もみちゅーどく
この世に中毒性を持つものはたくさん有る。
例えば、酒に煙草に薬、あとそれから。
ええと。
思いつかないけどたくさんあるのだ。
なんにせよ、中毒というものは恐ろしい。
俺は、まさにいま、中毒の恐ろしさを実感していた。
なけなしの自制心を総動員してもこの衝動は止め難い。
少しでも気を緩めると腕が向かってしまうのだ。
必死に腕を出しては引っ込める繰り返しだ。
ぷにぷに。
うあ。
いま、確かに音が聞こえた。
音なんて出てるはずもないのに、だけど聞こえた。
幻聴まで起きるなんて、なんてものなんだ。
ああ、なんて、なんて魅力的なものなんだ。
名雪の。
ほっぺ。
むにむに。
「祐一〜 ごふぁん食べにくひよ〜」
「はっ！？」
気が付くと思いっきり揉んでいた。
揉み出したら止まらない。
秋子さんの前で、真琴の前で、飯に呼ばれたあゆの前で。
もみもみもみもみ。
たっぷり１０分は揉んでいた。
「あらあら」
「あう…」
「うぐ…」
１０分後。
「ごはんの邪魔だよ〜 嫌がらせだよ〜」
「悪い悪い、そのほっぺ見るとつい、な」
ただでさえふくよかな頬をさらに膨らませる。
「私だけ特別みたいだよ〜」
とはいえ、この幼馴染。
「祐一を独占してるみたいだよ〜」
本当に嫌なんだか疑わしいのであった。
「何もされない真琴とあゆちゃんが羨ましいよ〜 いやほんと〜」
それを見つめるタダ飯食らいと居候。
「…なんだか腹が立つね」
「…うん」
その瞳には、決意の炎が燃えていた。
「祐一くん祐一くんっ！ ボクの羽揉んでみない！？」
トイレから出ると唐突にあゆがそんなことを言ってきた。
むかつくぐらい爽やかな笑顔はいいとして。
もしかして、名雪のほっぺに対抗するつもりなんだろうか。
「名雪さんのほっぺに対抗しているわけじゃないよっ！」
本当にわかりやすいヤツだ。
それにしても、リュックに付いたもこもこのふわふわな羽はなかなかそそるものがある。
もこもこ。
ふわふわ。
うあ。
いま、確かに音が聞こえた。
音なんて出てるはずもないのに、だけど聞こえた。
幻聴まで起きるなんて、なんてモノなんだ。
ああ、なんて、なんて魅力的なモノなんだ。
あゆの。
羽リュック。
もみもみ。
「ど、どう、祐一くん？ ボクの羽、気持ち良い？」
「んー」
なんというか、イマイチだった。
明らかに人造品であり、外見とうらはらなゴワゴワ感が否めない。
もうちょっと揉んでみたら柔らかくなるかなぁ、と力を入れる。
もみもみ、ぶちっ。
あ。
「い…いま、なんだが『ぶちっ』って音が…」
「大丈夫、大丈夫」
「そ、そう？ 気のせいだよね…」
「羽がむしれただけだ」
「うぐぅっ！？」
もみぶち、もみぶち、もみもみぶちぶち。
「やめてやめてぇっ！！」
両手をじたばたさせて逃げようとするも逆に羽の抜けを助長するだけだった。
羽の触感よりもあゆの反応のほうが楽しい。
嗜虐心が加速する。
「あ、そういえば」
「な、なに？」
「まだ手洗ってないわ」
「えええええっっっ！！！」
もみもみもみぶちぶちぶちっ。
見る間に羽は全て宙に舞い。
後には、あまりにも哀れに過ぎる鳥肌があった。
「僕の羽リュックが手羽先リュックにぃぃ！？」
「鳥肌かー」
もみもみ。
「触感キモっ」
言い捨てて立ち去った。
ああ、楽しかった。
またやろう。
そこで俺は、名雪のほっぺのことをすっかり忘れていた自分に気付いた。
ありがとう、あゆ。
お前のおかげで俺はすっかり立ち直れたみたいだ。
後には。
「うぐぅぅぅぅぅぅぅ…！！」
悲しいうぐぅが水瀬家に響くのみであった。
「真琴の、しっぽ… 揉んで」
洗面所から出ると真琴がそんなことを言ってきた。
「…揉みなさい！」
リアクションに困る。
しっぽというのはどうなんだ。
顔を真っ赤に染めているところから、それなりに恥ずかしいとこなんだろうが。
えっちな部位なのか、否か。
恐ろしく微妙だ。
「…他の人に見られたら恥ずかしいから…こっちきて！」
風呂場に連れていかれる。
…やっぱり、ちょっとえっちな部位なんだろうか。
ともあれ、間違いないのは。
触っているのを他人に見られたらとても気まずい部位だということだ。
風呂場の中。
ぽろん、としっぽをズボンから出す真琴。
「うおおおお！？」
「あ…あんまり騒がないでよね、恥ずかしいんだから…」
つい声をあげてしまったのはしっぽのせいではなかった。
しっぽもたしかに多少驚いたが、前もって言われていたのでそこまでの驚きではない。
だが、それが声をあげさせたのではない。
俺の視線を奪って放さなかったモノは。
真琴は今日はズボンを履いていたのである。
そこからしっぽを出すことはすなわち。
半ケツである。 見紛うことなく半ケツである。
誘っているのだろうか。 いや、そこまでの知識は真琴にはない。 知能がない。
