「栞、死んじゃ駄目よ、栞」
「栞ちゃん、死なないで」
今日、一人の少女の短い人生に休止符が付けられようとしている。
その少女の名は『美坂 栞』。
「無理です、もう私はもうすぐ、、、 」
「そんな訳ないよ、栞ちゃん。 おい、相沢も何とか言えよ、 彼氏だろ栞ちゃんの」
だが、相沢は「駄目だ。 もう奇跡は起きないんだ」と言いながら小さく首を振る。
相沢の歯軋りが聞こえてくるようだ。
俺はそんな相沢に「そんな訳ない」と怒鳴りつける。
だが、
「北川さん、起きないから、奇跡っていうんですよ」
相沢も栞ちゃんも、過去に一度あった『奇跡』を月宮さんからもらったものと主張し、
もう奇跡は起きないといい続ける。
俺は、その後も怒鳴るように言い続けた。
だが、それもむなしく、２人の一言に消えた。
相沢も栞ちゃんも、もう完全にあきらめているのだ。
「いや、いやよ、栞のいない世界なんて」
美坂は壊れかけの顔で、栞に抱きつく。
それに対し、相沢は何も出来ないことを悔やむように、眼を閉じている。
いや、この事実から逃げているようにも見えた。
「皆さん、そんな事言わないでください。そんな事言う人、嫌いです」
「そんなこと言ったって、それは、、、って栞ちゃん？ 栞ちゃん！？」
その時、すでに栞ちゃんの眼は閉じていた。
「眼を覚まして、栞ちゃん」
水瀬が栞ちゃんの肩を揺さぶる。
その横で、相沢が無言のまま唇を噛んでいる。
その唇は、すでに流血している。
そして、最後に美坂は、
「栞、返事して、栞、、、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
その後、栞ちゃんの眼が開く事は無かった。
鎖
キーン コーン
カーン コーン
今日も、いつものように授業終了の鐘が鳴った。
「水瀬、一緒に帰らないか、今日は部活も無いだろ？」
「うんいいよ、一緒に帰ろう」
俺達は、さっさとカバンの中に荷物を集めて、水瀬と下校をした。
普通なら、下校は相沢を誘いたいところだけど、
その日の話題の内容も、相沢と美坂の話題だった。
あの時、栞ちゃんが亡くなった日、
二人はあまりにものショックの為かその場で気絶した。
俺と水瀬はもちろんショックはあったが、気絶することは無かった。
俺達は次の日には２人は眼が覚めると思っていた。
だが、二人は眼を覚まさなかった。
二人は気絶してそのまま意識不明に陥ったのだ。
家族や親戚が亡くなって壊れるのは、一番身近で見たからわかるが、
まさか気絶してそのまま意識不明になるとは思わなかった。
医者がいうには、あと一週間以内には眼を覚ますらしいが、
「あ、わたし家こっちだから」
「あ、ああじゃあな、、、 って言っても病院でまた会う事になると思うけど」
「まあ、確かにね」
俺たちは、あの日以来ほぼ毎日病院通いをするようになった。
それで、二人の病室が運悪いことに別々だったので、
水瀬は相沢を、俺は美坂の方と分かれて様子を見る事となった。
まあ、誰が誰の担当？になるかで、二人で美坂の取り合いになりはしたが、、、
俺は、自宅に戻るとすぐ病院に行く用意をした。
家に帰ろうが家から出ようが、今の俺は勝手に出来る。
家には、俺一人しかいないのだから、
それに、家にいるより、外にいた方が気分もいい。
俺は帰宅してから１５分も経たないうちに無言で病院へ向かった。
俺は病院に様子を見に行く度に脳裏でこの言葉を連発する。
俺を一人にしないでくれ
俺は病院に入るとすぐ美坂の病室に向かおうとした。
その時、相沢の病室から水瀬の声が響いて聞こえた。
何かあったのだろうか？
俺はそう思いながらとりあえず美坂の部屋に向かった。
俺は、軽くノックをしてから美坂の病室に入った。
そこには、
美坂の両親が立っていた。
そして、ベットには、
眼を開けた美坂がいた。
俺は、一瞬夢じゃないかと思いながら、美坂に声かけた。
どうやら香里は少し混乱気味のようだ。
俺が来ただけで、微妙にいつもより激しく驚きの表情を見せている。
「君が北川君かね？」
