舞：「……いい風」
人によっては寒いかもしれないけど
今の私の火照った体にはちょうど良かった
屋上はやっぱり風が強かった
吹く風に髪がなびき、時々頬をくすぐる
走って階段を上がってきた事に別に意味はなかった
でもそのおかげで気持ちよく風を感じる事が出来た
この学校に通って３年が経とうとしていた
それでもまだ知らない事があったことが今の私には少し嬉しかった
それでもやっぱり……
舞：「ちょっと……寒いかな」
両肩に手を回し ゆっくり手摺りに近づいていく
少しずつ視界に町の景色が広がってくる
やっぱり――――卒業は寂しいな
「舞ー！」
そんな時
後ろからそんな私を呼ぶ声が聞こえ、私は後ろを振り向いた
寒い
でも春はもうそこまで来ていた
――約束がくれた時間――
舞：「佐祐理……」
小走りに近づいてくる私の親友
彼女も私と同様に風の洗礼を受け髪が柳のように舞う
佐祐理：「うわっ すごい風……でも気持ちいいね」
舞：「うん。 でもよく屋上だってわかったね」
お昼を食べるにも屋上前の踊り場を使っていただけで
私たちの間で今まで屋上なんて場所はほとんど縁がなかった
実際私が今こうして屋上にいること自体めずらしかった
佐祐理：「人にいろいろ聞いてきたんだよ…でも 急にどうしたの？」
舞：「うん………」
一言つぶやき再び手摺りのほうを向き直し、少し身を乗り出す
もうすぐ日が暮れる
その前兆として空は紅色のグラデーションを表していた
舞：「佐祐理…」
佐祐理：「なに？」
舞：「この町には何人、人が住んでるのかな」
佐祐理：「……？」
首を傾げる親友の横で、私はそこから見える景色を見つめた
夕日がまぶしくてあまり遠くを見る事は出来なかったけど
ある程度町を見渡せる事が出来た
いろいろあったなぁ……
佐祐理：「いろいろあったね……」
舞：「……っあはは」
佐祐理：「えっ えっ？ 何かおかしいこと言った？」
ううん、違う
そうじゃない
舞：「私も、同じこと考えてた……ほんと いろいろ」
佐祐理：「ふふ…うん いろいろあったね」
舞：「…あ」
佐祐理：「どうしたの？」
舞：「牛丼……」
佐祐理：「あ、あはは 残念だよね」
本当に残念…おいしかったのに
舞：「この町ともお別れ……」
そう呟いて見るけど、当然町の景色からは返事が返ってくるはずもなく
さっきよりも赤く輝いているだけだった
でも……
それ以上に
佐祐理：「祐一さんとも、お別れだね」
舞：「……うん」
少し温かくなったと思った
佐祐理が親友でホントによかった
佐祐理：「ねぇ 舞」
舞：「………」
佐祐理：「まだ言ってなかったと思うけど……聞いてくれる？」
そう言うと佐祐理は私と同じように手摺りから身を乗り出す
佐祐理：「あのね みんなで一緒に住むの――――私たち１年間は寮生活だけど
１年経って……祐一さんも卒業したら………それからどこか部屋を借りて
狭くてもいいから３人でそこに住んで一緒の時間を過ごすの」
舞：「………」
私は黙って耳を傾けていた
佐祐理：「ね、いいと思わない？」
こっちを向いた彼女の顔は笑っていた
でもやっぱり私の目には少し寂しげに映った
舞：「うん いいと思う」
佐祐理：「あ…でも 祐一さんが……」
どう思うかな……そういうことは
舞：「……本人に聞いてみるといい」
佐祐理にそう言って 私はまた手摺りに身を乗り出した
校庭が良く見える
そして
舞：「ゆういち〜〜〜！」
放課後の校庭をまばらに変える生徒 その内の一人に声をかけた
向こうもこちらに気づき少し照れくさそうに手を振り返してきた
あたりをキョロキョロしているところを見ると…探してたのかな
ちょっと悪い事したかな
舞：「佐祐理行こう…祐一が待ってる」
大丈夫…佐祐理
祐一はきっと…私も同じ気持ちだから
言ってくれるかな
『俺も同じ事考えてたよ』って
親友の手を取って私は走って屋上を後にした
卒業式
私はどんな気持ちでいるだろう
期待よりも不安のほうが勝っているかもしれない
でも笑っていたい
笑顔で送り出されるように…私も笑顔で卒業したい
『助けて欲しいの。魔物が来るの』
『そうなの。いつもの遊び場にっ……だから来て。二人で守ろうよ』
『ごっこじゃない。うそじゃないよ……ほんとだよっ！本当に来るんだよ……』
『待ってるから……来てくれるまで待ってるから。……それまで、ひとりで戦ってるから』
寂しさから始まった恋
私は先に行くけど
待ってるから
あの時みたいに待ってるから
祐一は、来てくれるって
ずっと待ってるから
だから
今は『さようなら』
『……守ろうよ』
『来て……くれたんだ』
『守ろう……この場所、ね』
『うんっ』
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