『佐祐理さんとドライブ』
ある日、水瀬家に一本の電話がかかってきた。
「祐一さん、すいませんが今、手が放せないので電話に出ていただけますか？」
「あ、はい。」
秋子さんにそう言われたので、俺は電話に出た。
「もしもし？」
『あははー、水瀬さんのお宅ですか？』
この陽気な声と笑い方は……
「佐祐理さん？どうしたんですか？」
『あ、祐一さんですか？実は祐一さんにお願いがあって……。』
「お願い？」
そう訊くと佐祐理さんは明るい声でかえしてきた。
『はい、お願いです。明日、佐祐理とドライブに行きませんか？』
佐祐理さんの話を掻い摘んで言うと、こういう事だった。
大学に入ってすぐに、佐祐理さんは免許を取ったらしい。
そこで、舞と二人でドライブに行く予定だったのだが、舞に急用が出来たという。
と言うことで俺を誘ったということらしい。
「ドライブ？」
『はい。……祐一さんはお嫌ですか？』
と佐祐理さんは電話越しに哀しそうな声で聞いてくる。
もちろん、佐祐理さんとドライブに行くのに断る理由はない。
「喜んでお供しますよ、佐祐理さん。」
『ありがとうございます。で、明日行きたいんですけど。』
「……はい？」
明日……は土曜日だ。
土曜日と言っても、もちろん授業はある。
「明日ですか？」
『はい、授業が終わってからで結構ですので……。』
「あ、それなら……。」
『それじゃあ、また明日。』
「あ、はい。」
そのまま電話は切れてしまった。
「何方からでした？」
ようやく手が空いたのか秋子さんはキッチンから出てきて訊いてきた。
「あ、はい。佐祐理さんから。」
「ああ、前に一度来た子ね。」
その言葉に俺は頷く。
「電話は祐一さんにと言うことかしら？」
「ええ、まあ。」
「ふふふ。」
秋子さんは妙に思惑を含ませた微笑みを浮かべてキッチンへと戻っていった。
「？」
翌日、何時もの通り朝に弱い名雪を起こし朝食を済ませる。
そのまま遅刻しそうになりながら、学校へと走っていった。
「まったく、相変わらずの朝だな。」
「私は走るの好きだよ？」
「たまには歩いて行きたいもんだ。」
「それは無理だおー。」
話はかみ合ってないし、何だか腹が立つな。
俺は名雪を見ながらそう思った。
「？」
相も変わらずニコニコ顔の名雪だ。
やれやれ……。
「何か、いま酷いこと考えなかった？」
「……気のせいだ。」
「ほんと、毎日良く飽きないわね。」
教室について早々、香里に呆れられる。
これもいつもの事だ。
「ははは、大変だな相沢。」
続いて北川も言った。
「俺は鍛えてるんだよ。」
「モノは言い様ね。」
とりあえず席につく。
しかし、三年になっても名雪と香里に北川と一緒で席も二年と一緒。
どういう事だ？
「相沢君、小さいこと気にしちゃ駄目よ。」
……そうか。
チャイムが鳴って担任も入ってくる。
担任も同じだ。
……ま、いっか。
HRも終わり、一時間目が始まるとすぐに俺は睡魔に襲われる。
隣の名雪は……HRで既に夢の世界に飛び立っていた。
ガオゥン、ガロロロロロロロロロロブォン、キィ、ガロロロォゥン……バタン
「おい、あれ何だよ！？」
「うぉ、スゲー車。」
「誰だ、あれ？」
何だか教室が騒がしい。
俺は目を醒ました。
時間は……四時間目の終わり頃と言ったところか？
「うぅん……騒がしいな？」
「おい、相沢！！」
目を醒ました俺に北川が何か慌てた様子で話しかけてくる。
「ん？どうした、北川。」
「来たんだっ、車に乗って、すごい美人が！！」
「はぁ……？」
北川は興奮していて何が何だかよく解らない。
教室の男子もみんな窓に押し寄せていた。
「？」
何だ、この異様な光景は……。
「香里、何が起こってるんだ？」
「さぁ？何か綺麗な人がすごい車に乗って学校に入ってきたようだけど。」
「……？」
そう言えば授業も終わるし、この後佐祐理さんとドライブだな……。
あれ？待ち合わせとか、どうするんだ？
決めてなかったな……。
ん……？
綺麗な人？
……すごい車？
…………まさかな。
いや、でも……あの人ならあり得なくも……。
キーンコーンカーンコーン
その時、丁度良くチャイムが鳴る。
ガラガラガラ
教室のドアが開かれた。
「あははーっ、祐一さ〜ん。」
教室に入ってきたのは他の誰でもない、紛れもなく佐祐理さんだった。
「……。」
教室中の視線が一気に集まる。
好奇心的や何やら怨念のようなモノやらそんな視線が……。
「相沢にあんな彼女が……。」
「あれって、倉田先輩？」
「相沢君にすごい女の人が……。」
