ミラクル☆パワーの使い方
「あなたは、伝説のプリンセスの生まれ変わりなんだよ！」
突如、電柱横のゴミ箱から出てきた、小さな女の子。
彼女は、買い物帰りの舞達三人に向かって、そう告げた。
「…どうしよう。おかしな子供に絡まれた」
「おかしくなーい！大真面目だよ！」
年は七歳くらいだろうか？
黄色い髪、ツインテールの彼女は、服に付いたごみを払いながらプリプリ怒っている。
「この世界は狙われているの！そして、世界を守るために、あなたの力が必要なの！」
舞の手をぎゅっと握って、おかしな事を言う彼女。
「アメやるから帰ってくれ」
「おやつが欲しいわけじゃないの！もぐもぐ」
「そう言いつつ食うんじゃない！」
「まあまあ、祐一さん。折角ですし、付きあってあげてもいいじゃないですか」
そこに、今まで沈黙を守っていた舞が、口を挟んだ。
「…待って…この子、なんだか懐かしい感じがする」
「そりゃそうだよ！なんたって私達は、前世で共に戦った仲間！」
「おいおいおいおい」
「さあ、これを持って変身を！そして悪を懲らしめるの！」
そう言って彼女が差し出したものは、いかにも子供向けな、ピンクのバトン。
その先っぽには、取り忘れた値札がついている。
ちなみに、値段は五百円。（税込み）
「テレビの見過ぎだ、子供」
「子供じゃないよ。わたしの名前は…そう！キューティ☆ミア！」
「今、一瞬考えただろ」
「…そんなこと無いよ」
ごあごあごあーっ！
「早速、悪いやつがやってきたよ！」
「まったく、俺達だってそんなに暇じゃ……おわっ？！」
ミアの指す方向から、本当に何かが飛んで現れる。
「ファ…ファンシー？！」
それは、ぬいぐるみっぽい質感の、プテラノザウルス型怪獣だった。
「かわいいです〜」
それはてこてこと、誰かの家の庭に入り、犬小屋の側に置き忘れられていた、ペットフードを漁りだした。
ちなみに、犬小屋の中には何もいない。主人と一緒に散歩にでも行ってるらしい。
「…せ、せこいっ！」
「…なんてひどいことを…！犬さんがかわいそう…」
「……」
舞と祐一の間では、大きく認識の隔たりがあるようだった。
「ほら！あなたも変身しないと！じゃないと奴は倒せないよ！」
「いや、普通に追っ払えそうな気がするんだが…」
見るからに弱そうなその怪獣に、祐一は近づいていく。
「おい、お前。そういうみっともない真似はやめ…」
ばしいっ！
「う、うわああ！」
怪獣の腕（？）の一振りで、祐一は舞達の所まで吹き飛ばされた。
「…おかえり」
「ただいま…じゃない！ただの着ぐるみかと思ったら、強いぞ？！」
事ここに至って祐一は、あの怪獣が危険なものだと認識する。
「あなたには力があるわ！何者にも負けない強い力！」
「…私の…力……」
「確かに舞は、『力』を持ってるが…」
あれはそういった類のものだろうか？
祐一も、佐祐理も、舞自身も疑問に思う。
「…どうすればいいの？」
「このバトンを持って念じればいいんだよ」
「…わかった」
「い、いや、今更、その年で変身魔女っ娘は無いと思うんだが…大学二年生」
ジロッ
祐一はすごい目で睨まれた。
「わ、わかったよ」
久しぶりに、舞の気迫のこもった瞳を見せられて、祐一は後ずさった。
舞も女の子。年齢の話は禁句らしい。
バトンを持って念じる舞。
それに合わせて、ミアは謎の呪文を唱えた。
「ほわほわお天気、お日様さんさん、ラブリーキュートにホーリーチェンジ！」
ぴかー――――――っ！！！
舞を中心に、閃光が走る！
「うおおおおっ？！」
「きゃっ！」
「…！」
そして、閃光にくらむ目が治った時、光の中心だったところにいたのは…
「ハッピー舞の誕生だよ！」
メイドさんの服をピンク色にして、スカート丈を短くしたような物を着た舞だった。
「うわ、かなり恥ずかしい名前と格好だ！」
「素敵ですよ、舞〜」
「なんか息が荒いですよ、佐祐理さん？！」
「……」
バトンを両手でぎゅっと握り、恥ずかしそうに右へ左へ視線をそらす舞。
「がおがおがおーっ」
そこに再び、怪獣の声がする。
箱入りのドッグフードを全部平らげて満腹になったらしく、彼（？）はぺたん、と地面に座っている。
