昼休み…
それは学生にとって唯一の安らげる時間かもしれないだろう…
教室で卓を囲む生徒。
チャイムと同時に食堂に走り出す生徒。
その食堂に走り出して行った生徒を、ゆっくりと追いかけていく生徒。
屋上で鍋をつつく姉妹。
…実にいろいろな行動を起こす生徒たちの中、俺はある場所へと歩いていく。
そして……
俺は扉の閉まっている、その教室の前で足を止めた。
その教室の扉の上部の板にはこう書かれていた…
「放送室」と…
口笛の聴こえる教室
ガチャッ！
「ちぃーーっす」
俺は扉を開けると、そう言って教室の中に入っていった。
「…遅刻ですよ、相沢さん」
放送室の中には先客がいたらしく、開口一発そう言ってきた。
この学校の放送室は２つの部屋に分かれており、１つは通常の学校と同じく学校内に放送をする部屋。
そしてもう１つが、放送をする部屋とを防音ガラスで遮った部屋である。
大方、教師が放送をしている生徒に指示をする為の部屋として作られているのだろう。
だが、本当のところの用途は知らない。
使われてないのかすら怪しく、埃が貯まっているのが見える。
もちろん放送室の中にいた生徒も放送をする部屋の方にいた。
「遅刻って…集合時間からまだ１分も経ってないじゃないか…」
俺はそう言って反論をした。
「こういう決められた約束事と言うのは、約束の時間より５分前には現地に居るものです」
俺の言葉をやんわりと却下するように、そう告げた。
「だいたい俺は好きでこんな事をしているんじゃないからなぁ…」
その生徒の正論に、俺は言い訳をした。
だが、確かに俺がここにいるのは好きでいるわけじゃない。
【それ】を決める時に偶然学校を休んでいたがために、推薦されたんだ。
つまり、誰もやりたがらなかった、というわけだ。
【それ】とはつまり、昼休みにこの放送室から曲を流したり、日常会話をしなければならないのだ。
「…それは私も同じですよ」
俺の言い訳に同意してきた。
その目には非難が含まれていた。
とにかく言い方が遠回りで、おばさんくさいな。
「じゃあ、天野はいつ此処に来たんだよ」
「１０分前です」
…俺の反撃は１秒で粉砕された。
「相沢さんと話していると時間に遅れてしまうので、早く席についてください」
…そして流された。
自分より年下の女の子に此処まで言われてはかなり悔しいものがある。
前に一度そのことで反論した時があったが、返ってきた答えは…
「相沢さんですから…」
という、意味深なのか良くわからない答えだった。
「相沢さん、早く準備をしてください」
そう言って俺の指定席の前に、今日の予定が書かれている紙の束を置いた。
「…今日のは天野と内容一緒だよな？」
俺は自分の座席に着き、目の前にある紙の束をパラパラと見ながら言った。
「………大丈夫です。私が確認しましたので」
前回ここで放送をした時に、天野と俺の紙に書かれている内容が全く違っていたのだ。
しかもご丁寧にその日のゲストまで、どちらの台本にも書いてない生徒だったのだ。
結局その日はゲストに質問をして盛り上げていく、と言うアドリブだけの昼休みだった。
「ん、そうか。天野が確認しているなら安心できるな」
そう言いながら今日の台本のゲストの欄をチェックする。
「……それは深い意味にとってもいいんでしょうか…」
「お！今日のゲストは栞か」
知っている名前を見つけ思わず声を上げる。
「確か天野も知っているよな…ってどうしたんだ？顔が赤いぞ」
振り向いた先の天野の顔が、見るからに赤いので驚いた。
「な、なんでもないですっ…へ、へぇ、今日のゲストは美坂さんなんですね」
天野は、俺の質問を誤魔化すように台本に目を向け、パラパラと目を配らせていく。
「…さっき、台本を確認したって言ってなかったか？」
俺の素朴な疑問を天野になげかけた。
「え！えっと…ですね…」
見るからに慌てふためく天野に、１つの光明が訪れた。
ガチャッ
「し、失礼します」
