「香里…」
「潤…ごめんなさい」
「何でだよ…何で俺達別れなきゃいけないんだよ…」
「もう貴方の事を考える事が出来なくなったから…」
「それって…他に好きな男が出来たって事か…」
「どう言う風にとってくれても構わないわ」
「……」
「学校では…いつも通りでいましょう」
「……」
「名雪とか…あれでいて意外に勘が鋭いからね」
「……ああ」
「さようなら」
想い出
〜彼と彼女の宝物〜
目が覚める。
どうやら夢を見ていたようだ。
身体を起して部屋を見渡す。変わらない俺の部屋。カーテンを閉めているので薄暗い。
枕元の時計で時間を確認する。まだ朝の５時だった。
しかしなんでまた香里に振られた時の夢を見せられたのか。
思い出したくも無い出来事だった。朝から気分は一気にブルーだ。
「１年か…俺にしちゃ長かったよな」
それなりに女とは付き合いがあった。
女と付き合い出して別れるまでの時間なんて昔はとても短かった。
だが香里は違った。
昔の俺ならとうの昔に立ち直っていただろう。
あいつといた時間が長過ぎたのが理由かもしれない。
俺は香里と付き合っていた頃を思い出していた。
香里と付き合い出したのは高校に入って最初の夏休みだった。
美人だったし頭もいい。何よりも俺と彼女は妙に馬が合った事だ。
彼女と話していると楽しいし嬉しかった。
学校が休みの間、彼女と会えないのが我慢ならずデートに誘ったのだ。
そこで俺が告白して香里はＯＫしてくれて俺達は付き合い出した。
色々な事をやった。
デートなんてそれこそ数え切れぬ程行った。
カラオケとかがメインで、金に余裕があれば遊園地や水族館にも行った。
そんでたまに俺の部屋に彼女を呼んだりして…それでまあ色々したわけだ。
彼女と過ごした時間が楽しかった。何よりも大切な時間だった。
本気だった。
遊びなんかじゃない。
結婚だって考えていたんだ。
それだけマジに好きだった。
思い出せば思い出すほど涙が溢れてきた。
気を抜けば大声上げて泣き出しそうだ。
「かっこわりぃな、俺」
ベッドに再び身を任せる。枕に顔を押し付けた。
誰も見ていないはずなのに泣いているのを隠したかった。
今日も学校がある。行きたくはなかった。
行けば香里のいつもと変わらない笑顔を見なきゃいけない。
ただのクラスメイトの俺に笑いかける"美坂"の笑顔を……
「遅刻だーーーーーーーーーー！！！！」
時計を確認すると予鈴が鳴る５分前。
俺が一人暮しをしているアパートは比較的に学校に近いのだが、
ここから走って本鈴までに間に合うかどうか微妙なラインだった。
二度寝なんかしなければ良かったと本気で後悔する。
急いで身支度を整え家を出る。
戸締りを確認すると俺は急いでアパートの階段を駆け下りた。
走りながら腕時計を確認する。予鈴１分前。
少しペースを上げる必要がある。
すると前方に見なれた二人を見つけた。
片方はもううんざりと言った具合に走っている男子生徒、相沢祐一。
もう片方は楽しそうに相沢の方を見ている女子生徒、水瀬名雪。
俺はペースを上げ二人に近付いて話しかけた。
「よっす、お二人さん。相変わらず仲が良さそうでいいねえ」
「あっおはよう、北川君〜。」
「はぁ…はぁ…よ、よぅ」
相沢は俺が言った皮肉に反論する事が出来ないくらい疲れている様だった。
…つまらんな。
「毎朝毎朝ご苦労な事だな」
「へっ…そう言うお前も今日はいつもみたく遅いじゃねえかよ」
「まあな…」
「頭の触覚が二つに分かれててゴキブリみたいだぞ？」
「何！？」
慌てて俺は頭を触る。頭をセットしている時間なんて無かったから本当かもしれない。
頭のてっぺんを確認する。
手触りはいつもと同じ…つまりは相沢にまんまとだまされたというわけか。
「普通じゃねえかよ」
「だまされてんなよ、ていうかそんなに大事か」
「命の次に大事だ」
「じゃあはさみで切ったりしたらどうなる？」
「死ぬ」
「やっていいか？」
「駄目だ」
「ちょっとだけ」
「ＮＯ」
「北川く〜ん」
「裏声だして甘えても駄目だ」
「けち〜」
