『忘れないから』
『忘れないから』
―――――春の日差しの中。
噴水のある公園のベンチに、男二人。
恋人との待ち合わせなのか、二人の目の前の灰皿は吸殻で溢れそうだ。
「………なぁ、相沢………」
「なんだ、北川」
「俺達、このままでいいのかな―――――」
答えは返ってこない。いや、返せないのだろう。
「そんな事、俺にだってわかんねえよ………」
「………だよな」
二人、再び煙草に火をつける。
こうしていると、二人はあの日を思い出す。
忘れがたい、あの少女の事を―――――――
七年の時を経て、再び出会った初恋の少女。
残された短い自分の時間に迷っていた少女。
二人の中では、永遠となってしまったあの少女たち―――――
もし、俺が幼かった日々を忘れていなければ―――――
もし、俺が彼女にもっと強い生きる意思を与える事が出来ていたなら―――――
訪れた終局は、極彩色の世界をモノクロームの牢獄に変えてしまうほどだった。
唐突な結末は、壊れそうになる自分自身を繋ぎとめる事を許さなかった。
自分を見つづけていた従兄妹が、クラスメートが居なければどうなっていただろう。
「………名雪には感謝してるよ、本当に」
「俺も………栞が死んで辛かったのは、香里だって一緒なのにな………」
差し伸べられた救いの手に、二人は縋り付いた。
一人では満足に絶望すら出来ない自分を、何より起こる事さえなかった『奇跡』を憎みながら。
彼女達は、二人がぶつけてくる感情を、情欲を、何もかもを受けとめてくれた。
「だけどさ………こうしていると浮かんでくるんだ、うぐぅ、って感じのあゆの笑顔が、さ」
「俺も―――――ひどいですー、って言いながら頬を膨らませてる栞が」
二人で笑いあう。だけど、それは可笑しみからくる物ではなく。
もう、求める事すら叶わないありふれた日常の光景。
「いっそのこと、忘れる事が出来たらな――――――」
「できるわけねえだろ、そんなこと………」
それが出来ていたなら、このような苦しみを味わうこともなかっただろう。
だけど、この苦しみが“生きる事の味”なんだと今では思う。
迷いながら、傷つきながら気が付いたこと。
それは『生きる』と言う事は、単純な事ではないと。
出会いと別れを繰り返し、愛しさや憎しみを胸に抱えていく長い道で。
そして、生まれてくると言う事は決して無意味ではないと。
その道の長さは違えど、その道を歩んで行くと言う事は無駄な事ではないと。
それぞれの『運命』が、誰かを導いていく。
そして、その繰り返しが大きな運命を揺り動かして行く。
だからもう、この暗闇のような今も、迷わないで歩いて行ける。
―――――――公園の入り口から二人を呼ぶ声がした。
気が付けば、煙草は既に燃え尽きている。
「なぁ―――絶対、忘れないようにしようぜ」
「………ああ、俺もそう思ったよ」
そして、二人はまた歩き出す。
その胸に、過ぎ去った昨日と、明日へ歩き出す為の魔法の言葉を掲げて。
――――――――忘れないから。
結果のページ
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
戻る