私の望み
「ごめんください」
「おお、天野よく来たな。ま、あがってくれ」
久しぶりに真琴に会おうと相沢さんの家までやってくると、相沢さんが出迎えてくれました。
「お邪魔します」
「おう、遠慮なくあがってくれ」
「真琴はどうしてますか？」
「ん〜、あいつはいつもどおり肉まんでも食いながら、漫画でも読んでるんじゃないか？
ったくあいつは居候のくせに、働いて金を稼ぎもせず一日中ごろごろしやがって、全く困ったもんだ」
「真琴はちゃんと保育所で働いているじゃありませんか。そういう相沢さんこそ何かなさっているのですか？」
「失礼な。今日はたまたま家にいるが、いつもは俺もちゃんと働いてるぞ。例えば……」
「例えば？」
「例えば……、そう、毎日名雪を起こしているぞ。毎朝あいつを起こす苦労を思えば、十分働いてると言……」
「それは家族として当然のことではないでしょうか？」
「な、何を言う。あいつを起こすのがどれだけ大変なことか知らんから、そんなことが言えるんだ」
「いえ、そう言われても実際知りませんし。他には何かなさってますか?」
「ほ、他にか、う〜ん他には……。そうだ、いつも真琴の面倒を見てやってるぞ」
「それも家族として当然のことでしょうし、それに面倒を見ている、というより一緒に遊んでいる、のほうが正しいと思いますが？」
「そんなことはない！」
さすがに相沢さんも、真琴と同レベルに扱われるのはいやなようです。
「わかりました。それでは他に何かなさってますか？」
「こ、この二つ以外か」
「はい」
「え〜と、他には……」
「…………」
「他には……」
「…………」
「…………」
「…………」
「すみませんでした。わたくし相沢祐一は働いてはおりませんし、金も稼いでおりません」
「わかればよろしいのです」
と言いながら、憮然とした表情の彼に笑いかける。
一見するとただのお気楽な人にしか見えませんが、彼がどれだけ強い人かということは、多分私が一番よく知っています。
私はあの『別れ』を経て心を閉ざしました。
出会いなど、結局は悲しみしか生まないと決め付け、世界から逃げていました。
『あの子』のいない世界など耐えられなかった。
世界は全てモノクロに見え、何をしても何も感じなかった。
ただ単に生きていただけ、いえ生きている振りをしているだけでした。
そんな私を心配してくれた人の、差し伸べてくれた手を払い、一人で居続けました。
私にはそうすることでしか自分を保てなかった。
そんな時です。
相沢さんを見かけたのは。
相沢さんを待つ真琴と、それを苦笑しながら見る相沢さんを見て、すぐにわかりました。
ああ、この人は自分と同じなのだと。
これから私のように、つらい、つらすぎる『別れ』を経験するのだと。
関わりたくなかった。
何であれ、あの『別れ』を思い出させるものには。
しかしその思いとは裏腹に、話し掛けてしまった。
そして関わってしまった。
それがどういうことか、わかっていたはずなのに。
そして考えていたとおり真琴は消え、相沢さんもつらい『別れ』を経験した。
でも相沢さんは私とは違いました。
確かに真琴と別れてすぐは変わってしまっていました。
まるで『あの子』と別れてからの私のように。
顔からは表情が消え、何を言ってもほとんど反応せず、ただ自分の世界に閉じこもっていました。
そんな相沢さんを見て名雪さん、秋子さん、他の皆さん、誰もが元に戻って欲しいと色々な手を尽くしました。
私も同じ経験をした者として、できる限りそばにいて、話し掛けるようにしていました。
心の中では相沢さんも私と同じようになってしまうのではないか、という恐れを抱きながら。
しかし彼は私の言った
「つよくあってくださいね」
などという、押し付けがましい、自分にはできもしなかった、言葉を守り、強くあってくれた。
私のように世界から逃げず、『別れ』の前と同じように生き続けてくれました。
