SSこんぺ No.019 : 雨

雨

雨

こころに届く不思議な音色。
体の中に響くような、気持ちの窓を叩くような。
寂しげな感情と、優しい感覚。
灰色の空から降りてきて、窓をうって・・・
いくつもの線はいくつもの丸に変わる。
もう、何日も降っている雨を、ボクは窓越しに眺めていた。
虚ろな瞳で、雨やその先にある小さな木を見る・・・
祐一君のベッドにぱたんと座り、パジャマも着替えず。
何もしない・・・　何もする気じゃない・・・
そんな無気力な感じが、どこか気持ちいい。

雨は　しとしとと　まだ遠い――

「あ」
思いついたように、声をあげる。
何でもない、普通なら意味のない行動。
だけど、そんな意味のないことでもボクにとっては大切なこと。
この無気力な雨を見ていると、どこか吸い込まれていきそうになるから・・・
晴れた日の、街のひかり、人の声、家の香り。
まるで別世界のようなこの雨の日に、ボクがボク自身じゃなくなって、知らない遠くの場所に吸い込まれてしまいそうで・・・
好きな人、好きな場所――
ボクはここが大好き。
大好きだから、失いたくない。
大好きだから、ずっといたい。

だったら・・・　雨なんて見なければいいのに・・・

カチャ―
ボクのこころを動かす優しい音。
そっと振り向くと・・・
「ん？　起きたか、あゆ」
そんな優しい声がボクを包む。
「うん」
ボクのことをちゃんと見てくれて、そして抱きしめてくれるひと。
意地悪で、悪戯好きで、いつもいじめられるけど・・・
優しいひと、温かいひと、気持ちいいひと。
大好きなひと・・・
「今起きたばかりなのか？」
祐一君が、ボクの姿を見て言った。
そして、ゆっくりと近づいてきてベッドに座る。
祐一君はジーパンに黒いシャツを着ていた。
「ううん」
祐一君を見て、かっこいいなって思って、そして首を振る。
不思議そうな顔の祐一君に向かって、
「さっき、起きたんだよ」
付け加えて、笑った。
すると、何故だか祐一君の顔が赤くなった。
こんな雨の日は、こころも笑顔も全部が素直。
ありのまま、隠すことなく自然とできた笑顔を祐一君にあげる。
「何、してるんだ？」
少しいつもとは調子の違う声で、また祐一君が尋ねてきた。
今日は、なんだかボクの方が祐一君に意地悪してるみたい。
「雨をね・・・見てたんだ」
「雨？」
「うん、雨」
答えて、また窓の外を見る。
木々の葉をうつ雨は針のように細くて、綿のように柔らかい。
窓に溜まった小さな粒は、固まって線となって垂れていき、その最後で吸い込まれて消える。
外に降る雨と、窓に降る雨。
どっちも寂しくて優しい。
「あゆ？」
「・・・えっ？」
まるで、深い水の底から呼び戻されたかのように、ふっと遠のいていた意識が帰ってくる。
「どうしたんだ？」
少しだけ心配そうな顔でボクの顔をそっと覗き込んでくる。
そんな祐一君を見て、ボクは安心する・・・
良かった。
ほんの些細なことで、こんなにも嬉しくなれるのは幸せなことなんだと思う。
祐一君は、ちゃんとボクを見てくれて、ちゃんとボクを見つけてくれる。

だから、ぎゅっと抱きついた――

「あゆ？」
「何、祐一君・・・」
祐一君にだけ聞こえるような、そんな小さな声で呟く。
祐一君は、暖かくて、温かい。
ぎゅっとこころを締め付ける寂しさを感じた。
雨を見て、遠くへいった意識に消えそうな感覚を覚えて怖くなった。
このまま、温もりを離してしまいそうな気がして悪寒がした。
そしたら・・・
近くに祐一君がいた。
ボクを見ていた。
ボクを見てくれていた。
だから、抱きついた。
小さい子が、お母さんにしがみ付くように、不安を拭うように祐一君を求めた。
「・・・・・・」
髪を掬う手が心地いいことだって思い出したのは、祐一君がボクの頭を撫でてくれた時。
こんなにも不安を取り除いてくれて、こんなにも愛しさを込みあげさせていく・・・

雨

しとしとと降りつづけ、ボクはどうしようもなく切なくなる。
「祐一君・・・」

雨

冷たくて細い、透き通った・・・
「甘えたいよぅ・・・」

恥ずかしさなんてなかった。
素直に嘆いた告白。
祐一君の胸の中で、本当の本当の気持ち。
抱きついて、キスをして身体を求めて・・・
それでも足りない・・・　もっと満たされていた。
そんなやりきれない気持ちの言葉。
甘えたい、もっと祐一君に甘えたい。
雨の音が研ぎ澄まされていくほど、ボクの気持ちは高ぶっていく。
「好き」

言葉よりも強く、いつもよりも強く抱きしめられた――

「馬鹿あゆ」
馬鹿にされた。
「甘えたかったら甘えればいいさ。　寂しかったら抱きしめてやる。　不安だったらずっと傍にいてやる」
普段だったら絶対聞けない祐一君の本音。
ボクの耳を、こころを身体を、甘美な旋律となって流れていく。
「ずっと傍にいる。　お前のことをずっと見ている。　笑顔も悲しそうな顔も辛そうな表情も、どれもあゆ自身であるのなら、俺はあゆのことを見つづける。　見つけていく・・・」
ああ・・・
嬉しかった。
泣きそうになった。
（だったら、泣けばいい）
素直なまま泣けばいい。
祐一君の胸に埋もれて涙を流せばいい・・・
幼子のように泣けばいい。
（笑ってごらん・・・）
そう思ったら、何故だか笑顔になった。
蹲っていた顔を上げて、祐一君を見上げて、目に熱いものをためて、そして笑って・・・
「ありがとう――」
何かが吹き飛んだ・・・

変わった――

「馬鹿あゆ」
また馬鹿にされた、しかも今度はデコピン付きで。
「うぐぅ・・・祐一君、痛い」

あ・・・

ボクの口癖、やっと出た・・・
祐一君がボクを見て笑っている。
いつもの、あの意地悪な笑顔で笑っている。
悔しいくらい素敵な笑顔で笑っている。
「うぐぅ！　本当に痛いんだからね！　祐一君！！」
「あはは、悪い悪い」
「もう～　笑いごとじゃないのに・・・」
「さ、そろそろ着替えて飯食うぞ。　秋子さんが美味しいもの作ってくれているからな」
トンっとベッドから立ち上がり、ボクの顔を見て、
「5分以内に降りてこなかったらあゆの飯も食うからな」
「う、うぐぅっ！！」
そんなことを言って、部屋を出て行った。

窓の外を見た。
雨は降っている。
しんしんと・・・　しとしとと・・・
心を揺さぶる季節雨。
時折、ボクのこころを揺さぶって、こんな気持ちにしていく。
でも、嫌いじゃない。
固まった我慢を洗い流してくれる綺麗な水。

雨は街の外、遠い空――

「ばいばい、またね」

ボクは今、こんなにもあたたかなものを持っています。

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