふふふ……。私こそ、大慌てでしたし…。」
「……私も、ちょっとびっくりした。」
安堵の息とともに先ほどの自分たちの様子を思い出して三人は笑った。
「はは…さ、んじゃそろそろ岸に戻ろっか。
今日の昼飯は町に行って食べるんだったよな？」
「はい。おいしいお食事屋さんがあるんですよーっ。」
「………。」
祐一はオールを手に取り、力を入れてボートを漕ぎ始める。
「んしょっ…と。もう落ちそうになったりしないように安全運転で行くからな。
その分景色でも見ながらゆっくり行こう。」
「はい。そうですね〜。」
「…うん。」
そして三人の乗ったボートはゆっくり、ゆっくりと岸へと近づいていった。
夕焼けの中、舗装されていない砂利道に三人分の人影が長く伸びている。
「ふぅ…今日も楽しかったな〜。」
「はい、そうですねーっ。ね、舞？」
「うん。」
昼食の後、三人は近くの山へ向かい、栗拾いをして楽しんでいたのだ。
「この栗、今日の晩飯に使うんだろ？
昨日は松茸ご飯で今日は栗ご飯…まさに山の幸尽くしって感じだよな〜。」
「あははーっ。今日もおいしい料理、頑張って作りますねっ。」
「………栗ご飯、かなり嫌いじゃない。」
この後食卓に出てくるだろう料理を思いながら三人は道を歩く。
「あれ？あの人……。」
突然佐祐理が声を出す。
「ん、どうした佐祐理さん？」
そう言いながら祐一も佐祐理の視線を追った。
そこには、三人のちょうど向かい側からこちらへ歩いてくるひとつの人影があった。
「……私たちと一緒にこの駅に降りた人。」
舞がそう言い、佐祐理も頷く。
「うん、そうだね。あの人もこっちの方に泊まってるのかな？」
「………俺、全然覚えてないぞ。」
祐一が必死に記憶を呼び起こそうとしていると、その人影の姿がすぐそばまで
近づいてきた。すると――
「……こんにちは。」
黒い帽子をかぶり、黒いトレーナーに青いジーンズといった服装のその男性が
三人に声をかけ、会釈してきたのだ。
「あ、こんにちはーっ。」
「お、こ、こんにちは。」
「…………。」（ぺこり）
三人も会釈を返す。祐一は少し意表を突かれて慌てていたが
その男性は、特に気にした様子もなく、そのまま三人の後方へ歩き去っていった。
「あちらも覚えていてくださったみたいですねーっ。」
「………みたいだな。俺は覚えてなかったけど…。」
「……………。」
「ん、どうした舞？」
少し考えている様子の舞に気付き、祐一が尋ねたが、舞は静かに首を振った。
「………なんでもない。」
「よーし、競争だ！！」
眼前に別荘が見えてきた頃、唐突に祐一がそんなことを叫ぶ。
「ふぇ？」
「……競争？」
戸惑う佐祐理と怪訝な顔をする舞をよそに祐一はいち早くスタートを切る。
「こっから別荘の入り口まで、誰が一番早く着くか…って、おわ？」
すぐに舞も走り出し、後ろを振り向きながら走っていた祐一を
一気に追い抜いていく。
「ちょ、ちょっと待て、舞！」
そう言って慌てて後を追うが、舞に追いつけるはずもなく離されるばかりの祐一。
佐祐理も走ってはいるが、二人にはとても適わないと、最初からゆっくりペースだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。」
「……祐一、遅い。」
結局、この勝負は舞の圧倒的勝利に終わった。
「はぁ、はぁ…二人とも早いね〜。」
祐一が荒く息をついていると、佐祐理が遅れて到着した。
「はぁ。佐祐理がビリだね。あははーっ…。」
「この勝負、祐一の負け。」
佐祐理が汗を軽くぬぐいながら言うと、舞がずばりと言った。
「え？」
「ふぇ？」
「私と佐祐理対祐一の勝負だから。」
不思議な顔をする二人に説明する舞。
「なに、そうだったのか？」
「うん。」
