向日葵
―――向日葵―――
―――夏―――
―――照りつける太陽と、肌を撫でる温い夏風―――
―――蝉の音は幾重にも重なり―――
―――鳥の鳴き声も、車の音も―――
―――すべてかき消してしまう―――
―――暑い夏―――
香里「・・・。」
そんななか。
あたしは一人、公園まで散歩に来ていた。
もう、この場所にはこないだろうって、何度も思ったのに。
外に出れば、必ずここに辿り着いてしまっていた。
栞・・・。
栞のお気に入りの公園。
あのときのあたしは何も出来なかった。
いくら辛くても、笑うあの子を・・・、日に日に弱っていく姿を見ていたくなかった。
それが・・・、懸命に生きている姿だと・・・。
あたしは気づかなかった。
結局・・・、あたしは自分が大事だったんだ。
何も出来ず、何も言えない・・・、ただ逃げ続けて・・・。
そして・・・最後に泣くだけ泣いただけ。
そんな罪の意識が、あたしをここに導くのかもしれない・・・。
春・・・。
ゆっくりと歩いてくる栞に、花輪を頭に乗せるた。
栞「わ〜。ありがと〜お姉ちゃん。」
香里「結構作るの大変だったのよ？」
栞「ありがと〜。じゃぁ〜、次は栞がお姉ちゃんの作る〜。」
香里「あのね・・・。作るの大変だったって言ってるでしょ？」
栞「でもつくるの〜。」
そう言いながら栞は花を一つ一つ丁寧に集めながらうんうん唸り始める。
そんな姿を見て・・・。
香里「違うでしょ？ここは、こうするのよ？」
栞「わ〜、ほんとだ。」
栞は凄く喜んでいた。
そんな一生懸命作る栞を見て・・・、あたしも笑っていた。
でも、結局出来たのは大きすぎて。
どちらかと言うと首飾りになってしまった。
香里「ふふ・・・。もぅ、しょうがないわね栞は。」
栞「えへへ・・・。」
あたしは笑っていた。
栞が一生懸命作ってくれた、あたしへのプレゼントだから。
桜が舞う公園を一緒に歩いた・・・。
小さな頃の思い出・・・。
夏・・・。
病院で動けない栞にアイスを買っていってあげた。
栞「あれ〜？お姉ちゃん。今日は海に行くんじゃ・・・。」
香里「あ〜。あれはちょっとね。友達が熱出しちゃってね。」
本当は友達と海に行く約束があったけど、断った。
だっれ、あたしは栞と海に行ったことは、一度も無かったから。
栞「そうなんだ〜。夏と言えば、プールに海なのにね。」
「たくさんの人が綺麗な水の中で泳いで・・・笑って・・・。」
「水を掛け合って・・・。」
テレビで見た映像を思い出すかのように話を続ける。
そんな栞を見て胸が痛んだ。
だから・・・。
香里「そんないいところじゃないわよ。行ったら行ったでナンパだらけで大変よ。」
「あたしナンパほど嫌いな人ってないのよね〜。」
そんな冗談を言うしかなかった。
でも栞は・・・。
栞「そりゃ・・・。お姉ちゃん綺麗だもん。」
「ナンパしない男の人のほうが変だよ。」
そんな風に返してきた。
その言葉にあたしは内心少し照れながら・・・。
香里「なに言ってんのよっ。あんたも充分可愛いんだから。」
「プールに行ったらナンパじゃ済まないわよ？」
栞「私・・・、可愛いかな？」
すこし不安げに指を唇に当てる。
前、ドラマのヒロインの癖だ。
そんな姿をおかしく思いながら・・・。
香里「なに？栞はあたしの言うこと信じられない？栞はあたしの妹なのよ？」
栞「あ・・・。そっか。えへへ・・・。」
「そうだよね。お姉ちゃんの妹が、可愛くないはず無いよね？」
香里「あたりまえでしょっ。」
「栞は・・・。あたしの大事な妹なんだから。」
栞「うん。治ったら・・・。絶対に海やプールに行こうね。」
香里「そうね。少し寝なさない。可愛い栞ちゃん？」
栞「も、もうおねえちゃんったら。」
そんな冗談を言い合った・・・。