そしてその強さで、世界から逃げていた私を連れ戻してくれた。
私が自らこもっていた、硬い氷の檻をその温かさで溶かしてくれた、太陽のような人。
そんな相沢さんだからこそ、真琴も帰ってきたのでしょう。
真琴が帰ってきたあとも相沢さんは、私を思いやりいろいろと世話を焼いてくれた。
こうして今の私がいるのも、全ては相沢さんのおかげです。
気がつくと相沢さんが私の顔をじっと見つめています。
「あ、あの、なんでしょう？」
「いや、天野もよく笑うようになったな、と思っただけだ」
「……そうですか」
それというのも、相沢さんのおかげです。
「おう、そうだぞ。初めて会った頃なんか、ほとんど無表情だったし」
そうですね、あの頃の私は笑顔なんて忘れてましたから。
「それでもまだ普通の奴より少ないけどな」
「しょうがないでしょう。元々です」
「もったいないな。せっかく元がいいんだから、もっと笑うようになればもてもてだぞ」
元がいい？
もてもて？
私が？
「……そんなことはないでしょう」
「本当だって。俺も天野の笑顔は可愛いと思うぞ」
「……あ、ありがとうございます」
「天野」
「は、はい？」
「顔が赤いぞ」
「え？ 」
そういわれれば、顔が火照ってます。
ど、どうしたんでしょう？
なぜか相沢さんの顔が見れません。
本当に私はどうしてしまったんでしょう？
「あ〜祐一、美汐に何したのよ！」
そんな雰囲気を感じたのか、真琴が怒鳴り込んできました。
「何って、ただ天野と話してただけだよ」
「ウソつきなさい、じゃあ何で美汐が下向いちゃってんのよ！」
どうやら真琴は、私が俯いてしまったのをいじめられたと勘違いしたようです。
「知らねーよ、ただ話してただけだって言ってんだろ」
「ふーん、そういうこと言うの。そんな祐一にはね〜……」
「そんな祐一には、……何だよ？」
「な、なんでもないわよ」
今まで威勢のよかった真琴が急に黙り込んだと思うと
「そ、それより美汐、早く部屋に行こ」
私の腕をぐいぐい引っ張って、部屋に連れて行こうとします。
「わ、わかりましたからそんなに引っ張らないでください。そ、それじゃあ相沢さん、またあとで」
「あ、ああ」
という相沢さんの返事を聞くか聞かないかのうちに、二階に連れて行かれてしまいました。
「ねえねえ、美汐知ってる？」
部屋に入るとすぐ、いつもの元気を取り越して元気すぎる声をひそめ、小さな声で真琴が聞いてきます。
「いえ、一体なんの話ですか？」
「あのね〜あと一週間で祐一の誕生日なんだよ。それでね〜、いきなりプレゼントあげて驚かすの」
なるほど、さっきの相沢さんとのやり取りはそういうわけですか。
でも驚かすといっても、相沢さんのことですから真琴がプレゼントを用意することぐらい、予想されているでしょうね。
「それで真琴は、相沢さんに何をプレゼントするのですか？」
「えへへ〜、これよ、これ」
と言って真琴が差し出してきたのは、肉まんと少女漫画。
まあ真琴らしいというかなんといいましょうか、あまりにも予想通りですね。
「真琴からこんないいものもらえたりしたら、祐一、感激して泣いちゃうかもね」
真琴には悪いですが、相沢さんも予想されているでしょうし、泣くということは絶対にないでしょう。
それに肉まんはいいとしても、少女漫画を喜ぶとは思えませんし。
しかし、プレゼントをあげる、という発想はいいと思います。
相沢さんもその行為自体を喜んでくれるでしょう。
さて、それでは私はどうしましょうか。
いつもこうやってお邪魔させてもらっているなど、色々お世話にもなっていますから、何か差し上げるべきなのでしょうね。
一体何を差し上げればよいのでしょう？
今まで男の方へのプレゼントなんて、父ぐらいにしかしたことありませんし。
誕生日プレゼントといえばなんでしょう？
ケーキ……だめですね。
きっと秋子さんが、私なんかよりよっぽどうまく作るでしょう.