「さあ、あいつをこらしめてあげて！」
「…これで殴ればいいの？」
「バトンを振って『ときめきはっぴーフラッシュ！』って言えば、すごい力が出ちゃったりするよ！」
「…これはアレか？羞恥プレイか何かなのか！？」
「……………」
しかしその台詞は、羞恥心が勝っているのか、なかなか出てこない。
「さあ、早く！」
「…」
「……」
「………」
「……」
静止時間十五秒。
「と…ときめきはっぴーフラッシュ」
舞の、その言葉を待ってました、と言わんばかりに、飛び出していくピンクの光線！
ぴかーっ！
それは一直線に怪獣に向かい、命中、爆発する！
スガガガガガガン！！
「ごーあーっ！」
ピンク光線の爆発によって、空高く吹き飛んでいく、謎の怪獣。
「やったよ！見事に敵を倒した！」
「わかり易いやられ方だ！」
えっへん、とミアは腰に手を当て、祐一たちを見上げた。
「どう？これで彼女が正義のプリンセスだって信じてもらえた？」
「いや、全く」
「なぜっ？！」
「都合良すぎだろ！展開が！」
「祐一さん、信じてあげてもいいんじゃないですか？」
佐祐理は魔法少女姿の舞を見つめて、うっとりしている。
「佐祐理さんが敵に回った！？」
「突如現れた謎の少女。彼女は一体何者なのか？
そして、謎の敵の正体とは？！
次回 ハッピー舞 『新たなる目覚め』 に ホーリーサンシャイン！」
「勝手に次回にするなっ！」
それから少し後…舞達三人が借りているアパートの一室にて。
「…で、なんでここについて来ますか、君は」
全員がテーブルについて、ミアの話を聞いている。
「わたし、最近目覚めたばかりで、住む家とかないの」
椅子の上で、床に届かない足をブラブラさせながら、ミアは答えた。
「……」
…なんか昔に、真琴が来た時のことを思い出すな。
あいつよりも話が突拍子ないけど。
祐一は、水瀬家の暮らしを懐かしく思った。
…元気かな、あいつ。
「…確かに、舞が変身したのは事実だし、言ってることがまるっきり嘘とは思えないが…」
「家事のお手伝いとかするから、飼ってもらえないかな？」
「わざわざやばい表現をするなっ」
「なんだったら、メイドさんにもなるよ！」
「ならんでいい！てかそんな特殊趣味、どこで覚えてきたっ？！」
佐祐理は人差し指を口に当て、さっきからうーん…と考えている。
「ミアちゃん…でしたっけ？」
「はい」
そこで佐祐理はうん、と一人頷いた。
どうやら結論が出たらしい。
「これからよろしくね」
「…ありがとう！」
「い、いいの？佐祐理さん」
「はい〜」
祐一の心配を解くように、舞は言った。
「大丈夫。悪い感じはしないから」
「…まあ、舞がそう言うなら、いいけどさ」
祐一もあの頃とは違う。
無闇に疑ってばかりなのも、よくないと思っていた。
「ただし！どういう訳でそうなったのか、きっちり説明してもらうからな！」
「ぐあ〜、つ、疲れた…」
そこからたっぷり三時間。
祐一はミアの魔法少女設定を、えんえん聞かされ続けた。
舞はアトランチスのプリンセスの生まれ変わりで、強力な力を持ってるだの。
アトランチスを滅ぼした敵が、今また、日本を滅ぼそうとしてるだの。
変身の仕組みをえんえんと語られたり。（服の物質変換を瞬時に行って…）
魔法の力は愛とやさしさでできているだの。
「今日はとっとと寝よう…ツッコミすぎて体が変な感じだ……」
居間に布団を敷いて、寝巻きに着替える。
「冷えてきたからなー。布団が恋しいよ」
と布団に目をやった時、祐一はそこに伸びた、自分のものでない影に気づいた。
「…祐一…あの…」
影の先にあったのは、くまさんパジャマを着た舞の姿。
手に、自分の枕を持っている。
「…一緒に、その……」
「ああ、いいよ」
三人で暮らすようになってから、舞はいつも祐一や佐祐理と一緒にいた。
どこかに出かける時も、ご飯を食べる時も、眠る時も。
「…ごめん、いつも……」
「まあ、気にするな」
言いながら、同じ布団に入る二人。
舞はどうしようもなく不安だった。
剣を捨てた自分が。
今まで頼ってきた物を、失った事が。