話に夢中になってて・・・、アイスはもう溶けていた。
あたしと栞の・・・夏の思い出。
秋・・・。
食欲の秋、読書の秋、芸術の秋・・・。
栞はどちらか迷っていた。
栞「えぅ〜。お姉ちゃん・・・。」
香里「だめ・・・。」
栞「えぅ〜・・・。」
栞はスケッチブックを広げてつまらなそうにしている。
あたしの似顔絵を書きたいのだという。
栞「どうしても・・・だめ？」
香里「だめ。」
栞の絵のレベルは姉のあたしがよく知っていた。
もう絵と言うよりは子供の落書きと言った感じだ。
それなのに芸術の秋だと言って全く引かない。
そんな中、あたしは最近買った本を読んでいる。
栞「えぅ〜・・・。そんな事する人・・・嫌いです・・・。」
香里「あら。栞はあたしのこと嫌い？」
栞「そっ、そんなことないよっ！」
香里「なら、本でも読んでなさい。それとも、学校休んでるんだから教科書がいいかしら？」
栞「ぅぅ〜・・・。」
・・・五分後。
香里「・・・・・・。」
栞「えぅ〜・・・。」
段々と読書に集中できなくなってきた。
栞が鉛筆を加えながらあたしをじっと見ているからだ。
そんな視線にあたしは・・・。
香里「・・・もぅ。わかったわよ。」
栞「ほんと！？」
あたしは負けた・・・。
姉としての哀しい宿命だった・・・。
香里「そのかわり。上手に描きなさいよ？」
栞「うんっ。がんばるっ！」
案の定。
できあがったのはいつも通りの絵。
でも、前と比べてよくなってはいた・・・あたしの似顔絵。
そんな妹のわがままを聞いてあげた・・・。
姉と妹・・・、紅葉の日の思い出・・・。
冬・・・。
クリスマスも年越しも過ぎ。
雪が一番よく降る時期・・・。
栞はあたしが持ってるものを見て目を輝かせていた。
栞「お姉ちゃん・・・それ。・・・えと、なぁに？」
香里「ふふっ・・・。何って、わかってるくせに。」
栞「誕生日・・・プレゼント？」
香里「それ以外何があるっていうのよ。はい。」
そうからかいながら栞に手渡す。
栞「わぁ〜。」
小さな子供のように目を輝かせる栞を見てあたしの心も弾んでいた。
―――ピリッ・・・ピリッ・・・―――
丁寧に梱包が剥がされていく。
そして・・・。
栞「わぁっ。これって、ストールだよね？」
香里「そうよ。いい柄でしょ？探すの苦労したんだから。」
栞「あ、でも。高くなかったの？」
ぅ・・・。
それは聞かないでほしい・・・。
香里「ま、まぁ。そんなに高くなったわよ？」
栞「でも、ここに値札が・・・。ほら、８万円・・・。」
香里「なっ・・・。」
あの店員・・・、普通値札を取っておくでしょ〜・・・。
あ〜、せっかくかっこよく渡すって言う計画が水の泡よ〜・・・。
栞「高かった・・・よね？」
香里「・・・そうね。まぁ、栞ももう年頃の女の子なんだからそのくらいは持ってないとね。」
栞「でも・・・。」
香里「いいから。お金なんかよりも、栞が喜んでくれればそれでいいのよ。」
栞「お姉ちゃん・・・。」
香里「それに、ブランド物なんだから。大事にしなさい？いいわね？」
栞「うんっ。ありがとっ、お姉ちゃんっ。」
それからあたしと栞は、ケーキを食べて・・・。
栞がストールを巻いたところをあたしに見せてくれて・・・。
外の雪の影響で家に帰れなくなったけど・・・。
そのかわり、あたしと栞は久しぶりに一緒に寝た・・・。
雪の日の・・・、誕生日の・・・思い出・・・。
どれも・・・、幸せな時の思い出・・・。
あたしと、栞の・・・。
大事な思い出・・・。
大好きな妹との・・・。
思い出のかけら・・・。
―――ヒュゥゥゥゥゥゥ・・・―――
香里「・・・風、強くなってきたわね・・・。」
そうして。
いつものように、踵を返す。
そして、いつもこの言葉を言うのだ。
香里「栞は、もういないのに・・・。」