となると食べ物関係はやめておいたほうが無難ですね。
比較されたくないですし。
編物……これもだめですね。
もうそういう季節じゃありませんし、時間もあまりありません。
あとサイズもわかりません。
ということは衣類もだめということです。
装飾品……相沢さんがつけているところは見たことありませんね。
それに男の方がどういうものをつけるかなんて、全然わかりません。
…………
…………
…………
私が思いつく誕生日プレゼントなんてこんなものですか。
はぁ、大分ましになったとはいえ、こういうことに関してはまだまだ疎いですね。
さてどうしましょう。
「ね〜美汐〜、何ぼ〜っとしてんの？ 一緒に遊ぼうよ〜」
仕方ありません。
またあとで考えることにしましょう。
「はいはい、それでは何をして遊びましょうか？」
「んっとね〜、それじゃあ……」
ふう、もうあと３日で相沢さんの誕生日だというのにまだ決まりません。
本当に、何にしましょうか。
「おはようございます」
「あ、はい、おはようございます」
「どうかしたんですか？ため息なんかついちゃって」
と声をかけてくれたのは、美坂栞さん。
病気で長い間学校を休んでいたそうですが、今ではとても元気で、仲のいい友達の一人です。
「いえ、大したことではないんです。気にしないで下さい」
心配をかけないよう、そう言っておきます。
「そうですか？ならいいんですけど」
些細なことでも心配してくれる友達がいるというのは、本当にうれしいものです。
少し前までの私はこんなことすらも忘れていました。
そういえば、栞さんも相沢さんのお知り合いでしたね。
「栞さん」
「はい？ なんでしょう？」
「もうすぐ相沢さんの誕生日だということはご存知ですか？」
「はい、もちろんです」
そうですか、なら……
「つかぬ事をお伺いしますが、相沢さんにプレゼントを差し上げる予定はありますか？」
「当たり前ですよ。もう何をあげるかも決まっています」
「あの……一体何を差し上げるのですか？」
「アイスです」
「は？」
「だからアイスです」
「……はあ」
「隣駅の近くにとってもおいしいアイスクリーム屋さんがあって、そこのアイスの詰め合わせがまたおいしいんですよ。
だからそれをプレゼントします」
「……」
その味を思い出しているのか、本当に幸せそうな顔をしていますね。
アイス好きというのは知っていましたが、まさかこれほどとは。
普通アイスを誕生日プレゼントにはしないでしょう。
まあ、もう冬ではありませんし、おいしく食べれるでしょうけど。
「そういう天野さんは、何をプレゼントするんですか？」
「私は……、まだ決まっていないんです」
「そうですか」
何か参考になるかと思って聞いてみましたが、全くなりませんでしたね。
でも本当に、何にしましょうか。
「でも……」
「はい？」
「祐一さんは、天野さんのあげたものなら何でも喜ぶと思いますよ」
…………
…………
は？
一体何を言っているのでしょうか。
「あの、栞さん？」
「なんですか」
「どうしてそんなことが言えるのですか？」
「…………わからないんですか？」
栞さんは、目をぱちくりする、という表現そのままの顔をしています。
そんなに変なことを言ったのでしょうか？
「はい」
「……本当に？」
「はい」
「そうですか……」
「何か、理由があるんですか？」
「そ、それは」
口ごもってますね。
何か言いづらいことなんでしょうか。
さらに聞いてみようとすると
「あ、先生」
いつの間にか先生が来ていました。
「そ、それじゃあ、天野さん、また後で」
はあ、どうやらうまいこと逃げられてしまったようですね。
結局あれから栞さんにあのことを聞く機会はなく、下校することになりました。
何か釈然としないまま、プレゼントにいいものはないかと、商店街を歩いていると
「あれ、美汐ちゃん？」
「……こんにちは」
急に名前を呼ばれて振り返ってみると、そこには名雪さんがいました。
いつもと同じ、見ているだけでこっちまでほっとする笑顔です。
「何してるの？何か探してるみたいだったけど」
「え、え〜っと」
言ってしまっていいのでしょうか。
こういうところを見られるのは、なんとなく恥ずかしい気もしますし。
などと悩んでいると
「……もしかして、祐一の誕生日プレゼント？」
「ど、どうして」
「あれ、違った？」