美坂の父が突然俺に問いかけてきた。
「あ、はい。 そうですが」
「看護婦さんから聞いたのですが、毎日ここに見舞いに来ているようで」
「え、、あ、はい」
正直俺は言葉に戸惑っている。
今俺に話しかけているのは、美坂の両親なのだ。
今変に言葉を間違えたらどんな反応になるだろうか、
予想も出来ない事態に陥るだろう。
俺の時もそうだったように
「え、、そうだったんだ、ありがとう北川君」
「ま、、まあ、、」
俺はものすごく照れくさかった。
あまり美坂からこの一言が来るとは思っていなかったため、
嬉しいような、恥ずかしいような、そんな感じだった。
「ところで、あたしって何で病院で寝てたの」
美坂は不思議そうな顔でそう聞いてきた。
「気絶したんだよ、美坂が」
「え、何で気絶したの？」
まだ頭が完全には働いていないのか、あの時の事に気づいて無いらしい。
俺は、美坂の妹が亡くなったことで気絶したことを正直に答えた。
俺は、再び彼女が悲しみだすのを覚悟でのことだ。
しかし、
美坂の反応は、予想のしようの無いくらい予想外の反応であった。
「妹、、あたしに妹なんていたっけ？」
「な、、、」
「か、、香里！！」
俺は、いや、美坂の両親も予想外の美坂の一言に、動揺を隠せなかった。
「冗談だろ、忘れたのか、妹の、栞ちゃんの事を」
「栞って誰の事？ あたし初めて聞くけど」
「嘘はやめるんだ。 仲の良い姉妹だったじゃないか」
「嘘は言ってないわよ、本当にそんな名前の娘初めて聞くわよ」
嘘ではないようだ。
美坂の眼には、嘘をついている感じがしない。
だが、どうしても信じたく無くて、俺はもう一回抵抗をしてみた。
「栞だよ、覚えてないのか、美坂の妹で、相沢と最近付き合っていたあの栞だよ」
俺は半分何かをぶつけるように言葉を美坂にぶつけた。
だが、美坂から帰ってきた言葉は、
「本当に知らないわよ。 それに相沢君って誰、夢と現実を一緒にしないでよ」
俺は何も言えなくなった。
これは、何かの夢だと思ったが、頬を強く握ってみると確かに痛みがある。
これは現実だ。
美坂は意識不明の間に栞と相沢を忘れたようだ。
それっきり病室内で沈黙が流れた。
美坂の両親は、あまりのショックを残したまま帰宅をした。
俺は、何も言えず、ただこの場にたたずんでいた。
しばらくした後、美坂が俺に問いだしてきた。
「そういえば北川君、なんかカレンダーが変に見えるけど、今日っていつなの？」
「今日は六月の八日だけど」
「え、って事は八日も寝てたのあたし」
……………
実際は丁度一週間だ。
栞が亡くなったのと、美坂が倒れた日は同じで六月一日である。
つまり栞ちゃんが亡くなった日の事を美坂は丸ごと忘れているのである。
忘れてるみたいなんだ、一日の事も、栞ちゃんの事も、相沢の事も、、、
俺は美坂に「じゃあまた明日」と告げると美坂の病室を出た。
美坂は最後まで自分がいろんな事を忘れている事を信じなかった。
帰る前に病室を交代するように水瀬は美坂の、俺は相沢の病室へ入った。
相沢も、栞と美坂の事を忘れていた。
次の日、医者から美坂と相沢は、窮地を超えたショックにより、
時間と共に、記憶が流れ落ちていることを伝えられた。
明日、明後日には、俺たちや、家族の事も忘れ、記憶喪失になるらしい。
「何でですか、なんで栞ちゃんと関係無い記憶まで消えていくんですか」
気がついたら、自分でもとても酷いことを言っていた。
だが、それほどまで美坂達に忘れられるのが納得いかず、怖かった。
また、一人ぼっちに一歩近づいた気がして、、、
それに対し、医者は記憶というのは、鎖のように繋がっているのだと、、
記憶の一部だけ消えるのは、鎖の記憶が過去に逆戻りする事以外、
本来奇跡な程有り得ないことだと伝えられた。
その日、俺達はその鎖に少しでも抵抗しようと、二人を会わしてみた。
だが、二人とも反応は同じく、『初対面』とのことだった。
二人は、初対面の挨拶を始めた。
その二人の挨拶は、抵抗の失敗を物語っていた。
そして、その後二人の記憶が流れるように消えてるを決定づけることが起きた。
