「奇跡の後の文化祭」
数多くの奇跡が起こった冬が終わり、
やかましい少女たちと共に春を迎え、
暑い夏さえもその勢いで過ごし、
そして今、学校行事の中で最も華やかで、それでいて騒がしいイベント・・・・
文化祭が始まろうとしている。
「ねえねえ祐一くん、ボク、たいやきが食べたいなぁ〜。」
あゆが祐一の顔を見上げ、服の袖を引っ張る。
奇跡が起きた後、あゆはどこをどうやったのか祐一たちと同じクラスに編入し、
栞は一年をもう一度やり直し、なぜか真琴もそれに付き合うように一年に。
舞と佐祐理は見事卒業、とすべてがうまく進んでいた。
祐一はその代償としてかなり騒がしい毎日を過ごしているのだが・・・・。
「たいやきは俺達のクラスでやってるから・・・最後に回ろうぜ。」
「え〜！？今すぐ食べたいのに〜〜〜！！」
さっきよりも強く、グイグイと祐一の袖を引っ張るあゆを見て、
この二人が同い年と思う人はどれだけいるのだろうか？
どこからどう見ても仲のいい兄妹である。
「祐一〜、イジワルしてないでタイヤキ食べさせてあげたら？」
後ろから不意にポンッと肩に手を置かれ、一瞬ドキッとする祐一。
が、聞き覚えのある声だったことに気付き、何事もなかったかのように爽やかに振り返る。
「あ、ああ名雪か。どうした？」
「あのね、さっき二年生の教室覗いてたら真琴がいたんだけど・・・。」
「そりゃいるだろ。あいつも『一応』ここの生徒なんだから。」
「うん・・・でもね、ピロも一緒だったよ？他の生徒達がジロジロ真琴の方見てたもん。
もし先生に見つかったら・・・没収されて保健所に・・・。
祐一、早く真琴のところに行こうよ〜。」
「お、おお。急ぐぞなゆ・・・・・」
そこまで言って、祐一の目が点になった。
返事を返したときにはすでに、名雪は向こう側へと走り出していたからだ。
さすが陸上部元部長というべきか、その速さは健在で、見る見るうちに名雪の姿が遠くなっていく。
「・・・現役退いてなおあの速さか・・・ってそんなこと言ってる場合じゃねえ！！
名雪〜〜！！！！俺を置いてくな〜〜！！！」
「うぐっ！！ボクを置いてかないでよ〜！」
慌てて名雪の後を追う祐一とあゆ。
もちろん、大声張り上げながら走ってる祐一を、他の生徒や父兄が奇異の眼差しで
見ていることに本人はまったく気付いていなかった・・・・。
「はあ、はあ・・・大声出しながら走るもんじゃねえなぁ・・・・。」
話題の二年生の教室の直前で名雪に追いついたものの、
肩で息をしながら苦しそうにする祐一。
その横では名雪が笑顔で祐一の顔を覗きこんでいた。
「祐一、運動不足だよ〜。・・・・あれ？あゆちゃんは？」
名雪がきょろきょろと周りを見回すと、遠く離れたところであゆがぐったりと倒れていた。
普段、『食い逃げ』で慣れているはずなのに、こういうときには足が遅くスタミナがないのは
やはり、食い逃げ時には『火事場の何とやら』を使っていたからだろうか。
などと祐一が考えていると、なにやら問題の教室からザワザワと騒がしい声が聞こえてきた。
ふと教室の方に目を向けると、『ピロ屋』と書かれた看板が掲げられていた。
そして、教室の中から一際やかましい声が聞こえてくる。
「あう〜〜〜っ！！ど〜して『ピロ』が売られてるのよ〜！？」
どこからどう聞いても真琴の声だった。
『ピロ』がどうこうと騒いでいるところをみると、
やはり名雪の言うとおりピロを連れて来ているのだろうか。
「・・・・名雪、後はまかせた。」
祐一はポンッと名雪の肩を叩き、そのままその場から逃げ出そうとする。
が、そう簡単に逃げられるはずもなく・・・・。
「ダメだよ祐一、ここまで来たんだから。ほら、早く入ろうよ。」
「は、離せ名雪！！俺はもうこれ以上やっかいごとに巻き込まれるのは・・・・」
祐一の必死の言葉にも耳を貸さず、そのまま祐一を
引きずり込むように教室の中へと入っていく。
「ボ、ボクも〜〜〜〜〜・・・・。」
