太陽の日差しが心地よい、まったりとした午後。
今日は土曜日で午前だけで学校が終了した俺は、制服のままリビングのソファーでくつろいでいた。
名雪は、水瀬家で引き取ったあゆ・真琴と一緒に何処かへ出掛けて行った。
普段なら秋子さんも家事に追われている時間だが、今日はその姿もない。
つまり、珍しい事に水瀬家には俺一人しか居ない。
「・・・・・・暇だな」
このままリビングのソファーでくつろいでいるのも悪くないが、そろそろ飽きてきた。
「天気もいいし、適当に散歩でもするか」
こうして、今日の予定は決定した。
穏やかな日差しの中で
特に行く宛もない俺は、とりあえず商店街に向かった。
「いつも行ってるのに、何か芸が無いよな」
「何が無いんですか？」
「振り向くと、そこにアイスジャンキーこと美坂栞が立っていた」
「そんな事言う人嫌いですよ」
そこには、学校の制服を着たいつもの人懐っこい笑顔の栞が居た。
栞は無事に病気を克服し、もう一度一年生をしている。
当の本人は「病気のせいでもう一度一年生なんて、ドラマみたいじゃないですか」だそうだ。
まあ、本人がそう言うならいいか。
それはさておき、さっきの独り言に答えたのは栞のようだな。
「相沢君、あまり栞を苛めないでね」
「よお、香里。偶然だな」
栞と並ぶように立っていた香里が、俺のフレンドリーな挨拶に文句を言ってくる。
もっとも、これが栞との標準的な会話である事は香里も十分に理解しているし、これが香里の挨拶のようなものだ。
ちなみに、香里も制服のままだ。
香里は当然の如く進級し、今は俺と同じ三年生だ。
しかもクラス替えが無いからまた同じクラスだし、騒がしい日々は今も続いている。
唯一、二年の時と違うのは北川がいない事だ。
テストでカンニングが見つかって、そのまま留年決定したからな。
前科がある分、処罰は厳しかったらしい。
哀れ、北川。
「本当に偶然ね。相沢君も散歩？」
「ああ。なんとなく散歩でもしようかなって」
「それじゃ私達と同じね」
柔らかな微笑みを浮かべて答える香里。
うん、昔のような影のある笑顔じゃない。
栞の病気が奇跡的に完治してから、香里は本当に柔らかい雰囲気になった。
とても良い傾向だと思う。
「えう〜、私だけ除け者です〜」
一人会話から外れていた栞が拗ねたような声を上げる。
もっとも、本当に拗ねているようだが。
「悪かったな」
素直に謝ると、そっと栞の頭を撫でた。
普段なら、ここから更にからかうのだが、この日差しのせいか今日はいつもと違う反応をしてしまった。
う〜む、ちょっと俺らしくないかも。
でも、栞も喜んでるみたいだし、香里も微笑んでいるし、たまには良いかな。
「それで、相沢君は何処に行くつもりだったの？」
「俺か？ とりあえず商店街にでも行こうかと」
「いつも行ってるのに？」
「だから、さっき『芸がないな』って独り言こぼしてたんだよ」
「だったら、私達と公園に行きませんか？」
さっきまで俺に頭を撫でられていた栞が、香里との会話に入ってきた。
姉妹水入らずの時間を邪魔するのは気が引けるし、とりあえず香里に聞いてみるか。
「いいのか？」
「ええ、相沢君ならかまわないわよ。栞も喜ぶし」
どうやら、社交辞令って訳ではなさそうだ。
「それじゃ、一緒に行くか」
特に宛があるわけじゃないし、ここまで言われたら断る理由も無いからな。
「それじゃ行きましょう！」
頭を撫でていた俺の手を掴むと、そのまま引っ張るように歩き出す栞。
本当に元気になったな。
公園に行く前に何か食べ物とか飲み物とか買おうと言う事になり、商店街に寄り道する事になった。
「と言うわけで、俺達は商店街に着いた」
「誰に説明してるの？」
「栞」