「えっと、香里だっけ、学校は何処に通っているんだ」
「えっと、あれ、何処だっけ、北川君と同じ高校なのは確かだけど、で、、相沢君の方は何処の学校なの」
「ごめん、俺も忘れたようだ。名雪と同じ学校って事は確かだけど、名雪ごめん。 学校どこだっけ」
「華高だよ、それに北川君も香里も同じ学校だよ」
「北川… 誰だそいつ」
ビクッ
「北川君、相沢君って人いた？ それにあたしは名雪って人が初めて聞くけど」
ぐさっ
嘘だろ、、、
もう二人は俺達の事を忘れているのか、、、
「馬鹿言うな相沢。 俺達毎日下校とかしていただろう。」
「忘れたの香里、わたし達親友じゃない」
水瀬が、今にも泣きそうな顔で美坂の肩を揺さぶる。
だが、結局二人はこの後も俺達の事を思い出す事は無かった。
二人の記憶の消耗は、想像以上に早かった。
本当に、明日か明後日には、俺たちのことを忘れてしまいそうな勢いだった。
その日の帰り、名雪はついに泣きだした。
「このまま何も出来ないの、北川君」
そう言いながら水瀬は泣きながら俺に抱きついてきた。
「嫌だよ、こんなの嫌だよ」
水瀬はまるで眼から滝が流れてるように泣き続ける。
天気は雨だった。
雨が勢いよく降る中、
暗い帰り道で、水瀬の泣き声が痛々しく響き渡った。
水瀬はそのまま泣きながら眠りに入り、俺はその水瀬を家まで送ることとなった。
今日も家に帰ると、俺はすぐさま家を出た。
行き先はもちろん病院だ。
だが、今日は何故か走って病院まで行った。
今日は何か別の予定がある訳でもない。
バイトがある訳でもない。
ただ、、、
ものすごく嫌な予感がする。
「美坂、いるか」
俺はそう言いながら、軽くノックをして、美坂の病室に入った。
「元気か、美坂」
「…………」
返事が無い。
美坂は、ただ無言のまま俺を不思議そうに見つめる。
「ど、どうした美坂」
だが、美坂は一向に返事をする気配は無い。
まさか、
もう俺の事を忘れてしまったとか、
そう思った瞬間、美坂がゆっくりと口を開いた。
「えっと、貴方、、誰だっけ」
美坂の口から、最悪の事態として予想したものが現実となったことを突きつけられた。
「美坂、覚えていないのか、俺だよ、北川だよ」
「だから貴方の事なんて、、」
その瞬間俺は激しい悲しみに襲われた。
美坂はもう俺の事を覚えていない
そんなの嫌だ
認めたくない
「俺だ。 北川だ。 思い出してくれ美坂」
俺は美坂の肩に手を置き、彼女を揺さぶるようにしながら怒鳴りつけるかのように話した。
だが、美坂は他人を見る眼で「知らない」と言い続けた。
だが、俺は何かの怒りをぶつけるようにその行為を続けた。
どの位続いただろうか、
少しずつ、美坂の眼が他人の眼から不思議そうな眼へと変わった。
いつの間にか俺の顔が涙でくしゃくしゃになっていたのだ。
「な、何で泣いてるの」
彼女からその言葉を聞いた瞬間、俺は気の高ぶりが頂上に達した気がした。
気がつくと俺は彼女に抱きついてうなっていた。
「お願いだ、思い出してくれ美坂」
「………」
美坂は何も返事をしなかった。
「俺、お前にだけは忘れたくないんだ。」
俺の口から後から考えれば恥ずかしくなる事確実な言葉が俺の口から吐き出された。
「美坂、俺、、、 お前の事好きなんだ」
「え、、、」
その後も俺は意味があるのか無いのか、そしてとても恥ずかしい言葉を泣きながら連発した。
しばらくして、俺の何かが途切れかけ、意識がもう一歩で消えてしまいそうなとき、
突然、美坂が俺を抱きしめだした。
そして、
「き、、、たがわ、、、くん、、、」
確かに、美坂は今はっきりと俺の名を呼んだのだ。
「み、美坂、、」
俺は弱々しく彼女の名を呼んだ。すると、
「北川君、何随分恥ずかしい告白してるのよ」
「み、美坂、思い出したのか」
俺は、彼女の顔を覗き込んだ。
「美坂、泣いてるのか？」
彼女の顔は俺のように涙でクシャクシャだった。
「なんでなの、あたしの記憶、どんどん滅茶苦茶になってる。
あたしの記憶、いつのまにかスカスカになってる。」
