SSこんぺ No.047 : 奇跡への願い

奇跡への願い

俺と香里はこの近所でもかなり大きい病院である『宮之原総合病院』に辿り着いた。二人の共通の目的は、一人の患者の見舞いだった。
普段病気とはとんと縁の無い俺である。つい半年前の俺ならこんなところにここまで足げにやって来るなんて夢にも思わなかっただろう。
『ほんと、いろいろあったな・・・』
この半年間、本当にいろいろなことがあった。そして、俺の過去の記憶も・・・
「あ、祐一さん！こんにちわー！」
声を掛けられ、俺はふと現実に意識を戻した。
「体調は大丈夫？栞？」
「え～っと、今日は大丈夫みたいです。すこぶるいいんですよ。今日は」
「でもあまり無理しちゃダメよ。また倒れたりしたら大変なんだから・・・・」
そうなのだ。栞はあの冬において病気からの奇跡の回復を果たしたのだが、その後遺症で体中の体力を全て使い果たしてしまったのか、しばらく前まで昏睡状態に陥ってしまったのだ。
そのせいか目覚めたときはなぜか全身の筋肉が非常に弱ってしまい、こうしてリハビリに精を出しているのである。
現在も車椅子がなければ移動もままならない。
「そうだぞ。無理したらどうにもならないぞ。今は体を大事にしなきゃいけないぞ」
「えう～・・・でもこうしてせっかくお姉ちゃん達が来てくれるのですから、少しでも歩けるようになりたいです～！」

「・・・・えう～・・・」
暫く後、栞の悔しそうな声が部屋の中に響く。
「全くダメね・・・」
呆れた様に香里がつぶやく。
そうなのだ。栞は体のほうはちゃんと良くなっているのにもかかわらず、なぜか歩くことが出来ないのだった。
「栞。今日はもうやめましょう。これ以上やると体に悪いわ」
俺が肩を持ってやり、栞を車椅子に座らせる。
「さて、じゃ私はこれで帰るわ。相沢君、栞のことよろしくね」
「おい、一人で大丈夫か？」
「タクシーで帰るから平気よ。じゃ栞を頼んだわよ。相沢君」
栞を車椅子に座らせると、香里は早々に帰ってしまった。
「せっかく早く歩けるようになって祐一さんとデートしたいと思っていたのに・・・・」
俺が車椅子を押していると、栞が残念そうに呟く。
「まあ仕方ないさ、気長にやっていこう」
その後俺は栞を病室まで送り届け、重い気分のまま帰宅の途についたのだった。

「・・祐一君！」
う～ん、なんだ？まだ朝には早いだろ？もう少し寝かせてくれ。
「うぐう・・・祐一君、起きてよう・・・・」
この声は！？
「まさか・・・あゆか？」
「そうだよ～。祐一君、ひさしぶりだね～」
久しぶりに会ったあゆは、全く変わっていなかった。
「・・・何か祐一君失礼なこと考えてない？」
「いやいや！全然そんなことないぞ！」
変なときだけ鋭い奴だ。普段は名雪に匹敵するほどの天然ボケなのに。
「えっとね。祐一君。栞ちゃんのことなんだけどね・・・って！？」
「栞のことについて何か知ってるのか！？あゆ！？」
俺はあゆの服をつかんでがくがくゆらす
「と、とりあえずおちついてよ～！これじゃ話すものも話せないよ～！」
「おっと。すまんすまん」
「それでね。栞ちゃんのことなんだけど、昔にボクが祐一君からもらった天使の人形を覚えてる？」
「・・・ああ」
忘れもしない。７年前の冬に俺があゆに『なんでも願いのかなう人形』として贈ったものだ。
「あれがどうかしたのか？」
「うん。あれなんだけどね。ボクにはもう必要の無いものだから、栞ちゃんに渡してあげてほしいんだ」
そういってあゆはカバンから例の天使の人形を取り出す。
「・・・・・これを渡せばいいのか？」
「うん。あとは栞ちゃんの気持ち次第だから・・・」
そういうと、あゆは一瞬だけふと寂しそうな表情をした。
「祐一君。これからもどんなことがあっても絶対に栞ちゃんを支えてあげてね」
「おう。もちろんだ」
「それじゃボクはこれでさよならだよっ！また会えるといいね！」
そういうと、あゆの姿は俺の視界から掻き消えていた。
「お、おいあゆ！？」
その瞬間、俺の視界もブラックアウトした。

がばっ！
その瞬間、俺はベッドから起き上がった。
「なんだ・・・夢か・・・・？」
ふと時計を見る。時間は朝の６時を指している。
「寝直すかな？」
そう思って再びベッドに落ちようと思ったら、視界に見覚えのあるものが映った。
「ま・・まさか・・・！？」
そう。俺の机の上にあったのはまぎれもなくあの天使の人形だった。
ところどころが擦り切れ、羽も片方取れてしまっていたが、間違いなくあの人形だった。
なぜこれがここに？あれは夢じゃなかったのか？
「祐一さん。朝ですよ」
・・・・・そうだった。今日は休日だけど北川と出かける約束をしていたんだっけ。
「わかりました。すぐ起きます」
俺は着替えてから人形をポケットに入れ、朝食を食べに下に行くことにした。

