SSこんぺ No.014 : 青い春

青い春

ガラガラと勢いよく扉が開き二人の生徒が息を切らして教室に入ってこようとしていた。
二人の生徒とは言うまでもない。
我が宿敵相沢と眠り姫水瀬さんだ。
俺は二人が入ってくる瞬間を見計らい、窓際にある自分の席から扉までの距離を剣道部でも真似できないような踏み込みで、モンゴリアンチョップを決めにかかった。

何でこんなことをするのかって？。
決まってるだろ。朝の挨拶だ。

狙いは相沢。
いつも通りなら二人は相沢を先頭にして入って来るはずだ。
予想通り先に相沢の姿が扉から現れる。勝利を確信したその時、
「よう」
廊下の壁に寄り掛かっていたのだろう。俺の死角から斎藤の声がした。
「おう斎藤」
立ち止まる標的。
そうなると先に入って来るのは、もう一人のほうだった。

（まずいっ！）

しかし、すでに腕を振り下ろしている最中だったので、どうにもならない。
ごつんと鈍い音が響く。
「うう、痛いおー」
案の定水瀬さんに命中した。
彼女は、両手で頭を押さえながらべそをかき始める。
その様子を見てほっとする俺。
どうやら当たる瞬間に無意識に普通のチョップに切り替えていたらしい。
この程度ですんでよかった。
「よくないおー」
美坂と長年親友をしているだけあって、彼女も読心術を習得していた。
「スマン、水瀬さん」
上の空で謝る。
「心がこもってないおー」
「スマン」
再び同じことを繰り返す。
「今日の北川君、なんか変」
そう、今日の俺はどうかしている。それは、他のクラスメートにもいえた。
美坂でさえもそうだ。
二名の例外を除けば、学校中がそうだった。
「おう北川」
斎藤と話を終えた相沢が挨拶してきた。同時にチョップの素振りをする。
「水瀬さんを盾にしたな」
…まったく、こいつらしい。
「え、そうなの？」
水瀬さんも相沢のほうを向く。
「ひどいよ祐一」
相沢の心を読んだと思われる水瀬さんが彼を追いかけ始めた。
「よし、取引だ名雪。イチゴパフェ10個で許せ」
「だおー」
水瀬さんはそれでも許さない。
相沢の方から取引を持ちかけることは今まで皆無だった。
やはりこの二人も今日は普通では、いられないらしい。
「最期まで騒がしいのね」
頬杖をつきながらこの光景を見守っていた美坂が口を開く。
もっともだった。
「北川君もそう思ってるんだ」
最近、彼女の読心術に磨きがかかったと思うのは俺だけだろうか。
「余計なお世話よ」

…でも、肝心なことには気づいてくれないんだな。

「卒業式の日ぐらい静かにできないのかしらね」
ぽそりと彼女が口にした『卒業』という単語が胸の内に響いた。

「僕達の前に道はない」
「私たちの後に道はできる――」
道程の朗読が終わり、卒業式はいよいよフィナーレに入る。
たった三年しかいなっかった場所なのに、どうして泣いてしまうのだろう。
――そう思った俺も泣いていた。

思い出が詰まっているからだろうか。

好きな人と別れたくないからだろうか。

それとも、この学校から離れたくない理由があるのだろうか。

――どれも当てはまる気がする。

美坂と一緒にいた生活。

美坂と別れたくない。

美坂と同じ場所にいたい。

――全部美坂つながりになってしまった。
無理もない。
俺はこの後、美坂に対して一世一代の勇気を出そうと決めているのだから。

卒業式も終わり、校門の辺りは人で混み合っていた。
その中で彼女の姿だけを捜す。
なかなか見つからない。
帰ってしまったのだろうか。
いや、それはない。
俺たちは美坂チームだぞ。声をかけないわけがない。
そう思っていると、彼女のほうからこちらを見つけてくれた。
「北川君、ちょっと写真をとってほしいんだけど」
そう声をかけてきた彼女の頬はほんのりと赤く染まっていた。
「じゃ、お願い」
カメラを俺に渡すと桜の木の下に駆けていく。
その先に立っているのは――相沢祐一。
あいつは頬をかきながら美坂を待っていた。頬も少し赤い。
彼女は桜の木の下に辿り着くと立っている人物の左腕を両腕で抱えるようにしてつかみぴったりと寄り添った。
こちらを向く。
このまま撮ってくれということらしい。
俺はその指示に従いシャッターを押した。
この瞬間、俺は悟る。

……相沢に負けた、と。

しばらくして水瀬さんも合流し、別れを惜しんだ。
皆、後1週間もすると離れ離れになる。
相沢は実家のほうから大学に通うし、
水瀬さんは地元の大学に、
俺は沖縄のほうに、
美坂は海外へ留学する。
「…つらくなかった？」
相沢と美坂にわからないように水瀬さんが小声で話し掛けてきた。
「見てたのか」
「うん」
彼女は悲しい表情を浮かべた。そして思い出す。
確か水瀬さんも相沢のことが――。
「そうだよ。でも終わっちゃった」
そう言うと急に笑顔になる。
「ねえみんな」
相沢と美坂が振り向く。
「またいつか会おうね」
その言葉に美坂は泣き出してしまった。
「うん、絶対、絶対に会おう」
相沢も
「ああ」
とだけ言った。表情は誰よりも真剣だった。
「そしたら相沢のおごりで、たらふく食いに行こう」
と俺。
「待て！。お前達の胃袋に合わせたら一文無しになる！」
「なにを今更。おごり役はお前と決まっているだろう」

…絶対に一文無しにしてやる。
俺の腹なんて関係ない。
これが俺にできるささやかな復讐だ。

「ふぁいと、だよ」
目にうっすらと涙を浮かべて、それでも笑いながら水瀬さんが言った。
この言葉は誰に向けられたものだったのだろう。

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