あゆもまた、無謀にも祐一と名雪に続いて教室の中へとなだれ込んでいく。
祐一ではないが、わざわざやっかいごとに首を突っ込む必要などないのだが・・・・。
「あ、祐一〜〜！！どういうことよ〜〜！？」
教室に入るなり、いきなり真琴が血相変えて祐一に掴みかかっていく。
当の祐一にはまったく心当たりがないので、当然目が点になっている。
「・・・・・俺が何をした？」
「『ピロ』の名前！！！だましたでしょ！！な〜にが『可愛い名前』よ！
食べ物の名前じゃない！！ここの店で売ってたのよ！？『ピロシキ』って！！」
「あ、ピロちゃん・・くしゅんっ！！」
なぜかむなぐら掴まれてる祐一の横で、
名雪が嬉しそうに顔をほころばせながら器用にくしゃみをしている。
「先輩・・・じゃなかった。お、お客さん・・・ケンカは困りますよ〜。
ペットだって持込禁止で・・・・。」
半分泣きかけながらも、このクラスの従業員が二人を止めようとする。
このクラスからみると、まったくもっていい営業妨害である。
「あ、ごめんな。すぐ出て行くから。ほら真琴行くぞっ！！」
「あう〜〜〜！！こんなのピロじゃない〜！！ピロは可愛い猫だもんっ！！
『ロシア式あげまんじゅう』じゃないもん〜〜！！」
「ニャ〜〜〜・・・・。」
ギャ〜ギャ〜騒ぐ真琴の襟首を掴み、有無を言わさず引きずりだす祐一。
もちろん、客から店員から、痛い視線を受けながら・・・・。
「このバカッ！！何でピロ連れて来るんだ！？」
ポカッ！！
「痛いっ！あう〜、何すんのよ〜〜〜！！」
店から少し離れた廊下の突き当たりで、祐一が真琴の頭を殴っていた。
当然の報いと言えばそれまでだが、悪気がない分余計に真琴の暴走はたちが悪い。
「まあまあ祐一くん、真琴ちゃんも悪気があったわけじゃないんだから〜。」
「そうだよ祐一〜・・・くしゅんっ！！あ〜、アレルギーが〜・・・。」
「あったらそれこそげんこつで済まないぞ。」
あゆの方をチラッと見た後、座り込んで拗ねている真琴を見下ろす。
まるっきり保護者気取りだが、真琴の教育を
任されている身としては当然の行為である。
「あ、そうだ祐一、栞に会った？あの子、一年の自分のクラスの出し物に参加してるわよ？」
「お前同じクラスだろうが。手伝わなくていいのか？」
「手伝ってたら体がいくつあっても足りないわよ〜。
そうだ、今から行ってみる？視聴覚室で店出してるんだけど。」
突然の真琴の提案に戸惑う祐一たちだったが、
こんな廊下の隅っこにいつまでもいるわけにもいかないということで
真琴の案内に従い、栞に会いにいくことになった。
「くしゅんっ！！」
「・・・真琴、ピロどうにかならないのか？」
「あう〜〜〜！ピロを捨てろって言うの！？真琴が落としたときあんなに怒ったくせに〜！！」
「だめだよ〜、こんなに可愛い猫ちゃん捨てるなんて・・・ねえ、真琴ちゃん。」
「そうそう、あゆあゆの言うとおりよ〜。」
「あゆあゆじゃないもん・・・・。」
このメンバー＋栞・・・絶対ろくなことが起きないだろうな、などと
思いながら祐一たちはついに視聴覚室の近くまで辿り着いた。
が・・・・。
『・・・・・・。』
目の前の光景に、祐一たちは呆然と立ち尽くしてしまった。
なぜなら、視聴覚室直前にあるトイレには、男女共に長蛇の列が出来上がっているのだ。
『うう・・・腹が痛えよぉ〜・・。』
『あ、あの子一体何者なのよ・・・？』
よくよく見ると、全員お腹を押さえ、苦痛を我慢しているように見えた。
「真琴、この教室の中では一体何が・・・・？」
「まあ、入ってみればわかるわよ。」
真琴に強引に腕を引っ張られながらも、祐一は教室の中へと入っていく。
ガラガラガラ・・・・・・
『寒っ！！！！！』
部屋に入ると同時に一同、同じ言葉を発してしまった。
それほどに、この部屋の気温が異常だということだろう。
「あ、祐一さん、名雪さん。それにあゆさんと真琴さんまで。
もしかして参加してくれるんですか？」
椅子に腰かけたままニッコリと微笑みかける栞。