代わりに手に入れた、かけがえの無い、二人との生活。
けれど、一人になった時、側に頼れるものが無い時、不安がどっと押し寄せてくる。
一人でいる事が、怖くなっていた。
「しかし、こうやって女の子が横に寝てると…つい、むらむらっときて、手を出たくなるなぁ」
茶化すように、祐一はそう言った。
「……祐一が望むなら、私…」
いつもより気弱になっている舞に対し、祐一は、そっと頭をなでて。
「冗談だよ」
まるで舞の父親であるかのように、にっこりと笑った。
「…そういうのは、お互いがしたい時にするもんだ」
夜は、いつも通りに過ぎていった。
そして、それから三日目の朝。
「大変だよ！またドワル獣が悪さをしてるよ！」
「いつそんな名前ついたんだ？」
「赤信号なのに道路を平気で渡ってるんだよ！」
「やっぱりセコイ！」
ミアに引っ張られ、駅前に向かうと、今度はそこに首長竜型怪獣がいた。
ごふふふふーっ！
そいつは横断歩道の無い道路を、しゃかしゃかと行ったり来たりしている。
しかし、ほとんど車の通らない場所なので、まだ実害は起こっていないようだ。
「早く変身して、あいつをこらしめて！」
「いや、ちょっと待て」
「……？」
ズボンのポケットから何かを取り出す祐一。
「今回はサングラスを持ってきた！」
「それでどうするんですか？」
「前回は眩しくて見えなかった、変身シーンを見る！きっと服は一瞬消えてるに違いな…」
びしっ！びしっ！
祐一に舞チョップが炸裂。２５のダメージを与えた。
「いたたた！わ、わかった、やめるからっ！」
「…祐一のえっち」
舞は真っ赤になって俯いた。
「さあ、今度は変身の呪文も舞が唱えて！」
「…え、え？！」
バトンを渡され、いきなりの台詞にとまどう舞。
「ごふ？」
首だけを器用に百八十度回転させて、こちらを向くドワル獣。
どうやら舞達に気づいたようだ。
「ごごっふごっふ！」
ビュン！
「うわあっ！」
先ほどまでの歩きとは違い、いきなり高速になって襲いかかって来るドワル獣。
祐一はすんでの所で、それをかわす。
「何で俺を真っ先に？！」
その横で、舞は別のものに苦戦していた。
「…ほ、ほわほわ……」
「やっぱり恥ずかしいみたいですよ」
「あの格好は平気なのにか？…うおっと！」
「うう…しょうがないなぁ…」
結局、台詞はまたミアが言うようだ。
「ほわほわお天気、お日様さんさん、ラブリーキュートにホーリーチェンジ！」
ぴかーっ！
「お待たせしましたハッピー舞、道路を守りに只今参上！」
「…決め台詞多いな…」
「そりゃもう、わたし、徹夜で考えたから！」
「……」
バトンを敵に向けて構え、舞は例の呪文を唱える。
「と…ときめきハッピーフラッシュ！」
さささっ！
「！かわされたっ？！」
舞に迫る高速の影！
しかし、その時！
ばきっ！
「ごふっ…」
「あ…」
「さ、流石だな…」
迫り来るドワル獣を、舞はバトンで反射的に、コンクリートへと叩きつけていた。
「えーっと…」
「………」
ぴくぴくしているドワル獣に、今度はゆっくり呪文を唱えた。
「…ときめきハッピーフラッシュ」
ぼぼーん！
「ごごっふー」
きらーん
またドワル獣は、空のかなたに消えていった。
「盛り上がりに欠けるやっつけ方だな…」
「転校生の女の子がやってきた。彼女のピアノに酔いしれるクラスメイト達！
だがしかし、それは新たな敵の予感を伴うものだった…
次回 ハッピー舞 『転校生は宇宙人？！』 に ホーリーサンシャイン！」
「宇宙人とか、来るわけ無いだろっ？！」
「いや、万が一くらいの確率であるかも…」
「ないない！」
のどかな金曜の午後。
『休日は、家族と一緒にわんこ帝国へ〜』
いかにも幸せ満開です、って感じの親子が、テレビの中からわんこと一緒に手を振っている。
「わんわん〜」
それを見つめるミアからは、いいなぁ〜、わたしも行ってなでなでしたいな〜、ってオーラが溢れていた。
「…行きたいのか？」
「い、いや、そんな事全然あるよっ」
「あるんだ」
ウキウキしながらＣＭを見てるミアは、普通のかわいい女の子に見える。
「…わんわん」
「舞もかっ！」
きらきら〜