「美坂、、、」
「何で、何で北川君の事ほとんど思い出せないの」
その言葉には、俺の事をまだ完全に思い出して無い事を物語っていた。
「美坂、もういい。 俺の事を思い出しただけでも十分だ。」
正直、これ以上彼女が苦しむ姿を見るのは嫌だった。
「そんなの嫌よ、あたしの気持ちに矛盾ができるわ。 このままじゃ」
彼女はそう言うと、顔をどんどん赤らめながら、そしてまた、さらに悲しみを強くしながら、
「なんで、こんな時に自分の気持ちに気づくの」
「美坂、それってどういう」
「あたしも北川君の事が好き。 好きよ。 大好きよ」
それは、予想外の、
突然の告白であった。
「だけど、嫌なの。 好きなのに、その相手のことをほとんど覚えていないの。
それに、明日にはまた覚えていないような気がするの。」
多分、美坂の言う通りに、明日にはこの調子だと多分全ての記憶が消えているだろう。
「美坂、、、」
「何、北川君」
「心配するな、例え忘れても今回のように何とかするから。
それに、もし忘れたままでも俺、美坂の事、好きでいたいから、、、 な」
「ありがとう、北川君。 ごめんね、せっかく両思いになれたのに」
「こっちもごめん。 何にもできなくて」
その瞬間、二人の眼が合った。
二人は静かに目を閉じた。
そして、ふたりの唇が静かに合わさった。
瞳、唇、服、、、 所々に流れ落ちた二人の涙が、まるで最後を惜しむように交じり合った。
二人はあまりにもの少ない恋人としての時間を過ごした。
次の日、予想通り美坂は記憶を完全に失っていた。
また、相沢も同じく完全に白紙に戻っていた。
だが、もしかしたらこの方がよかったのかもしれない。
もう二人は全ての記憶の鎖が流れきった後なのだから、
次に記憶が戻るのなら、新しい鎖に繋がるのだろう。
それならば、もう思い出しても記憶が無くなることも無い。
もう、二人はすでに失うものは失いきったはずなのだから・・・
そして、
明日、ついに彼らは高校を卒業する。
さまざまな思い出、辛い出来事、
ある二人が記憶を失った。
彼らはハジメマシテからやり直した。
奇跡的に、二人はすこしづつ記憶を取り戻しつつあった。
そして、４人のグループから、二組の婚約カップルが生まれた。
そして、残すことは、後一つとなった。
「ここでいいのか、北川、名雪」
「うん、確かここだよね」
「ああ、ここでいいはずだ」
「何なの、二人の言う卒業前に行かなくてはいけない所って」
「それだけじゃないよ、来週のわたし達二組同時の結婚式の前にも、行かないといけない所だよ」
「何処なの、そこは」
俺と水瀬は、口を揃えてこう答えた。
「二人の最後の記憶の置かれた場所だよ」
そして、俺達はもう少し歩いた。
そして、、、
「ついた。ここだ」
そこは、とある墓地だった。
「何で墓地なの」
「だけど、何か本当に何かとんでもない事を忘れている気がするな」
「この墓だね、北川君」
間違いない。 この墓だ。
「実はここにはある人が眠ってるんだよ」
「俺達は実は一ヶ月に一回はここにお参りをしている」
「誰の墓なんだ」
「多分、見たら今の香里と祐一ならすぐ思い出すよ」
美坂と相沢は、そこの墓の主の名前を見た。
そこには、ある少女の名前が、、、
美坂 栞
「美坂 栞」
二人は、口をそろえて彼女の名前を口にする。
二人の脳裏に半年以上忘れていた少女の姿が、まるで記憶という波が逆流するかのように思い出させられる。
また、栞ちゃんの最後の時の出来事も、
そして、自分達が一番知っていなければいけない少女をいままで忘れていた事を。
「栞、栞なの、ここに栞が眠っているの」
「な、なんで今まで教えなかったんだ。こんな重大な事を」
またショックで記憶を失わせる訳にはいかない。
俺は、そう答えた。
「じゃあ、あたし達は栞に誤りもしないで、幸せな時間を送っていたの、
そんな自分勝手な事をあたし達にさせていたの」
美坂が半分壊れたのかキレたのか、そんな声で怒り出した。
俺はその言葉を前に、抑えていたものが爆発した。