祐一の問いかけにも舞は即答する。
「それだったら引き分けじゃぁ…。」
「ううん、私か佐祐理のどっちかが祐一に勝ったら勝ち。」
「あははーっ。そうなの舞？」
「うん。」
「はは…ったく、仕方ないな…。」
祐一はいつの間にか主導権を握っていた舞に苦笑する。
「さて、それじゃ別荘入るか。」
「はい、そうですね。」
佐祐理がそう言ってドアのノブに手をかける。
と、その時――
「っ………！！佐祐理、待って！！」
突然舞が叫び、佐祐理の前へ割って入ってくる。
「えっ！？」
「ふぇっ？」
「……………。」
「ま、舞…？」
祐一は舞に声をかけようとするが、ぴりぴりとした緊張が伝わり、
それ以上声を出すことができない。
「そこで待ってて…。私が行くから。」
舞はそう言い、ゆっくりとドアを開いていく。
舞は顔だけをドアの向こうに差し込み、じっと様子を伺うようにしていたが
「……すぐ側には何もいない……大丈夫。」
そう言い、舞は半開きのドアから滑り込むように別荘内へと入り込む。
それを見て祐一は慌てて声を出す。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ、舞！俺も行くぞ！！」
「さ、佐祐理も行くよ、舞！」
佐祐理も慌てて呼びかける。
舞は少し動きを止めるが、視線は前を向いたままだ。
「………何がいるかわからないから、危ない。」
「そんなのここにいたって一緒だろ？だったら一緒にいたほうが安全だと思うぞ。」
「うん。佐祐理、足手まといにならないようにするから…。」
二人の台詞に舞は少し考えていたが、軽く息を吐くと振り向かずに言った。
「……わかった。でも、気をつけて。」
キッチンを通った時。
「………！」
舞は一番に部屋へ行って取ってきた剣を構える。
「ん、どうした舞！何かいたのか！？」
「舞……！」
「…………。」
そのまま舞は少しずつキッチンの中を伺うように進む。
「………今は、何もいない。」
少し力を抜き、そう言うと祐一と佐祐理にキッチンの様子を見せた。
「なにっ……！」
「あっ………！」
二人は同時に声を挙げる。
そこには何者かに食い散らかされた食材が転がっていた。
冷蔵庫の中や棚にしまってあったものも引っ張り出されている。
「くっ、いったい誰がこんな――」
「………人間の仕業じゃ、ない……。」
散らかされた様子を見て、舞がぼそりと呟く。
「え？舞、今なんて…？」
「……………。」
舞は今、口にしたことを認めたくないかのように、そのまま黙ってしまう。
「人間じゃない、って……じゃあ、いったい『何』が……？」
祐一の声も少し震えている。
「わからない。……でも、二人とも離れないで。」
舞はさらに力を入れて剣を握ると、回りに注意を払いながら
キッチンの出口へと向かった。
「お、おう。」
「………うん。」
祐一と佐祐理もすぐ後に続く。
「それから、いつでも走り出せるようにしておいて。」
さらに舞はそう付け足し、二人は無言で頷いた。
その後、三人は別荘内を慎重に探索した。
「食べ物の跡が続いてればどこに行ったかもわかるんだが…。」
祐一の言う通り、食い散らかした跡はあるものの、
その後『何か』がどちらへ向かったかを示す跡がなかった。
「………でも、まだ別荘からは出ていないと思う。」
舞は何かを感じているようだが、場所が特定できずにいるようだ。
「………ねぇ、もしかしたら………。」
その時、黙って考えていた佐祐理が声を出した。
「え、何だい、佐祐理さん？」
「………？」
視線を回りに送ったまま、二人は佐祐理に尋ねる。
「えっと、もしかしたらですけど……その『何か』がいる場所が
わかったかもしれません。」
「屋根裏部屋？」
祐一が佐祐理に聞く。