「二人とも〜いい加減にしないと…遅刻しちゃうよ？」
「まあ今日の所はこれぐらいにしてやろう、北川」
「いつでも掛かって来い。返り討ちにしてやる、相沢」
俺達は固い友情で結ばれている事を再確認した朝だった。
キーンコーンカーンコーン
「「「セーフ！」」」
俺達三人は本鈴が鳴り止むと同時に教室に入った。
俺は予期せぬ運動をさせられて（無論原因は俺自身なのだが）疲れて自分の机に座り込む。
俺の一つ前の席の男は毎朝これなのだから少しばかり同情してしまう。
「珍しいのね、北川君がこんなギリギリなんて」
楽しそうに微笑みながら香里…いや美坂が言う。
「俺だってたまにはこういう時もあるさ」
あまり気分のいいものでは無い。
彼女は全く変わらずに俺に話しかけてくる。
だが学校での俺達はあくまでただのクラスメイトだ。
「ふうん…嫌な夢でもみた？」
「…っ！！」
「…あ」
俺が香里の事をよく知っているように、香里も俺の事をよく知っている。
こんな時の俺は嫌な夢をみた、という事を香里は知っているのだ。
それが少し癇に障った。
「ごめんなさい」
「いや…美坂が謝る事じゃない」
今のは俺が悪い。
香里が俺の事を知っていようがいまいが今となっては関係の無い事だ。
それを蒸し返す様な事をしているのは俺自身。
だから俺が悪い。
「変だぜ、今日のお前ら」
「気にすんな…ほら先生来たぜ」
怪訝な顔をしている相沢を軽く流す。
俺は鞄から教科書や筆記道具を出して用意をする。
今日もまた憂鬱な学校が始まった。
「ふわぁ」
少し眠たくなって欠伸をする。
腕時計で確認すると昼休みまであと１時間ぐらいだった。
ふと学校の中庭の方に視線を移す。
するとそこにはここの所毎日来ているショートカットでストールを羽織っている少女。
いつも相沢に会いに来ている様子だった。
まあ、俺には関係が無い事だ。
チャイムが鳴ったら速攻学食行かねばならんからな、俺は。
学食マスターの名が泣くというものだ。
「この頃祐一、一緒にご飯食べてないよね」
「ええ、そうね」
香里に席を確保してもらい俺と水瀬が飯を運んできた。
「ああ、なんか中庭で女の子といつも食ってるみたいだったが？」
「そうなの？」
告げ口しているみたいだが仕方が無い。
「ショートカット…っつうよりボブカットか？…でいつもストールを羽織ってる女の子だったぞ」
「！！」
「ん？どした、美坂？」
「何でも無いわ」
「そうか？」
「ええ」
何かを隠している。
俺にはすぐに解った。
長年の付き合いというのは時にとても便利で、またある時にはとても厄介なものである。
まあ今この状況ではどっちかと言うと役に立ったの…のかな。
香里はあのストールの少女の事を知っている。
「さっ食べましょう」
「そうだね」
「…ああ」
それから俺達は雑談しながら飯を済まして教室に戻った。
「私に妹なんていないって言ってるでしょ！！？」
「…ん？」
「でもな、香里」
「どした？」
「いや…やっぱいいや」
香里は教室から足早に出て行った。
相沢は何か諦めたように話すのを止めた。
俺は香里を追う事にした。
急いで香里を探した。階段を上っていったみたいだ。
俺は階段を駆け上がった。屋上へのドアが半開きになっている。
「……」
屋上に入る。
２月の風は冷たく身体に襲いかかる。
香里はその長い髪を片手で抑えながら風景を見ている様だった。
「…香里」
「潤…私ね…どうしたらいいのかな？」
香里はこちらを見る事なく俺に尋ねてくる。
「俺には答えられないな」
「そっか…そうよね」
香里が肩を震わせながら呟く。
泣いている。だが今の俺には近付いて抱き締める資格は無い。
いや…考えてみると資格なんているのか？
…関係…ねえよな…ああ…関係ねえ…
一度開き直ってしまったらもう止まらない。
俺は香里にそっと近付き後ろから彼女を壊れ物でも扱うかの如く優しく抱き締めた。
「あっ」
「何も一人で抱え込む必要なんて無いんだけどね」
「何やってんのよ！！？」
「っと…泣いてる女を見てるとほっとけない性格なの、俺は」