しかし問題は、その栞の隣の机に男子生徒がぐったりと倒れていることだった。
「栞・・・お前一体何をした・・・？っていうか何でこの部屋はこんなに寒いんだ？」
「ええ。この部屋での催し物は『寒さ我慢大会』なんですよ。
クーラーがあるこの視聴覚室で、扇風機を回し、
さらにバニラアイスを食べ続ける！そして、私か相手、
どちらかが倒れるまでそれは続けられるんです。どうです？私にぴったりでしょ？」
相手が倒れているにも関わらず、栞はまだパクパクとアイスを食べ続けている。
どうやら、この案は栞が出したものらしい。
「で、勝ったらどうなるんだ？」
「『食堂のアイス一日食べ放題券』プレゼントです。」
「・・・・・これ以上アイス食えってか？」
「・・・たいやき食べ放題にはならないのかなぁ？」
「いちごサンデー・・・・。」
「あう〜〜〜！肉まんの方がいいに決まってるじゃない！寒いときには肉まん！ね、ピロ？」
「にゃ〜〜〜〜〜・・・・。」
どうやらこの連中は『色気より食い気』らしい。
年頃の女の子なら、もう少し恋愛話に花を咲かせてもよさそうなものなのだが。
「そ、そんなことよりいいのか？そっちの男子生徒・・・・。」
「あ、そうですね。・・・お客さん、もう終わりですよ？
・・・・・あれ？どうしたのかなぁ？」
栞がその男子生徒を揺さぶるが、まったく反応がない。
返事もなければ、顔を上げさえもしないのだ。
もしかしたらかなりやばい事態なのかもしれない。
そう思うと、祐一の顔もドンドン青ざめてきた。
のだが・・・・。
「・・・・・あれ？北川くんじゃないの？」
名雪の一言で、祐一の顔がパアッと明るくなる。
「何だ、北川だったのか〜、とりあえず一安心だな。」
「うぐぅ・・祐一くん酷いよ〜。」
「あう〜、これ誰よ？真琴、こんな人知らないよ。ね、ピロ〜？」
「ニャ〜〜？」
北川もずいぶんと酷い扱い方をされているもので、
他の生徒たちからも知らん顔をされている。
「俺って・・・一体・・・・・。」
机の上に倒れ掛かったまま、唸り声を搾り出す北川。
しかし、その悲痛な声も誰かに届くことなく
栞たちのにぎやかな声に掻き消されるのだった・・・・・。
「はあ・・世話の焼けるやつだ。」
北川を背中に担ぎ、そのまま保健室へと直行した祐一たち。
栞はまだ出し物の続きがあるのでついて来なかったが、
北川のことを『一応』心配している様子だった。
話を聞いてみると、ただ単に頭とお腹が痛いというだけだったのだが・・・。
高校生にもなって情けない男である。
「北川くん、何ともなくてよかったね。」
あゆが祐一を見上げニッコリと微笑む。
相変わらずまっすぐな、曇りのない笑顔に、つい祐一も笑顔をこぼしてしまう。
「そうだな、『一応』クラスメートだしな。」
「一応はひどいよ〜、祐一〜。」
名雪が口を尖らせブーイングするが、祐一はそんなことなど気にも留めず
ただ笑い続けるだけだった。
「ねえ祐一、次どこいくのよ〜？」
「そうだなぁ・・・」
「あっ、そうだっ！！」
祐一が歩きながら天井を見上げていると、あゆが急に大声を張り上げた。
「どうした、あゆ？」
「秋子さんが、今日来るって言ってたよ？ボクたちのクラスに来るって。」
『ボクたちの』とは当然祐一、名雪と同じクラス、と言うわけで。
さらに言うなら、『タイヤキ屋』である。
あゆの目がキラキラと輝きを放ち祐一を見上げている。
「・・・・わかったわかった。ほら、教室に戻るぞ。」
「やった〜！タイヤキ、タイヤキっ！」
一抹の不安どころか、百抹くらいの不安を抱きながら
祐一たちは自分たちのクラスへと戻るのだった。
「あら祐一さん、名雪、あゆちゃん。それに真琴も。
今までどこに行ってたの？待ちくたびれちゃいましたよ？」
『・・・・・・・。』
教室に戻るなり、なぜか『売り子』の席に秋子が座ってニコニコと微笑んでいた。
その秋子の手元を見ると、赤、青、黄色、いろんな色のジャムが並んでいる。