祐一を見つめる二人の目は、輝きに満ち満ちていた。
「なんか、お前達がすでに犬に見えるんだが」
「あはは。みんなで行きましょうか、日曜に」
洗濯物をたたんでいた佐祐理さんは、舞達に向かってにっこりと微笑んだ。
「わんわんわんわん――――――っ！」
「…わんっ」
「結局来てしまった」
「まあ、いいじゃないですか」
大型犬との触れあいコーナーにて、異様にはしゃぐ子供が一人。
「もう、この肌触りがたまらんですなぁ、へっへっへっ」
「お前はスケベ親父かい」
「だって、わんわんだよ？」
「意味がわからんっ！」
「今までこうやって、ちゃんと誰かと出かけるなんて、なかったから…かなり嬉しい」
その時、ミアは一瞬、子供にはありえない、遠い昔を思い出すような顔をした。
「…そっか」
その隣で、舞はずっと、座ったまま白い犬とわんわん言い合っていた。
もう一時間近く、ここにいるだろうか。
よく二人とも疲れないものだ。
「わんわん」
「…犬と会話してるのか？ひょっとして」
「わんっ」
「いや、俺、犬語はわからないんで」
と、かなり長々居座ってる俺たちの所に、黒髪ショートカットの女性職員が、注意にやってきた。
「お客さん〜、そろそろこの子離してあげてください。犬もあんまり撫ですぎると、くたくたに疲れてしまいます」
「え〜っ？！」
「いいから、離してやれ。お前、犬を撫で殺しする気か？」
舞は犬から目を離し、頭上を見上げた。
その時。
「…あなたは…」
舞の中で、急速に蘇る思い出。
「あ、あれ？…あなた、ひょっとして、舞ちゃん？」
「…藍ちゃん？」
「あれ？舞、職員の人と知り合いなの？」
―――死んだはずの愛犬を、蘇らせた少女―――
彼女は、テレビでは、そう紹介されていた。
奇跡の少女。
舞と同じ力を持つ、少女。
舞と同じ番組に出て、共に貶められた、少女。
「やっぱり舞ちゃんだ！久しぶり〜」
藍は作業着のまま、がばっと舞に抱きついた。
「舞のお知り合いですか？」
「ええ、そうなんです〜。…と言っても、実際会ったのは一日だけでしたけど」
彼女達の運命を変えた、あの収録の日。
ただ一度だけの出会い。
「あ、私、青島藍と言います。どうぞよろしく」
「倉田佐祐理です」
「相沢祐一です」
「ミアだよっ」
「…お前、そういや、苗字ないのか？」
「ないよ！アトランチス人だから！」
「……」
藍は、祐一とミアのやりとりで笑いそうになるのを、くっ、と抑えた。
「……で、三人は舞ちゃんの、お友達？」
「…大切な、人達」
「そっか…いい人見つけたんだね」
目を細めて、見つめる。
わんわんっ！
構ってもらえなくなった犬が、こっちを見てもらおうと吠えた。
「…わん」
振り向き、また、犬との謎会話を再開する舞。
「わんわん、かわいいよね〜」
「…うん」
舞は犬を撫でる。優しく、優しく…
「あたし今、ここの飼育係やってるんだ」
「……羨ましい」
「いいっしょいいっしょ。もっと羨ましがれっ」
「……」
「…あはは、冗談だよ」
手を上下にぱたぱたさせ、否定する。
「正直、舞ちゃんの方が羨ましい…」
消え入りそうな声で、呟く。
「私は、今だにいい人見つけられないよ」
「…藍ちゃん……」
「あれ以来、人の目が怖くなっちゃって…」
過去を思い、藍は寂しそうに笑った。
そこにあったのは、犬の死体。
スポットライトに照らされて、横たわっていた。
自分はその犬に手を当て、生き返りますようにと、祈っていた。
けれど。
「やっぱ無理だよそんなの」
「死体の犬が蘇るなんて、ありえねぇ」
一度ぴくりと動いただけで、その骸が息を吹き返す事はなかった。
それは、当たり前だ。
自分は、その犬の事なんて何も知らない。
いつも自分を見守ってくれた、大切な人。
その人が生き返って欲しいって、心から願って、信じて、奇跡は初めて起こるのに。
よくわからないお金持ちの人の、飼ってた犬を蘇らせろ、などと、無茶もいいところだった。
「まあ、子供ですし。生き返らせたと言う犬も、単に死んでたと勘違いしただけでしょう」
「目立ちたがりも、大概にして欲しいものですね」
しんみりしてしまった帰り道。
