もし、もしも……
「祐一、もう夕方だよ。いくら日曜日でも起きるの遅すぎだよ……えっ」
息を呑む名雪。
「嘘……だよね」
返事はない。
「嘘……嘘……どうして……どうして……」
その場にへたりこむ名雪。
「どうして……嘘だよね、嘘だって言ってよ、何か言ってよ、祐一……祐一〜っ」
名雪の悲鳴が家中に響き渡った。
「あらあら、名雪、どうしたの、いった……っ」
駆けつけた秋子は言葉をなくす。二人の目の前には無残にも首をつって絶命している相沢祐一の姿があった。
通報を受けて駆けつけた警察官に動機について心当たりを聞かれたが、水瀬母子はなにもこたえることができなかった。祐一は前日まで普通に振舞っていたし、まったく自殺の理由がわからなかったからだ。遺書もなかった。
「どうして、祐一、自殺なんて……」
途方にくれてつぶやく名雪。衝撃のあまり、涙を流すことすら忘れている。秋子のほうは、考え込んでいた。
「お母さん、祐一には死ななきゃならない理由なんてないよね……ないよね」
「それは……わかりません。名雪、悪いけどちょっと付き合ってくれるかしら」
「う、うん」
秋子が向かった先はこのあたりで一番の大病院だった。秋子は受付の人と長い間話をしていた。やがてもどってきた秋子は家に帰るまで名雪の質問を一切受け付けず難しい顔をして考えこんでいた。
家にもどると、秋子は名雪に告げた。
「名雪、驚かずにきいて頂戴」
「嘘。だってあゆちゃんはちゃんといたよ。わたしのパジャマ着て、同じ部屋で一緒に寝たんだよ。ずっと意識不明で入院してたなんて嘘だよ」
「嘘じゃないのよ。７年前のあゆちゃんの事故はかなり有名なの。私もまさかと思ったんだけど……」
「じゃあ、あの、あゆちゃんは幽霊だったの」
「この場合は生霊というべきでしょうね。あの時はまだ生きてたらしいから」
「あのときはって……どういうことなの。じゃあ、あゆちゃんは……」
「そう、昨日の朝亡くなったんですって。夜にはテレビでも言ってたらしいから、祐一さんが知ってもおかしくないわ」
「あゆちゃん、死んじゃったの……嘘、嘘だといってよ」
名雪は初めて泣き崩れた。秋子は娘をしっかりと抱きしめたが、名雪は長い間泣きやまなかった。
「ひどいよ、二人ともわたしだけ残して行っちゃうなんて……ひどすぎるよ」
すべての関係者にとって悪夢のようなお通夜もお葬式も終わり、祐一の死を知って海外より駆けつけてきた祐一の両親も一人息子を突然亡くしたショックから立ち直れないままに泣く泣く帰っていった。すっかり静かになってしまった水瀬家はひっそりと静まり返っていた。
ようやく落ち着いてきたらしい名雪は秋子に尋ねた。
「わたし、わからないんだけど……あゆちゃん、どうして祐一に会いに来たのかな」
「それは私にもわからないわ。でも、事故にあう前に知り合ってたのはたしかね」
「祐一もそういってたよ」
「そうね……」
「ねえ、あゆちゃんの事故っていつのことなの、お母さん」
「７年前の冬休みだったはずよ」
「やっぱり……きっとあのときだったんだ」
「名雪、なにか心当たりあるのね」
「うん、あのとき祐一、おかしかったもん。いきなり雪うさぎつぶしたりして……そっか、最悪のときに告白しちゃったんだ、わたし……」
「そう……」
秋子は涙を浮かべる名雪のすべてをを受け入れるかのように微笑んだ。
「もし、もしも、わたしが別のときに告白して、祐一が受け入れてくれてたら、祐一は死のうなんて考えなかったのかな」
「そうね、そうかもしれないわね」
そういうこともありえたのだろうか。ありえたのかもしれない……秋子はそういう気がした。
「馬鹿だよ、祐一は。みんなを悲しませて。本当に馬鹿だよ、絶対許してあげないんだから……イチゴサンデー山ほど積まれても絶対……絶対……」
「そうね……」
秋子も、名雪と抱き合って泣いた。
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