北川潤 高校一年 春
「ふぁ…」
俺は欠伸をしながら歩いていた。
今日から新しい学校、新しい友達。
俺は何もかも新しい環境に少々オーバーに期待をしていた。
（だが…俺のモテモテ高校ライフを過ごす為にクールな男を演じなければな…）
そんな子供のような考えを持ちながら学校の正門をくぐる。
そこに入るとクラス編成の表を確認する為に新入生であると思われる生徒で溢れていた。
俺も早く確認しようかと思ったがこの様子ではしばらく近付けそうも無い。
そんな中、俺と同じ様にこの人の集まりから少し離れている人影を見つけた。
ウェーブがかかった長髪、そして遠くからでも解る程の美人だった。
正直言って一目ぼれだった。
どうしても彼女とお近付きになりたいと思った俺は意を決して声を掛けようと近付いていった。
「よぉ…アンタもまだ見ないのかい？」
「え？」
彼女は怪訝な顔をしてこちらを見る。
明かにこちらを怪しがっているというかそういう痛い視線を感じる。
「あぁ…えっと…俺は…その…な」
（だーーーーーーー！何をどもってんだ、俺は！！！？）
「用が無いなら私は行きます…それじゃあ」
「…あっ」
気付けば彼女は人の海へと消えていた。
溜息を一つして俺もまたクラス確認の為にその人の海へと旅立った。
（人だかりってこれだから嫌いだ…）
俺は揉みくちゃにされ息も絶え絶えに確認したクラスに辿り着く。
確認した自分の学籍番号で決められた席に座る。
春の陽気が気持ち良い窓際の席だった。
ふと横を見るとそこには先ほど声を掛けて見事に逃げられたあのロングの彼女がいた。
「よぅ」
「…貴方…この学校の生徒だったの」
「そりゃ…ここの制服着てるからな…」
「あら？…ここの制服を着てるからと言ってここの生徒とは限らないわ」
「…何でだよ？」
彼女の話し方に少々呆れながら訊き返す。
「男の制服を集める変態かもしれないわ」
「…ぶわっはっははははは！！！！」
「可笑しい？」
「可笑し過ぎだ…第一そんな変態が普通女子に話しかけるか？」
「…そう言えばそうね…でも貴方がここのクラスとは限らないわよ？」
「さっき確認したのにミスるかよ…」
「…ふーん…で？」
彼女が心底嫌そうにこちらに尋ねる。
そんなに俺に話しかけられるのが嫌なのだろうか。
「で？…とは？」
「貴方、私に何か用なの？」
「用が無きゃ話し掛けちゃいけないのか？」
「そうね…少なくとも知り合いじゃない人はあまりしないわね」
「俺の名は北川潤」
「は？」
俺は突然名乗る。
彼女は呆気に取られた様子だ。
「これでアンタは俺の事を知った知り合いってわけだ…これでＯＫだろう？」
「貴方が私の事を知らないんじゃあ知り合いにはならないわよ」
「じゃあ教えてくれ」
彼女は眉間を抑えながら言う。
それを気にもせず俺は一気に言う。
「…はぁ…香里…美坂香里よ」
溜息一つしたあと彼女もまた名乗る。
「そっか…美坂香里か…香里って呼んでいい？」
「苗字で呼んでくれるかしら…私も北川君って呼ぶから」
「俺は潤でいいのに…」
ふざけて言ってみる。
すると香里はじろりと睨み付けてくる。
「じゃ…じゃあよろしくな、美坂」
「ええ…よろしくね、北川君」
これが俺と香里の出会いだった。
それから俺達は席が隣と言う事もありどんどんと仲が良くなっていった。
別に席が遠くても仲良くなっただろうとは思うが。
「美坂〜…学食行こうぜ〜？」
「……」
とある日、いつもの様に俺は香里を学食に誘った。
だがその日の香里は窓の外を眺めながら何か考え込んでいる様子だった。
その仕草…いや雰囲気に惹かれたのかもしれない。