夕焼けに響く犬の声が、寂しさを際立たせていた。
ミアは、はしゃぎすぎて疲れたのか、眠ってしまい、祐一がおぶさっている。
「…佐祐理…祐一……」
藍と出会ったせいで、心の中に蘇った過去。
「…私、二人の側にいて、いいの…かな」
誰も遊んでくれなかった、自分。
「二人に迷惑、かけて…」
一人ぼっちの、自分。
「そ、そんな事ないよ」
佐祐理は否定する。
舞がいるからこそ、舞の幸せを考えられるからこそ、自分は存在できるのだ。
迷惑なんて、全然思っていない。
「ああ、迷惑かけられてるな」
「祐一さん？！」
祐一は肯定する。
迷惑は、共にかけあうものだと、思っているから。
喜びは、共に分かち合うものだと、信じているから。
「その分、俺は舞から……どこまでも一生懸命な、ひたむきな心を、分けてもらっている」
「祐一…」
「お互い様だ」
「う…ううっ……」
舞は、祐一の上着を掴み、その胸の中で、静かに泣く。
夕日は、そんな彼らを赤く包んでいた。
「舞！アクダ怪人が街を攻撃してるよ！」
「前回と呼び方違うぞ？！」
などと言いつつ、また引っ張られて向かった先は、閑静な住宅街だった。
がおがお〜っ
「今度はステゴザウルスが、壁に落書きしてますね〜」
「…なんか悪さと言うより、小学生が考えたいたずらっぽいな」
「ぎく」
「…お前、今、何か言ったか？」
「ううん、何にも〜」
ミアはぷい、と音が出そうなくらいの勢いで、横を向いた。
「さあ、変身だよ、舞！」
「……」
「…まだ、言うの恥ずかしい？」
「…（こくこく）」
「しょうがないなぁ、じゃあいくよ？」
「ほわほわお天気、お日様さんさん、ラブリーキュートにホーリーチェンジ！」
ぴかーっ！
「お待たせしましたハッピー舞、白壁守りに只今参上！」
アクダ怪人は、今度はその変身の光だけで異常に気づき、こちらを見た。
変身したてほかほかの舞と、そのつぶらな瞳は見つめ合う。
「おおーっと！ここで白き野獣が吠える！貴様はここに来てしまった！俺の目の前に！俺の牙の目の前に！
なんておろかな事だ！お前の運命は、もはや食われる事しか残っていない！」
「しかし、負けじと赤き闘士も睨み返す！食われるのはお前の方だ！
その柔らかい肉をバラバラにし、グラム単位で肉屋に売ってくれる！」
「あ、あの…佐祐理さん。プロレス解説風な煽りは入れなくていいから」
「ふぇ？折角、解説キャラになろうと、色々勉強しましたのに」
「怖い表現使うから、舞が泣きそうになってますよ」
「ああっ！舞、ごめんねっ」
舞をなだめるのに十分ほど経過。
「……さ、さあ、ハッピー舞！そろそろ行こう！」
「…うん」
その間、律儀にじーっと待っててくれたアクダ怪人。
結構いい奴かも、と祐一は思った。
勝者 ハッピー舞
敗者 アクダ怪人
所要時間 十五分
決まり手 ときめきハッピーフラッシュ五連発
「来週は、今までの戦いを振り返る、総集編だよっ！
次回 ハッピー舞 『過去と未来が交差する時』 に ホーリーサンシャイン！」
「…うそんこ予告、そろそろやめないか？」
ある日佐祐理は、一人の時に、居間に脱ぎ捨てられている変な服に気が付いた。
「あら？これは舞の魔法少女服ですね」
そこにあったのは、恥ずかしいまでのピンクとフリフリのついた服。
間違えようが無い。
「…これって、脱げたんだ…」
裕福な家庭で育ったとはいえ、佐祐理も女の子。
興味が無いわけではなかった。
「………ちょ、ちょっとだけ、いいかな？」
ほんのちょっとだけ、着替えてみる事にした。
もそもそ……
「マジカル☆さゆりん参上です！びしいっ！」
鏡に向かって、ポーズなんかを決めてみる。
「いいなぁ〜。舞がちょっと羨ましいです」
佐祐理はかなりノリノリだった。
…と、そこに。
「いいお湯だったね〜。わたし発明シャンプーの湯」
「…そお？」
風呂から上がってきた、舞とミアが……
「！！！」
「…佐祐理？」
「ち、違うの、これは違うのっ！」
「お姉ちゃん、第二の戦士だったの？」
「だ、だから違います――――――！！」
佐祐理は風呂上りの二人よりも真っ赤になって、外に駆け出していった。