「わ、そんな説明しなくても分かります！」
柔らかそうな頬を膨らませて拗ねる栞。
別に本気で言った訳じゃないんだが、面白そうだからこのままにしておくか。
「それで、何を買うんだ？」
「そんなの決まってます！ おやつと言ったらアイスです！」
さっきまで拗ねていた栞が「当然です」と言わんばかりに主張してくる。
「栞の意見は置いといて」
「そうね。何を買おうかしら」
「えう〜、勝手に置いとかないで下さい〜」
無視された栞が泣きそうな顔になっているが、ここで甘い顔をすると本当にアイスづくしになってしまう。
ここは無視だ、許せ栞。
「それなら、タイヤキがいいと思うな」
「え〜、イチゴだよ〜」
「どこから沸いて来たのか、睡眠中毒者なゆとタイヤキハンターあゆが背後に立っていた」
しかも、二人とも制服のままで。
ちなみに、あゆは俺達と同じ学校に通っている。
お子様の脳を持つあゆは秋子さんの指導のもと、あっという間に勉強を覚えていった。
そして俺達の学校に入学したのだ。
つまり、今は栞と同じ学年で同じクラスらしい。
名雪も進級し、やっぱり同じクラスのままだ。
寝てばかりいる名雪が何故進級できたのか、学校七不思議の一つにしてやろう。
「うぐぅ・・・・・・」
俺の的確な表現に、呻き声をあげるあゆ。
何も言い返さない所を見ると、どうやらあゆは自覚があるようだな。
「う〜、そんなに寝てないよ」
「嘘付け！」
思わず香里とハモってしまった。
こっちは自覚無しか。
「自覚が無いから、朝起きられないんだな」
「苦労してるわね」
「うぅ、俺の苦労を労ってくれるのは香里だけだ」
「う〜、祐一も香里も極悪人だよ！」
だめだ、本人に自覚が無いのに何言っても無駄だ。
「そんな事よりも、あゆさん達は何処かへお出かけですか？」
あ、「そんな事」扱いされて名雪がヘコんでる。
そういえば、栞を無視したままだったな。
発音からして、栞は怒っているようだな。
後でフォローしとくか。
「うん！ 名雪さんにボクの服を選んでもらってたんだよ！」
ん？ 何か足りないな。
「そう言えば、真琴はどうした？」
「途中で美汐ちゃんに会ったんだよ」
「なるほど」
つまり、天野と一緒にいるって事か。
「祐一君達は何してるの？」
「これから公園に行こうと思ってな」
「そうなんです。そこでおやつでも食べようかって話になって、アイスを買いに行く所なんです」
「勝手に決めないでよ。私は、あんなカロリーの高いモノ食べないわよ」
「えう〜、アイスを「あんなモノ」扱いするお姉ちゃんなんて――――――」
「良かったら一緒に行かない？」
栞の台詞を遮って、香里が名雪とあゆを誘う。
「香里、せめて全部言わせてやれよ。栞が泣いてるぞ」
「いいのよ。かまってると陽が暮れちゃうから」
「確かに。それじゃ、お前らはどうするんだ？」
地面に「の」の字を書いている栞は置いといて、とりあえず話を進める。
「ボク達もいいの？」
「こっちが誘ってんだから良いに決まってるだろ？」
おずおずと聞いてくるあゆ。
こう言う事で気を遣う所は相変わらずだな。
「だったらイチゴサンデー買っていこうよ」
「それよりタイヤキだよ」
名雪・あゆの返答に「お約束だな」と思ってしまう俺がいる。
「イチゴサンデーをテイクアウトする気か！？ それにタイヤキはもっと寒い日に食べるべきだろう」
「タイヤキはいつ食べてもおいしいよ」
「イチゴサンデーだったらコンビニに売ってるよ」
本当にありそうだから怖い。
なんたって「カレーヨーグルト」なる商品まで売り出されてる世の中だし。
ちなみに「カレーヨーグルト」とは、カレーとヨーグルトの比率が５対５で挽肉もしっかり浮いている『デザート』だ。