「ええ、二階廊下の一番奥から、上に登れるんです。結構広いから、
人間じゃなくて動物でしたらそこに身を隠せるんじゃないかと思って…。」
「…………。」
舞は少し考えていたが、
「……そうかもしれない。行ってみる。」
そう言い、踵を返すとまっすぐ二階に上がる階段へと向かった。
「あ、俺も行く！」
「佐祐理も…！」
二人も慌ててついてくる。
「そういえば夕べ聞いた物音、案外『そいつ』の歩く音だったりしてな。」
歩きながら祐一がぽつりとそう言うと、
「………たぶん、そう。」
舞も頷いた。
二階廊下の一番奥。
佐祐理がそう言った場所へ三人は到着した。
「……………。」
舞は黙って辺りを観察する。
「………あ。」
「どうした、舞？」
「舞、そんなところにしゃがみこんで……何かあったの？」
「……………。」
そして立ち上がった舞は無言で二人の前に手のひらを広げて差し出す。
「おっ、これは…！」
「あ……。」
舞の手のひらには、一本の毛が乗っていた。
「これ、人間の髪の毛じゃ……ないよな？」
「ええ、ちゃんと調べないとわかりませんが、多分…。」
祐一と佐祐理がそう話している横で、舞は天井に向かってかけられた
梯子を握り、上を黙って見つめていた。
舞の手のひらには、一本の毛が乗っていた。
「ん？その毛は………」
祐一がそう呟いた刹那、
シュッ！！
黒い影が祐一の頬を掠めた。
「痛っ………」
「！！祐一、大丈夫？」
そのモノは舞が祐一に気を取られるその一瞬を狙っていたかのように
舞に襲い掛かった。
カツッィィィィィ………
舞はそのモノに向って横向けの体勢であったが、モノの攻撃が
体に触れる紙一重での間合いで素早く体の横に剣を引き上げ、
剣の腹で第一撃をかわす。
剣と何かの打とつ音があたりに響く。
その音も消えぬ間に、剣の刃をモノに向って縦に向け、そのまましたから上へと
切り上げるようにして振り上げる。
切っ先の軌跡が地ずりの月を描く。
シャッ………
モノは一メートル程飛び下がったようである。
暗闇にもようやくなれた祐一が目にしたそのモノとは、
犬だった。
犬とは言っても只の犬ではない。
目はらんらんと輝き、口からは絶え間なく唾液をたらしながら
真っ赤な舌の周りに幾本もの鋭い牙を生やしている。
そして、何と言っても尋常ではないのがその大きさである。
身の丈は優に二メートルを凌駕し、手足、体の筋肉は隆々とはちきれんばかりに
盛り上がっている。
「何だこれは………」
傍らに居る佐祐理も言葉を失っている。
舞とその犬………いや、魔犬とでも言うべきだろうか、
その怪物は互いに睨み合ったまま動こうとしない。
魔犬が低い体勢を取れば舞は中段に構え、半歩進めば下段に、
半歩退けば上段に、魔犬の動きに合わせて一部の隙も無く構えを変えている。
このままではどちらにとっても危険極まりない状況、その刹那、
佐祐理がとんでもない行動を取った。
何と、佐祐理は魔犬に向って駆け出したのだ。
「何してるんだっ！！」
祐一がそう叫んで引きとめようとする間もなく佐祐理は魔犬と舞との間に割って入っ
た。
好機とばかりに魔犬が佐祐理を盾に舞に襲い掛かる。
バチィィィィィィイイイ………
凄まじい打突音が鳴り響く。
全てが止まっているようだった。
立ち尽くしている佐祐理。
その前で、ドサリ………と音を立て、魔犬が崩れ落ちた。
「さ、佐祐理さん、無事か！！」
祐一はそう言うと慌てて駆け寄った。
「あ、あははーっ、だ、大丈夫ですよ………」
佐祐理がそう言った時、
「大丈夫なんかじゃない！！」
舞が叫んでいた。
「どうしてあんなに危ない事………した…の」
怒声は見る間に涙声に変わっていく。
「私が、もし、私が仕損じていたら………佐祐理は！！」