香里に突き飛ばされる。
とは言ってもそんな大して力も込められてなかったが…。
「アンタは全然分かってないわよ！！」
「香里！！！」
香里は走り去った。
追いかけようと思えば追いかけれた筈だ。
けれど俺はその場から動けなかった。
「分かってないか…そりゃお前の事だよ…香里」
俺はぶ厚い黒い雲に覆われた空を見ながら呟いた。
数日後、俺は部屋でぼーっとしていた。
日が落ちてもう結構な時間になっている。１０時を少し回ったぐらいだ。
やる事が無いがまったく寝る気も起きない。
俺はコートを着て外に出る事にした。
「寒ぃ…」
このくそ寒いのに何故俺は散歩しようなんて考えたのか。
自分で自分がわからない。
どうせだから暖房が効いているコンビニで立ち読みでもしようと考え歩き出す。
吐く息が白い。
「あんまんでも買うかな…」
色々と考えながら歩いていると相沢を見つけた。
話しかけようと思ったが相沢は足早に去っていった。
俺は悪いと思いながらも相沢の後をつける事にした。
相沢は学校の方へと向かっている様だった。
俺は相沢を見失わない様に歩調を上げた。
「こんな時間に何故学校なんだ…」
ある程度歩いてやっと学校に着いた。
相沢は辺りをきょろきょろとしている。どうやら誰かと待ち合わせしているらしい。
見つかってしまっては不味いと思い校庭の木の陰に身を潜めた。
（やれやれ…こりゃ将来探偵になれるぜ）
木に隠れながら相沢の様子を窺う。
何やら相沢に近付いていく人影があった。
（……香里！！）
危うく声が出そうになった。
相沢に近付いていったのは他でもない香里であった。
そしてその様子からして香里が相沢を呼び出した様だった。
二人は何やら話をしているようだった。
ここからでは二人の会話はまったく聞こえない。
見つからない様にと距離を置きすぎたのが失敗だった。
（前言撤回…俺には探偵は無理）
俺は見つからない様に気を付けながら二人に近づく事にした。
じわりじわりと距離を詰めていく。
見つかったりしたら酷い事になってしまうだろう。
こんな夜中に二人で会っているのだ。
他人には聞かれたく無い話なんだろうと簡単に予想がつく。
やっぱり不味いかなあとか思ったが、香里が心配だったし相沢への嫉妬心もあったのだろう。
俺は途中で歩みを止める事は無かった。
「あの子は…栞は何の為に生まれてきたの！！？」
（…栞？…誰だ？）
香里が珍しく声を張り上げている。
やっと会話を聞ける位置にまで近付けた。
二人の様子を改めて窺う。
（！！）
香里が相沢に抱きかかっている。泣きついている様だ。
俺は気が付くと駆け出していた。
普段生徒があまり利用しない裏門を駈け抜け、商店街を力一杯走った。
気が付くと公園に続く遊歩道まで来ていたようだ。
俺は道の脇にある木に寄り掛かった。
目元が熱い。
「俺が抱きついたら…拒絶しやがったくせによ…」
泣いている。
誰が見ているともわからない道でだ。
何が哀しくて泣いているのか解らなかった。
相沢への嫉妬心か？
香里が俺を拒絶した事か？
いや違う…自分自身の不甲斐なさ…弱さにだ。
「情けねえ…情けねえよぅ…」
その日俺は長い間この遊歩道で泣いた。
さらに数日間、俺は学校を休んでいた。
あの日からずっとだ。
家からもちょっと飯を買いに出る以外出ていない。
俺はわけあって一人暮しをしている。
だから小言を言う五月蝿い親もいない。
プルルルルル…プルルルルル…プルル…
電話が鳴っている。
だが電話に出て応対しようとする気力すら無い。
『北川です…ただいま留守にしています…用件がある方は…』
プツッ
録音した俺の声が途切れる。
どうやら電話をかけてきた相手は切ってしまったらしい。
今は誰とも話す気なんて無い。
寝よう。
余計な事を…辛い事を考えないで済む。
そう考えてベッドに入ってから意識が無くなるまでそう時間は要らなかった。
（……ここは？）
気が付くと俺は光の中にいた。
なんとも幻想的な風景だ。
（こんな所でずっと眠れたら…気持ちいいだろうなあ…）