どこがデザートなのか分からないが、これは本当に実在した。
実際、作者は食べた事がある。
「分かった分かった。めんどくさいし、それぞれ好きな物買ってくれば良いだろ？」
「そうね、それが手っ取り早いわね」
「それじゃ３０分後、ここに集合な」
それだけ告げ、俺はダッシュで近くのスーパーに飛び込んだ。
そうしないと買い物に付き合わされるからな。
あいつらの買い物に付き合っていたら、俺が欲しいものが買えなくなってしまう。
「全員集まったか？」
約束の３０分後、待ち合わせの場所で人数を確認する。
とは言っても、一目でわかるか。
「あゆちゃんがいないよ」
両手で大きなイチゴのケーキを抱えた名雪が答える。
どうやらイチゴサンデーはコンビニに無かったようだ。
それでイチゴのケーキを買ってきたらしいが、大きさが半端じゃない。
例えて言うなら、クリスマスに彼女がいない男達が１０人がかりでやけ食いするような大きさだ。
見ただけで胸焼けしそうだ。
「まあ、名雪だし」
「そうね」
「そうですね」
俺の視線で何の事を言っているのか分かったらしく、美坂姉妹が同調してきた。
どうやら、俺の意見は美坂姉妹に受け入れられたようだ。
「う〜、みんなして酷い事言ってない？」
「全然」
三人が見事にハモった。
ちなみに香里は杏仁豆腐を持っていた。
「最近マイブームなの」
俺の視線に気付いたのか、香里が先制解答する。
そして、栞は――――――
「やっぱりか」
「そんな事いう人嫌いです！」
思わず口にしてしまった。
栞が持っていたのは、予想通りバニラアイス。
しかも大量に持っていて、全てメーカーが違う。
「お腹壊すぞ」
「アイスだから大丈夫です」
いや、アイスだから駄目だと思うのだが。
「それにしても、あゆちゃん遅いね」
「そうね。約束の時間はとっくに過ぎてるのに」
ここで、俺にある疑問が浮かんだ。
「なあ、あゆって時計持ってるのか？」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰も返事してくれない。
最悪の事態かもしれない。
「で、でも、お店とかにある時計見れば分かるでしょ」
香里の意見は正しい。
しかし、それは一般市民に対しての意見だ。
「甘いな。あの「あゆ」だぞ？ 何時に集合なのかすら分かっていない可能性もある」
むしろ、そっちの可能性の方が高いな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺の的確な意見に、再び沈黙する三人。
さて、どうするかな？
置いていくと後で五月蝿いし。
「あはは〜。あゆさんなら駄菓子屋さんにいましたよ」
あれ？ この笑い声は――――――
「佐祐理さん？」
「はい、佐祐理ですよ〜」
「私もいる」
振り向くと佐祐理さんと舞がいた。
いつもと同じ制服で――――――って、ちょっとまて！
「何で二人とも高校の制服なんか着てるんだ！？」
「はえ？ 似合いませんか？」
「・・・・・・似合わない？」
「いや、そうじゃなくて。この前卒業したばかりでしょ」
そう、この二人はついこの前卒業したばかりなのだ。
今は近くの大学に通っている。
余談だが、過去を乗り越えた二人は大学でも人気者らしい。
まあ美人だし、二人ともモデル顔負けのスタイルだし、当然の結果だろう。
そんな二人の親友である事は、俺の密かな自慢でもあった。
それはそうと、卒業した二人が制服でいれば当然の疑問だろう。
香里や栞も頷いてるし。
「学校に行く時は制服」
「は？」
「あはは〜。佐祐理達は、ちょっと用事があって高校に行って来たんですよ〜」
なるほど、その説明で全てを理解してしまった。
夜、校舎に忍び込む時も制服を着用してた舞の事だ。