いろんな声が聞こえてくる。
と言うか、担任は？
「あははーっ、祐一さん、お迎えに上がりました〜。」
やっぱりそうか！？
佐祐理さんは相変わらず笑顔で俺の手を取った。
「あ、相沢君！？」
「あ……あああああ相沢〜！？」
「あははーっ、それでは〜。」
そのまま佐祐理さんは俺の手を引っ張って、教室を出た。
「……うにゅ……あれ、祐一は？」
「さ、佐祐理さん……。」
「さぁー、祐一さん。佐祐理とドライブに行きましょう。」
変わらず佐祐理さんは笑みを向けていった。
「いや、でもまだHRが……。」
「それなら、担任の先生の方に言っておきました。校長先生も承認済みです。」
はい……？
「……校長も承認済み？」
「はい、ですから大丈夫ですよ〜。」
もう、とにかくついて行くしかなかった。
改めて佐祐理さんを見ると、佐祐理さんはスーツ姿だ。
と、ふと疑問に思った。
「佐祐理さん、そういえば、どうしてドライブに？」
「あははーっ、ちょっと免許を取って車を買ったもので運転したかったんですよ。」
「それでドライブに？」
「はい。」
返事をして佐祐理さんが止まる。
「じゃ、行きましょうか。」
「え、これ……ですか？」
佐祐理さんと俺の前にある車は……何というかものすごく高そうな外車だった。
しかも、スポーツカーだ。
「そうですよー、この車です。」
そう言って佐祐理さんは鍵をチャリッとスカートのポケットから取り出す。
そして、リモートロックのスイッチで車のドアのロックをはずした。
「さぁ、祐一さん、乗って下さい。」
「は、はぁ……。」
そう言われて俺はドアを開けようとする。
が、開かなかった。
「あ、あれ？」
「祐一さん、どうしました？」
「いや、ドアが……。」
「あははーっ、ドアはこういう風に開けるんですよー。」
そう言って佐祐理さんはドアを上に持ち上げた。
「ウ……ウィングドア！？」
佐祐理さんが車に乗り込む。
俺も続けて車に乗った。
バタムッ
ドアを閉めてシートベルトをする。
佐祐理さんがキーを差し込みエンジンをかけた。
キュロロロロロロ…ブオォン
エンジンが掛かり、佐祐理さんがアクセルを何度か踏み込む。
ブオォン、ブォオオオオン、ブォオオン…ガロロロロロロロロ
「あははーっ、それじゃあ行きますねー。」
佐祐理さんはそう言うと、サングラスをかける。
そして、サイドブレーキを倒し、クラッチを踏んでシフトを一速に入れた。
ギュォオ、キュキュキュ、ガォンガロロロロロロロロ……
「うわぁ！？」
急に加速し始めて俺は驚いた。
学校の正門を出て道に入る。
まさか、校門を出るだけでドリフトをするとは思わなかった……。
「佐祐理さん……。」
「あははーっ、何ですか、祐一さん？」
「この車って……。」
「この車は佐祐理が買いましたー。」
と、佐祐理さんはあたかも、軽くCDを一枚買ったかのように言う。
「さ、佐祐理さんがですか？」
「そうですよー。ちなみにこの車はSPEED12をベースとしたプロトタイプなんですけどねー。」
す……SPEED12！？
「SPEED12って、あのTVRのGT1カーですか！？」
「あははーっ、よくご存知ですね。ただベースにしただけですから外見はかなり変わってますけど。」
佐祐理さんは微笑みながら言った。
まぁ、ゲームに出てたから憶えてただけだけど……。
「公道仕様ながら８リッターＶ１２エンジンで８９０ｐｓ、９０．０ｋｇｍを実現させました、GTロードカーで、その名もＸ８９０ＲテスタロッサSAYURI-Editionですよー。」
佐祐理さんの言ってることはよく途中から解らなかったが、とにかくすごいと言うことなのだろう。
「祐一さん、しっかり捕まっていて下さいね。」
赤だった信号が青に変わった瞬間、佐祐理さんがクラッチを戻し、アクセルを踏み倒す。
キュキュキュキュキュッブオオオオオオオオォォォォォォォォ
「うわわわわっ！」
急加速によるＧが思いっきりかかり、身体がシートに押しつけられた。
「あははーっ、加速は悪くないですねー。」
楽しそうに笑いながらハンドルを握ってアクセルを踏む佐祐理さん。
何故か、すごく生き生きとしていた……。
大通りを走り、街外れまでやって来る。
「……佐祐理さん、何処まで行くんですか？」
「あははーっ、走り込むのには良いところですよーっ！」
佐祐理さんのその言葉に嫌な予感がするのは気のせいだろうか？
「さ、佐祐理さん……ホントに何処に行くんですか？」
「あははーっ、もう少しで着きますよー。」
そう言って、佐祐理さんは車を止めた。
