人生にｉｆはない
だから俺は、後悔しないように行動している
自分の目指すところを見据えて、そのために勉強する
興味のないことは、最低限のことしかしない
やり直しのきかない人生なんだから、自由に行動する
それが……学年主任の説教を、呼び込むことになろうとも
人生にｉｆはない
「どうしてお前は、そう気楽にいられるんだ」
学年主任、通称『威張りの畠山』の開口一番はそれだった。
だが、それの意味するところが俺にはわからない。
「別に平均点取ってれば、問題ないんじゃないんですか？」
「普通の生徒ならばそうだろうが、お前の場合は違うだろう」
そういって、休み明け考査の答案用紙を並べる。
それはすべて俺のものだった。
「全部、右半分しか埋めていない。基礎的設問の左半分ならまだしも、どうして難易度の高い応用問題ばかり埋める。
しかも、きちんと正解しているし」
（１問の点数が高いから）
そう言おうと思ったが、心の中だけに押しとどめておく。
これ言ったら、説教長引きそうだし……
「漢字にしたって、現代文の問題では書けていた漢字も、書き取りでは空白」
（書けることが証明できたんだから、無駄だろう）
と、これも口には出さない。
「やる気がないわけじゃないだろうに……どうして応用問題ばかりやる？」
彼の質問に、俺はため息をつきながら答える代わりに質問し返してみた。
「それなら聞きますが、どうして応用が解けるのに基本を答えないといけないんですか？」
「本当にわかっているかどうか、確認するためだ」
もっともらしいことを即答するが、それでは納得できない。
もちろん、その部分はしっかり突っ込みを入れる。
「それなら、その基本を使って応用問題を解いてますよね？
それだけで基本を解いたことにはならないのでしょうか」
「そ、それは……」
彼はあからさまにたじろぐ。
俺は心の中で深いため息をつく……自分自身に対して。
（なーに、ヘ理屈こねてるんだろうな）
別にテストの点数を上げるつもりもない。言ってしまえば、無駄な行為だとも言える。
それでもこういうことをしてしまうのは、まぁ大人気ないとは思うが、未成年だからいいだろう。
俺がそんなことを考えていると、やっとの思いで畠山は口を開く。
「とにかく、このままこういうことを続けるなら赤点にするぞ」
「……それは困ります」
「だろうが」
やっと突破口を見つけて、畠山はいつもの威張りくさった態度に戻る。
しかし、そんな態度も次の言葉で一瞬に崩れてしまった。
「内申操作で、先生のことを委員会に報告しても言いということですね」
「北川……教師をバカにするのもいい加減にしろ！」
ついに、真っ赤な顔をして怒り出した。
俺は“しくったな”と思いつつ、こっそり耳栓をしてその場をやり過ごすことにした。
「やっと終わった……」
余計な火をつけて、実に夜まで説教されてしまった。
しかも終わったのは、奴が納得したからじゃなく、奥さんから携帯がかかってきたから。
もしかかってこなかったら、朝まで続いてただろうか……
（まぁ、その前に逃げるけどな）
しかし、電話で奥さんに怒られていた畠山……威厳がまったくなかったな。
（まったく、馬鹿だよな……）
俺より成績の悪い奴はたくさんいるのに、どうして平均点ぐらいの俺を呼び出すのだろうか。
俺にいい点とるように説得するより、そいつらを鍛えたほうがもっと楽だろうに。
しかし、終わったことを気にしても仕方がないので、気持ちを切り替える。
「とっとと帰って、ゲームでもするか」
最近は結構やりかけのゲームが溜まっている。
相沢がこっちに転校してきてからその手の話をよくするようになったから、短い間隔で買ってたりする。
あいつ、進行速度速いからな……物語が頭に入っているかは謎だが。
そんなことを考えながら、電気の消えている教室にゆっくり入った。
そこには誰もいないはずだったのだが、意外にも残っている奴がいた。
そいつは、机に突っ伏して静かに寝ている。
「……美坂？」
そう、そこに寝ているのは、暗い中でも間違いなく俺の友人、美坂香里だと確信できた。
まぁ、この学校内でパーマをかけたようなウェーブの髪をしているのは彼女ぐらいだから、あっさりわかるのだが。
