いつもの二人
ちゅん、ちゅんちゅん……
「んー……」
ごそごそ。
「すー……」
がちゃ。
「おーい、あゆ。朝……なんだ、寝てるのか。ったく、しょうがねえな」
ゆさゆさ。
「おーい、朝だぞあさ」
ゆさゆさゆさ。
「んぅ……」
「早く起きろ。そんな寝ると名雪になってしまうぞっ」
「……胸おっきくなるからいい……」
「そーいう問題じゃねえだろうがっ！ さっさと起きろっ！」
ばさっ！
「ん〜……」
まだしょぼしょぼする目をこすりながら前を見るとシーツを片手に持った祐一君の姿。
「……あ、おはよ。祐一君……」
「ああ、おはようあゆ」
「うん……。ん〜〜っ」
ぐぃ〜って大きく体を伸ばす。うん、いい調子。
「さて、と……。そんじゃ、早く起きて来いよ。朝飯だから」
「え？ もうできてるの？」
いつもはまだできてないのに……
「あのなぁ、今何時だ」
「え？ えっと……」
時計を見る。
１２時２０分だった。
「うぐぅ……」
「というわけで、さっさと起きてくるように。朝兼昼飯だ」
「うん……あっ、祐一君っ」
「ん？」
扉のノブに手をかけたまま祐一君が振りかえる。その唇に、とたとたって走りよってキスしてあげる。
ちゅっ。
「え、えっと……。お、おはよう祐一君っ」
顔がか〜って熱くなってくのを感じながらにっこり笑う。ちょっとの間祐一君はぼーってしてたけど、
ぽりぽりって頬をかくと、
「ああ。まあ、その……。おはよ」
「う、うん。おはよっ」
「えっと……。早く起きて来いよ」
「う、うんっ」
ばたん。
「ふぅ……」
閉まった扉を前に床にへたりこんでため息をつく。前からやりたかったんだけど……やっぱり恥ずかし
かったよ〜。
さっきの祐一君、顔赤くしてた……
やっぱり、恥ずかしかったのかな、祐一君も。
なんだか妙に嬉しくなって、思わずくすくすって笑みがこぼれる。
「ふふ……」
さっ、着替えよっ。
着替え終わってからカーテンを開けるとあふれそうなぐらいの朝日が差し込んできた。
今日も良い天気みたいだった。
「おはようございますっ」
「あ、あゆちゃん。おはよ〜」
「おはよう、あゆちゃん」
「ああ、おはよ」
朝の挨拶をしてからテーブルに座ると、秋子さんがほかほかのトーストとベーコンエッグを出してくれ
る。
「あゆちゃん、今日遅いね」
「はぐはぐ……はひは？」
「起きてくるの」
「ほう？」
「うん、今日はわたしが先に起きちゃったもん。わたしの勝ち」
「ふむぅ……」
「……あゆ、頼むから日本語をしゃべってくれないか？ 何言ってるんだかさっぱり」
「ひゃんほはへっへるよっ」
「いいから食い物を飲みこめ」
「んぅ……」
コーヒーを口の中に流して一緒に飲みこもうとする。。
ごくごく……
がたんっ！
「うぐぅーっ！？ あつっ、あつーっ！？」
「くははははははっ！」
「わっ。あゆちゃんだいじょぶ？」
「あらあら」
「うぐぅ、舌がひりひり……」
「火傷しちゃったんだよ、多分。あーんってやってみて」
「うぐぅ……あーん……」
「うーん……」
「わかるのか、名雪？」
「ううん、全然」
「だめじゃねえか」
「名雪、代って。……うん、これなら大丈夫よ」
「わ。お母さんすごいよー」
「ふふ、それほどでもないわよ」
「ありがと、秋子さん……」
うぐぅ、まだひりひりする……
席に戻って、朝ご飯の続きを食べ始める。
「あ、そうそう。祐一さん、あゆちゃん」
「はひ？」
「なんですか？」
「これ、買っといたから。使ってね」
にこにこ笑いながら秋子さんがボクの手にそれを渡してくる。これって……
ぼんっ。
「ーーーーーっ！？」
顔を真っ赤にしながら声にならない叫び声を上げる。顔がトマトみたいに真っ赤になってくのが自分で
もわかる。
「あ、あ、あ、秋子さんっ！？」
「ふふ、やっぱり注意は必要ですから。それに、昨日もして――」
「わーっ、わーっ、わーっ！」
大声を上げて秋子さんの声を遮る。でも、遅かったみたい。
「……あゆちゃん。今の、どういうことかな？」
目が全然笑ってなかった。
「う、うぐぅ……。あ、あの。えとその」
結局名雪さんをなだめるのに１時間ぐらいかかった。
「はふぅ」
くたってリビングのソファーの上に横になる。ちょ、ちょっとつかれた……
「よ、お疲れあゆあゆ」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん」
「はは、わかったよ」
祐一君が隣のソファーに腰を下ろす。ぽふって音がする。
「……ね、祐一君」
「ん？」
「えと……ちょっと、お願いしていい？」
「いいけど、なんだよ？」
「うん……あの、ね」
そのまま体を動かして祐一君の膝の上にこてんって頭を乗せる。
ちょっと恥ずかしいけど、暖かくて気持ち良い。
「お前な……」
「えへへ……。気持ち良いよ」
「……はいはい」
くしゃって頭をなでてくる。
「わっ」
「……まあ、俺も嫌いじゃないけどな」
「うん……」
さらさらってボクの髪を祐一君がなでてくる。気持ち良い。
なんか、眠くなってきちゃいそう……
「……ねえ、祐一君」
「ん？」
「ちょっと、寝ちゃって良いかな……」
「構わんぞ。たーんと腹出してぐーすか寝てくれ」
「うぐぅ、なんか言い方がやだよ」
「はは、まあ、寝るなら止めない」
「うん……」
そっとリビングの風景に目をやる。あったかい日差しがリビングの中を優しく照らしだしている。
「……祐一君、一個、お願いしていいかな？」
「またか」
「だめ？」
「いや、なんでもいいぞ。なんなら腹出して踊ってもいい」
「それはいいよ」
「じゃ、なんだ？」
「えっと……ね」
お休みのキス、してほしいな。
そう言おうとして、
「……ふふ」
「ん？」
「やっぱり、いいや」
やめることにした。
「……なんだそれ」
「だから、やっぱりお願いはなし」
なんだか今言っちゃったら、どきどきして寝れなくなっちゃいそうだし。
それに……
「祐一君なら言わなくてもしてくれるかなって、期待してるから」
「……はぁ？」
「後は秘密だよ。おやすみ、祐一君」
「……ああ、おやすみ」
そっと、膝枕の上に頭を置いて瞳を閉じる。
さらって、柔らかく髪をなでられる。
「……気持ち良い」
「そっか」
「……でも、ボクのして欲しかったの、これじゃないよ」
「む」
見ると祐一君がちょっとバツの悪そうな顔をしてた。
「……でも、これも充分気持ち良いよ」
「……そっか」
「うん……」
そのままそっと、眠りの中に入っていく。
――こんな日が、ずっと続けば良いな――
幸せな気持ちが胸いっぱいに広がってくのを感じながら、なんとなくそう思った。
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