「いえ、そうですけど。どうしてわかったのですか？」
「わかるよ〜。だって美汐ちゃん楽しそうだったもん」
楽しそう。
そうでしょうか。
そんなつもりはなかったのですが。
「それで、何買うか決まったの？」
「いえ、まだ……」
「ふ〜ん、そう。でも祐一は美汐ちゃんのあげたものなら何でも喜ぶと思うよ」
またですか。
名雪さんまでそんなことをおっしゃるんですね。
思い切って聞いてみましょう。
「あの、名雪さん？」
「ん、どうしたの？」
「なんでそんなこと言えるんですか？栞さんにも同じことを言われたんですけど」
「……わからないの？」
名雪さんも栞さんと同じような表情をしています。
二人に同じ反応をされるということは、やはり私が何か変なことを言っているのでしょうか？
「はい」
「…………」
「……あの？」
「ね、美汐ちゃん、ちょっと付き合ってくれない？」
「はあ、いいですけど」
「ありがと、それじゃ百花屋に行こうか」
おごらないけどね、と付け加えて名雪さんは先に歩いていきました。
「私は紅茶を、……ミルクで」
「それじゃ私は同じ物をレモンで」
「……え？」
「ん、どうかした？」
「い、いえ、何でもありません」
思わず名雪さんの事を凝視してしまいました。
相沢さんに、百花屋で名雪さんが食べるのはイチゴサンデーだけだ、と聞かされていたのですが、どうかしたのでしょうか？
いわく、三食全てがイチゴサンデーでも生きていける、もしイチゴサンデーがなくなったら生きていけない、とまで言っていたのに。
よくある相沢さんの冗談だったんでしょうか？
「それでね、さっきの話の続きなんだけど」
「あ、はい」
一体なんでしょう？
「どうして祐一が、美汐ちゃんからのプレゼントなら何でも喜ぶかわからない？」
「はい」
「本当に？」
「はい」
何か理由でもあるのでしょうか。
見当もつきません。
「それじゃあ、質問を変えるね。何で美汐ちゃんは祐一にプレゼントをあげようと思ったの？」
「それは、いつもお世話になっていますし、それに……」
「それに？」
「それに……、相沢さんは私の恩人ですから。
人の暖かさにおびえ、自分の殻に閉じこもっていた私に、人の暖かさを思い出させてくれた大切な恩人です。
このことに関しては、どれだけ感謝してもしたりないくらい感謝しています」
「それだけ？」
「それだけ……って」
「他に祐一のこと、どう思ってる？」
「他に……ですか。いつも冗談ばかり言って、困った人だとは思いますけど」
「うん、それは私もそう思う」
と笑って言いながらも、名雪さんはちょっと困った顔をしています。
何か変なことでも言ったでしょうか。
「それじゃあまた質問を変えるね。美汐ちゃん、祐一といると楽しい？」
「はい、楽しいです」
「私とこうやっているよりも？」
「……はい」
悪いとは思いながらも、正直に答えます。
「それに気持ちが安らぐよね？」
「はい」
「なんで？」
「え？」
「なんで祐一といると、私といるより楽しくて、気持ちが安らぐの？」
「それは……」
確かに相沢さんといると楽しいし、気持ちが安らぐ。
他の誰と一緒にいるよりも。
本当になんででしょう。
今まで考えたこともありませんでした。
名雪さんはその理由をご存知なんでしょうか。
「あの、名雪さん？」
「うん？」
「名雪さんは、その理由をご存知なんですか？」
「多分ね」
「……あの、教えていただけませんか？」
「……知りたい？」
「はい」
「……その前にあといくつか質問、いいかな？」
「……はい」
まだ質問がある。
一体なんでしょう？
「正直に答えてね」
「はい」
「祐一といる時、無意識に祐一の姿を目で追いかけたことはない？」
「あります」
「祐一に見つめられて、うれしいけど恥ずかしくて赤くなったことは？」
「あります」
「祐一と別れるとき、さびしくてもっと一緒にいたいと思ったことは？」
「あります」
「何かほかの事をしていたのに、急に祐一の顔が思い浮かんだことは？」
「……あります」
「そんな時すごくうれしくて、でもさびしくて、無性に祐一に会いたくなるよね」
「……はい」
何でわかるのでしょう？
名雪さんの言ったことは、実際私にあてはまることばかりです。
「そっか」
「……あの？」
「うん。なんで美汐ちゃんが祐一といて楽しいかわかったよ。今度は多分じゃなくて、間違いなく」
「本当ですか？」
