かまぼこ板の誓い
「祐一さん、夕飯の用意ができましたよ。一息ついてはいかがですか？」
「うーん、そうだな。じゃあ今日はここまでにするか。」
夕方からずっと荷解きに没頭していた祐一が、ふと手を止める。
当座の日用品はあらかた出したし、
後は本やCDやら、冬物の衣類とかばかりだ。
これらは、明日以降にゆるゆると整理していけばいいだろう。
祐一はぐいと背伸びをすると、
ちゃぶ台代わりのこたつ机が置いてある、六畳間に入っていった。
「ふう、今日は流石に疲れたな。」
「本当ですね。ご苦労様でした。」
そこには既に、質素ながらも暖かい夕食が、湯気を立てて並んでいた。
「美汐も慣れない台所で大変だったろ。今夜は別に出前でも良かったんだぞ？」
「それは駄目です。今日は二人にとって大切な日なのですから、
どんなに時間がなくても、私の手料理を食べて頂かないと。」
「そういうものか？」
「そういうものですよ・・・」
今日という日はまさに、嵐のような忙しさだった。
まず朝一番に役場に行って婚姻届を出し、それからはずっと引越し作業。
結婚式も披露宴も新婚旅行も、そもそも結納すらしなかった二人であったが
理解ある美汐の両親のおかげで、何とか恙無く入籍の運びとなった。
その余りにも性急な事の運びように、友人から要らぬ詮索をされたりもしたが、
（出来ちゃった結婚だの、押し倒した責任を取っただのと
それはもう酷い言われようをされたものだ）
とにかく二人は今日、周囲からの暖かい祝福を受けながら、
新しい生活をスタートさせたのである。
二人の新居は、もちろん借家。築22年で木造平屋のいわゆる文化アパート。
しかし家賃は、その間取りから考えても中々の安さである。
「お味はいかがですか？」
「ああ、最高だよ。さすがは美汐だな。」
「ありがとうございます。」
炊きたてご飯と、味噌汁と、焼き魚と、金平ごぼう。
買ったばかりの調理器具を、見事にフル回転させた”最初の夕食”。
こういう”こだわり”こそが、祐一が美汐を選んだ最大の理由とも言えよう。
カチャ。
突然、祐一が箸を置いて立ち上がった。
「そうだ。大事な事を忘れてたよ。」
そういうと祐一は、奥の部屋から小さな紙袋を持って来て、
そのまま玄関から外へ出ようとする。
「美汐、こっちこっち。」
「あの・・・祐一さん一体何を・・・。それにおつゆが冷めてしまいます・・」
「まあ、いいからいいから。」
祐一が美汐の手を取って、強引に玄関の外に連れ出す。
そして困惑気味の美汐の目の前で、紙袋から何かを取り出す。
「じゃじゃーん。これは何に見えるでしょう！」
それは、どこからどう見ても、どこにでもあるようなどうでも良いもの・・・
「・・・かまぼこの板ですか？」
「大正解。といいたい所だがちょっと違う。
確かに昨日までは、かまぼこ板だったものではあるんだがな。」
「分かりません・・・」
「よし。じゃあこれなら分かるだろ。」
薄暗がりの中、美汐の鼻先に突きつけられた”それ”。
よくよく目をこらして見れば、
相沢 祐一
美汐
と、大きく文字が刻んであるような・・・
「祐一さん、これってまさか・・・」
「そう。昨日の内に俺が彫刻刀で彫って作っておいたのさ。
勿論防水加工もしてあるから、雨の日も安心だ。」
「祐一さん・・・」
「当然、引っ掛け穴だって開いてるぞ。さあ美汐、お前も一緒に・・・」
肩を寄せ合い、腕を伸ばして、
玄関脇のくの字に曲った釘に、”かまぼこ板”をはめ込む二人。
それはまるで、披露宴のケーキ入刀の仕草にも似て・・・
コトリ。
かすかな音を立てて、”かまぼこ板”が”表札”に変わる。
「うん。いいな。」
「いいですね。」
それは、なんだかとても幻想的な光景。
暫しのあいだ、寄り添って眺める二人。
「今日からこの場所が、俺達二人の家なんだな。」
「はい。」
「うーむ。改めてそう思うと、
なんだか頑張らなきゃなーって感じになってくるな！」
「実際、頑張って下さいね。」
「ああ。・・・でもって更に、腹も減って来たぞ。さあ美汐、晩飯の続きだ。」
「もう・・・現金ですね、祐一さんは。」
もう一度、ぐぐっと背伸びをした祐一が、
玄関の敷居を越えて中に足を踏み入れる。
「ただいまーっと。」
「ああ！祐一さん、ずるいです！」
「何が？」
「・・・何でもありません！」
「・・・変な奴。」
この広い世界の片隅に、小さく灯った明かりが一つ。
今日始まったばかりの、小さな生活を照らしながら。
この二人の行く末に、どうか幸せがありますように・・・
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