「だけど、彼女を覚えていたらこんな幸せな時間を造ることができたか」
「え、、」
「それで俺達は幸せになれたか、まず二人とも栞ちゃんの事を考えて遠慮しただろ」
「そうに決まってるだろ。 それの何処がいけないんだ」
「それが、栞ちゃんが望むと思うか、自分のせいで幸せを逃がしてる姿見て嬉しいと思うか」
「だけど、どう墓の前で謝ればいいのよ」
気がついたら俺は、美坂に一発殴っていた。
「何するのよ、北川君」
俺は、初めて女性を殴った。
「何で自分が幸せになるのを怖がるんだ。」
俺はいままで見せた事の無い姿を美坂に見せた。
美坂はその俺に驚き戸惑いを隠せないでいる。
「俺はうらやましいぞ、墓の前に自分が幸せになる事を謝れることが」
「え…どういうことなの、北川君」
「どうゆうことなんだ、北川」
二人が、 いや、水瀬も不思議そうな眼で俺を問い詰める。
「俺は三年前に、父と母と、そして一人の女性としても愛してしまった妹を失った」
「え、北川君の御家族、、」
それは、忘れたものではない。
初耳なのだ。
今まで誰にも話さなかった俺の悲劇が、今、俺自身の口から話される。
それは、美坂 香里の失った悲しみをも超える出来事だった。
美坂はそれを聞き終えると、反論できなくなった。
「北川君、それ、本当なの」
「ああ、俺は今は亡き妹がいながら美坂を選んだ。
だが、俺はそれを謝ることが不可能なんだ。
俺だけが幸せになっても、それを墓の前で謝りたくても無理なんだ。」
「本当なのか、北川」
「すまないな、今までだまってて、とにかくだから二人には、謝って幸せになってほしいんだ」
「じゃあ、今まで一人暮らしをしてたのは、親がいなかったからなの？ 北川君」
「ああ…美坂の言う通りだ」
俺の初恋は最愛の妹、姫里であった。
俺は、自分に起きた事実に相当苦しんだ。
だが、苦しんでいたのは俺だけではなかった。
姫里も、俺に恋心を抱き、苦しんでいた。
偶然見えてしまった姫里の日記に、そうはっきりと告げられていた。
ある日、俺達は本当の兄妹ではないことを両親より告げられた。
俺は、姫里が部活のキャンプ行ってたとき、この禁断の気持ちを親に暴露した。
両親は俺たちが付き合うのを、反対どころか早く孫が見たいといい応援してくれた。
苦しかった日々から脱出できると思った。
姫里がキャンプから帰って、疲れがとれてから、俺は姫里に告白しようと考えた。
事故が起きたのは、その矢先だった。
キャンプ帰りの姫里を連れた両親の車が、トラックにぶつかりそのまま炎に包まれたまま海へと転落。
両親は、孫を見る前に逝ってしまった。
姫里も、禁断の恋に苦しむまま、この世を去った。
遺体は海に落ち、そのまま未だに発見できず、
家族の死に目を見る事も
家族の墓にお参りする事も
俺はできないのだ。
家族が死に、俺は、狂いに狂った。
周りの慰めは、そのときの俺にとって、怒りを増大させるだけの結果となった。
俺は親戚に邪魔者扱いされ、施設に送られる寸前で、俺は一人暮らしを決定した。
美坂に出会わなかったら、未だ俺は人を愛することが出来なかっただろう。
水瀬に出会わなかったら、今でも俺の心の奥に、人に対する憎しみを覚えていたのだろう。
相沢に出会わなかったら、俺はこの先ずっと勇気なんて忘れていたのだろう。
皆がいたから、俺は今の俺に成長できたんだ。
「何暗くなってるんだ、昔の事だ。 気にするな。
さて、卒業式前のお参りでも開始するか」
「そうだな、栞と話すのも久しぶりだからな」
「そうね、まだ栞に謝ってないからね」
「わたしも、まだ栞ちゃんの彼氏奪ったことまだ言ってないから」
こうして、俺達は栞の墓前で、栞ちゃんにそれぞれの想いで謝り始めた。
そして願わくば
家族への謝りも
栞ちゃんを通じて伝わる事を祈る
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転載、無断引用を固く禁止します。
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