キィ……バタン
佐祐理さんが車から降りる。
俺もそれにならって車から降りた。
「あははーっ、祐一さん飲みますかーっ？」
そう言って佐祐理さんが缶ジュースを渡してくれた。
すぐそこの自販機で買ったのだろう。
「あ、いただきます。」
「これ飲んだら行きましょう。」
「へ？」
行きましょうって……着いたんじゃないのか？
「佐祐理さん、行きましょうって……此処じゃないんですか？」
「あははーっ、祐一さん何言ってるんですか。走り込むにはって言ったじゃないですかー。」
「え……もしかして……。」
「この先ですよー。」
そう言って佐祐理さんは車に乗り込む。
もはや、俺には不安と恐怖しか残っていなかった。
「あははーっ、祐一さん行きますよー。」
佐祐理さんの言葉が……逝きますよーにしか……聞こえないのは何故だろう……。
バタン
ドアを閉めて、シートベルトをする。
佐祐理さんがキーを差し込んでエンジンをつける。
「腕がなりますよー。」
「……佐祐理さん、行くところって……。」
「峠ですよー！」
佐祐理さんが言った瞬間、車は加速を始めた。
その時、後ろから一台の車が猛スピードでつっこんできた。
キュキュッとタイヤを唸らせ、俺達が乗っている車を追い越し車の前についた。
「あははーっ、佐祐理とこの子に喧嘩を売るなんてジョウトーですよー！」
ああ、お願いだから前の車、佐祐理さんを焚き付けるようなことをするなー！
心の中で祈っても、誰に通じる訳じゃなく佐祐理さんの暴走は止まらない。
キュキュキュキュキュ、フォオオオオオオオォオオォォォォォオオオォオォン
果たして何キロ出ているのか、見当もつかない。
長いストレートで焚き付けた、エアロパーツをふんだんに付けたアホ車をあっという間に抜かす。
「あははーっ、雑魚ですねー。」
佐祐理さんは雑魚の部分を思いっきり強調して吐き捨てるように言った。
と、いきなり前には急カーブ。
「あわわわっ、佐祐理さん！前、前！」
「あははーっ、余裕ですよー！」
そう言って佐祐理さんはハンドルを切る。
そして、いとも簡単に曲がった。
佐祐理さんは再びアクセルを踏み込む。
「さ、さ、さ、佐祐理さん！？」
「アははーっ！」
今度はマシンパワーにモノを言わせ、パワードリフトで曲がる。
そのまま、右コーナーから左コーナーに移ると慣性ドリフト。
「ひぃぃいいいいいいいいい！！？」
「邪魔ですよーっ！」
前を走っていた走り屋風の車も反対車線から追い抜く。
「スプリンタートレノなんてオンボロは眼じゃないですよー！」
佐祐理さんはそう言って今度は白と黒の旧車を抜く。
「わぁあああああああ！！？」
「所詮、古い車なんてこのテードですよー！！」
結局、峠を一往復もさせられ、心身共に疲れ果てた。
後半の方は意識も朦朧としていた所為か、よく憶えていない。
佐祐理さんに送ってもらいフラフラとして玄関の中に入ったのは憶えている。
名雪が何やら怒っていたが、もはや俺はそれどころではなかった。
「あらあら、祐一さん若いわね。」
そう言って何か思惑ありで微笑む秋子さん。
秋子さん……何か勘違いしてますよ。
「あらあら。」
次の日、学校へ行くと今度は舞が現れた。
「…祐一、私とドライブに行く。」
そう言って現れた舞は黒の皮ジャケットとツナギ。
そして、乗っていたのはイタリアの名車を生み出したDUCATIの９９９だった。
「舞、それどうしたんだ……？」
「…佐祐理が誕生日にプレゼントしてくれた。」
「昨日の用事って……？」
「…大型自動二輪の試験。」
それで、舞は佐祐理さんとドライブに行かなかったのか……。
「佐祐理だけずるい。」
「ずるいって……これは一人乗り……。」
「…大丈夫、乗れる。」
そう言って舞は、ヘルメットを渡してきた。
「乗れるって……。」
「祐一なら……簡単。」
「出来るか！」
何処から乗れるという根拠が出るのか解らない舞に俺はツっこむ。
「それに二人乗りは免許を取ってから六ヶ月後だろ！」
「中免は六ヶ月過ぎた。」
舞は胸を張りながら言う。
「……中免と大免は別だろ。」
「捕まらなければ大丈夫。」
さらりと怖い事言うな。
「佐祐理だけ……ぐしゅぐしゅ。」
「う〜……。」
こうなると俺も弱い。
「解った……一回だけだぞ。」
「さぁ、行く。」
すぐさま泣きやむ舞。
……もしかして騙された？
そして、その後に地獄のような体験をしたのは言うまでもない……
終わり
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