「うん。だって美汐ちゃん、私と同じだもん」
名雪さんと同じ？
「美汐ちゃんは自分の気持ちがわかってないんだよ」
私の気持ち……ですか。
「……それで、その理由は教えていただけるんですか？」
「そうしたいところだけど」
「だけど……？」
「やっぱりこれは自分で知らなきゃいけないことだと、私は思う。だから教えられない。ごめんね」
「……そう、ですか」
仕方がありませんね。
でも本当になんでなんでしょう。
「その代わりって訳じゃないけど……」
「なんでしょう？」
「祐一の誕生日にね、うちでパーティーやるんだ。そのときに、祐一が教えてくれるよ」
「相沢さんが……ですか」
「そう。今私に言ったことを祐一に言えば、祐一といるとなんで楽しくて心地いいか、きっと教えてくれるよ」
「……」
「でもその前に祐一の方から何か言ってくるかもしれないけど」
「え、それはどういう……？」
「それは秘密。来ればわかるよ。それじゃまた祐一の誕生日にね」
と言って、代金を置いて出て行ってしまいました。
ポツンと取り残される私。
…………
…………
私の気持ち、ですか。
相沢さんの誕生日パーティ−に行けば本当にわかるのでしょうか？
そして相沢さんの誕生日当日。
パーティーはなんということもなく始まりました。
真琴、名雪さん、あゆさんはもちろんのこと、栞さん、香里さん、北川さん、卒業した川澄さん、倉田さんとかなりの大人数です。
まずは乾杯。
誰が音頭をとるかで少しもめましたが、結局は秋子さんがすることでまとまりました。
その秋子さんの料理はやっぱりおいしかったです。
そして相沢さんへのプレゼントの時間になりました。
予告どおり真琴は肉まんと少女漫画、栞さんはアイスの詰め合わせ、その他の皆さんも思い思いの物をプレゼントしていました。
相沢さんも口では文句を言ったりもしてますが、とてもうれしそうです。
「ね〜美汐の番だよ」
そしていよいよ私の番です。
「あの、相沢さん？」
「ん、どうした」
「すみませんでした」
「な、なんだ？ いきなり」
「実はプレゼント、用意できなかったんです」
そう、あれだけ迷っておきながら、結局決まりませんでした。
適当なものを買って済まそうかとも思いましたが、失礼だろうと思い、正直に言うことにしました。
「……なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」
「別にいいよ。プレゼントなんかなくっても。天野がここに来て、みんなと一緒に俺の誕生日を祝ってくれた、それだけで十分だ」
「そうそう、たかが祐一の誕生日なんだから。気にしなくていいのよ」
「こら、真琴。そりゃ俺のセリフだ。お前が言うことじゃない」
「いいじゃないのよ〜、結局言うんなら私が言っても」
「そういう問題じゃない」
などという騒動によって、私からのプレゼントの件はうやむやになってしまいました。
その後、相沢さんと北川さんが共謀して買ってあったお酒がいつの間にかテーブルに並べられ、私を含めた皆さんで飲むことに。
香里さんは最初反対していましたが、皆さん、特に相沢さんと北川さんに勧められ、結局飲むことになってました。
最終的には一番飲まされていたのではないでしょうか？
唯一の成人である秋子さんはというと、「あらあら」と口では言いながらも、止めることはなく逆におつまみまで出して下さいました。
そして現在。
リビングで起きているのは、意識してあまり飲まなかった私と、お酒に強いのか相沢さんのみになってしまいました。
他の皆さんは全滅です。
名雪さんを始めとして女性陣は、名雪さん、真琴の部屋で、北川さんは相沢さんの部屋でお休み中です。
皆さん酔って普通に歩けるような状態ではなかったので、部屋にまで運ぶのが大変でした。
秋子さんは、皆さんを部屋に運んだ後、それぞれのご家庭に連絡をいれられ、今はキッチンで洗い物をされています。
私はというと
「手伝いましょうか」
と、洗い物をしている秋子さんに声をかけみましたが
「いえ、美汐さんはお客様なんですから、気にしないで下さい。
それよりも祐一さんがかなり飲んでいたようなので、平気かどうか様子を見てきてもらえますか？」
という秋子さんのお言葉で、相沢さんとソファーに並んで座ってたわいもないことを話しています。
相沢さんも、実際は私同様あまりお酒を飲んでなかったようで、普通の状態と変わりません。
