第二幕
(商店街。名雪と北川、二人で歩いている。)
潤「オレさあ。思うんだけど。なんか、美坂にうまいこと言いくるめられちゃった気がしてならないんだけど」
名「うん、わたしも冷静になって考えてみると、そうも思えてくるよ。」
潤「まあでも、引き受けちゃった以上はやり遂げなきゃならんか。」
名「うん。あのジャムをどうにかしないといけないのは事実だしね。」
潤「と言うことで、早速現地に向かうか。」
(二人、一度退場。)
(水瀬邸前。名雪と北川、門の前に立っている。)
名「ここが水瀬邸、わたしの家だよっ。」
潤「奇人変人が三人以上も住んでる割には、まともな家だよな。」
名「その三人って誰と誰と誰？ もしわたしが入ってたらぶつよ。」
潤「・・・名雪さんは入っておりません、ですから三人の詳細は存じ上げません」
名「なんだかひっかかる言い方だけど、まあいいよ。さ、中に入るよ〜」
潤「え、そんな何の警戒もなく入っていっちゃって大丈夫か？」
名「大丈夫だよ。そもそもここわたしの家だよ？ 北川君は、招かれてもいないのに遊びに来た、ってことにすればいいよ。」
潤「その、招かれてもいないのに、ってのは一体何だ。」
名「細かいことは気にしちゃ駄目だよっ。お母さんただいま〜」
(名雪、扉を開ける。秋子登場。)
秋「お帰りなさい名雪。あら、そちらは北川さん？」
潤「オレの名前を知っていてくれるとは、光栄の極みでございます秋子さま。」
秋「うふふ、おもしろい子。待っててね、今おやつを用意してあげるわ」
(秋子、奥に引っ込む)
潤「どうしよう水瀬、オレ、秋子さんに褒められちゃったよ！」
名「何有頂天になってるの。もしかしてお母さんに気でもある？ そりゃ人の趣味にいちいちケチつけるつもりはないけど。でも自分が相手にされるだけの存在かどうかって事は認識した方がいいよ。まあそれはいいとして、わたし達の本来の目的を忘れたらダメだからね？」
潤「・・・わかってるさ。早速件のものの始末にかかろう。」
(秋子再登場)
秋「二人とも、用意ができたわよ」
潤「うわ、早！」
名「ちょっと予想外だね。でも、これで怪しまれずに台所に入れるよ。たぶんあそこにジャムがあるんだろうからね。」
潤「そうだな」
(二人とも、一度退場。秋子を加え、三人で再入場。)
秋「さあどうぞ。遠慮なく食べてね。」
潤「ありがとうございます！ いちごのクレープですか、いちごっていいですよね、なんだか食べてしまうのが罪であるかのような背徳が感じられたりして」
名「なに言ってるの？」
秋「紅茶も煎れますね。そこにあるジャム、好きなだけ入れてくださいね。」
潤「ロシアン・ティーですか、いいですね！ 」
名「・・・・・。」
(名雪、テーブルの上を凝視)
潤「ん、どうしたんだ水瀬？ 凝固して何かを見つめているようだが、って視線の先はジャムか、あのジャムがどうしたんだ？ ってまさか？！」
名「・・・件のジャムだよ。」
潤「なんということだ！ 探し求めていたものとこんな形で出会うことになるなんて」
秋「一体どうしたんですか？」
潤「どうもこうも其のジャム、って秋子さんにこのことを言ったら駄目じゃん！」
秋「・・・？」
(名雪、音を立てずに逃げ去る。)
潤「ああ、どうしよう、まさか秋子さんが見てる目の前で瓶をつかんでぽいっと捨てるわけにも行かないし、かといってこのまま放置するのはとても危険だし、ああどうしようどうしよう、どうすればいいんだ水瀬？ っていないし！」
秋「あらいつの間に。部屋にでも行ったのかしら」
潤「さてはあいつ一人で逃げたな！ チクショウ、待ってくれよお」
秋「北川さん、少し落ち着いた方がいいですよ。名雪のところに行く前に、せめて紅茶ぐらい飲んでいきませんか？」