「…あのまま外に出たけど、大丈夫なのかな。佐祐理お姉ちゃん」
「…何か問題なの？」
「うーん…まあ、いいんだけどね」
しばらくして、当分ご近所歩けない〜、と泣きながら、佐祐理は帰ってきたのだった。
どうでもいいが、舞がその恥ずかしい衣装を着るのは、ＯＫなのだろうか。
七回目の戦いの時に、それは起こった。
いつものように、ぬいぐるみと戦う舞。
今回はいつの間にやら、見物人ができていた。
「いっけえー、舞！」
観客は主に子供。
ヒーローショーか何かと思っているらしい。
その集まりを、何だろうと思った子供が、横断歩道の無い道路を渡って、舞達のいる公園までやってこようとしていた。
ププ――――――――――ッ！！！
子供に軽乗用車が迫っていた。
しかし、子供は舞達の方に意識が向いているのか、気が付いていない。
「！危ないっ！！」
「あ、ちょっと舞？！」
舞は、それに気づき、慌てて子供を救おうと飛び出した！
きき――――――――――――――――っっ！！！
車も全力でブレーキを踏む。
「！！」
一瞬の交錯の後。
車は、寸前まで子供のいた場所に、停止。
舞が飛び込んだおかげで、子供はそこから少しずれた位置で、彼女に抱きしめられていた。
「こらあ！危ないぞ、子供っ！」
「ご、ごめんなさい！」
ドライバーに怒鳴られ、はっ、と我に返る子供。
「…大丈夫？」
「あ、ありがとう。変な格好のお姉ちゃん」
「…やっぱり、変？」
「うん」
子供に言われて、舞は少し落ち込んだ。
「でも、ほんとにありがとう…」
恐怖がようやくやってきたのか、震えだす子供を、舞は静かに抱きしめた。
「…しかし、よく間に合ったよね」
「舞の鍛えられた、瞬発力のおかげだな」
「やっぱり、舞はすごいですね」
「……」
みんなの褒め称える声。
その声が、舞の瞳から、一筋の涙を零れさせた。
「え？ど、どうしたの、舞？！」
「…わからない…けど、なんだか嬉しくて……」
その手の中の子供以上に、ぐすぐすと泣きじゃくる舞。
「あ、あのー。そろそろどいていただけません？車出したいんですけど…」
運転手はかなり困っていた。
草木も眠る丑三つ時。
舞達の住んでいるアパートの居間に、四人の子供が座っていた。
「ではこれより、魔物定例議会第１５３回を始めます」
「はーい」
その子供達は、みんな小さな舞の姿をしている。
「では、レフトハンド。活動の経過を報告せよ」
中央の、剣で切られたような傷がある、小さな舞がそう告げる。
その言葉に呼応して、ふぅっ、ともう一人の子供が現れた。
「はい、ハート様」
その子供は、ミアだった。
「舞はもう少しで、完璧な魔法少女になってくれると思います」
おおっ、と周りから驚きの声が上がる。
「なんと、そこまで」
「うむ。われらの野望も後一歩という所ですな」
「はははははははははははっ」
みんなで高笑い。
ただし子供なので、妙に甲高く、迫力はかけらもない。
「…はっはっはっはっは」
と、思っていたら、何か別の声が混じっていた。
「…祐一くん？！」
「ちっす」
「こ、この時間はもうみんな寝てるはずだよ！」
「お嬢様な佐祐理さんとか、魔物退治をやめた舞とは違って、俺は遅くまで起きても大丈夫な人間だ」
実は祐一は、こっそりエロ本を買いに行こうとしてただけなのだが。
「あ、お前、あの時の魔物じゃないか？最後の一匹だった」
まだ、剣の傷がわずかに残っているのが痛々しいが、そのおかげで、逆にはっきりと、あのときの魔物だと祐一は認識できた。
「お久しぶりだね、祐一くん。おかげさまで、再び五人にまで回復しました」
「いえいえ、こちらこそ…って、違う！」
祐一の突っ込みはどんどん鋭くなっていた。
「てか、お前達、随分はっきり見えるようになったなぁ」
「以前ほど、舞が力の存在を、隠そうとしてないから」
「祐一くんたちのおかげだよ」
「まあ、それはともかくとして」
よっこらしょ、と、話を横に置くジェスチャーをする。
「…で、さっきの寸劇はどういう事なんだ？」
「……舞を魔法少女にしようプロジェクトの会議だよ」
「何だ、そのばかばかしいプロジェクトは」