「駄目だよ、寝ちゃったら！」
「…ん？」
見ると背中に羽根を持った少女が俺に話しかけている。
「誰だ、お前？」
「ボクの事は今はいいんだよ！」
「俺は自分の事をボクとか言う女や見るからにロリ体型な女は大嫌いなんだ」
「うぐぅ…いきなり酷いよ」
「で何だ？天使様から俺への愛の告白ってわけじゃあないんだろう？」
俺は極めていつも通りに目の前の羽根の少女に話しかけた。
俺はもう一度その少女を見た。
天使…そう言うのがこれ以上無いほどしっくりくる。
背中に羽根があるのもそう思わせる要因の一つだろう。
体つきはスレンダーと言うよりも幼児体型だった。
「今説明の中にとても失礼な表現があった気がするよ」
「気のせいだ」
「うぐぅ…まあいいよ」
「で…いい加減に用件を言ってくれないか？」
俺は痺れを切らして少女に促した。
「そうだね…潤君はいつまでそのままでいるつもりなの？」
「……何でお前俺の事知ってんだよ？」
「うぐぅ…気にしちゃだめなんだよ」
「まあいい…そのままってのは？」
「いつまで殻に閉じこもってるつもりなの？」
「お前には関係無い」
俺は少々怒気を込めて少女に言い放った。
彼女の言い方が単純にむかついたのが原因だ。
「関係あるよ！」
今まで控え目に喋っていた少女は叫んだ。
「へ〜…どう関係あるんだ？言ってみろよ」
「ボクは祐一君の願いをかなえなきゃいけないんだよ…」
「祐一？…相沢祐一か？」
少なくとも俺の知っている人間で祐一という名前の奴は一人だけだった。
「そうだよ…そしてそれは栞ちゃんの幸せなんだよ」
「栞って一体誰なんだよ…」
あの夜の学校で香里が言っていた名前…栞。
俺にはこの名前の人物が一体どういう人間なのか全く知らない。
「栞ちゃんは栞ちゃんだよ」
「質問の答えになってねーぞ…」
「うぐぅ…栞ちゃんは香里さんの妹だよ？…知らないの？」
「香里の…妹だと？」
「うん」
初めて知った。
香里に妹がいる事なんて全く聞かされていなかった。
考えると俺は香里の事を知らなさ過ぎると言う事に気付いた。
その事実はまた俺を驚かせた。
「それで栞ちゃんの幸せは香里さんの幸せでもあるんだよ」
「ややこしいぞ…」
「気にしないの…そして香里さんの幸せには潤君が必要なんだよ」
「…俺はアイツに振られたんだぜ？…今更そんな事…」
「本当は潤君はわかってるんだよね？」
「…アイツは相沢の事が好きなんだよ」
「そんな事無いよ」
「見たんだよ…夜の学校で…アイツが相沢に抱きついてんのを！！」
「あれは誤解だと思うよ？だって祐一君は栞ちゃんが好きなんだから…」
気付けば叫んでいた。
知っていた。
香里には俺と別れて以来全く浮いた話一つ聞かなかったのだ。
それに事実アイツが俺や相沢以外の男と話す所なんてほとんど見ていない。
そしてこの間の事だってきっと何か理由があったんだと思う。
わかっているんだ。
「でも…アイツは…俺じゃなくて…あ…相沢を…頼って…」
声が震えていた。
ああ…また泣いてしまうな、と思った。
予想通り俺の瞳からは涙がすぐに溢れ出してきた。
「大丈夫だよ…」
少女が俺の頭を慰めるように抱いた。
その大きな翼で俺の身体を優しく包み込んだ。
「香里さんは心配だったんだよ…潤君に迷惑かけるのが…」
「そんな心配…必要…ねえよ…いくらでも…迷惑かけろよ…」
「それを言う相手はボクじゃないよ？」
ゆっくりと少女は俺から離れていった。
その頃にはあの溢れていた涙は止まっていた。
「ああ…そうだな…」
「泣きやんだね…よしよし」
「ガキ扱いすんな！お前のほうが子供っぽいのに！！」
「あはははは♪」
少女が笑った。
俺も少し笑った。
「お前…相沢の事が好きなんだろ？これでいいのか？」
「祐一君が選んだのは栞ちゃんだよ…私にとやかく言う資格は無いよ」
「強いな…」
少女は少しだけ悲しそうに…だがそれ以上に優しそうに微笑む。
なんか秋子さんの笑い方と被って見つめるのが恥ずかしくなる。
「じゃあボクはそろそろ行くよ…」
