『
「 総てに“新しい”季節がやってきた。
願わくば、昔話は風に乗せて。
本当に、必要な物のみ残して。
今、ここに解き放とう。

息子よ、良く聞きなさい。
これから、大切なお話をするのだから。
これは、本当にあった話、いわゆる実話。
この身にかかった、体験談とも言うかな。

さぁ、始めるとしよう。
とびきりの、“むかしばなし”を‥‥‥。」








Ｔｒｕｅ ｓｔｏｒｙ



 described story in the old days








「あれは、立夏を越した時節の出来事。
丁度、今くらいの季節だっただろうか。






若葉の捕まえきれなかった陽光が、木漏れ日となって、世界を照らす。爽やかな風は、街を吹き抜けては耳を掠めてはまたそよぐ。誰しもが心浮かれ、穏やかな日和を享受しようと街のメインストリートが溢れ返る、そんな季節。動物達はそれぞれの春を見つけ、若い個体は番いを探すのだろうか。新しい命を次の世代へと繋ぐ昨今、山犬が麓に姿を見せる事は無くなっていた。

春眠暁を覚えず、そんな言葉を不意に脳裏を過る。本来なら、この言葉は春の夜に限った事であって、昼間に使うのは見当違いらしい。それはそうとて“春眠”、季節自体も遅すぎるか。ならば今のこの状態を如何に表現しよう。五月病、等と言えば的確に伝わるか。とりあえず、ひたすら眠い。それだけだったりする。

薄れゆく日差し。太陽サンサン輝く昼下がりのブラインドが如く、俺の瞼がその重量を増していく。そんな中、わずかに残った意識でふと横を見る。すると、そこには従妹の少女。ああそうだ、お前のママだよ。その彼女はとうに惰眠をむさぼっている様子。そして、何の夢を見るのか。机に片肘を突けながら柔らかな笑みを浮べていた。

腐れ縁とはつくづく恐ろしい物だと感じながらも、俺が今眠いのは、遺伝子の所為だ。そうに違いないと決めるも早く、俺もまた夢の世界へと身を委ねる。睡魔の侵入を許し、逝った。殊にそれが授業中であれば尚更の快楽を。‥‥‥後の苦労さえ考えなければ。

（ 因みに俺達が眠いのは、
確かに陽気の所為もあるかもしれない、
確かに血汐の所為もあるかもしれない、
けれど今日は違っていた。
何故かって？
それは野暮な質問だセニョール。
二人は昨晩も熱く燃えていたんだからな。
あ、誤解するなよ、お勉強だぞ？
なんてったて俺達、受験生だし。
それ以前に、滾る若い身体である訳なのだが。 ）






息子よ、ここまで聞いて結末は解かったかい？」
「‥‥‥。」
「‥‥‥。」
「 そうかそうか、じゃあ続けるよ。






何時ものように放課後である事を報告された俺。五時間目は愚か、六時間目までもに寝放けて過ごしたらしい。念のために付け加えておくが、食後を寝て過ごすのが毎日なのではなく、木曜限定。つまり、今日は木曜日。陸上部の無い日であるという示唆。そうか、それに気付けば残った微睡みは山の向うへサヨナラだ。俺は机サイドの相変わらず薄い鞄に手を伸ばす。

通例通りに、二人学校を後にする。通例通りに、二人朝来た道とは違う方へ足を進める。通例通りに、二人百花屋へ。これに限っては、高校生の財布では如何せん辛い、忌むべき慣習だ。イチゴサンデー７つ分はとっくの昔に完済したのだが、必死の抵抗も虚しく半ば引きずられる形での入店を強いられる。

小気味の良い、この店のドアベル自体は好きだ、音だけなら。俺はこの時点では既に抵抗を諦め、何時もの席に着くことにした。しかし店員もまた、心得たもので水と合わせて同時にイチゴサンデーを運ぶ。『これで宜しいですか』という、悪魔の台詞を添えて。

この店では、案内兼レジ打ち兼食器洗いのお兄さんだけが俺を哀れんでの同情の目を差向けてくれる。僅か嫉妬の炎が垣間見えるのは、多分気の所為。話とは関係が無いが、俺は年令で『お兄さん』と呼んだりしない。好感の持てる方のみを、たとえ他人がマスターと呼ぼうとも俺はそう呼ぶ。

閑話休題、本筋に戻そう。この時点ではまだ、間に合ったのだ。あんな惨事を防ぐには充分すぎるほどに、難を逃れる事が出来たハズなのだ。しかし、この先が不可なかった。この以前の段では別の道を歩めただろう。この選択次第では、あんな事にはならなかったろう。しかし最期の機会も、俺は不意にしてしまった。