これならば別に私がいなくても平気でしょう。
皆さんお休み中ですし、家に連絡もいっているので別にいてもかまないでしょうが、パーティーも終わりましたし、帰るとしましょう。
「すみませんが、そろそろお暇いたします」
「そうか？ もう少しゆっくりしていったらどうだ？」
「いえ、もうこんな時間ですし」
少なくとも、１０代の女子が他所の家にいてほめられる時間ではありません。
「おう、もうこんな時間か。んじゃ送っていくよ」
「いえ、別に結構です」
「まあそう言わずに」
こちらの言うことなどまるで聞かずに、一人で先に行ってしまいました。
仕方ありませんね。
「今日は来てくれて、ありがとな」
「いえ、プレゼントも用意できませんで、すみませんでした」
「なんだ、そのことか。さっきも言ったろ、天野が俺の誕生日パーティーに来てくれて、祝ってくれただけで十分だって」
「でも……」
「あ〜、もうこの話は禁止だ、禁止」
「……はい、では最後に一つだけ」
「なんだ？」
「何か欲しいものができたら言ってくださいね。プレゼントしますから」
「そうか、そりゃうれしいな。何でもいいのか？」
「はい。……でもあまり高いものは無理ですから、私に買える範囲のものなら何でも」
「そうだな。うん、ゆっくり考えさせてもらうよ」
「わかりました、いつでもどうぞ」
その後、なぜか二人して沈黙してしまいました。
私はともかくとして、おしゃべりな相沢さんにすると珍しいことです。
しかしその沈黙も、決して不快なものではありません。
それどころかとても心地よく、いつまでもこうしていたいと思ってしまいます。
この前名雪さんに言ったことが実感できます。
そういえば名雪さんは、相沢さんが、なぜ私は相沢さんといると楽しくて気持ちが安らぐかを教えてくれる、と言っていましたね。
私が名雪さんに言ったことを言えば。
どうしましょう。
言ってみましょうか？
などと考えながら相沢さんのほうを見ると、相沢さんもこちらを見ていました。
それも笑いながら。
それはいつものような、いたずらに成功しての子供のような笑いではなく、とても温かい、やさしい笑い。
そんな相沢さんを見て、思わず顔を背けてしまいました。
顔が火照っているのが自分でもわかります。
その上、身体まで熱くなってきました。
それもどんどんひどくなっていきます。
ど、どうしたんでしょう？
相沢さんといる時に、顔が火照ってくることはありましたが、こんな風になるのは初めてです。
「なあ、天野」
「は、はい。なんでしょう？」
「お前には感謝してるんだ」
「……なんですか、急に？」
自分の中に渦巻くものと、先程までとはあまりに違う話のため、頭がついていきません。
「まあいいから黙って聞いてくれ」
「はあ」
「さっきも言ったけど、お前には本当に感謝してるんだ。
人になった真琴と出会って、そして別れた。
あの時は、はっきり言ってめちゃくちゃ辛かった。
もう何かも投げ捨てて、逃げ出したいくらい、な」
え？
そんな……
相沢さんは強い、私などとは違って強い人のはずじゃ…………
真琴と別れた後、少しの間落ち込んでいただけで、すぐに元に戻って、私に笑いかけてくれたじゃないですか。
「お前の前じゃ、平気そうな顔してたけどな」
私の考えてることがわかったのか、そう続けます。
「本当に何度も逃げ出したいと思った。
でもな、そばにお前がいてくれた。
俺のそばにいてくれて、俺のことを支えてくれる天野を見ると、もう少しがんばろうかって気持ちになれたんだ」
「そんな……私は何も」
してはいません、と言おうとしたがさえぎられる。
「お前自身は何もしてないと思ってるかもしれない。
が、それでも……だ。
もしお前がいなければ、今の俺はなかった。
だから……お前には感謝してる」
「わ、私は、そんな…………感謝されるような人間じゃありません。
最初に相沢さんに話し掛けたのだって、たまたまで。
ただ相沢さんと真琴のことが気になって、つい話し掛けてしまったんです。
本当は関わるつもりなんてなかったんです。
別に相沢さんを思いやってのことなんかじゃなく、多分自分のためだったんです」
「それでも感謝してる」
「それに、真琴がいない間に相沢さんのそばにいたのだって、あなたを支えるためじゃなくて。
実際あなたのつらさなんてわかっていなくて。