暫くは高校に来る度に制服を着るだろう。
そして、佐祐理さんは笑いながら舞に付き合う。
そして、今の状態というわけだな。
「それは分かりました。で、あゆが駄菓子屋にいたって本当ですか？」
「はい。さっき通りかかった時、中に入っていきましたから」
タイヤキって騒いでたのに、何故に駄菓子屋？
「それで、みなさんは何処かに行くんですか？」
「ええ、散歩のついでに公園にでも行こうかと」
今までの経緯を簡単に説明する。
まあ、説明と言えるような事でもないけど。
「そうなんですか〜。だから、祐一さんはお煎餅と煎茶を持ってるんですね」
そう、俺が購入したのは煎餅と煎茶だ。
何か天野っぽいチョイスだが、日本人のおやつはこれだろう。
「そう言えば、舞のやつは何処に行った？」
「はえ？ そう言えばいませんね」
さっきまで佐祐理さんの隣にいた舞の姿が見えない。
気配すら感じさせずにいなくなるとは、なかなかやるな。
「川澄先輩ならあそこに入って行ったよ」
名雪が、あるお店を指さす。
そこには「牛丼一筋３００年」と大きく書かれていた。
その前に、牛丼って３００年前に存在したのか？
「て言うか、お前寝てなかったのか」
「う〜、寝てないよ〜」
「台詞がないから寝てるのかと思ったぞ」
「そうね、名雪なら可能性高いわね」
俺と香里のダブル攻撃でヘコむ名雪。
本人もそれなりに気にしていたようだ。
「あ、舞！ お帰り！」
佐祐理さんの声で振り向くと、牛丼（お持ち帰り仕様）を３つ持った舞がいた。
「お前、牛丼３つも食べるのか？」
「違う。これは私と佐祐理と祐一のおやつ」
「はい？」
「あはは〜。舞も皆さんと一緒に公園に遊びに行きたいんだよね？」
「はちみつくまさん」
なるほど。
つまり、一緒に公園に行くからおやつを買って来たと。
「でもな、牛丼はおやつじゃなくて主食だぞ。それに、俺の分はもう持ってる」
「祐一は細かい」
「祐一さん！」
俺と舞の会話に、慌てたような声で栞が入ってきた。
「早くあゆさんを捜して公園に行きましょう！」
「どうした？ そんなに慌てて」
「アイスが危険です！」
「そういえば、私のケーキもヤバイかも」
名雪も危機感を感じさせない声で呟く。
確かに、今日はポカポカ陽気だしな。
特にアイスは手遅れかもしれん。
「分かった。それじゃ佐祐理さん、あゆを目撃した店に案内してもらえますか？」
「分かりました！ こちらですよ〜」
佐祐理さんはバスガイドのように右手を挙げ、一行を案内して行った。
そして、「佐祐理さんがバスガイドやったら似合うだろうなぁ」とか思いながら皆を見送る俺がいた。
「って、見送ったら駄目じゃん！ 俺も行かなきゃ！」
俺達が案内されたのは、商店街の端にある古びた駄菓子屋だった。
屋根の瓦は所々割れており、雨漏りすること請け合いだ。
店の入り口には「駄菓子屋」の看板が掛かっているが、一部壊れてて「駄子屋」になっている。
しかも蜘蛛の巣のオブジェ付きで。
「天野だったら、「情緒のあるお店ですね」とか言うんだろうな」
「失礼ですね。私じゃなくても言いますよ」
声のする方に振り向くと、天野・真琴・あゆがいた。
３人とも白いビニール袋を下げている。
ちなみに、天野も真琴も制服のままだ。
結局みんな制服なんだな。
天野は無事に進級し、今は２年生になっている。
真琴もあゆと一緒に勉強し、俺と同じ高校に入学した。
栞やあゆの隣のクラスらしい。
「あゆ！ お前、遅すぎるぞ！」
「うぐぅ、時計が無かったから時間が分からなかったんだよ」
「どっかの店で見れば良かっただろう」
「見たんだけど、待ち合わせの時間も分からなくて・・・・・・」
まさに予想通りの答えだった。