魔物達は、全員目を伏せ、一人一人が、静かに語りだす。
「魔法少女に、なって欲しかったんだよ。わたしたちは」
「不思議な『力』を使って、みんなを幸せにする、そんな女の子に」
「わたし達にも、そんな使い方があるんじゃないかって、気付いて欲しかった」
「そして、わたし達を…自分を好きになって欲しかった」
「『力』がある事に、自信を持って欲しかった」
「わたし達だって…ホントは……嫌われたくないんだよ」
刀傷を負った、あの時の彼女が思い浮かぶ。
あの、捨てられた子犬のような瞳を。
周りに忌み嫌われ、自分にまで嫌われた、彼女を。
「でもな、いたずらは良くないぞ。やっぱ」
「うっ…バレた？あの怪獣もわたし達だって」
「八百長試合じゃ、真に人を感動させる事はできない」
「…そうだね」
ふぅ、とため息をつくミア。
「まあ、何か魔法少女向きの事件が起きるのでも、待ってなさい」
「…あれ？舞に言ったりしないの？」
「これって、舞の為にやってるんだろ？だったら俺が反対する理由は無い」
「…ありがとう」
祐一はそこで、気になっていたもうひとつの事を聞く。
「ところで、ミアは何者なんだ？お前達に協力してるって事は…」
「いや、わたしも『魔物』なだけだよ？」
ミアの髪止めが外れ、髪の色が黒に変わる。
「あ、なるほど」
この状態になると、顔とかそっくりなのがわかる。
「これで、わたし達は秘密の仲になったわけだね」
「だから、そういう怪しげな言い方しない」
祐一とミアは、お互いの顔を見て、笑った。
『脱税の疑いで、『わんこ帝国』の園長、清水一郎氏が捕まりました』
お昼の食事中に、テレビがそんなニュースを流し始めた。
「わんこ帝国って、この前行ったあそこ？」
『不況のあおりで経営が上手くいかず、借金の返済にその金を回していたとの事です』
「うーん…見かけによらず、大変だったんだね。あそこ」
いつも笑っている佐祐理が、珍しく複雑な顔をする。
『「納税は国民の義務ですよ！」「恥ずかしくないんですか！」
「みんな苦しくても、きちんと税金を払っていると言うのに！」』
『「やめてください！そんなに園長を責めないで！」
「ここにいる犬達を見捨てたくなくて、やってしまっただけなんです！」』
「！今の声…」
『―――以上、現場からの中継でした』
「あの声は…この前の藍さん？」
「……」
「あ、舞！待てっ！」
舞は駆け出していた。
…今、藍がどういう状況なのか、同じ境遇を持つ舞には、手に取るようにわかった。
極めて危険な状態である事が。
だから、急がないといけない…わんこ帝国へ！
「いいから、園長さんを出してくださいよー」
「私達には知る権利があるんですよ！」
報道陣を必死で押さえる藍。
しかし、普段鍛えている訳でもない彼女が、人の波を押さえるのにも、限界がある。
パシャッ！パシャッ！
フラッシュの嫌な音が、彼女の精神を削っていく。
「また…こんな事に……」
封印してきた記憶が、また蘇って。
「あなた達はいつもそうです…そうやって、人を踏みにじって……自分の考え以外を否定して……！」
心が、耐えられなくなって。
「あなた達…みんな、みんな！いなくなってしまえばいいんです！」
彼女のその『力』が、負の方向に開放される。
「う、うわあああああ！」
不可視の何かが、集まった人間達を一瞬で薙いでいく！
「藍さん！」
そこに、舞達が到着した。
「…そんな事、してはいけない」
舞の呼びかけに、藍はもの凄い剣幕で怒鳴る。
「何言ってるの？！あたし達、こいつらのせいで人生無茶苦茶にされたんだよ！」
その手を、すっ、と倒れた記者たちに向けて。
「本物の『力』を見せつけてやる！誰にも偽物だなんて言わせない！」
「それは、本当の『力』じゃない！」
舞は、その手を胸に当てて、語り続ける。
「私達は、願ったはず…お母さんが、大好きだった犬が、蘇って、もっと幸せになってくれる事を！」
「誰かを幸せにする力が私達の、本当の『力』のはず！」
「舞……！」
ミアは、涙を流していた。
舞は、やっとわかってくれたんだ。
私達のやってきた事は、無駄じゃなかったんだ。
