がんばれ！あゆ！
がんばれ！あゆ！
ある初夏の日のことだった。
「あのー、すみません」
「はい」
ここは高校の事務室。その受付の前に、一人の少女・・・あゆが立っている。
「この学校に入りたいんですけど」
「編入の手続きですか？」
女性の事務職員が聞く。
「へんにゅう？」
「よその高校から、ここに転校したいの？」
「・・・・・・」
あゆは答えられない。
「今通ってる高校はどこ？」
「・・・ボク、高校行ってないの・・・」
「じゃああなた、高校生じゃないの？」
「・・・うん・・・」
小さい声であゆは答えた。
「それじゃ編入はできないわね。うちはよその高校からの編入以外は、中途入学はできないのよ」
「・・・・・・」
「どうしても入りたかったら、来年の２月に試験をやるから、それを受けてもらうことになるわね」
「それじゃ間に合わないよ、祐一くんも名雪さんも卒業しちゃうよ・・・」
食い下がるあゆに、事務職員は困惑する。
「うーん、事情はよくわからないけど、そういう決まりなのよ。だからどうしようも・・・え？」
「・・・うぐぅ・・・ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
見るとあゆが、泣きべそをかいていた。
「え、ちょ、ちょっと、泣かないでよ」
「祐一！大変！」
名雪が教室に飛び込んできた。
「どうした？」
祐一が名雪の方に振り返る。
「あゆちゃんが、学校に来てるよ！」
「あゆが！？」
祐一は思わず声を上げた。
「うん。それでね、事務の人と何かあったみたい。『祐一くんを呼んで』って泣き出しちゃって大騒ぎなんだって！」
「何やったんだあいつ！」
祐一と名雪は、あわてて事務室に向かって駆け出した。
「うぐぅ・・・ぐすぐす・・・祐一くぅん・・・名雪さぁん・・・」
事務室の前で、あゆが座り込んだまま泣いていた。周りにいる教師や事務職員たちはなす術もなく、困り顔をしていた。
「あっ、いた！あゆ！」
「あゆちゃん！」
祐一と名雪が駆けつけてきた。
「ほんとにすみませんでした、こいつにはよく言っておきますから」
「すみませんでした」
事情を聞かされた祐一と名雪は、事務職員によそ行きの顔で謝った。
あゆを帰らせたあと、二人は教室に戻った。
「あゆちゃん、かわいそう・・・」
席に座った名雪が呟いた。
「しかたないよ。小学校や中学とは違うんだから」
祐一が言う。
「うん・・・わかってるけど・・・」
「どうしても入りたいなら、来年の四月からしかないだろ。試験に受かればの話だけど」
「でもあゆちゃんには、祐一とわたしがいない高校生活なんて意味がないんだよ」
「そうだよな。あゆ、あきらめきれないだろうなあ・・・でも、こればかりはあきらめてもらうしかないな」
「うん・・・でもどうしたら納得してもらえるかな・・・」
二人は考え込んでしまった。すると、
「あゆちゃんのこと？」
二人の後ろから、香里が声をかけてきた。
「うん・・・どうしたらいいのかな・・・」
名雪が答えた。香里も一緒にしばらく考えていたが、
「じゃあ・・・」
「何だ？何か考え付いたのか？」
「こういうのはどうかしら？」
香里は自分のアイデアを話した。
「・・・じゃあ、あゆちゃんをだますの？」
「うん、そういうことになっちゃうわね」
「まあ、名案・・・だろうな。そう言うとなんだけど」
その夜。祐一はあゆに電話をかけた。
「試験の日が決まったぞ」
「えっ！？いつ？」
驚いたようなあゆの声が響く。
「今度の日曜日だ」
「わーい！ありがとう祐一くん！」
「おいおい、まだ受かったわけじゃないぞ」
大はしゃぎのあゆに、祐一は苦笑する。それから試験の日程、教科などを説明した。
「じゃあな、試験、がんばれよ」
「うん！ボク、絶対受かるからね！」
電話は終わった。祐一が受話器を置くと、後ろに名雪が立っていた。
「あゆちゃん、どうだった？」
「喜んでたよ・・・」
「あゆちゃん・・・」
二人はため息をついた。すると、そこへ秋子が現れた。
「あゆちゃんが試験って・・・どういうことなの？」
少々いぶかし気に言った。
「聞いてたんですか、秋子さん」
「ごめんなさい、つい気になって」
しばらく三人は黙っていたが、
「・・・お母さんには話そうよ。ね、いいでしょ？祐一」
「そうだな。秋子さんには言っておくか・・・」