いつのまにやら俺も声を失う。
「……」
「…ん？北川君？…どうしたの？」
「あっ…ああいや…それよりも学食行こうぜ」
「ええ…行きましょうか」
口が裂けても言えない。
香里が綺麗で見惚れてたなんて…男して言えるわけが無い。
プライドがどうとか言わない。ただ単に恥ずかしかっただけだ。
この頃からだった。はっきりと彼女を好きだと認識出来たのは…。
「なあ美坂〜…今度の日曜さ…」
「テスト近いからパスよ」
即答だった。所要時間一秒ジャスト。
だがこの程度で諦める漢、北川潤では無い。
「だから〜そのテストについてな…勉強教えてもらいたいんだよ〜」
（ナイスな理由だ、俺！）
「…やましい事とか考えてないでしょうね？」
香里が疑うようにこちらを見てくる。
俺は慌てて弁解する。
「んなわけないだろ！…本当に純粋に勉強教えてもらいたくってさ〜？」
「…まあ信じてあげるわ」
俺は心の中でガッツポーズをした。
「じゃあえっと…Ｃ組の水瀬さんも誘うんだろ？」
「…何？北川君は名雪と勉強したいから…私をダシにしたわけ？」
「へ？」
香里は急に不機嫌そうにこちらを睨み付ける。
体感温度が２,３度下がった様な錯覚を覚える。
「あ、あの…美坂…さん？…何か致命的な勘違い…してません？」
「五月蝿い！このナンパ男！！！」
ビタァァァン！！！！
乾いた平手打ちの音が教室に木霊する。
それから日曜までの毎日。俺は香里の誤解を解くために謝りまくったと言うのは秘密だ。
そしてまた違う日には…
「私…ゲームなんてした事が無いんだけど…」
「だいじょぶ大丈夫！俺が教えてやるから」
俺と香里はゲーセンに遊びに行った。
まあ学校帰りなのでデートと呼ぶには少々あれだが俺はそれで満足だ。
そして俺はイメージ通りの堅物である香里にゲームをやらす事にした。
最新の大人気格闘ゲームだ。
「えっと…こう？」
「そうそうそこで…ああ！そうだ、そこ！！」
ズガガガガガガ！！！
「勝っちゃった…」
「すげえな、美坂！上手いじゃん！！」
この日香里はどんどんとゲームの腕を上達していき、やり込んでる俺ですら敵わなくなってしまった程だ。
数回チャレンジして俺は諦めた。
格闘ゲームだけでなくレースゲームやエアホッケー等もした。
それのほとんどで惨敗と言う聞くも無残な結果になってしまったが…。
「まさか美坂にゲームの才能があるなんてな」
「私自身が一番驚いているわよ」
「ハハハ…また一緒に行こうな？」
「ええ」
それは俺達の距離が縮まった日だった。
またちょっとだけお互いがすれ違ってしまった時もあった。
「北川君が…女の子と歩いている…」
俺が金髪の少女と歩いていたのを香里に見られていたのだ。
その後しばらくはぎくしゃくした日々が続いた。
「なあ美坂…いい加減話聞いてくれよ」
「何の話かしら？彼女との惚気話でも聞かすつもり！！？」
「だから何なんだよ…俺には今女なんていねえよ」
「それに私、貴方とはただの友達なんだから…いいじゃない！！」
「そう言う事言うか！…あ〜そうかい…じゃあ俺ももう知った事か！！」
思えば勢いに乗せて色々な事を言ってしまったものだ。
その後もまたしばらく香里とは口を聞けなかった。
俺自身、爆発してしまったのだからお互いに悪いのだと思う。
だが自分から謝るなんて癪な事は出来ない、とこの時の俺は妙な意地を張っていたのだった。
プルルルルル…プルルルルル…プルル…
「！！…はい！もしもし、北川です！」
気付けば電話に向かって走っていった。
『あの…美坂です…北川…潤君いますか？』
「俺だ…潤だ…えっと…何？」