しかし、帰宅部ではないにしろ、いつもすぐに教室を出て行く彼女が今残っているのは、どうにもおかしい。
俺は電気をつけてから、近づいてゆすってみる。
「こらー、金出せー……」
違う、これは強請るだ。
（……む、むなしい）
そんなことを考えもしたが、気を改めてもう一度揺すってみる。
「おきろー、もう学校閉まるぞー……」
「すー、すー……」
まるで水瀬さんのほうに完全に眠っている。
普段から結構真面目で、こういった姿をさらすことはないのに……よっぽど疲れているんだろう。
このまま寝かしといてもいいが、今は冬。風邪を引くのは必至だ。
……仕方ない、少々強引に起こすか。
「とはいってもなぁ、男相手と違うから、殴って起こすわけにはいかないし……やっぱり、あれでいくか」
俺は自分の机からノートを取り出し、それを一枚破いて紙鉄砲を作る。
昔からネボスケの妹を起こすために散々作ってきたので、手馴れたものだ。
（いまだにこいつの敗北は、水瀬さんを起こす時の一回だけだったな……）
そんなことを考えながら、手早くそれを完成させた。
彼女のほうを見てみると、まだ気持ちよさそうに寝ている……しめしめ。
「美坂……おきろーーーーーーーーー！」
叫びと共に、思いっきり紙鉄砲を振り下ろす。
パァーン！
「きゃっ！」
めったにあげないかわいい悲鳴をあげながら、文字通り飛び起きる美坂。
「えっ、あ、あれ？」
慌てて首を左右に振って、ここが教室だとわかったらしい。
俺は彼女が落ち着いたのを見計らって、話しかけた。
「おはよう」
「お、おはよう……あのさぁ、さっきものすごい音がしたと思うけど……」
「これのことだろ？」
俺は手に持った紙鉄砲を見せる。
「……今度からは、もっと優しく起こしてもらうことを願うわ」
「体をゆすって、きちんと起きたらな」
俺はそういいながら、紙鉄砲を机の中にしまった。
「しかし、美坂が学校で寝るなんて珍しいな」
「そうね……最近、家だとゆっくり寝られないから」
彼女は軽いため息をつきつつそういった。
「なにか悩み事か？」
「違うわよ。ただ、なんとなく眠れないだけ」
「ふーん……」
追求してみようと思ったが、なんとなくはぐらかされそうな気がしたのでやめておく。
こいつは変なところで頑固だからな……
「それじゃ、早く帰れよ」
そういって自分の鞄を取りに行こうとして……
「北川君は、今から補習？」
彼女の言葉にずっこけそうになる。
「な、なんで俺が補習なんか……」
「畠山先生に呼ばれたんでしょ？ それなら説教のあとは地獄の補習と相場が決まってるじゃない」
確かに、あいつは説教からの徹夜補習というコンボは結構有名であるが、俺の場合は成績の問題ではないので当てはまらない。
「期待に反して悪いが、補習受けるほど成績悪いということはないぞ」
「確かに、いつも平均点ぐらいは取ってるもんね……」
美坂はそう呟くが、どこか納得していない風だった。
「なんで平均点とってて呼び出されるか、不思議なんだけどな」
俺はそういったが、彼女はまったく聞いていない。
その代わり、何か考えるようなしぐさで俯いている。
「……ねぇ、北川君、ちょっと質問があるんだけど」
その声は、いつになく真剣なものだった。
「へぇ、学年主席が真ん中ぐらいの人に質問ね」
俺はいつものように軽口をたたいてみたが……
「茶化さないで」
そういって、真剣に詰め寄られる。
いつもの美坂なら軽く受け流す程度の冗談なのに……
（こりゃ、真剣に聞いてみるか）
俺も態度を改め、真剣な表情で彼女と向かい合う。
その行動に彼女は満足したのか、少し考えてから……
「怒らないで聞いてくれる？」
そう聞いてきた。
「内容による」
「約束してくれないと、困るんだけど……」
彼女は苦笑しながらそういうが、さすがに怒るに怒れなくなる状況は作りたくない。
「まぁ、多少のことでは怒りゃしねーよ」
「それも答えになってない気もするけど……まぁ、いいわ」
ため息をつきながら、少し呆れた表情を見せる。
だが、それも一瞬のことですぐに真剣な表情に戻ってしまった。
「……どうして、北川君はそんなに気楽にしていられるの？」
彼女の言葉は、さっき学年主任から言われた言葉そのままだった。