と、頬に雫が伝うのを感じながら・・・。
風景が滲んでいくのを見ながら・・・。
香里「ん・・・。」
ふと前を見ると黄色の線が眩しく並んでいた。
・・・向日葵だ。
ゆっくりと近づいてみるとたくさんの向日葵が太陽を追いかけならがら並んでいた。
でも、１つだけ太陽を追わず、影を見続ける向日葵があった。
あたしは無意識にその向日葵と対面した。
すると途端にふっ、と自嘲するような笑いが出た。
香里「・・・・・・あんたも、あたしと同じね。」
皆、現実を見て頑張っているのに、あんただけ後ろを向いてる。
光から目を背け、陰を見続けている。
まるであたしと同じだ。
相沢君に、名雪・・・、北川君だって、みんな受験に向かって・・・。
みんな夢に向かってるのに・・・。
あたしだけ・・・・・・・・・。
あたしだけ・・・・・・。
あたしだけ・・・。
香里「―――っ！あんたも、惨めねっ！」
気が付けば、向日葵に向かって叫んでいた。
腹ただしかった。
向日葵が自分に見えて仕方がなかった。
香里「いつまでも後悔し続けてっ！栞が喜ぶと思ってんのっ！？」
「―――っ！答えなさいよっ！」
もう、涙で向日葵なんて見えなかった。
ただ・・・。
悲しくて・・・、腹立たしくて・・・たまらない。
―――ヒュゥゥゥゥゥ・・・―――
香里「・・・ぅっ・・・うっ。・・・ぇ？」
風の音とは別の・・・、何か懐かしくて、暖かい声が耳を撫でた。
―――・・・ちゃん・・・―――
香里「し・・・おり？」
栞の声が・・・聞こえた。
風に乗って、栞の声が聞こてくる・・・。
―――泣かないで・・・お姉ちゃん・・・―――
香里「ぁ・・・。」
後ろを振り返ると、栞があたしの頭を撫でていた・・・。
誕生日にあげた・・・、あのストールを巻いて・・・。
香里「しお・・・り。」
―――もぅ・・・。お姉ちゃんが泣いたら・・・、私も悲しいよ・・・―――
―――だから、わがままかもしれないけど・・・―――
―――笑って・・・―――
―――お姉ちゃんの笑顔は・・・私の笑顔なんだから・・・―――
香里「ぅ・・・ぅん・・・。栞・・・。」
涙で栞の笑顔が霞む。
もう少し、見ていたいのに・・・。
―――約束・・・して・・・―――
香里「えぇ・・・。」
小指を差し出すと、暖かい温もりが体中に広がる。
―――ありがとう・・・おねえちゃん・・・―――
―――もう・・・泣いてない・・・よね・・・―――
香里「馬鹿ね・・・最初から・・・泣いてなんて・・・ないわよ。」
―――ふふっ、それでこそ・・・お姉ちゃんだよっ・・・―――
香里「どういう・・・意味よっ。」
―――・・・私・・・、ずっと見守ってるから・・・―――
―――・・・お姉ちゃんが・・・、ずっと、笑顔でありますように・・・―――
香里「わかった・・・わよ・・・。だから、早くいきなさい・・・。あたしは・・・。」
「大丈夫・・・だから。」
―――ありがとう・・・お姉ちゃん・・・―――
―――私の分も・・・、幸せに・・・なってね・・―――
―――ゴォォォォォォォォ・・・ヒュゥゥゥゥ・・・―――
風が過ぎ去っていく。
気が付けば、あたしは涙を流していなかった。
さっき対面していた向日葵はいつしか太陽を追いかけていた。
皆のように・・・。
あたしも頑張ろう・・・。
笑顔が私を勇気付けてくれる・・・。
栞が言っていた言葉・・・。
この言葉を・・・・大事にして・・・。
歩いていこう・・・。
そして、青空に向けて・・・。
香里「ありがとう・・・栞。お姉ちゃん・・・頑張るからね。」
あたしは歩き出した・・・。
向日葵が並ぶ・・・、この公園を・・・。
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