やっぱり自分のためで。
同じ経験をした者として、私のことをわかって欲しかった。
あと、ただあなたに私のようになって欲しくなかった。
あなたに悲しい顔をして欲しくなかった、いつも笑っていて欲しかった。
それだけなんです」
「それでも、それでも…………だ」
感情が溢れ出して、それと一緒に考えていたこと、思っていたこと全てが出ていってしまう。
言葉が、止まらない。
「それに、それに。
真琴が帰ってきてからも、いろいろ迷惑をかけて。
それに真琴が帰ってきたのに、何で『あの子』は帰ってこないのか、なんて嫉妬したりして。
それでもあなたのそばにいるのは、やっぱり自分のためで。
あなたのそばにいると楽しくて気持ちが安らぐから。
あなたに見つめられると、うれしいから。
あなたがいなくなるとさびしくてしょうがないから。
いつまでも一緒にいたいと思うから。
だからあなたのそばにいたんです。
全部、全部、自分のためなんです」
そこまで言って、ようやくわかる。
名雪さんの言っていたことが。
自分の気持ちが。
なぜ相沢さんといると、楽しくて気持ちが安らぐのか。
なぜ相沢さんといると、無意識に相沢さんのことを目で追ってしまうのか。
なぜ相沢さんといると、見つめられてうれしいのか。
なぜ相沢さんといると、別れる時さびしいのか。
なぜ相沢さんといると、一緒にいないときに無性に会いたくなるのか。
なぜ相沢さんといると、いつまでも一緒にいたいと思うのか。
多分この気持ちは、ずっと前から始まっていたんだと思う。
ただそれに私が気づかなかっただけで。
私は相沢さんのことが…………
「ところでな、天野？」
「……なんですか？」
「さっきプレゼントは、買える範囲のものって言ってたよな」
なんでしょう、急に。
「そうですけど……」
「それってさ、買うものじゃなくて、お前に対する願い事みたいのでもいいのか？」
「……え？」
「だから買えるものじゃなくて、お前にしてもらうことじゃダメなのか？」
「……別に結構ですけど」
一体何が言いたいんでしょう？
「なんでもいいのか？」
「……いえ、私のできる範囲で」
「そっか」
なんなのでしょう一体？
「なあ、天野？」
相沢さんは私の前に来ると、私の肩をつかみ、まっすぐに私の目を見つめてきます。
真剣さの中にちょっといたずらをする楽しみを込めた、そんな目で。
「な、なんですか？」
「俺、天野のこと好きだぜ」
………………
………………
………………
相沢さんが………………私を………………好き？
その言葉が頭にしみこんでくると、先程とは比べ物にならないほど、体が一気に熱くなりました。
息が詰まって、呼吸ができません。
頭が真っ白になって何も考えられません。
「え、え〜、あの、その」
言葉もうまく出てきません。
相沢さんはそんな私を笑いながら見ていると、おもむろに
「それで？」
と言ってきました。
『それで？』とは？
一体なんでしょう。
頭がうまく働きません。
「返事は？ 俺は天野が好きだ。その返事は？」
そういうことですか…………
その言葉を理解するにつれ、収まりかけていた混乱が再発しました。
へ、返事ですか。
ど、ど、どうしましょう。
なんと答えれば？
「……プレゼント」
は？ なんでしょう？
「これが俺の欲しいプレゼントだ。ちゃんと天野にできることだろ？だから正直に答えてくれ」
さ、先程の質問はこういうわけだったんですね。
確かに私にできることです。
というより私にしかできませんね。
簡単といえば簡単すぎるプレゼントです。
私が先程気づいたことを言えばそれでいいのですから。
しかしこれほど難しいこともありません。
相沢さんはといえば、人をからかいそれが成功したときに見せる、にやにやというのがぴったりの笑いをしながらこちらを見ています。
しかし私にできることならなんでもするといった手前、断ることもできません。
仕方ありません。
「………………です」
「は？」
「私は…………きです」
「ん？」
「私は相沢さんが……きです」
「よく聞えないな〜」
もう、性格が悪いのはこんな時も変わりませんね。
「私は相沢さんが好きです！」
と、言い終わった瞬間。
「よしっ」
という言葉とともに、いきなり抱きしめられました。
「ちょ、ちょっと、相沢さん！？」
「これはプレゼントの範囲じゃないからな。いやならやめるぞ。どうする？」