『北川君…あのね…そのね…』
「あ…ああ…ああ…」
端から見ればとても滑稽な図だったのだろう。
「あのな！」『あのね！』
「美坂、先に…どうぞ？」
『北川君…先でいいわよ？』
二人とも自分が緊張していると言う事が良く解っていた。
その緊張が、焦りが相手に悟られない様にお互い必死だったのだ。
そしてお互いが自分と同じ様な状態にあるという事に気づいてすらいない。
本当に滑稽だなと思う。
「あの…あのな！お前が見たって言う俺と歩いてたって女なんだけど」
『…うん…どうせ兄弟か何かでしょう？』
「あっ…ああ…妹なんだ…」
『そっか…やっぱり私の早とちりだった…ごめんなさい』
「いや…いや…いいんだ…離れて暮らしてる所為か…甘えん坊でさ」
『うん…解るわよ…解る』
久々の香里との会話だった。
まともに言葉を交わした…それだけで俺の心は暖まっていった。
今思い出して見ると俺達は何度も同じ事を繰り返していたようだ。
「…その…ごめん」
『あたしの方が謝らなくちゃいけないのよ…原因は私なんだし…ごめんなさい』
「いや…俺だってつまんない意地張っちゃってさ…ごめん」
『本当に…ごめんなさい』
「ハハッ…もうやめよう…堂々巡りだ」
『そうね…仲直り…してくれるよね？』
「わざわざ聞く事無いと思うぞ」
『ええ…そうね』
「ああ」
結局俺達の喧嘩は水瀬から見ればただの痴話喧嘩だったらしい。
まあ痴話喧嘩って思われるぐらい俺達は仲が良かったわけだ。
香里は恥ずかしがっていたが、俺にとっては喜ばしい事だな。
そして時間は流れ生徒達が待ち望んでいる夏休みに入った。
だが俺にとっては憂鬱な時間でしかなかった。
学校が無いと言う事は必然的に香里と会う機会が減るのだ。
そりゃ彼女の自宅の場所も電話番号も知ってはいるが、
自分から誘うのは非常に気恥ずかしかったのだ。
数日間程、無為な時間を過ごすといい加減に恥ずかしい等と言う感情よりも
香里に会いたいと言う欲求の方が強くなった。
そして俺は受話器を持ち頭の中で何度も香里の家の番号と話の持って行き方を反芻した。
プルルルルル…プルルルルル…プルルルルル…
「…出ない…」
俺ははやる気持ちを抑え、さらに待った。
プルルルルル…プルルルルル…プルルル…がちゃ
『もしもし、美坂です』
「あの！俺…その…えっと！」
（だ〜〜〜〜〜！いきなりどもった〜〜〜〜〜〜！！！！）
『えっと…北川君？』
「はっ！…美坂？」
運良く（悪く？）電話に出たのは香里だった。
俺は何で電話一本でこうも緊張しているのだろうか。
『で…何の用かしら？』
「あ…ああ…えっとな…その…」
『何？』
「その…デート…してくれないか？」
『え…』
激しく高鳴る自分の胸の鼓動が香里に聞かれるのでは無いかと思われるほど、
俺は緊張していた。
「どう…かな？」
『デート…』
「美坂？」
香里は呟くように繰り返した。
「あのぅ…美坂さん？聞いてますか？」
『え！？…ひゃ…ひゃい！』
「ＯＫ？」
『え！ええ！…いいわよ…してやろうじゃない…ででで…デートを』
「ああ…」
それからデートの日にち、待ち合わせの時間と場所を決め、少し雑談をして電話を切った。
話をしている時の香里が妙にぎこちなかったのは俺の気のせいだろうか。
「何にせよ…楽しみだなあ」
その日、俺は香里とのデートで頭がいっぱいで夜眠る事が出来なかった。
そして数日後…デート当日。
「やっべえ！遅刻だ〜〜〜！！！」
前日の夜まで興奮は冷めず、と言うよりも当日に近くなればなるほど
それはでたらめに大きくなっていった。
お陰で漫画の如く寝坊した。