まさか・・・・。
そんなとんでもない想像と、恐らくそれが当たりだろうという
極度の不安が祐一の繊細な心を蝕んでいく。
と同時に、頭の中では『これ以上問題を起こさないでくれ』と『２度あることは３度ある』という
祐一の願いと先人の遺した言葉が、激しい戦いを繰り広げる。
「秋子さん・・・そこで一体何を？」
祐一が恐る恐る訊ねると、秋子は笑顔を崩さずにその問いに答える。
「ええ、香里ちゃんが私に店番をお願いしたいって。
私がいると売り上げが伸びそうだからっていうんですよ？
こんなおばさんが売り子をしてたら売り上げが下がると思うんですけど・・・・。」
少し照れた表情を浮かばせながら、それでもどこか嬉しそうに、はにかんでみせる
仕草が何ともいえず可愛くて、つい祐一たちは秋子に見とれてしまった。
「あ、そんなことないと思いますよ？っと・・・ところで、ジャムはこれだけですか？」
急に真顔になった祐一に少し驚いた様子だが、秋子はニッコリと微笑んだ後
足元に置いてあったかばんから『あのオレンジのジャム』を取り出して見せた。
「フフッ、これのことですか？これはとっておきなのでまだ店に出してないんですが・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・食べてみます？」
「あう〜〜っ！！！真琴、急用を思い出し・・・・・」
「待て、逃げるな真琴！！」
ガシッと、逃げる真琴の頭を掴み、自分の方へと手繰り寄せる。
『お前、これ以上被害者が増えてもいいのか！？』
『あう〜・・・でも、真琴あのジャム苦手だし・・・。』
『ボ、ボクもあのジャム食べるのもう嫌だよ〜。』
『ジャム売るの禁止にして、タイヤキだけ売ってもらおうよ・・・・。』
秋子に背を向け、ボソボソと相談を始める祐一たち。
しかし、なかなか意見がまとまらずに四苦八苦していたその時。
「あ、このオレンジのジャムおいしそうだな。お姉さん、これ一つ頂戴。」
「あら、ありがとうございます。でも私、もうおばさんですよ？」
「そんなことないですよ。すごい若いですって。」
聞き覚えのある声に祐一たちが振り返ると、そこには
『オレンジ色のジャム』のビンを手に持った北川が立っていた。
今すぐ食うぞ、と言わんばかりにその右手には秋子から受け取ったスプーンを持っている。
「・・・・・俺、用事があったのを思い出した。後はまかせたぞ、あゆ。」
「だ、だめだよ祐一くん！！早く止めないと北川くんがジャムを・・・・。」
「俺はもう関わりあいたくない、名雪、お前からもあゆを説得してくれよ。」
「祐一〜、早くしないと北川くん行っちゃうよ〜。」
名雪の言う通り、北川はジャムの入ったビンのフタを開けながら教室を出て行こうとしている。
まさに、『北川 潤 絶体絶命』である。
「くそ、しょうがない、止めるぞ！！」
慌てて教室を飛び出した祐一たちの目の前に広がる光景。
それは、さっきの栞のクラスの出し物と同様、北川がダウンしている姿だった。
床に片ひざをつき、唸り声を上げている。
どうやら、祐一の願いよりも先人の言葉のほうが強かったらしい。
「北川、大丈夫か！？」
「・・あ、相沢・・・俺、もうダメだ・・・味覚が変になったらしい。
せっかく体調が戻ったから帰ってきたのに、こんなことになるなんて・・・。」
「いや、お前の味覚は正常だと思うぞ、多分。」
「北川くん・・そのジャムが変なんだよ〜。
お母さん、あのジャムが一番のお気に入りらしくて・・・・。」
祐一たちが北川を立ち上がらせようとしたその時。
廊下の向こう側から香里と美汐が歩いてきた。
「あら北川くん。おいしそうなもの持ってるじゃない。」
嬉しそうな笑顔を作りながら北川を見下ろす香里。
これ以上楽しいことはない、と言った笑顔である。
「北川先輩、どうしたんですか？」
美汐は『オレンジ色のジャム』を知らないらしく、
北川が手に持っていたビンを手に取り眺めている。