「でも、そんな『力』、誰も信じてくれなかった！」
負の『力』が、舞に向かって放たれる！
「ミア…お願い！」
「う、うん！」
流れる涙を拭い、ミアはいつものバトンを渡した。
「ほわほわお天気、お日様さんさん、ラブリーキュートにホーリーチェンジ！」
この時、舞は初めて、自分から呪文を唱えた。
ピカ――――――――ッ！！！
「お待たせしましたハッピー舞！わんこ帝国に只今参上！」
ミアの台詞も、いつもと違い気合が入っている。
「止めなきゃ…あれは…」
わたし達の、もう一つの可能性…
望まない姿。
「ときめきハッピーフラッシュ！」
「！」
藍は、その光線の筋を見切り、瞬時によける。
そして、不可視の反撃！
「うっ！」
左腕をかすった。
「…強い……」
今まで溜まっていた、暗い気持ちが、藍の負の強さを押し上げている。
自分の全力をぶつけないと……勝てない！
「ごめん、祐一…」
舞は、後ろにいる祐一に、振り向かずに言った。
「剣を捨てるって言ったけど…今、藍ちゃんを止めるために、使わせて欲しい」
「俺は、自分を傷つけるだけの剣は捨てろって、言いたかっただけだ！」
「だから、気にするな！思いっきりいけ！」
「…ありがとう……」
舞のバトンが光りだし、剣の形へと姿を変える！
ばんっ！
ダッシュで舞は、藍に近づいていく。
「！動きが格段に上がった？！」
「てえええいっ！」
きんっ！
見えないバリアーが、舞の攻撃を防ぐ。
「私は、あいつらに復讐するの！邪魔しないで！」
「そんなことさせない！」
『力』同士の戦いは熾烈を極めた。
人間を超えた戦い。
終わりなきぶつかり合いに見えたそれだったが、だんだんと、藍の力が弱まっていった。
「なんで…なの…」
「信じてくれる人がいるから、私は、自分を信じれる。それだけの事！」
「うっ…」
肩ひざを突く、藍。
怒りの力は、限界を迎えていた。
「舞！今だよ！」
「やああああああああああああああああああああっ！」
どさっ…
怒りを出しつくし、大の字に倒れこむ藍。
「大丈夫…私達を信じてくれる人は、必ずいる…私がそうだったように」
「でも、今の私には……」
舞は、傷だらけの藍をきつく抱きしめた。
「その人が見つかるまで、側にいてあげるから」
それは、藍がずっと求めていた…優しい言葉。
「だから…自分を信じて」
藍は、たまらなくなって、舞の胸の中で、声が張り裂けんばかりに泣きだした。
「う…うわああああああああああああああああん！！」
藍が泣き疲れて、眠った後。
「あれ？ミア…お前なんだか薄くなってないか？」
「う…ちょっと張り切って、舞に力を与えすぎちゃったみたい」
維持していた力が無くなったせいで、ミアの髪の毛が解け、その色も黒の状態に戻る。
「…ばれちゃったね。わたしが、魔物だってこと」
ごめんね、と舞に謝るミア。
「…なんとなく、気付いてた。私を立ち直らせるために、頑張ってくれてた事…」
ミアの手を握り、舞は言う。
「今まで、ごめんね。そして…ありがとう」
ひまわりのように、ミアは満面の笑みを浮かべて。
「その言葉が聞けただけで、もう、魔物冥利に尽きるよ」
「はは、なんだそれ」
ミアはそっと、舞の手を離す。
「じゃあ…またね、舞」
「……」
そして、光の玉になって、彼女は消えた。
「ミアちゃん…」
「またいつか会えるさ」
あの時、あの魔物が言っていた。
五人にまで回復した、って。
いつか、その時、また会えるに違いない。
「だから…信じて待ってよう」
「なあ、舞」
「…うん」
「って、一週間も経たずに帰ってくるとは思わなんだよ」
「今度は戦隊物にしようと思うんだー。これ着てみてよ」
「さ、佐祐理も着るんですか？このスーツ」
「戦隊物って三人か五人だよな。俺入らなくてもいいよな…」
ぴんぽーん！
「舞ちゃーん、遊びに来たよー」
「五人目来たっ！」
「ま、まずい！藍さん、逃げてください！」
「え、な、何っ？！きゃあっ！」
今、舞はそんなどたばたな日常を、笑顔で過ごしている。
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