生き残るのは一人だけ
寒風が緩やかな春風に姿を変えつつある頃、私は帰ってきました。
後、ほんの少しで、本当の春が訪れることでしょう。
再会の時にはこれ以上ないタイミングです。
「起こらないから奇跡っていうんです」
「……そうだったな」
「でも……私…嘘つきですよね…」
「ああ、そうだ」
「祐一さん……こんな時……こんな時は…泣いていいんですよね……？」
「泣いてくれないと俺が困る」
「どうして、ですか……？」
「男が先に泣くわけにはいかないだろ」
「あはは……そうです、よね」
私の手からアイスクリームの入った紙袋が落ちる。
「う……うぐっ……えぐっ……祐一……さんっ……私、本当は死にたくなかったです……お別れなんて嫌です……ひとりぼっちなんて……嫌ですっ……うぐっ…えっ…ううぅ…」
「悲しいときには、泣いたっていいんだ」
「えぐっ…ううっ…っ！」
「ずっと、今まで我慢してきたんだから」
「…はい…っ」
祐一さんは私の小さな体を抱きしめた。
なんて感じの超感動的なドラマのような再会がもうすぐ繰り広げられるんです。
あ、祐一さんを見つけました。
自分から声をかけるより、見つけてもらって声をかけてもらう方がドラマ的かもしれませんが、ここは私から声をかけることにしましょう。
一秒でも早く祐一さんと話したいですから。
「ゆ、祐一さ……」
私は最後まで言葉を口にできませんでした。
その理由は……。
「うぐぅ」
「だお〜っ」
「あぅ〜」
「…………」
「あははーっ」
祐一さんの周りに悪い虫達がたかっていたからです。
「えぅ〜、祐一さんの浮気者」
帰宅した私は、泣きながらアイスを食べていました。
バニラ味が涙味です。
私という可愛い恋人がいるのに、あんなハーレムを形成しているなんて許されることではありません。
「身も心も祐一さんに捧げたのに……」
「全年齢版じゃなかったのね」
なんか今、奥のソファーで黙々とメリケンサックを磨いていた年増が何か言った気がしますが、無視します。
「……悪かったわね、影が薄いパチモンキャラで……」
誰もそこまで言っていないのに。
被害妄想というやつでしょうか？
まったく、こんなのが我が姉かと思うと情けなくなります。
「私に姉なんていないです」
うん、この決めセリフなかなかカッコイイかもしれません。
あれ？ 私何を考えていたんでしたっけ？
間違っても、お姉ちゃんのことなんかではなかったはずなのですが……。
「栞……まだ、あたしのこと恨んでるのね……？」
当たり前です。
ひとの存在を拒絶して無視しておいて、そんな簡単に許してもらえると思っているんですか？
「悪いお姉ちゃんで……ごめんね、栞……」
そう言うとお姉ちゃんは、メリケンサックの尖った部分を左手の手首に……。
「えぅ〜！ そんなことでいちいち自殺しないでください！」
ていうか、そんな物で手首切れるものなんですか？
「うう……栞……」
「はいはい、もう気にしてませんから、泣かないで、お姉ちゃん」
お姉ちゃんをあやしながら、私は今後の行動を考えるのでした。
まあ、考えるまでもなく、することは決まっています。
悪い虫は、邪魔者は排除すればいいんです。
私は自分の部屋の机の引き出しをあけました。
漆黒のハンドガン。
「まさか……これを使う日が来るとは思いませんでした……」
私はハンドガンをポケットしまいます。
ポケットのサイズ的にこんなでかい物が入るはずがないなんて野暮なツッコミは受けつけません。
さて、まず誰を狙うかよく考えないといけません。
「うぐぅ」と「あぅ〜」の２人は所詮は子供、雑魚にしかすぎません、放置しておいてもさして問題ないと思います。
『うぐぅ、一人だけバスト７０センチ台の栞ちゃんの方がお子様だよ」
「１センチしか違わないじゃないですかっ！」