「ああ…サンキュ…お前いい母親になれるぞ」
「ありがと、潤君…じゃあね！」
「ああ…じゃあな…あゆ…」
「わっ…思い出してくれたんだ♪」
「さっさと行け！」
あゆは顔を綻ばせる。
俺は恥ずかしくなって叫んだ。
「バイバイ！」
あゆの身体が光の中へ溶けこんでいく。
それと同時にこの世界に終わりが来るのがわかる。
当然だろう…ここは夢の世界なのだから。
「…月宮あゆか…」
目を覚ました俺は呟く。
そして起きあがって本棚を漁る。
やっと見つけたそれは小学校の頃の学校で作るアルバム。
俺達が小学校４年か５年ぐらいの頃のものだ。
「あった…」
クラス全員の集合写真。
そこには幼い頃の俺とあゆが映っていた。
「今の今まで忘れてるなんてな…」
あゆはクラスの中でも可愛い方だったので、子供心に仲良くしようと奮闘していた事を思い出す。
今思えばこれが初恋だったのだろう。
初恋は実らない…俺もこの有名なジンクスの例に漏れる事は無かった。
その理由は、詳しくは忘れたが彼女が事故にあって意識不明の昏睡状態になったという話だったはずだ。
死んだという話は聞いていないから生霊なのだろうか。
俺はそんな他人に聞かせても信じてもらえないような存在に励まされたわけだ。
「初恋の相手は今は生霊になってます…ってか？」
アルバムを本棚に戻す。
寝る前と違って気分は良かった。
プルルルルル…プルルルルル…プルル…
また電話が鳴った。
電話にはまだ出たいとは思わなかった。
『北川です…ただいま留守にしています…用件がある方は発信音の後にどうぞ…』
ピー
『香里です…潤…あのね…』
「香里！？」
俺は急いで電話に駆け寄った。
そして受話器を取る。
「もしもし、俺だ！！」
『…潤…いるんなら取りなさいよ…前と違って…遅かったわよ？』
「あっ…ああ…ああ…」
香里の声を聞くと急に落ちついてくる。
俺は香里に何を話そうか迷った。
色々と話したい事は沢山あるはずなのにうまくまとまらない。
『潤…今時間……ある？』
香里が間を置いて聞いてくる。
「え？…今か？…まあ暇ではあるが…」
『じゃあさ、あそこに一緒に行ってくれないかな？』
あそこと言われて色々な場所が思い浮かんだ。
一体どこだろうかと考え込んでいると香里が飽きれた様に言ってくる。
『ふぅ…まったくもう…潤は…』
「あは…あははははは」
声からはあまり怒った様子は感じ取れない。
とりあえず俺は笑って誤魔化す事にした。
こんなやり取りはいつぶりだろうか？
偉く懐かしく感じる。
『貴方と私の…想い出の場所…』
「…あ…あそこか？」
『今近くのコンビニで待ってるから…』
急に香里の声のトーンが落ちる。
ブツッ…ツーツーツー
「おっ…おい！？」
切れてると解っていながら何度も呼びかける。
あの空しい音が耳に残る。
俺は急いで受話器を元に戻し着替えをした。
一応鏡を見ていく。
「あいつ……」
少しだけ寝癖があるが問題無い。
と言うよりも長い間、香里を待たせるわけにはいかない。
俺は部屋を出た。
（想い出の場所…やっぱあそこしか考えられないか…）
俺は走りながらそんな事を考えていた。
外はいつもと同じく雪が降り積もっていた。
空を見上げるとこれまた見慣れた分厚い雲が覆っている。
（俺達が付き合い出した場所…そして俺達が別れた場所…）
大切な想い出だったし同時に辛い想い出でもある。
まさに想い出の場所ってわけだ。
ただあまりこんな時間に女の子一人でいるのはお勧めしない。
腕時計を見ると２時を回っている。
この間の学校と言い香里は夜中歩き回るのが好きなのだろうか…等とくだらない事も考えてみたが、
さすがに今回は遅過ぎだ。
いくらコンビニとは言え心配になって俺は走るスピードを上げた。
こんな状況で俺は彼女と初めて出会った頃を思い出していた。
まだ辛いなんて少しも思っていなかったあの頃を…
（最初に二人であそこに行ったのは…高校一年の時か…）
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