『その笑顔で』
「いつの間にか、もうすっかり秋だな」
窓の外では、色づいた葉が舞い踊っている。
一方、室内には、机に頬杖を着いた少年――相沢祐一がいた。
祐一は、今年高校３年生――つまりは受験生――なのだが、今ひとつ勉学に身が入っていなかった。
「どうしてなんだろうな…」
理由は祐一にもわからなかった。
ただ、何かが自分の中で空回りしている――そんな感じがしていた。
祐一は、何か解決策はないものかと、考えてみることにした。
だが、考えても、何も浮かばない。
「浮かぶわけないか…」
祐一は、これ以上考えていても、何も浮かばないと思い、気分転換に出かけることにした。
思い立つと早かった。
壁にかけてあったコートを羽織り、ポケットに財布を詰め込むと、さっさと部屋を出て行った。
外は思ったより肌寒く、木枯らしが吹きつけていた。
「ぐっ……」
祐一は引き返そうかと考えたが、外に出てきた理由を思い出し、思いとどまった。
とりあえず、ぶらぶらと歩く。
すると、人ごみの中に、見知った顔を見つけた。
あゆだった。
茶色い袋を胸に抱いて、タイヤキを頬張りながら歩いている。
「幸せそうな顔しやがって……ちょっと脅かしてやるか」
祐一は、あゆに気づかれないようにそっと近づいて行く。
が、途中で気づかれてしまった。
「あ、祐一くん」
食べかけのタイヤキを袋にしまい、こちらへと向かってくる。
「相沢祐一、一生の不覚……」
「何か言った？」
「いやいや何も？」
「そう……
あゆは少しだけ、心配そうな顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「で？ こんなところで何してるんだ？」
祐一が、あゆに聞いた。
しかしあゆはもうタイヤキを食べ始めていた。
「モフ？」
あゆがタイヤキを食べる手を休める。
「いい…食べてから話せ」
「ん…」
そして再びタイヤキを食べ始めた。
しばらくして、あゆが食べ終わる。
「食べ終わったか？」
「うん」
「そうか、じゃあ、もう一度聞くぞ。あゆはこんなところで何をしてるんだ？」
「えっとねえ…」
あゆが一度言葉を区切る。
「あのさ」
「何だ？」
「ここだと邪魔になるから、違うところに行こ？」
「ああ…そうだな……」
あゆの言うとおりだった。
「じゃあ、駅前のベンチにでも行くか？」
「うんいいよ」
「よし、行くぞ」
「うん」
駅前に向かって祐一が歩き出すと、あゆもその後を追って歩き出した。
「なんかボク、祐一くんと話すの久しぶりだなあ」
祐一の隣に腰掛けたあゆが口を開く。
「そう言えば…そうだな」
確かに最近は受験勉強ばっかりで、あゆともあまり話していなかった。
「ボク、とっても寂しかったんだよ」
「そっか……」
あゆの悲しそうな顔を見て、祐一の心はちょっと痛くなった。
「それにね。祐一くん、元気なかったみたいだったから……」
あゆの顔がさらに悲しそうになる。
「そっか、ごめんな。心配かけて」
「ううん、大丈夫」
「でもよかった。祐一くんが元気出してくれて」
そう言ってあゆは微笑んだ。
「よし、じゃあお詫びに、タイヤキおごってやるぞ」
「えっ、ほんとに？」
「ああ、ほんとだ」
「やったあ」
あゆの喜ぶ顔を見て祐一は思った。
もう合格しなくてもいい……
あゆのこの笑顔が守れさえすれば……
と。
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