「それで、急いで待ち合わせの場所に行こうとしたんだけど、途中で天野さん達に会って・・・・・・」
「はい。その時に公園に誘われまして、私達のおやつも買ってました」
と、天野はビニール袋を見せる。
「ちなみに中身は？」
「真琴は肉まん！」
「そんなの知ってる。重要なのは天野の方だ」
「あう〜！ 何よ！」
「何故、私の方が重要なのですか？」
う、天野が睨んでる・・・・・・
「べ、別にからかう為じゃない。他に理由があるんだ」
そう、もしかすると俺のと同じ物を買ったという可能性があるからな。
「今に始まった事ではありませんから、別にかまいません」
少し拗ねたような表情のまま、天野はビニール袋からおやつを取り出す。
「漬物？」
「はい。日本人のおやつと言ったら漬物でしょう」
出てきたのは漬物と煎茶、それと割り箸だった。
「ちょっと待て。日本人のおやつはこれだろう」
俺は自分の袋から煎餅を取り出し、天野に見せた。
「お煎餅ですか。相沢さんにしては的確な判断ですね。ですが、古来より日本人のお茶請けは漬物と決まっているのですよ」
天野の台詞に貫禄を感じる。
伊達におばさんくさくないって事か。
それに、昔は一般家庭や峠の茶屋で漬物が出されていたと言うしな。
流石は天野と言ったところか。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「確かに漬物は昔から出されているだろう。昔は旅のお供として重要な食品だった事も認める。しかし、煎餅と漬物には決定的な差がある！」
天野を指さし、高々と宣言する。
周りでは、この勝負の行方を見守る７人の美少女達。
そして、煎餅と漬物を抱えて口論する男女。
かなり奇妙な光景だろう。
実際、興味津々な野次馬が集まってるし。
しかし、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。
「その差が日本人の心と深く関わっているというのですね？」
「ああ」
「聞かせて頂きます」
天野は神妙に答える。
やはり、「日本人」と言うお題で負けるつもりはないらしい。
「日本が誇る名産品と言えば何がある？」
「お米です」
「その通り。米こそ日本そのものと言っても過言じゃない」
心では「言い過ぎだよな」と思いながらも、つい言ってしまった。
観衆の視線も「言い過ぎだって」と言っているのが分かる。
「その通りです。それが何の――――――あ！」
天野がその事を認めた時、勝敗は付いた。
「そう、煎餅の原料は米だ！ 日本そのものを原料としてる煎餅こそ、日本人のおやつと言えるのだ！」
「くっ！」
天野が本当に悔しそうに顔を歪める。
どうやら負けを認めたようだ。
「天野よ。お前のチョイスもなかなかだったが、一歩足りなかったな」
「まさか、日本人の心で私が負けるとは・・・・・・」
「リベンジはいつでも受けるぞ！」
「今度は負けません」
爽やかな笑顔の俺に、しっかりと宣戦布告する天野。
そして、俺と天野は「強敵」と書いて「とも」と呼ぶ関係になった。
「そろそろいいかしら？ 他の人のおやつが大変な事になってそうなんだけど」
そうだ、栞や名雪のおやつは溶けるんだったな。
天野との勝負ですっかり忘れてた。
「全員集まった事だし、公園に行くか」
やっと公園に行けるな。
しかも、何かいつものメンバーが揃ってるし。
これで秋子さんがいればパーフェクトだな。
目的地が決まってから、どれぐらい経っただろう。
俺達はようやく公園にたどり着いた。
そして、そこに待っていたのは予想通りの人物だった。
「あら、こんにちは。みんなでお散歩ですか？」
俺の叔母にして名雪の母親、年齢不詳の秋子さんだった。