二人は顔を見合わせた後、頷き合った。
「なるほど・・・事情はわかったわ・・・」
「あゆをだますのは申し訳ないと思います。でも、これで納得してくれるし、吹っ切ってくれると思います」
祐一はそう言って、説明を終わった。
秋子は終始、晴れない表情で聞いていたが、反対はしなかった。
日曜日の学校。
祐一、名雪、香里に加えて北川、そしてあゆが教室にいる。
「俺たちに加えて、北川が試験官をやることになった」
「よろしく」
北川が、いつになく真剣な表情で挨拶をした。
「では、一時間目、国語・・・始め！」
試験官の香里が号令をかけた。あゆは鉛筆を手に取り、問題用紙をにらみつけた。
「ニセ入試か・・・」
「確かにいいアイデアかと思うけど・・・」
教室の外に出た祐一と名雪が呟いた。
香里のアイデア、それはニセの入学試験をあゆに受けさせようというものだった。当然、受かるはずなどない。そして不合格通知を渡す。入学試験を受けたがだめだった。そういうことならば、あゆも納得してくれるだろう・・・という計画だった。
祐一たち四人は一人ずつ交代で試験官をやる。後の三人は、外で見張り番をする。もし教師や他の誰かに見つかったら全て計画がパーになってしまう。そうならないために、他人を試験場の教室まで来させないようにするのが役目だ。
試験問題は、店で売られていた高校入試の過去問を使った。『XX年度入学試験問題』と書き加えるなど、バレないようにいろいろと細工をした。
・・・すまん、あゆ・・・だがわかってくれ・・・どうしようもないんだよ・・・
・・・ごめんね、あゆちゃん・・・ごめんなさい・・・
ただ二人は、心の中であゆに謝り続けるしかなかった。
国語に続いて、数学、理科、社会と続き、ニセの入学試験は終わった。
一応採点はやった。結果は・・・１００点満点で国語が６点、数学が０点、理科が８点、社会が９点という惨憺たるものだった。点が取れたものは全部「正しいものを選べ」式の問題で、たまたま勘が当たっただけだ。選ぶ問題がない数学は、点が取れるはずもなかった。
翌日、水瀬家。
「残念だったな、あゆ」
「おしかったね」
不合格通知（もちろん偽造）が、あゆの手に握られていた。
「えへへ、やっぱりボクには無理だったね」
「あゆ・・・」
「だって、難しすぎてさっぱりわからないんだもん。これじゃボク、落ちて当たり前だよね」
顔は笑っているが、はた目から見ても無理しているのがわかる。その笑顔が、たまらなく痛々しい。
「じゃあ、ボクそろそろ帰るね。おじゃましました」
あゆは帰っていった。
祐一と名雪は、あゆを玄関先で見送った後、しばらく動こうとはしなかった。
「・・・これで良かったのかな？まだわかんないよ・・・」
「俺にも・・・」
帰り際、あゆの目に涙が浮かんでいたのを二人は見逃さなかった。
長い・・・沈黙が・・・玄関先に・・・流れた・・・。
そして一週間後。あゆが水瀬家に遊びに来た。
「あゆ、元気そうだな」
いつになくうれしそうなあゆを見て、祐一が言った。
「何かいいことあったの？」
「うん！」
名雪に聞かれて、あゆは元気に答えた。もう、ショックからすっかり立ち直ったのがはっきりとわかった。
「ボクね・・・やってみようと思うんだ」
そして差出した本の表紙には、『大検予想問題集』と大きく書かれていた。
「おっ、やってみるか！」
祐一が言った。
「大検受かったら、うんと勉強して祐一くんと名雪さんの大学行くんだ！二人とも一緒の大学行くんでしょ？だったらボクも一緒の大学入るよ！」
「あゆ・・・」
「あゆちゃん・・・」
次の瞬間、二人は思いきりあゆを抱きしめた。
「・・・うぐぅ！？く、苦しいよぉ・・・」
「大学、いつか一緒に行こうね！応援してるからね！」
「待ってるからな！がんばれよ！あゆ！！」
「しかしなあ、あゆ。買ったのはいいけど、これ解ける自信あるのか？」
「確か、大検の問題って、中卒レベルだって聞いたけど・・・」
「あ、それじゃ無理だ。小学校レベルから始めないとな・・・七年間のブランクがこんなに大きいとはなあ・・・」
「うにゅう・・・あゆちゃん・・・大変だねえ・・・」
「うぐぅ・・・」
大検問題集に取り組めるのは、果たしていつのことやら・・・。
おしまい
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