「…………」
「ん？ いやがらないってことは、続けていいのか？」
「…………」
「そうか、ならこのままでいさせてもらおう」
わかってて言ってますね。
本当に性格悪いです。
でも実際いやじゃありません。
とっても落ち着きます。
できることなら、ずっとこのままでいたいです。
そんな想いを知ってか知らずか、また何か言ってきます。
「なあ、天野？」
「……はい？」
「俺としてはもう少し先にまで進みたいと思うんだが、どうだ？」
もう少し先って…………
ぽっ。
やっと火照りの取れてきた顔が、また火照りだしました。
「これもプレゼントの範囲じゃないからな。いやならやめていいんだぞ」
本当にいやがるとでも思っているのでしょうか。
その返事の代わりに、目をつぶり、顔をあげます。
今度は相沢さんも何も言わず、顔を近づけてきます。
そして…………
「いや〜、今年の誕生日プレゼントは最高だな」
相沢さんは、これ以上ないくらいご機嫌です。
それはそれでいいんですけど、少しはこちらのことも考えて欲しいものです。
「ん、どうした？天野」
…………やっぱりわかっていませんね。
「あの、相沢さん？」
「なんだ？」
「そろそろ手を離していただけませんか」
そう、さっき抱き合ってから相沢さんは私の手を握ったままなんです。
「なんで？」
「なんで……って、恥ずかしいじゃないですか」
「そうか？」
「そうですよ！」
普通はそうなんです！と言う前に
「いいじゃないか、『恋人』同士なんだし」
ぽっ。
そのセリフに冷めかかっていた顔が、再び紅潮しました。
「天野、顔が赤いぞ」
「……ほっといてください」
どうしてこの人はこうも簡単に、恥ずかしいセリフが口に出るのだろう。
まあそれが相沢さんの、相沢さんたるゆえんなのでしょうけど。
「まあ、今年の誕生日プレゼントは本当に最高だったぞ」
先程と同じセリフを繰り返します。
「そうですか」
「でもな、もっと欲しいものがあるんだが、聞いてくれるか？」
「はあ、なんですか？」
「天野」
「はい？」
「天野が一番欲しい」
「はあ、私が、ですか？」
私が欲しい。
一体どういうことでしょう？
………………
………………
え？
ま、まさか？
告白を受けた時と同じぐらい体が熱くなっていきます。
と、相沢さんの方を見てみると
「ま、すぐにとは言わないさ。
いつかでいいよ、いつかで。
何なら来年の誕生日プレゼントでもいいぞ」
と、いつもの人をからかった後にする笑顔で言ってきます。
……またからかいましたね。
本当にもう！
でもこのままからかわれたままというのも悔しいので、仕返しすることにします。
「……別にいいですよ？ 今すぐでも」
「え？ ……お、おい天野本気か？」
「ええ、もちろん」
そんな私の答えを予想していなかったのか、相沢さんもうろたえまくってます。
「そのかわり」
「……そのかわり？」
「私の望みを当てられたらです」
「天野の望み？」
「はい」
「う〜ん……ヒント」
「……ヒント……ですか。そうですね、相沢さんにしかできないことです」
「え〜〜〜。なんだよそれ？」
「だから、相沢さんにしかできないことです」
「……第二ヒント」
「ありません」
「んじゃ第三ヒント」
「……第二がないのに第三があるわけないじゃないですか」
「……ケチ」
「ケチで結構です」
と、相沢さんを置いて先に歩いていきます。
しかし相沢さんはすぐに追って来て、横を歩きながら色々聞いてきます。
手を変え品を変え、何とか私からヒントを引き出そうと、本当に真剣に。
そんなに真剣に聞いてこないで欲しいです。
私だって、今にも言ってしまいそうなんですから。
多分言ってしまった方がいいんでしょうけど。
でもやっぱりこれは、相沢さん自身に気付いて欲しい。
私の、心からの望みだからこそ、私が言うのではなく相沢さん自身に気付いて欲しい。
だからもうヒントはあげられないのです。
私の望み
それは相沢さんといつまでも一緒にいること
今までたくさん迷惑をかけ
これからもかけ続けるかもしれないけど
相沢さんが好きと言ってくれて
私が好きと言って
そんな二人がいつまでも一緒にいること
これが
相沢さんにしか叶えられない
私の望み
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