風と共に去りぬ
一月前まで頑張っていた雪もすっかり消え、やわらかな風と日差しのなか満開の桜が春という季節を感じさせている。
卒業式も無事終わり、これから動物園へ行く約束をしていた俺はすでにひと気も少なくなった中庭で舞と佐祐理さんを待っていた。
「とうとう舞も佐祐理さんも卒業か……」
一人つぶやきながら振り返り校舎を見上げる。短い間だったが本当にたくさんの思い出ができた。
夜の校舎で魔物と戦ったこと、階段の踊り場でいっしょに弁当を食べたこと、舞踏会で二人して照れながら踊ったこと。
なかには思い出したくないものもあったが、三人で過ごせたこの三ヶ月は一生の思い出になるだろうと思っている。
しかし早くきすぎたか？まだ約束の時間までしばらくあるなぁ…
そんなことを考えていると背後から声が聞こえてきた。
「そこにいるのは相沢祐一じゃないのか？」
振り向くとそこには久瀬が立っていた、俺たちに思い出したくない記憶を作ってくれた張本人だ。
あいかわらずクソ真面目に制服を着こなしている。
「なんだ久瀬、まさかこの期に及んでなにか企んでるんじゃないだろうな？もしも舞と佐祐理さんに手をだしてみろ、今度という今度はただじゃ済まないぞ！！」
しかし毒づく俺に対して久瀬が言ったセリフは俺にとってかなり意外なものだった。
「いや、そんなことは絶対にありえ無い。あのことについては全てにおいて私に非があったと思っている、誓ってもいいよ」
「そ、そうか。それで俺になにか用でもあるのかよ」
以前の高圧的な態度からは考えられない久瀬の言葉に戸惑いながらもそう口にする。
「いや、別に用という用も無かったんだが。どうやら気を悪くさせてしまったようだね、すまなかった」
「おっ、おい待てよ！」
そのまま立ち去ろうとする久瀬を慌てて呼び止める。
「どうした？」といった様子で振り返る久瀬に対し、俺の口からは自分でも思ってもみないようなセリフが飛び出した。
「少し、すわって話さないか？聞きたいことがあるんだ」
言いながら手近な自販機でコーラを買いベンチに腰をおろす。
最初は久瀬も戸惑った様子だったが了解したのだろう、無糖の缶珈琲を片手に俺の隣に腰を落ち着けた。
「それで、聞きたい事というのは？まぁある程度の予想はついているが」
「それなら話は早いな。久瀬、なんでお前はあんな真似をしたんだ？俺には舞や佐祐理さんをどうするっていうんじゃなく、二人の仲を裂くためにやっている様に見えたんだが」
俺の問いに対して久瀬は数秒の間をおいてから答えた。
「やはりそのことか。そう、君の考えたことは大体はあっているよ。私はただ―――」
そこで久瀬は珈琲を一口飲み
「ただ倉田さんを守りたかったんだ、一人の幼馴染としてね」
「………続けてくれ」
俺は久瀬の話に内心驚きながらも先を促した。
「私の父親と倉田さんの父親は昔から仕事、プライベートに関わらず浅くない付き合いがあってね。家が近かったこともあって私と倉田さん、そして一弥君はほぼ毎日のように一緒に遊んでいたんだ。一弥君のことは知っているかい？」
「知っている、倉田さんの弟だろう」
「当時から倉田さんはなにかこう、他の人にはない暖かさみたいなものがあってね。小学生ながら私は倉田さんに恋心みたいなものを感じていたのさ。あのころ私と倉田さんは本当に仲がよかった―――――しかしそんな日々も長くはなかったよ。一弥君が病気で亡くなってしまったんだ。」
残った珈琲を全て飲み干し、続ける
「あのとき何故、何故俺は悲しみに沈む倉田さんに対してなんの声もかけてやれなかったんだろう」
久瀬の声の調子が変わっていることに気づき様子を窺う。
涙はでていなかった、と思う。
「倉田さんは俺の言葉を待っていたはずなのに。倉田さんを支えられたのは俺だけだったのに。俺は、俺は………」
なかば自棄になったかのように缶を投げる久瀬、ゴミ箱には入らず缶が乾いた音をたて転がった。
「人の死に直面したことが無かったからな、俺も少なからずショックを受けていたんだろう。それからだよ、倉田さんと俺との間になにか見えない壁みたいなものができたのは」
もしも当時の久瀬と同じ状況におかれたら俺はどうしていただろう、と考えてみる。
きっと結果は久瀬と大差ないんじゃないかと思う。
子供心に対して死というものは多大な影響力をもつ、それも身近な人間ならなおさらだ。
「そうして会話らしい会話もできないまま倉田さんは高校へといってしまった。しかし俺には耐えられなかった、このままの終わりじゃ寂しすぎると思った。倉田さんと同じこの高校に入るため一年間死ぬ気で勉強したよ、恥ずかしい話だが俺はもともと勉強が苦手でね、あの一年間はつらかったよ」
今日、話をしていて初めて久瀬の顔に照れ笑いの様な表情が浮かんだ。
こいつでもこんな顔ができたんだ。そう思いながら、俺は以前からもっていた久瀬に対する嫌悪感が薄れていくのを感じていた。
「同じ高校に入って、生徒会なんかもやってみたりして、自分に対する自信が取り戻せたら改めて倉田さんにあやまろうと思っていたよ。しかしいざ入学してみるとそこで待っていたのは不良と名高い川澄舞とつるんでいる倉田さんだった。正直ショックだったよ、俺はなにをやっていたんだろうってね。しかし遠目にだが倉田さんのあの笑顔をみて俺は決心したんだ。こんどこそ倉田さんを守ろう、もう同じ過ちは繰り返さないってね。」
久瀬はゴミ箱に入れ損ねた缶を捨てなおしながら「結局は繰り返してしまったけどね」と言い、小さく、そして寂しそうに笑った。
「俺は物事の本質が見えてなかったんだろうな、話を聞いてくれてありがとう。俺はそろそろいくよ、これから三人でデートなのに俺みたいなのがいたら興ざめするだろう？」
そう言って立ち去ろうとする久瀬に俺は思わず叫んでいた。
「なぁ久瀬！今から佐祐理さんに会ってみないか？今は舞も佐祐理さんもお前の事を誤解してるかもしれない、でもお前のその気持ちをそのまま伝えれば二人ともわかってくれるさ！！」
立ち去りかけた久瀬は、降りしきる桜の花びらをバックに振り返り
「ありがとう、その気持ちは嬉しいよ。でも今の俺には時間が必要なんだ、自分のやったことを反省して、自分を見つめなおす時間がね。相手を思いやる気持ちや優しさというものをもっと自分なりに理解できたら―――――そのときこそ倉田さんに会いにいくよ」
そういって微笑んだ。
男の俺ですら思わずはっとするような、ものすごくいい笑顔だった。
「そうか………そう遠いことじゃないと思うぞ、俺は」
久瀬は振り返らずに片手を振ると、並木の向こうへと去っていった、春風と共に。
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