「オレンジジャム、ですか？おいしそうですね、一口いただいてもいいですか？」
「喜んで。」
北川がスッ、とスプーンを差し出すが、差し出されたスプーンを受け取らず
教室の中へと入っていく。
北川と間接キスになるのがそんなに嫌なのだろうか。
そのことを悟った北川の目からは大粒の涙が溢れだしている。
「・・まずいわね、あの子本当に『オレンジ色のジャム』のこと知らないのかしら？」
「香里〜、美汐ちゃんを止めないと・・・・」
名雪がそこまで言った後、教室の中から
青ざめた表情の美汐がゆっくりと重い足取りで出てきた。
その手には、『オレンジ色のジャム』が入ったビンが握られている。
「・・・・北川先輩、騙しましたね・・・・・。」
「・・・え・・。」
「あ、あはは・・・ねえ二人とも、口直し（！？）においしいもの食べに行きましょうか？
ほら、あたしがおごってあげるから。じゃあ名雪、また後でね。」
北川を立たせ、美汐の背中を押しながら香里が作り笑いを浮かべ廊下の向こう側へと去っていく。
「うん、また後でね〜。」
香里たちを見送る祐一たち。
と、丁度その時。
『おおおおおお〜〜〜〜〜！！！』
後ろから、突然大きな声が聞こえてきた。
また何か起こったのだろうか？
そんな不安が胸一杯に広がるのを抑えながら、
祐一たちは自分たちの教室へと入っていった。
「あ、祐一さん。それにみなさんも。どちらに行ってらしたんですか？探しましたよ〜。」
「祐一、遅い・・・・。」
祐一たちを出迎えたのは、卒業したはずの佐祐理と舞だった。
もちろん、舞の手には西洋刀がしっかりと握られている。
「舞、佐祐理さん、お久しぶり。でも、まだ『それ』持ってるんだな。」
『それ』とは当然、『西洋刀』のことである。
魔物はもう退治したにも関わらず、まだ持ち歩いているというのだ。
「あの、さっき『おおお〜〜！』ってすごい声が聞こえたんですけど、何かあったんですか？」
名雪が佐祐理さんにそう訊ねると、佐祐理はニッコリと微笑んで舞のほうへと目を向ける。
その瞬間、祐一の脳裏にまたもやよくない考えがよぎった。
『頼むからこれ以上は・・』か『３度あることは４度ある』
また祐一の願いと『先人の言葉改造版』が争い始めた。
下手をすると、新しいことわざが今この瞬間、作られるかもしれない。
どちらかと言えば、新しいことわざが出来る可能性の方が遙かに高いのだが。
「ええ、実はここのタイヤキで・・・・」
佐祐理はそういうと、タイヤキを一つ取り、それを頭上高く放り投げる。
と同時に舞が高く飛び上がり、スッと刀を構える。
その次の瞬間。
目にも留まらない速さで刀を振り回し、
そのままの速度でタイヤキへと刀を下ろしていく。
「う、うぐぅ〜〜！！ボクのたいやき〜〜〜！！」
泣きそうな声を上げるあゆだが、今はそれでころではない。
この場にいる全員、舞の包丁・・・もとい刀に目を奪われているのだ。
スパッ、スパッ・・・・
タイヤキが空中で分解し、そのまま机の上のまな板へと落ちていく。
「・・・・・・出来た。」
『おお〜〜〜〜〜〜！！！』
祐一たちの眼前には、見事に切られたタイヤキが置かれている。
均等に、しかも中身のアンが外に出ずに、である。
「タイヤキのお刺身・・・・・いる？」
祐一の方に目をやり、『食べて』と言わんばかりに目をウルウルとさせている。
が、それとは対照的に祐一は下を向いて肩をフルフルと震わせている。
「・・・・タ、タイヤキの刺身はいいとして・・・・・。」
「・・・・・？」
「華やかな文化祭（しかもよりによって俺のクラス）で西洋刀を振り回すな〜〜〜〜！！！！」
祐一の怒鳴り声が教室中に響き渡る。
普通ならここで『そうだな、刀を降りまわすのはよくないな。』
などといった反応が帰ってきそうなものなのだが、
なかなかどうしてこのクラスに集まっているのは変人揃いらしい。
「何だよ兄ちゃん、けち臭いこと言うなよ。」
「そうそう、なかなかいい催し物だったぞ。」
