『安らげる場所』
※注意
このＳＳは女性向に書いていますので男性の方にはお気にめさないかと思われます(汗)
「ん〜……いい天気」
昼休みの校舎の屋上で背伸びをしているこの少年。
身長は１５０cm位だろうか、かなり小柄であることは間違いない
さらっとしたショートヘアに大きな瞳、一見すれば少女にも見えるほどの美少年だ。
「やっぱ、こんな日は屋上で飯にかぎるし」
どこかの方言混じりで独り言を言いながら、弁当を片手に日陰に移動する。
屋上の一角、ちょうど校舎の陰になっているところ
そこが彼の昼寝スポットだ。
「今日は風も吹いとるし、ぜっこーの昼寝日和やん。このまま午後の授業もサボっ……？」
だが……そこに移動してみるとそこに人影あることに気付いた。
「なん…？ 誰がおるん？」
まさか不良でもいるのではないかと思いビクッとする。
もしそうだとしたら自分ではとても敵わないし、殴られたり財布を取られたりするのではないか……
などとちょっと不安になってきた。
どうか嫌なヤツじゃありませんようにと願いながら
恐る恐るその人影に近付いてみる……すると。
「なん……？ 久瀬？」
以外にもそこで寝息を立てていたのは、生徒会長として有名な久瀬だった。
「久瀬でも授業サボったりしよんか……」
自分は四時間目が終わってすぐここに来た訳なので
ここで寝ていると言う事は少なくとも前の授業をサボっているという事になる。
「起こした方が…ええんかな？」
久瀬もこのままだと昼食ぬきになってしまうだろうし
午後の授業まではサボるわけにはいかないだろう。
そう思い久瀬を起こす事にした。
「久瀬〜、起き〜、起きっちゃ〜、久瀬〜……」
ゆさゆさ……
「う……」
「久瀬、起きとぉー？」
「ん……」
何度か声をかけながらゆすると
久瀬はうっすらと目を開いた……
「ん……誰……？」
まだ寝ボケているのか、いつもの冷たい無表情とは違い
ぼおっとしたいつも見せる事のない素の表情で応える……不覚にも少しドキッとしてしまった。
「く…久瀬、お…起きたん？」
「ん……ええ……」
かくっ
起きたと思った瞬間に再び倒れ、眼を閉じる久瀬。
「起きとらんやんけ！ 起きーや！ くらしあげるぞきさーん！！」
その反応に腹が立った斉藤は
目覚めの悪い久瀬の胸倉を掴み激しく揺さぶった。
「ん……その方言交じりの言葉使いは……斉藤君ですか……？」
「よーわかっとるやん」
自分を起こしているのがおかしな方言を喋る事で有名な斉藤だという事に気付いた久瀬は
ようやく体を起こした。
「……あなたどこの出身なんですか？」
「気にしなさんな気にしなさんな…」
「Ｚｚｚ…」
「寝なさんな寝なさんな…」
そんなやり取りをした後
斉藤はふと気になったことを久瀬に訊ねてみる…
「久瀬は昼飯……どうすんのん？」
「ん〜……別にいいですよ、このまま午後も寝て過ごしますし」
どうやらこのまま午後もこの場所で寝るつもりらしい
……それはともかく斉藤が心配なのはやはり昼食をとらないで放課後を迎えることだ。
「なんち！？ そんなのあかんあかん！ ちゃんと食いっ！！」
このまま次に来た時屋上で倒れていたらたまったものではない。
とにかく久瀬に食事をとることを勧める。
「だってホラ、今日弁当忘れちゃいましたし」
「なん、食堂行くとかあるやん！」
「…………」
「…久瀬？」
食堂に行く事を勧めた瞬間
久瀬の表情が変わり、黙りこんでしまった……
なんでだろう…と斉藤は首をかしげ、理由を言えといわんばかりにじっと見つめる。
その視線に負けたのか久瀬はわずかに口を開き、こう答えた……
「……僕が行ったら気まずくなるじゃないですか」
「あっ……」
言われてから斉藤は気付いた。
そうだった……
例の川澄舞の事件以来久瀬は評判がすっかり悪くなってしまっている
食堂のように人が多いところに行けば悪人などと陰口を叩かれるのは目に見えることだ。
「悪ぃ……無神経やった」
「お気になさらず」
「……隣、ええ？」
「……どうぞ」
なんだか立ってるのも辛くなったので
久瀬に許可をもらい、ちょこんと久瀬の隣に座り壁にもたれた。
しばらく二人とも無言だったが
無言に堪えられなくなったのか、不意に斉藤が口を開いた……
「……悪いんは久瀬やないんに……」
「斉藤君……？ まさか貴方……」
「ん……見とったし」
「そうですか……どおりで僕とこうやって普通に話してる訳ですね……」
「……ん」
斉藤は知っていた。
あの事件の時、久瀬一人だけは必死に川澄舞を庇っていた事を
教師達に向かって必死に頭を下げている久瀬の姿を
偶然職員室にいた斉藤は見てしまっていたのだ……
久瀬は川澄舞の退学の取り消しを無理を承知で頼んでいた
そして、久瀬が粘りに粘ってようやく退学は取り消された
