日々の過ごし方 雷鳴編
ゆっくりとドアを閉める。
誰にも部屋に入らないようにとの根回しは、終わった。
これで一安し――
腹に響く音が鳴る。
ひっ、、。
不意をつかれた為に上げてしまった短い悲鳴は、とっさに顔から飛び込んだ布団の
厚みが消してくれたようだ。
というか、そう思いたい。
だって、こんなことは。
名雪でなく、真琴でなく、ましてや秋子さんでもなく。
この相沢祐一が、あゆあゆと同じく雷が恐いだなんて、そんなの誰にも、誰にだって
知られたくない！
ひうっ、、。
我ながら本当に嫌になる。
相沢祐一の心の叫びは雷と、それ以上に大きな心の悲鳴にいともあっさり掻き消され
た。
「うぐっ、えぐっ……」
月宮あゆは雷が怖い。
雷のゴロゴロ鳴る音を聞いてしまうと、へその少し上辺りからびくっと、竦み上がっ
てしまうような奇妙な感覚が全身に回って頭の中が真っ白になってしまう。
あと、泣きそうになったり。
……こんな時はやっぱり、誰か他の、優しい人、に一緒に居て欲しい。
「あゆちゃん。ほら、大丈夫だからね」
今みたく手を繋いで貰うだけじゃなくて、こう、なんというか、その、密着という
以上のふれあいというかスキンシップ希望というか、ぶっちゃけ抱きしめてほしかっ
たりほしくなかったり。
ああ、もう、だめだったら。祐一くん。
頬、きっと赤くなってる。
せっかく名雪さんが部屋で手を繋いでくれてるのに、ボクってもしかして現金？
というか、さっきから妙に手が痛い――
「……名雪さん？」
ぴかっ！
「うわ、般若」
ゴロゴロゴロ。
「酷いよあゆちゃん……」
独りになった部屋で水瀬名雪はぽつんと呟く。
……そりゃ、真っ赤な顔で身悶えしてるあゆちゃん見てたらどんな妄想膨らませてる
のか分かっちゃって、ちょっと嫉妬っぽいのしちゃったかもしれないのは大人気無か
ったかもな、なんて反省はしてるっぽいけど。ああ眠い。
「私、そんな怖い顔してたかなぁ」
鏡に映った自分を眺める。 にっこりと、笑顔。
首をかしげてみる。 うーん。けっこう、かわい
ぴかっ！
「ちょ、ちょっと怖いかもしれないお〜」
夕ご飯まで時間があるので、少しフテ寝することにした。
きっと祐一が起こしてくれるよね。
「うぐぅっ！！」
ゴロゴロゴロ。
「あうー。蒸し暑いんだから離れてよー」
「う、うぐぅ……でも雷がびかっとなって般若がぐわっと――」
「わけわかんないわよぅ……ねー、ピロ？」
にゃー。
「ね、ね、なんで雷なんか怖いのよー。こんなのちょっとうるさいだけじゃない」
沢渡真琴が以前から持っていた疑問。
自分やぴろや他の人間は平気なのに、どうして小さい子は雷なんて物を怖がるのか。
「うぐぅ、なんでだろ……でも怖いものは怖いんだよっ」
「な、なによぅ……あうー、怒る事ないじゃないのよぅ……」
うなー。
小さい子、な同居人はキレて部屋を飛び出していった。
私、なにか悪い事したのかな。祐一か美汐に聞いてみよう。
「−−あ。祐一は部屋に来ちゃダメって言ってたっけ」
良かった、怒られる前に思い出せて。
……しかし、降りしきる夕立ちの中を頑張って美汐の家まで行ったところで、何をし
ているのですか、などといって怒られる事に結局変わりはなかった。
なーご。
（幕間 倉田家にて)
「もう、舞ったらー。雷が怖いのなら佐由理より祐一さんに慰めてもらえばよかった
のに」
「……はちみつくまさん。でも……」
「あ、よしよし。佐由理の知り合いには碇屋っていうカミナリ様が――でも？」
「……祐一、今日は忙しいからダメだって……ぐすっ」
「もう、しょうがない祐一さんだねー。大丈夫。舞は佐由理が守ってあげるからねー」
「うぐぅ、秋子さぁん」
「あらあらどうしたのあゆちゃん」
独り淡々と、しかし楽しそうに夕飯の用意をしていた水瀬秋子は、
泣き顔で一階に降りてきた月宮あゆに優しい笑顔を向けた。
「あのね、雷がビカゴロで名雪さんが般若でぶわって真琴ちゃんがピロと気だるそう
なの……」
ぴかっ！ ゴロゴロゴロ
「うぐっ！」
「大丈夫だから、ね、あゆちゃん」
「・・・・・・うん」
雷光に驚いて飛びついてきたあゆをなだめながら、ふと思い出してくすっと笑う。
「あゆちゃん、ちょっと来てみて」
「秋子さん、祐一くんは今日忙しいって――」
しーっ、と人差し指を唇に当て、いたずらっぽい微笑。
そのまま部屋のドアを少しだけ開けて、あゆと一緒に中を眺める。
ゴロゴロゴロ
雷鳴にあわせて、ベットの上で布団が揺れるのが見て取れる。
「ゆ、祐一くん……？」
驚いたためか固まっているあゆをそっと抱き寄せ、音を立てずにドアを閉める。
「姉さん――祐一さんのお母さんもね、一緒だったの」
小声でささやく。
「祐一くんの、おかあさん？」
「そう。他の誰かが一緒にいると、そんな素振りはちっとも見せないんだけど、
一人でいる時はああやって――」
絶対内緒なんだからねっ！
顔を真っ赤にしてそう言っていた心の中で姉に謝りながら、クスリと笑う。
「祐一さんにも、内緒にしてね？」
「えへへ……うん。約束、だよ」
小指を差し出したあゆに微笑みかけ、ふたりで指切り。
「ええ。じゃあ――」
ゴロゴロ、と雷が鳴った。
「指切った！」
扉の向こうで押し殺した悲鳴が聞こえたような気がしたが、絡んだ小指は少しも震
えていなかった。
雷はまだ鳴っていたが、窓越しに遠く臨む空は、もう夕紅色に染まっていた。
（おまけ 美坂家にて）
「潤ン〜、わたしぃ、怖いぃ〜」
「はっはっは。香里は怖がりだなぁ……」
「ひ、ひどーい。 潤ったら、きらいっ！
……でも、す」
がちゃ。
「お姉ちゃーん、雨が止ん――」
ずずずっ
「真琴。正座はもういいですから、こっちで一緒に眺めませんか？」
「うん！ うわー、きれいな虹ぃーっ！！」
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