そう言いながら、扉から顔を覗かせたのは本日のゲスト、美坂栞だった。
そして、栞は俺たちに気付きしばらく見つめ合う。
栞と俺と天野が見つめ合ってから数秒が経った。
動いたのは栞だった。
わざとらしくポンッ、と合点がいった時にするポーズをすると
「どうやら私はお邪魔虫のようですね。２人の邪魔はしないので頑張ってくださいね祐一さん。では失礼します。」
そう笑顔で言い放つと、バタンッと開けていたドアを閉めた。
…………
………………
しばらく静寂が包む。
「栞、ちょっと待て！」
刹那、俺はそう叫びドアを思いっきり開けた。
バァァン！バシンッ！きゃあっ！
ドアを開けたときの音の他に、ドアに何かがぶつかった感触と音と声が響いた。
………声？
「いたいですぅ〜」
よく見ると開けたドアのすぐそばの床に、栞が鼻をさすって座り込んでいる。
「祐一さん、いきなりドアを開けるなんて酷いじゃないですか！」
栞は鼻をさすり、廊下にしゃがみこみながら抗議して来る。
「………ピンクの水玉か…」
俺は無意識にそう呟いた。
すると俺の独り言が聞こえたのか、栞はすさまじいスピードでスカートを押さえた。
「……見ましたね？」
栞は拗ねた口調でそう訊いてきた。
「………見たくて見たんじゃない…」
いわゆる不可抗力と言う奴だ…
「わ、ひどいですよ！自分で押し倒しといて私を傷物にしといた挙句に知らないだなんて…祐一さんは鬼です！悪魔です！女の敵です！」
………今の言葉を教師に聞かれたら全校集会物だな…
「だいたいなんでドアの前にいるんだ！ドアを閉めてから十秒以上経っているだろ！」
俺はなんとかこの流れを変えようと反論した。
「え‥えっとですね…」
どうやら俺の質問は栞の的を射たらしく、うろたえ始めた。
大方ドアの前で聞き耳を立てていたのだろうが、ここは黙殺しておこう。
「あの…その…」
「ん、なんでなんだ？」
さらに追求していく。
「…そうです！私は今日のゲストだから戻ってきたんですよ！」
栞は考えた末、一応それらしい返答を見つけて反論してきた。
しかもかなりもっともな意見だ。
姉と同様に、これでいてかなり頭が切れるのか？と思ってしまった。
「それより！私を傷物にした責任をとってください！」
さらに栞は、機を逃さず反撃に出てきた。
「………何をすればいいんだ？」
長引かすのもあれだし、こんなところを他の生徒や教師に見られたら事なので、しぶしぶ承諾した。
「女の子に傷をつけたんだからもちろん…将来まで面倒見てくださいね♪」
……………
…は？
今月の持ち金を計算していた俺にとっては、まさに寝耳に水な一言だった。
「え…と、どういうことだ？」
聞き違いと思い、もう一度訊いてみる。
「だから、祐一さんが私をお嫁さんにすると…」
ゴホンッ！！
栞の言葉を一喝するようなセキが、俺の背後から轟いた。
振り向くとそこには、放送室の中にいた天野が立っていた。
「美坂さん…今日の放送の時間なので、早く放送室の中に入ってもらえますか」
天野の目は怖かった。
「は、はい…」
天野の雰囲気を察したのか、言われるとおりに従う栞。
確かに放送の時間はもう始まるが、何故今なんだ？
天野の場所からなら俺と栞の会話が聞こえていたはずだから、すぐに呼びに来れた筈なのに…
「相沢さんも早く中に入ってください」
天野の言葉には冷徹な怒気が含まれているように思えた。
その言葉に抗わずに、俺も栞と同じように放送室の中に入る。
何故か今日の放送室から五体満足で帰れる気がしなかった…
栞…今度は奇跡、起きないかもな…
これから室内で起こる事を、予感にも似た直感で感じ取った俺は、そう心の中で呟いた。
真昼の太陽が眩しかった、そんなある日の事…
運命の扉は開かれる為に…パタンッ、と閉じた。
………続く？
結果のページ
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
戻る