潤「ああそうですね、折角だから冷めないうちに頂きましょうか。って、何ジャム入れてるんですか！」
秋「あら、さっき喜んでたみたいだから、好きなんだとばっかり。それとも入れすぎだったかしら？」
潤「イヤソノ、なんて言うか、入れすぎは入れすぎなんですけど、その何分の一でいいとかいうことではなく、限りなく０に近い状態でなければならないというか、０でないと困ります。」
秋「あら・・・つまり入れたらまずかったということですよね。どうしてですか？」
潤「エエ、アノー、ナンテイイマスカ、ソノー、説明は後でシマスカラ、オレ、名雪さんのところ行っテキマス、待たせるとお仕置きが怖いノデ」
秋「まあ、そう。じゃあすぐに戻ってきてくださいね。」
(北川退場。場面転換、道具とともに秋子も撤収。)
(家の前。名雪がうろうろしている。北川が家から出る。)
名「あ、北川君出てきた。ねえ、わたしの分のいちごクレープ持ってきてくれた？」
潤「は？ 持ってくるわけねえだろ。」
名「えー、なんで！」
潤「いや、なんでじゃねえよ。出かけるわけでもないのに、そんなものわざわざ外に持ってきたりしねえだろ。
だいたい水瀬、オレを置いて一人で勝手に逃げやがって。どういうつもりだよ」
名「え。だって・・・」
潤「おかげでオレ、危うくジャム入り紅茶飲まされるところだったんだぜ？」
名「・・・多少怖い目に遭うのも、人格形成の上では必要なことだって言うよ？」
潤「この場合むしろ人間不信招くと思います。人格壊れます。」
名「じゃあ、あらかじめ断ってから逃げた方がよかったって言うの？ 北川君わたしこれから逃げるから後のことはよろしくねあわたしの分のいちごクレープちゃんと持ってきてよ、って言った方がよかったの？」
潤「そうは言わないが・・・」
名「じゃあいちいち文句言わないでよ。だいたい、自分の任務もちゃんと果たせなかったくせに、えらそうだよ」
潤「それは水瀬も同じだろ、ジャムを前に逃げたりして」
名「なに言ってるの？ その事じゃないよ。わたしの分のいちごクレープ持ってこなかったことだよ。」
潤「まだそれにこだわるんかい！ て言うかそれオレの任務じゃねえだろ」
名「えー？！」
潤「『えー？！』じゃねえよ！ そんなに欲しかったなら自分で持ってくればよかっただろ。それとも俺は水瀬の召使いか？」
名「だってだって・・・気分がもういちごモード１００Ｃｍなんだよ。思春期の少女がいちご見せられたら誰だってこうなっちゃうよ。だからね、北川君、なんでもいいからおわびに商店街でいちごものおごって。」
潤「だからなんでそうなるんだよ！ しかもお詫びってなんだよ、オレがなにしたっちゅーねん！」
名「ねえ北川くん。さっき、いちごは背徳感がどうのとか言ってたよね。あれって・・・えっちな意味だよね？」
潤「えっ？！」
名「いやらしー。明日、女の子全員に話しちゃおうかなー」
潤「ちょ、ちょっとやめてくれ。そんな事されたらピュアでウブでセンチメンタルだというオレのイメージが崩れてしまう」
名「そう言われても。どうしようかなー。真実隠すと叩かれる時代だしなー。」
潤「お願いします、せめて弁明の機会をください。」
名「そうだねー、ここは北川君の心がけ次第かなー。」
潤「・・・わかりました、いちごものおごらせていただきます」
名「やった。」
潤「うっうっうっ、これって脅迫だ・・・」
名「わ、また北川君がヘンなこと言ってる。自分で自分のことピュアでウブでセンチメンタルだとか言ってたし。やっぱりみんなに真実を伝えないとダメかな」
潤「申し訳ありませんでした、あくまで自発的意志でおごらせていただきます！」
名「うん、それじゃ早速行こうか」
前のページ
次のページ
戻る