「舞………ごめんね、ごめんね………ごめんね………」
佐祐理が舞に駆け寄り、その身を抱きしめながら呟く。
「だって、あのままだったら舞が怪我をしてしまうかも………しれないって。」
「佐祐理………。」
「佐祐理さん……。」
佐祐理の言葉に思わず二人は言葉を失う。
そんな二人を佐祐理は、ただ優しい瞳で見つめていた。
「狼…？」
「うん。たぶん、そう。」
「はぇ〜…。」
『魔犬』を倒した後、異変に最初に気付いたのは舞だった。
倒れていた『魔犬』から煙のようなものが上がったかと思うと、
みるみる体が縮んでいき、子犬程度の大きさになってしまったからだ。
そして、その後三人は『それ』が逃げ出さないようロープで柱につなぎ、
リビングで三人は今後について話し合っていた。
「しかし、狼かぁ…俺、野生の狼なんて初めて見るぞ。」
祐一はそう言うと、改めて狼を観察した。
元は整った銀に輝く毛並みだったのだろうが、今は見る影もなく、汚れている。
しかし爛々と輝くその瞳は人に飼い慣らされたものではない、
まさに野生のそれだった。
「でも、どうする？こいつ。野に放したりしても…。」
「………そうですね〜、色々危ないでしょうし…。」
「かといって飼うってわけにもな〜。」
「……ええ……。」
祐一と佐祐理の二人が対処に困っていると、それまで黙って狼を見ていた
舞が突然声を出した。
「………狼さん。」
「……へ？」
「……ふぇ？」
祐一と佐祐理は思わず耳を疑った。
「狼さん、飼う。」
「ま、舞…。」
「あ、あははーっ…舞ならそう言うかも、って思ったけど…。」
「………狼さん、可愛い。」
苦笑する祐一と佐祐理をよそに、舞は餌を持って狼の元へ歩いていく。
「……これ、食べる？」
『……………。』
狼は黙って舞の顔と差し出された皿を見つめている。
「……………。」
『……………。』
しばらくそのまま動かずにいた狼は、舞の顔をじっと見つめると――
『ぱくっ』
舞の持った皿から、餌にかぶりついた。
「………！」
「あっ！」
「あ…！」
『もぐもぐもぐ…。』
三人の目の前で狼は餌を平らげていく。
「………狼さん、可愛い。」
「………む……か、可愛い……かも、しれない……。」
「………確かに、可愛いですねーっ。」
そんな様子を見て三人は、狼に対する認識が変わっていくのを感じていた。
そして、旅行最終日。
家路へ辿る祐一の鞄の中には、あの『狼』が入っていた。
「犬ならまだしも、さすがに狼じゃ、連れて歩けないよな〜。」
「電車は動物の連れ込み自体が禁止されてますからね〜。」
「…………。」
そう話す祐一と佐祐理の横で、舞が祐一の鞄の中に手を入れる。
「あ、舞！家に帰ったらいくらでもかまえるだから今はやめとけって。」
「…………。」
あれから狼とすごす日々が続き、すっかり仲良くなった舞は
少し恨めしい目で祐一を見る。
「う……そ、そんな目で見ても、だめなもんはだめだ。」
祐一は少し折れそうになりながらも、そう言う。
「………帰ったら、たくさん撫でる。」
舞はそう言い、少し膨れたような顔をした。
「そうだね。たくさん遊んであげようねーっ。」
佐祐理もそう言い、にっこりと微笑んだ。
その横で祐一は少し真剣な表情をし、考え込む。
（それにしても……『あれ』はいったい何だったんだ…？）
しかし、その問いに答えるものは、何もなかった――
一方。
祐一たちの乗った電車を高台から眺めるひとつの影があった。
「…………。」
黒い帽子をかぶったその男性は物言わず、立っていた。
やがて、電車が通り過ぎるとその男も黙ったまま
その場を立ち去ったのだった―――
ＦＩＮ
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