いつものカーディガンにスカートという格好で、手に買い物袋を持っている。
「秋子さん。こんなところで何してるんですか？」
「私はジャムの原料を採りに来たんです」
秋子さんの持っている買い物袋から、見た事もない草が見えている。
「あ、あの・・・・・・」
ここまで来て、俺は台詞を飲み込んだ。
やっぱり聞けない。
「お気に入りのジャムの原料ですか？」なんて。
「ええ、私のお気に入りのジャムですよ」
この瞬間、時が止まった。
ちなみに、あのジャムは全員が経験済みだ。
あ、名雪の目が虚ろになってる。
栞の顔に死相が。
香里が現実から目を背けてる。
ま、真琴が消えかかってる。
あゆ、幽体離脱してるぞ。
舞が剣で自分の腹を刺そうとしてる。
佐祐理さんがリストカットの準備してる。
天野の顔から感情が消えてる。
や、やばい。
何とか時を動かさなくては。
「お、俺達は偶然会って、公園でおやつでも食べようかと」
「そうなんですか」
何とか時を動かせたな。
みんな正常値に戻ってきてる。
「それでは、晩ご飯までには帰って来て下さいね」
「秋子さん。秋子さんもご一緒にどうですか？」
何気に秋子さんを誘ってみる。
どうせここまで揃ってるなら、パーフェクトにしたいし。
「あら、私もいいんですか？」
「構いませんよ。みんなもいいよな？」
と、話をふる。
台詞があった方が戻ってくるの早いだろう。
「うん。お母さん、一緒に食べようよ」
と、ケーキを見せる名雪。
「ボクも秋子さんと一緒に食べたいよ」
ビニール袋を振り回すあゆ。
そう言えば、駄菓子屋で何買ったんだ？
「真琴も一緒に食べる！」
あゆに負けじと肉まんの袋を振り回す真琴。
「私もＯＫよ」
香里は冷静に答える。
「私も構いません」
アイスが気になるのか、自分の袋をじっと見つめながら答える栞。
「多い方が楽しいよね？」
舞に話を振りながらＯＫの意思表示をする佐祐理さん。
「はちみつくまさん」
舞もＯＫのようだ。
「私も異存ありません」
物腰が上品（本人談）な言い方で、賛成する天野。
全員が賛成すれば、秋子さんの答えは決まっている。
「それじゃ、私もお邪魔させてもらいますね」
こうして、メンバー全員が揃った。
何となく作為的な気もするが、気にしたら駄目なんだろうな。
その後は大変だった。
結局アイスは全部溶けていて、栞は泣き出すし。
香里は栞をあやす為に、再びアイスを買いに行く事になるし。
名雪は手づかみでケーキを食べ始めるし。
秋子さんは名雪のケーキを見て、何処にしまっていたのかフォークとお皿を取り出すし。
舞は俺の牛丼も食べておきながら、代金を請求するし。
佐祐理さんは笑いながら牛丼を食べて、喉に詰まらせるし。
真琴は力一杯振り回したせいで、遠心力で肉まんがつぶれてるし。
天野はやたらと日本について俺に話しかけるし。
それでも概ね楽しかったと言える。
「そう言えば、あゆは何を買ったんだ？」
「これだよ」
と見せたのはタイヤキのお菓子だった。
「この「ぷくぷくたい」は、この辺りだとあのお店にしか売ってないんだよ」
「いつものタイヤキはどうした？」
「今日はやってなかったんだよ・・・・・・」
悲しそうな顔で答える割には、美味しそうに「ぷくぷくたい」を食べていた。
タイヤキ型もなかの中に「ふわふわちょこ」が入っていて、わずか５０円だそうだ。
一つ貰ったが、なかなか美味しい。
（これはハマるかもしれない・・・・・・）
ふと、そんな事を考えてしまった。
太陽の日差しが心地よい、まったりとした午後。
たまにはこんな日も悪くないなと、素直に思える午後だった。
結果のページ
このSSは、作者の方に二次著作権が存在します。
転載、無断引用を固く禁止します。
戻る