だが、その条件として……
「なしか久瀬が悪役みたいにならんといかんのん……」
「まあ、しょうがないんじゃないですか？ 倉田さんが入るくらいしないと向こうさんにも納得してもらえないでしょう」
「でもそれがなし！ 久瀬が一人でたくらんだとか言われとお！？」
「生徒会なんていっつも貧乏クジ引かされてるようなもんですし、特に僕は悪い噂も色々立ってたみたいですしねえ」
久瀬はいつもそう……他人にハッパをかけてばかりで何のフォローもしない
自分が憎まれ役になることで全てをうまくいかせようとする……
「でも、あんまりやん……いっつも久瀬一人だけなんでこんなん……」
「斉藤君？」
急に斉藤の声のトーンが変わったのに気付き振り返ると
何故か斉藤は涙ぐんでいた。
「何で泣くんです？」
「だって……久瀬がこんなにも寂しい思いしとんのに……悔しいやん」
斉藤は泣いていた。
何も知らない連中が久瀬を悪く言うのが悔しくて……
何もで見ない自分が悔しくて……
何よりも、久瀬がこんなにも辛い思いをしているのが可哀想で……
しかし、当の久瀬は……
「……そうですかぁ？」
いたって普通の涼しげな顔で斉藤にそう応えた。
それはいつもの冷たい表情、何に対しても無関心そうな生徒会長の顔。
「久瀬は……悔しくないん？」
「悔しいですよ……でも寂しいというのは間違いですね」
「……なしか？」
「だってホラ……」
すっ
久瀬はそっと指で斉藤の大きな瞳から流れ落ちてくる涙をふき取った。
「僕の為を思って泣いてくれる方がこんな近くにいますから……ねぇ？」
「く、久瀬……？」
途端に斉藤の少女のような可愛らしい顔が顔が真っ赤になった。
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったし
斉藤自身、久瀬という人物には以前からずっと思いを寄せていたから……
初めて見たときから憧れていた、すらっとした長身に整った顔立ち、彼のみが発している独特の雰囲気。
気がつけばいつのまにか彼ばかりを見ていた……
そしてあの事件の後、さらに孤独になった彼を見て
何とかしてやりたい…力になってやりたい…傍にいてやりたいなどと思うようになり……
その久瀬の顔がこんな近くにある
しかもなんだか自分を必要としてくれているみたいで嬉しい。
そう考えている内になんだか熱くなって……次第に斉藤の口は勝手に動いていた……
「あ、あんな……そ、その……」
「ん？」
「お、俺でよかったら……いつでも傍に……」
ぐ〜〜〜……
「……」(／／／／／／）
「……」
（ああ〜、何でこんなときに鳴るんよ俺の腹ー！！）
思いを告げようとした瞬間に盛大に斉藤の腹が音を立てた
せっかくの今までのいいムードも台無しに。
「ハハハッ……そういえばお弁当食べに来たんじゃないんですか？」
「ああ！ 食うし！ もう食っちゃるし！！」
「何に怒ってるんですか？」
チャンスを台無しにされた腹いせに半ばヤケになって包みをあけて中の弁当箱を取り出す
そしてふたを開けると中にはたくさんのサンドイッチが綺麗に並んでいた。
ガツガツッ
それを可愛い顔に似合わない乱暴な食べ方で次々と食べていく斉藤
もうとにかく今は自分に腹が立ってしょうがないらしい。
そしてしばらく食べ続けて、ふと久瀬が何も食べていないという事を思い出した。
「久瀬、半分やるけん食い」
「え？」
「腹、へっとろーやん？」
「いえ、僕は別に……」
グ〜〜〜……
「……」
「……」
「いただきます」
「どうぞ」
さすがの久瀬も空腹には勝てなかったようで
照れくさそうに斉藤の差し出した弁当箱のサンドイッチを食べる事にした。
その様子に斉藤は苦笑しつつも久瀬の食べる姿をじっと眺めていた。
「美味しいですね」
「そうなん？」
「ええ……とっても」
サンドイッチをホントに美味しそうに頬張りながら久瀬は斉藤の方を向いた
その顔は今まで見たことの無いような本当にいい笑顔だった。
心の底からのその幸せそうな顔を見せられて、斉藤もつられて笑顔になってしまった。
（ま、えっか……今はこんなんで）
「Ｚｚｚ……」
「すぅ…すぅ…」
そして二人は授業が始まったにもかかわらずそのまま屋上で眠ってしまった。
斉藤はその小さな体を久瀬に任せるように寄りかかり
久瀬は斉藤の体を支えるようにして……
眠っている二人の寝顔はとても幸せそうだった。
たとえ周りにどんなに言われようとも
どんなにつらい事があっても大丈夫……
だって安らげる場所がここにあるから
この場所が
この人が
自分達にとっての安らげる場所……
だからもう、多分きっと大丈夫。
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