えぅ、幻聴にツッコンでしまいました。
とにかく、あの２人は後回しです。
やはり、最優先に確実に始末しなければいけないのは……。
「あははーっ」
「…………」
見つけました。
ターゲットが２人仲良く中庭で談笑しています。
喋っているのが片方だけという気もしますが。
倉田佐祐理先輩と川澄舞先輩。
特に恨みはありませんが……私と祐一さんの幸せのためには消えて貰うしかないですね。
ちなみに、今、私は先輩達から死角の草むらに隠れています。
「石入り雪玉ガン〜」
私はポケットからハンドガンを取り出しました。
いくら恋敵とはいえ、殺せば殺人です。
そもそも普通の女の子である私が本物の拳銃など持っているわけがありません。
このハンドガンはあくまで、雪玉を飛ばすだけの玩具です。
「祐一さんにちょっかいをかけたお仕置きです」
命までは取らない（そこまでの威力はない）ので安心してくださいね。
私は川澄先輩に狙いを合わせました。
「ふぁいえるです〜！」
パアアン！ ペシィ！
「えぅ！？」
遠距離、しかも背後からの完璧な一撃でした。
けれど、雪玉は命中しませんでした。
川澄先輩の後ろ髪が不自然に動いて、襲ってきた雪玉を叩き落としたのです。
振り向きもせず、川澄先輩自体は雪玉の接近に気づかず、髪だけが別の意志を持っているかのように動いて……。
「えぅ……やっぱり、倉田先輩からにしましょう」
私はターゲットを変更することを決めると、倉田先輩に狙いを……えぅ？
倉田先輩がどこにも居ません。
いったいどこへ……。
「あははーっ、佐祐理を狙うなんてどこの組織の方ですか」
声と共に、後頭部に何か硬い物を押しつけられます。
背後に居るのが誰かは解ります。
倉田佐祐理先輩。
そして、押しつけられたのは、私の玩具とは違う、本物……。
「えううううううううぅっ！ 違います、私は組織の殺し屋なんかじゃないです！ これは玩具です！ ただ一緒に遊んで欲しかっただけで……」
「ふぇ？」
私はとっさにそんな言い訳をする。
こんな言い訳通じるわけ……。
「あははーっ、なんだそうだったんですか。じゃあ、一緒に遊びましょうか」
「えぅ……」
どうも言い訳が通じてしまったみたいです。
「じゃあ、佐祐理から行きますよ、それ〜」
えぅ！？ 油断させておいて結局撃ち殺す気なんですね！？
ピュウッ！
倉田先輩の持つ銃から飛び出したのは弾丸ではなく水でした。
「あははーっ」
「水鉄砲？」
「あははーっ、舞。舞もこっちに来て一緒に遊ぼう〜」
「……はちみつくまさん」
あの２人にだけは敵わない……もとい、あの２人は結構良い人みたいだから見逃してあげることにしました。
あの後、先輩達は夕方まで一緒に遊んでくれました。
雪がもっと残っていたら、雪合戦や雪だるまを作って遊べたのに……。
「明日は名雪さんでも狙いますか……ただいまです」
私が家のドアを開けると、家の中からドタバタとした音が聞こえてきます。
「よう、おかえり、栞」
「祐一さん？」
不思議なことに祐一さんが出迎えてくれました。
なんかどこか焦っているような表情をしています。
「おかえりなさい、栞」
「お姉ちゃん、どうして祐一さんが家？」
「えっとだな……香里に勉強を教わりに……」
祐一さんじゃなくて、お姉ちゃんに聞いたんですが。
「ええ……そうよ」
あれ、お姉ちゃん？
「……お姉ちゃん…服のボタンがずれてます……」
ギクリとした表情する、祐一さんとお姉ちゃん。
二人で何をしてたんですか！？
どうやら、真っ先に始末しなければならない人は、もっとも身近に居たみたいです。
私の戦いはまだまだ始まったばかりです。
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