しかし、風呂場で半ケツで俺と真琴。
絶対に秋子さんにだけは見せられない状況だ。
ぷりぷり。 いや、ふさふさ。
うあ。
いま、確かに音が聞こえた。
音なんて出てるはずもないのに、だけど聞こえた。
幻聴まで起きるなんて、なんて半ケツ、いや、しっぽなんだ。
ああ、なんて、なんて魅力的な半ケツ、いや、しっぽなんだ。
ほっぺも羽も頭から消え、気がつくと思いっきり――
「こんこんきつねさん」
「うおっ！？」
洗面器や石鹸やらをぶちまけながら後ずさりした。
「ま、舞っ！ どっから湧いた！？」
「窓」
見ると窓が叩き割られていた。
ぬぅ、破砕音に気付かぬほどの魅力とは、恐るべし半ケツ。
――じゃなくて。
「舞、お前なんでここにいるんだ」
「きつねさんがいるから」
答えになっていなかった。
訝る俺を尻目に、舞は真琴に近づく。
「ふさふさしっぽさん」
「え、え、え？」
急展開っぷりに事態を飲みこめない真琴の尻尾に舞は。
すりすり。
「あ、あうううううっ！？」
頬擦りした。
すりすりすりすり。
両腕でしっぽを抱きしめての頬擦り。
「しっぽ…固くなってきた…」
「あ…あう…あああっ！！」
真琴の表情が次第に恍惚へと――
――って、危険だ。
あまりにも危険だ。
このままでは非常に危険な一線を越えてしまう。
まったくこんな時に。
デジカメはどこへいった。
「デジカメならここにありますよ」
「あ、ありがとうございま――」
秋子さん。
迷うことなく。
舞が入ってきた窓から脱出した。
あとは野となれ山となれ。
オラ悪くねぇだ。
後には。
「もじもじきつねさん」
「ああっ！！ ああっ！！ ああああぁぁぁ！！！」
「あらあら」
危ない悲鳴とかが水瀬家に響くのみであった。
窓を抜け、道路に出て、一息。
さて、これからどうしよう。
思案に暮れながらぶらぶらしていると。
栞を見つけた。
なんて偶然だ。
パターンからいっても間違い無く栞もどっか揉ませてくれるんだろう。
間違いない。
善は急げ、だ。
「おーい、栞ぃ…」
手を上げたまま、止まる。
栞。
しおり。
ＳＨＩＯＲＩ。
なんてこった。
俺はなんて凄い事実に気がついてしまったんだ。
俺に気がついた栞は駆け寄ってくる
「祐一さん、奇遇ですね… …きゃっ！？」
そんな栞を抱きしめる。
「ゆ、祐一さん！？」
「言わなくても、わかってる」
「え？ え？」
「俺、気付いたんだ」
「な、な、なんのことです？」
どきどきどき。
栞の胸の鼓動が激しくなる。
俺は告げた。
その偉大な事実を。
「『しおり』のアナグラムは、『おしり』だったんだ」
優しい笑みを浮かべ。
逃げられないように、正面から、お尻に手を回し。
揉んだ。
「……！！」
声無き悲鳴。
「ゆゆゆゆゆゆ祐一しゃん？」
めいいっぱい動揺する栞の震えが、揉み具合に色を添える。
もみもみ。
あー、いい。 最高だ。
ほっぺも羽も尻尾ももうどうでもいいや。
「祐一さん、やめて、あの、嫌だからとかじゃなくて、その」
真っ赤になりながら、栞は言う。
さりげなく問題発言しているような気もするが。
「…今日は、今日は駄目なんです」
問題発言どころか爆弾発言だった。
待ってくれ。
そこまで行くつもりはないんだが。
学生同士健全なお付き合いというものだがな。
という説得力たっぷりの純愛を、栞の次の言葉は打ち砕いたのだった。
「今日は、お姉ちゃんと一緒に外出してるんです…」
殺気。
殺気。
殺気殺気殺気殺気殺気殺気。
背後から荒い息遣い。
あ、俺。
死ぬわ。
生きてた。
ぼっこぼこのけちょんけちょんにされても、まだ生きてる。
生きているのなら、まだ揉める。
俺はまだ。揉めるんだ。
ほっぺを、羽を、しっぽを、尻を！！
「名雪からいろいろと聞いたわ」
…まだ傍にいた、香里からどうにか逃げることができたのならば。
「他人の体を揉むのがお気に入りらしいわね」
しかし、逃げようにも体が動かない。
「一度自分も揉まれる立場になってみたらいいんじゃない？」
どうすれば、どうすればいい。
「――北川くん、よろしく」
…え？
目を上げて、視界に入ったものは。
半裸で素敵ポーズをとった、北川だった。
「相沢… どこを揉んで欲しい？」
「北川ぁぁぁ！！ なんでちょっぴり頬が赤いんだぁぁぁぁっ！？」
「本当はさ、俺さ、お前のことが気になってたんだ…」
「鼻息荒い！！ 鼻息荒い！！ しかも荒い鼻息が耳に！！ 耳にぃぃぃ！！」
「大丈夫、力を抜くんだ相沢… 俺無しでは生きられない体にしてやるから…」
「いやぁぁぁ！！ やめてぇぇぇ！！ 助けてママー！！！」
その後、相沢くんは別の中毒になっちゃったとか、ならなかったとか。
本当に中毒というものは恐ろしいわね。
めでたしめでたし。
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