「どうしたんだ？それ？」
俺のポケットにあった人形を見るなり、北川は質問してきた。
「朝気が付いたら机の上にあったんだ」
俺は素直に答える。しかし北川は全然納得していない。
当然だ。逆の立場なら俺だって疑いの目を向けただろう。
「しかしずいぶんと汚い人形だな～。これ」
確かにそうだ。ところどころがほつれ、ぼろぼろになっている上に羽まで取れている。
「しかしな、これは大事な人形なんだ。思い出の品なんでな」
・・・北川に夢の内容をかいつまんで話をする。
「そうか。そんな大事な人形なんだな・・・おおそうだ。俺の妹はそういう裁縫が得意なんだが、直してもらおうか？」
「そうか？じゃ今からでも出来るか？」
「ああ。今は一応妹は家にいるから聞いてみよう」
そうして俺達は北側の家に向かって歩き始めた。

「・・・・明日までにはできるそうだ。明日に俺がお前に渡す、という形でどうだ？」
彼は早速人形の修繕に着いて妹に聞いてみてくれた。
「ああ。かまわないぞ。しかしあれだけぼろぼろなのに一日で出来るものなのか？」
「おう。どうも丁度それ用の布などを持っていたらしくてな。事情を話したら超特急でやってくれる、ってさ」
「そうか。助かるよ」
「まあ気にするな。それよりも・・・・・」
そう言うと、北川は手を差し出す。
「なんだ？」
「何抜かすか。必要経費だ。妹に頼むのにいろいろねだられたからな。当然支払ってくれるんだろうな？」
「ぐ・・・・・・！」
仕方なく、俺は財布からいくばくか残っていた漱石さんを数枚渡した。

「あ、祐一さんこんにちわ～」
数日後、俺は再び栞のいる病院へと行った。
「よう栞。今日は差し入れを持ってきたぞ」
そう言って、俺は持ってきた袋を渡す。
「わ～！なんでしょうか？」
がさがさ
「あ！？これは！」
そう。俺の持ってきたものは、北川の妹に修理してもらった例の人形だった。
しかし、それを見た途端栞の顔色が目に見えて変化した。
「おい！大丈夫か栞！」
崩れ落ちそうになる栞を懸命に支え、俺は聞いた。
「・・・ううっ・・・こんなことって・・・・！」
しかし栞は泣き止まない。仕方ないので俺は彼女を病室に送っていった。

「・・・・私のせいかもしれないんです・・・・」
部屋に戻って戻って落ち着いた後、ぽつぽつと話し始めた。
「・・・・私、実は本当はあのまま死んでしまうはずだったかもしれないんです・・・・」
あのまま、とは今年の冬の病気の発作のことだろう。・・・かつて栞は１６歳の誕生日まで生きられない、と医者に宣告されていた。しかし、その日を境に逆に病気が治ってしまったのだ。まさに奇跡が起こったとしか思えない、というのが医者の見解である。
「病気の発作で苦しくて苦しくてたまらなくなって、ああ、もう私は死んでしまうのかな？と思ったとき、この人形を持った女の子が私の夢の中に現れたんです・・・」
間違いない。あゆだ。恐らくあゆは最後に残った奇跡の力を、自分ではなく栞に分け与えたのだ。
『どんなことがあっても栞ちゃんを支えてあげてね』
夢の中のあゆの言葉が反芻される。そうだ。このときこそ俺は栞を支えてやらなければ・・・！
「祐一さん・・・私・・・私は一体どうしたら・・・・・！」
その瞬間、俺は栞を抱きしめていた。
「きゃっ！？祐一さん！？」
「・・・・栞、お前は今、幸せか？」
俺は一言だけ聞いた。
「・・・・ええ。お姉ちゃんとも仲直りできましたし、・・・なによりも・・・祐一さん、あなたがいてくれますから・・・」
「あいつは・・・あゆは俺に『栞ちゃんを支えてあげてね』と言っていた。でも俺はそれを苦と思っちゃいない。・・・俺は栞が好きだから、愛しているからこそ支えてやりたいと心から思う。それじゃ不安か？」
「いえ。そんなことありません・・・・私も祐一さんのことが大好きですから・・・・！」
暫くして、俺達は離れる。
栞の顔は真っ赤になっていた。きっと俺の顔もきっと恥ずかしさで真っ赤になってることだろう。
「・・・じゃ、また明日な」
「・・・おやすみなさい。祐一さん」
バタン

退院の日、俺達はものみの丘で会う約束をしていた。栞いわく『私のお気に入りの場所なんです』だそうだ。
「そろそろ行かないか？香里達は主賓の帰りをずっと待ってるぞ？」
「いいじゃないですか。少しくらいここにいましょう」
そう言われると断れない。俺は付き合うことにした。
「・・・私、実はずっとあゆさんのことが気にかかっていたんです」
「そうだったのか？」
「ええ。まだあの人は目を覚ましません。もしもです。彼女が私じゃなくて自分に奇跡の力を使っていたら・・・違う未来になったかもしれないって・・・・・」
そう。あゆはまだあの病院のベッドで眠っている。でも俺は信じる。きっと彼女は目を覚ますことを。
「あゆは大丈夫だ。きっとすぐにでも目を覚ますさ！」
「そうですよね！奇跡はきっと目の前にあるものなのですから！」
その後、俺と栞は手を取り合い、丘を下ってみんなの待つ会場へと向かって行ったのだった。

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