一瞬、畠山が手を回したかとも思ったが、彼女の表情がそれを否定させる。
「テストだって、普通なら上位にいてもおかしくないのに、いつも真ん中ぐらいにいるじゃない」
「……別に、面倒くさいだけだ」
「じゃあ、どうしてそう思えるのよ？」
美坂は食って掛かるように詰め寄ってくる。
（まぁ、こいつからすれば不思議なんだろうな）
根が真面目だから、俺みたいな奴が理解できないんだろう。
だが……
「別に気楽にしてるつもりはないぜ」
「でも、周りからはそう見えるわ」
「そりゃ、外側だけを見たらだろ」
俺はそういって、ため息をつく。
「さっきも言ったとおり、本当に気楽にしているつもりはないぜ。
ただ、自分の信念に従っているだけさ」
「信念？」
美坂は不思議そうに聞き返してくる。
「人生にｉｆはない」
「えっ？」
俺の言葉に彼女は唖然とするが、それにかまわず言葉を続ける。
「選択肢が突きつけられたとき、自分がやりたくないこと、納得できないことをしてないだけさ。
テストにしたって、将来的にまったく役に立たないんだからやらないだけ。
勉強は……というか、知識はいつかは役に立つかもしれないが、一過性の順位なんかに興味はない」
「でも、それは将来の選択を狭めているじゃない」
「やりたいことがはっきり決まってれば、不要な選択はないほうがいいさ」
彼女の反論を俺はあっさりと切り捨てる。
明らかに納得のいかない表情で顔を伏せる美坂。
まぁ、それは当然だろう。今いったことは、言い換えれば『我侭』なんだから。
（多分、認めないだろうな）
俺がそんなことを考えていると、彼女はそのままの格好でゆっくりと口を開く。
「だったら、その選択が後で間違いだってわかったら……どうするのよ」
この言葉は、俺が予想したものとは違っていた……というか、まったく予測していなかった言葉。
「直せばいいだろ？」
さも当然といった感じで俺は答えたのだが、それに対して苦々しく反論する。
「それができないことも……あるでしょ」
彼女の一言一言は、まるで自身と照らし合わせて言っているようだ。
それは多分、最近美坂が暗くなっていた原因。
何があったかは知らない……だが。
「直せない間違いなんて、そう多くはないぜ」
「でも、さっき言ったじゃない『人生にifはない』って。
それと今の言葉は矛盾してるわよ」
彼女の言うことは、捉えかたによっては間違いっていない。
俺は少し面倒だと思いながら説明しようとした時、それより早く彼女の口が開く。
「一度すぎた人生の分岐には、もう二度と戻れないのよ。
北川君はその辺の考え方が甘いんじゃない？」
「……そうかもな」
それについては、否定しない。
確かにそう考えている部分があるから、時間を浪費しているように見られるんだろう。
だが……
「別に、分岐に戻らなくても自分の進みたい道に行く方法はあるだろ」
「同じ道には戻れないわ」
「どうしてそう、決めつけるんだ」
俺の言葉に一瞬考えて……
「そんなものよ」
と、悲しそうな表情でそう呟いた。
「それはただ、諦めているだけじゃないのか。
試してもないのに、どうしてそんなこと言うんだよ」
「立証できないものを、どうやって試すのよ。
結局、戻れたかどうかなんてわからないじゃない」
「だから何もしないっていうのか？ それじゃ何の意味もないじゃないか」
その言葉に美坂は激昂の表情を浮かべるが、すぐにいつもの……いや、それよりももっと冷めた表情を浮かべる。
「結果が一緒なら、何をしても一緒なのよ」
まるでこの世のすべてを悟ったかのような言葉。
その言葉に俺はカッとなる！
「そんな台詞は、自分のできることをやりつくしてから言えよ！」
いきなりあげられた怒鳴り声に彼女は驚く。
だが、俺はかまわずに続ける。
「諦めたふりして、自分を納得させて……
俺から見れば、美坂のほうがよっぽど楽してるように見えるぜ！」
「なっ……
今度ははっきりとわかる、怒りの表情。
「北川君に、私のなにがわかるって言うのよ！」
「そんなの関係ないだろうが！」
彼女の怒りの声を上回る声を俺は出した。
それに驚いたのか、美坂から勢いが消える。
「か、関係ないって……」
「どうせ、自分の行動に自信がなくなって、後悔してる事があるんだろ」