それは名雪の提案への返答。雑貨屋に、----目覚し御用達の----、行こうと誘ってきた。そこで俺は快諾、プレゼントは無しを条件に。‥‥‥あ、それじゃ快諾とは違うか。

それよりも、幸せ一杯最大限の名雪。常人ならば腹一杯の所を二杯目に突入。俺の財布を重くする代償で（何故、財布が重くなるのかは説明が必要だろう。俺は弐千円札至上主義者だ、存外便利だと思う）幸福な時間、名雪の笑顔が手に入るなら。‥‥‥等と思わない事は無いが、今月の残金を悲観するばかりでそんな余裕ありゃあしなかった。傍らの俺は、腹ではなく胸が一杯になった。

弐千円とちょっとの支払いを札二枚で済ませ、俺達は百花屋を出る。この季節は外が気持ちいい。“やや”陰険な支払方法を忘れてしまえる程に。￥８８０(税別)から値上げされないか、少し心配だった。

何時もの相も変わらぬ道、もうとっくに見慣れている筈の街並。他愛無い話をしながらの散歩。街の景色が違って見える、歩いている時と走っている時。朝、昼、夕方、それと晩。他にも道ゆく人たちとか、諸々の。そんな話をしたら、『そうだね、飽きないね。』だそうだ。だから、最期の一つは言わないことしよう。だってきっと、同じ事考えているから。“名雪が居るか、いないか”なんて。夕焼けの道を歩く二つの俯いた顔が少し紅潮している様に見えたのは、気の早い天道の悪戯だったという事にしよう。

そんなこんなの道程、目的の店はそう離れていなかった。細々とした小物を幅広く扱う、俺に言わせれば無節操な雑貨店だ。俺は冷やかしもそこそこに店をぐるりと見て回った。お前のママは目覚しの新規購入を決断し兼ねていたが、結果、諦める事にしたらしい。未だ名残惜しそうなそぶりを見せる。暗に買ってくれ、と。だから俺はその店を出て、家路に着く事にしようと言った。だが名雪は、『まだ、時間あるよ。ちょっとだけ、遠回りして帰ろうよ！』、と。

俺は、この提案を勿論肯定した。断る理由が無いのだから。尤も、この時点で後で起きる想像を超えた悲劇を、俺はＥＳＰなんかじゃないから、悟る事など出来よう筈も無い。勿論あんな事が起きようと知っていたなら、知っていたならそんな提案却下していた事だろう‥‥‥。皐月の夕空は輝きと赤味を増していた。

当ても無く歩き、出たそこは駅前だった。さ迷い歩けば駅に行き着くのも、当然の事なのかもしれない。大抵の新興都市とは、ある適度の計画性をもって造られている物だから。所は駅前時刻は五時半を回った位。大凡は公務員であろうと思しきの群れが、あちらこちらに見うけられる。もう少ししてサラリーマンが解放されれば更にごったに成るであろう事、想像するのに容易かった。数多人々で賑わう街、その装いは夜へと変貌を遂げて行く。そしてその雑踏が、後の被害を甚大な物に昇華させる事になろうとは。

それにしても街は絶え間無く動き続ける。家路を、俺達とは違い真っ直ぐ、急ぐのであろう男性。俺は勝手に娘の誕生日だと決め付ける、強ち違いはあるまい。スーツに身を包んだ女性、これからデートだと顔が語っている。ワイシャツネクタイの男三人、早くも酒精の溺れからか、実に陽気である。常は平和の駅前広場、問題の一団は何故これを切り裂くか、彼らも直に此所へ現れる。そして彼らの登場に伴って、事件はこの場所、俺のすぐ横で起きるのである。






それはそれは、世にも恐ろしい出来事だった事は確かだ。
なに、所詮は自爆テロなんて有る筈の無い、田舎町の話さ。
でもそれは、何よりも遥かテロルな爆弾だった。
さぁ、この後何が起こったんだろうね。






暴力革命主義者だなんて何のことはない、問題の一団というのは一組の親子だった。父親を駅まで迎えに来て、これから食事なのだろうか。幼い子、恐らく娘を中心に、仲良く手を繋ぐ姿を遠目に見付けた。そしてそんな幸せそうな家族を、パパとママは眺めていた。黙って二人、遠くを見つめていた。無意識のうちに絡ませた手から伝わる体温は、何に喩えようも無く温かかった。

彼らを黙のうちに見送る。すると名雪が、ママがふと言うんだよ。何故か、必要以上に大きい声で。その後の父さん、暫らく固まっていたらしい。いいや、固まったのは駅前のすべての事か。本来ならば、空間の全てが凍てつく等そうは無かろう。しかし、間違いなくその一言は万物からその生命活動を悉く奪い去っっていったようだ。

力を受けて放たれた言霊。皮肉な事だ。冷酷な言葉は、暖かみに溢れていた。」


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