「遅刻よ…」
案の定、香里は機嫌を悪くした。
原因は全て俺にあるのだから何も言えない。
「悪い…」
「…まあいいわ…それで何処へ連れていってくれるの？」
「まあ月並みですが…満足して頂けるデートコースをご用意しております」
「反省が足りないようね…」
俺が冗談めかして言うと香里は拳を握りながら震えている。
これはマズイ…誰が見てもそう感じた事だろう。
「わわわわ悪かった！本当にこの通りだ！！」
俺は頭を下げ両の手のひらを必死に謝罪の意思を香里に伝えようとする。
その様子を見てやっと香里は拳を下ろしふぅ、と一つ溜息をした。
「もういいわよ、北川君」
「…本当に悪かったよ」
「その今日は…楽しみにしてたんだから…」
「…そ、そうか…じゃあ…頑張らなきゃな！」
頬を紅く染めながら呟く香里が非常に可愛かった。
普段のクールなイメージの香里とは全然違っていた。
そんな彼女に見惚れ、そして俺も照れ隠しに妙に張りきってしまう。
「ええ…よろしくね」
俺達の初デートが始まった。
最初は商店街を歩いてウィンドウショッピングをし…
その後、また一緒に行こうと約束していたゲームセンターに…
そして香里と水瀬がごひいきの喫茶店『百花屋』にて昼食を食べ…
ラストに恋愛ものの評判のいい映画で締める。
（完璧だぁ、俺）
とか何とか自我自賛してみてもいいと思えるぐらいに上手く事が進んだ。
映画の雰囲気もよかったし香里の反応も楽しそうだった。
けどまだこれで終わりじゃない。
最後に香里にどうしても見せたい場所があったのだ。
「香里…急ごう、時間が無いんだ！」
「え！？…ええ」
香里の事を香里と始めて呼んだ瞬間…そしてさらに手も握った。
そして俺達は走り出した。
「ちょっと…どこまで…行くのよ…」
「もうちょっとだ！」
息切れをしている香里の腕を引っ張りながら俺は山道を登る。
あと少しで目的の場所…そこに香里をどうしても連れていきたかった。
香里も俺の真剣な意思を汲み取ってくれたのか、それ以上は黙ってついて来てくれた。
「……」
「……」
そして俺達はそこに辿りついた。
「うわあ…綺麗」
「だろ？…俺のお気に入りの場所だ」
そこは俺達の街を一望できる場所だった。
夕焼けの光が俺達が立っている後ろから来てこの風景に彩りを添えている。
「この時間が一番綺麗なんだよ…」
「へえ…だから急いでたのね？」
「ああ…本当はもうちょっと余裕ある筈だったんだがな」
「これなら…日の出はちょうど私達が今見ている方から来るのよね？」
「そうなるな…もしかしたら今以上に綺麗かもしれない」
「一緒に…見たいわ…また貴方と」
俺と香里はお互い呟くように話し合った。それだけこの風景は素晴らしいものだ。
今見ている風景は俺達自身が住んでいる場所だと言う事を理解するのに
非常に時間が掛かるような気がする。
「また一緒にここに来よう」
「…うん」
「俺…お前の事…好きだから」
「私も…北川君の事…好きです」
そこは俺だけの想い出の場所だった。
今までそこに友人は勿論、付き合ってる彼女だって連れていった事は無かった。
香里が初めてつれていった人だった。
そしてそこは俺達二人の想い出の場所となった。
今思えばあんな楽しい瞬間は無かった。
香里と共に過ごした時間は一緒に息をしているってだけで充実したものに感じられていたのだ。
もうこれ以上、こんな喪失感を味わうなんて御免被る。
俺は失った時間を取り戻す為に今走っている。
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