SSこんぺ No.021 : かしこ

かしこ

『拝啓　日差しも少しずつ和らいでまいりましたが、相沢さんはお変わりありませんでしょうか。
先日はお手紙をありがとうございました。相沢さんのほうからお手紙を頂くというのは、少し意外にも思いましたけど、それだけにとても嬉しかったです。慣れないことをしている姿を想像して、ちょっと可笑しくもなりましたけれど。

学業のほうは順調でしょうか。
以前電話で話しておられた、なのてく（？）というのがどういうものなのかは分かりかねますが、相沢さんの目的が達成されることをお祈りしております。

お蔭様で、わたしのほうはそれなりに元気にやっています。短大での生活にも大分慣れてきました。
電話の時もお話ししましたように、創作絵本のサークルに入ったのですが、実は学園祭でうちが出す本に、わたしも何か書くことになってしまいまして…
今は専ら作品と格闘する日々です。今まで、人の目にふれるという前提でお話を書いた経験がなかったので緊張していますけれど、少しでも読んでくれた方に喜んでいただけるようなお話にしたいと思って、頑張っています。

そうそう。気にしておられたみなさんの近況をお伝えしますね。

栞さんとは、相変わらず親しくさせていただいております。
はい、とてもお元気ですよ。
先日美坂家におじゃましたときも、
「栞はどうしてそう子供っぽいのかしら。天野さんと並べてみると一層そう思うわ」
「えうー！どういう意味ですかっ」
「言葉通りよ」
「えうー！！そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いですっ！それに、美汐さんと比べるのがそもそもの間違いなんです！」
といった感じでしたし。
…最後の台詞にはいろいろ疑問がありますが。

まだ週一度の検査通院は欠かせないそうですが、芯のつよい方ですから、きっと乗り越えていかれると思います。

川澄先輩と倉田先輩には、先週、真琴と一緒にアルバイトをしている保育園で、偶然再会しました。あの相沢さんの留学激励パーティーでお会いして以来になります。

先ほどまで子供達と砂遊びをしていた真琴が、急に砂山のてっぺんに挿してあった小枝を引き抜いて剣のように構えつつ、あうあう震えながらじりじりと後退していくので、一体何事かと思って視線をたどったら、そこに川澄先輩と倉田先輩がいらっしゃいました。
しばし挨拶のやりとりをしたのち、
「天野さんはお仕事ですかーっ？」
「はい、そうなんです。お二人はどちらへお出かけですか？」
「…買い物」
「あ、ではお二人はこの近くにお住まいなのですね」
「そうなんですよーっ。こんなにご近所で天野さんが働いているとは知りませんでした」
お二人とも、相沢さんが今どうしているのかを知りたがっておられたので、近況や連絡先などをお教えしました。近いうちに連絡があるかもしれませんよ。

その間、ずっと真琴が物陰からこちらを覗いていたのが気になります。
川澄先輩もしきりに真琴のほうを気にしておられたのですが、あの二人にはなにか因縁でもあるのでしょうか。

水瀬家の方々については相沢さんの方がお詳しいでしょうけど、一応。

秋子さんは最近、創作料理に凝っているそうです。
「これまでの研究の成果がいろいろ生かせて楽しいんですよ。美汐さんもご一緒にいかがですか」
と誘われたのですが、名雪さんがその後で、
「ダメ！ダメだよ美汐ちゃん、絶っ対にダメだからね。もしここでとめなかったらわたしが祐一に怒られちゃう。わたしのことが嫌いじゃなかったら、絶対に参加しないで」
とすごい剣幕で反対するので、今のところ参加できないでいます。
秋子さんのお料理はいつも美味しいので、できればいろいろ教わりたいのですが…

真琴は相変わらず、バイトで稼いだお金をほとんどマンガと肉まんにつぎ込んでいるようです。
先日一度、お金の大切さとその有意義な遣い方について話して聞かせたのですが、
「あうー、わかってるわよう。…そんなことより、このマンガすっっごく面白かったよ！読んでみて！ほらほらっ」
と簡単にかわされてしまいました。当分真琴の悪癖は治りそうもありません。以前と違い、自分で稼いだお金を遣って遊んでいるのですから、今ひとつ強く言えないというのがつらいところです。

あゆさんは、大学入学資格検定試験合格を目指して、引き続き猛勉強中です。
名雪さんと香里さんを先生に、一所懸命頑張っておられます。
その姿勢にはわたしも見習う点が多いのですが、まだ体力が戻っていないせいか、たまに熱をだしたりもされています。そんな時でも、
「ボクは平気だよっ。だって、睡眠時間は充分すぎるほどとっているんだからね。もうこれ以上休んでいる暇なんてないんだよっ」
と言って、なかなか机から離れてくれません。
自作の「日々是決戦」の鉢巻を締めつつ、赤い顔をして頑張ってしまうあゆさんの姿を見ていると、ちょっと心配にもなります。
今度相沢さんのほうからも、無理だけはしないように忠告していただけますか？
わたしたちの中であゆさんを止められるのは、いまのところ秋子さんだけなので。

名雪さんは先日催された陸上競技大会で二位という好成績を収め、大学代表としての責任を見事に果たされました。
普段はああいう優しい雰囲気の方ですが、相変わらずフィールドの名雪さんは凛としていて、とても格好良いです。
そういえば名雪さんについてこういうことを言う度に、相沢さんは「信じられん」とか「そんなバカな」とか「ナニィ！？」とかおっしゃいますが、一度一緒に応援に行きましょう。百聞は一見に如かず、です。

そんなわけで、みなさんそれぞれお元気です。

わたしには海外への渡航経験がありませんので、そちらが今どういう気候なのかはわかりませんが、水の違いもありましょうし、どうぞご自愛ください。　　かしこ

　２００２年９月２日　天野　美汐

追伸
相沢さんは旅先でトラブルに関わることが多いようですから、気をつけてくださいね。
…特に、ちいさな女の子には。』

ペンを置く。
一度二度、書き損じがないかと読み返す。
どうやら大丈夫そうだ。
便箋を慎重に３つに折り、用意していた封筒に入れて、封をする。

追伸を読んだ祐一がどんな顔をするかを想像し、美汐はくすりと笑う。

「きっと、たまには困らせてあげたほうが、本人のためなんです」

さあ、ポストに出しに行こうと、美汐は手紙を抱いて部屋を出ていく。
ぱたん。
後ろ手に扉が閉じられる。

とんとんと、こころもち弾むような軽い足音を残して、美汐は階下へと降りていった。

誰もいなくなった部屋。

机の上には、書きかけの一束の原稿が置かれている。
そのタイトルには、こう書かれていた。

「両手いっぱいの『ありがとう』」

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