「えっ？！」
彼女は大きく目を見開き驚く。
「ど、どうして……」
「そんなの、今までの会話で誰でもわかるさ。
それより、お前はどうなりたいんだ？」
「えっ？」
「このまま、自分の納得いかない道を、悔いを残したまま進みたいかどうかってことだ」
「もちろん、そんなわけないでしょ」
「だったら、、いいわけ考えるより先に行動すればいいんだよ。
今の美坂は、成績の悪い奴が自分は頭が悪いからって言い訳して、何もしないのと同じなんだよ」
「……なんだか、最初からそういえばわかりやすかった気もするけど」
美坂は苦笑しながらそういった。
「最初からそういって、美坂は納得したか？」
「……してないわね」
「だろーが」
そういって、久しぶりに感じる笑みを浮かべる。
「まぁ、納得はできないかもしれないけど、そういう考え方もあるってことさ」
そういって、俺は鞄をとった。
「帰るの？」
「言いたいことは言ったし、質問には答えたからな……美坂はまだ帰らないのか？」
「ちょっと、一人で考えたいのよ」
「そっか……」
混乱している気持ちはわかるが、それでは今までとあまり変わらないだろう。
それならば、少しだけ背中を押してやることにする。
「多分、相沢はこれが天然でわかってると思う。
具体的なことを相談するんなら、あいつのほうがいいと思うぜ」
「確かに……北川君だと、また怒鳴られそうだしね」
彼女は冗談めかしてそういった。
その表情は、すっかりいつもの美坂だ。
そのことに、少しだけ安心感を覚える。
「それじゃな……結果がでてきたら後で説明しろよ」
「わかったわ。それじゃ、またね」
彼女の言葉に俺は手を上げるだけで答え、教室を出て行った。
「ちょっと、失敗したかな」
帰り道、自分の行動を少し反省する。
怒るつもりはなかったのだが、どうしてもああいった態度には我慢がきかない。
まぁ、性分だな。
「今度からは感情を抑えるようにしよう」
俺は前向きに考えることにする。
（……こんなことだから、気楽だっていわれるんだろうな）
なんとなく納得しながら、家路を急ごうとすると、前から見慣れた奴が走ってきた。
「よう、相沢」
「北川、絞られ終わったか？」
「いきなり嫌なことを言うな」
俺がしかめっ面していると、こいつは笑い出した。
「あっはっは、自分のせいだから仕方ないだろ」
「ひでっ！ 笑うか、普通」
「悪い悪い……それじゃ、俺は急ぐからな」
「どうしたんだ？」
急いでるところ悪いと思ったが、行き先が気になった。
なぜなら、この先でこいつが用事がありそうなのは学校ぐらいのものだったから。
「学校だ。ちょっと香里に呼ばれてな」
相沢の言葉に俺は多少驚く。
「そうか」
「驚きが低いな。お前の彼女からの呼び出しだぞ？」
「俺はそんなんじゃないし、十分に驚いているさ」
相沢に言ったことは、嘘ではない。
こんな短時間で美坂が相沢の奴を呼び出すとは、正直思ってもいなかった。
ということは、相当切羽詰ってたんだな……
「それじゃ、また学校でな」
「あぁ……あっ、美坂に会うなら『がんばれ』って言っといてくれるか？」
「自分で言え……まぁ、気が向いたらな」
そういって、相沢は走って学校に向かっていった。
（まぁ、いい方向に向かったのかな？）
駆けていく相沢の背中を見ながら、俺はそう思う。
まぁ、あとはうまくいくことを祈って、相談されたら、自分が思ったように答えるだけだ。
「それじゃ、とっとと帰るか」
俺は少しだけ軽くなった心で、家路を急いだ……
人生にｉｆはない
だから俺は、後悔しないように行動している
だが、人生に間違いはつきもの
間違いがないそれなんか、存在しない
美坂はきっと、間違いに気がついてしまい、そしてそれが大きな傷となった
だから、慎重になってしまう
だから、自分を押し殺してしまう
だから、しなくてもいい我慢をしてしまう
俺は思う
後悔したくないなら、動けばいい
間違えたなら、正せばいい
そして最後には
心の底から、笑っていてほしい
高校で数少ない心を許せる友人には、そうであってほしいと
切に、願うばかりだった
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