パチパチパチパチ・・・・・・・・！！！！！
なぜか『銃刀法違反じゃないのか？』という声が上がらないまま、
舞は拍手喝采を浴びるのだった。
中には、アンコールをするものまでいる始末。
「あはは〜。舞、照れてる。可愛い〜。」
「佐祐理・・・抱きつかないで、恥ずかしい・・。」
この瞬間、『３度あることは４度ある』のことわざが、
祐一の頭の中で完成されたことは言うまでもないだろう。
「そうだ祐一くん、ボク、ついでにタイヤキ買って行ってもいいかな？」
騒動の中、とりあえず外に避難しようということになり、
教室の外の廊下を階段に向かって歩いているところであゆが祐一を見上げてそう呟いた。
さっきの騒ぎのせいでタイヤキを買うどころではなかったのだ。
いや・・・『買わなかった』が、どさくさにまぎれてタイヤキの刺身を『味見』はしたのだが。
「あゆあゆ、さっき『タイヤキの刺身』食べてたじゃない。お金払ってないんだったら、
あれは『食い逃げ』だよね〜、名雪？」
「え・・・？う〜ん、どうかなぁ？」
「うぐぅ・・あゆあゆじゃないって言ってるのに〜。
そ、それにあれは『試食』だから、『買った』のでも『食い逃げ』でもないもんっ！！」
「何へ理屈こねてるのよぅ〜！！」
「ほらほら二人ともケンカしないの。ね、祐一？」
「あ、ああ・・・。」
『試食』にしろ、『食い逃げ』にしろ、『味見』にしろ、
そんなことはどうでもいい。とりあえず早く家に帰らせてくれ。
そう心から願っているため、名雪たちの話も上の空である。
「ねえ祐一、聞いてる？ケンカしちゃダメだよね？」
「あ、ああ・・・とりあえずおとなしくしててくれ。」
「じゃあ、タイヤキ買ってきてもいい？」
「ああ、待っててやるから行って来い。」
「うんっ！！」
元気よく返事をして、元気よく店へと走っていくあゆ。
まったくもって元気な奴だ、などと思いながらその後姿を眺める。
もしかしたらそろそろ平穏な時が過ごせるかも知れないな、などと考えながら。
が・・・・・。
あゆはガサゴソとポケットをあさったあと、
こともあろうに店員に金を払わずタイヤキの入った袋を奪い取り、
祐一たちの方へと向かって全力で逃げてくるのだ。
『待て〜〜〜〜！！！！万引きだ〜〜〜〜！！
いや、１個口にくわえてるから食い逃げか！！何でもいいから月宮を捕まえろ〜〜〜！！』
「な、何〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜！？あのバカッ！！」
「な、なんであゆあゆお金払わないのよう！！？」
「あゆちゃん・・・・。」
追っ手から逃げるあゆと、そのあゆから逃げる祐一たち。
華やかでにぎやかな文化祭は楽しいものだが、
どうしてこう自分の周り限定で騒々しいことが起こるのだろう、と
『７年前』におこした『自分の行い（ナンパと読む）』を悔いるのだった。
『おい、相沢も一緒にいるぞ！共犯か！？』
『いや、もしかしたら相沢はスパイなのかもしれない。
月宮に万引きさせて、俺達の売り上げ下げる気だ！！』
「な、何！？俺がスパイだとう！？とんだ言いがかりだぞ！！」
後ろから聞こえてくる声に敏感に反応する祐一だが、
ここで捕まるわけにもいかずただ逃げ続けるのだった。
「うぐぅ〜、ごめんね祐一くん。財布落としたみたいでさ・・・・。」
「だったら俺たちを呼びに来い！！払ってやるから！」
「うぐぅ・・・・。」
これからもずっとこんなことが続くのかと思うと、
ドッと疲れが出てくるような、でもどこか楽しいような
そんな複雑な気分になる祐一だった。
もちろんこの後、学級裁判にかけらるハメになるとも知らずに・・・・。
ＥＮＤ
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転載、無断引用を固く禁止します。
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