眠い目をこすりながらカーテンを開けると、眩しい光が差し込みます。
そう、朝です。
うーん、清々しい天気！
こんな日は外へ出て、暖かいお日様の下に出なきゃ勿体無いですよねっ。
軽く朝食を済ませると、私は家を出た。
お菓子作りって楽しいですよねっ
行く先はいつもの公園。
家を出ると両手をいっぱいに広げてみた。
体中にお日様の光がいっぱい浴びてるのを感じます。
うーん、ポッカポカです。
スキップしながらルンルン気分で公園へ行こうとすると…、
「しおりぃ〜どこ行くの？」
家の方を振り向いて窓を見るとお姉ちゃんが眠気眼で私を見ていた。
「お日様が暖かいから公園に行くんです」
「朝から元気ねぇ…。羨ましいわ。若いっていいわ…」
なんだか六本木のどこかのお姉さんみたいですよ。
「お姉ちゃんが夜更かしするからです」
とそっとつぶやいてみれば…、キッっと私をにらんで、
「聞こえているわよ！！夜更かしは美容の敵ですって！？だから小じわが増えるって？」
も〜お姉ちゃんったら、地獄耳です。
でも間違ってますし、小じわなんて無いはず。
何かのドラマの見すぎですね。
お姉ちゃんなんだか、口の悪い姑さんみたいですよ。
ここは怒らせないためにも早々と退散した方がいいですね。
「じ、じゃ〜いってきま〜す」
スキップをしながら、少し小走り気味で公園へ行きます。
「あの子ったら…。大丈夫かしら…。あっ！こけてるし…。栞〜見えてるわよ〜！」
「そんなこというーーお姉ちゃん大嫌いでーーーすっ」
いっ、痛い…です。
ひざ擦りむいてはいないので、怪我はしていないみたいです。
でもどうやらパンチラ…というかモロパンになってしまったようです。
うぅ…。
やっぱりスカート短いのかな…。
「スカートが似ているんだけど、あの子のスカート短いからねぇ…」
少し小走りできたので数分で、いつもの公園に着いたけどもあまり人がいません。
日曜なのに人がいないのは朝早いからですね。
といっても、まだ8時。
この付近に住んでいる人はお姉ちゃんみたいにお寝坊さんです、きっと。
「きっと、そうなんです」
そっと呟くと、
「きっとって、なんだよ？」
いきなり、後ろから聞きなれた声が聞こえてきます。
「あっ…、祐一さん。おはようございます」
やっぱ祐一さんはお姉ちゃんと違いますねっ。
「ふぁあ〜ぁ。ねみぃ…」
前言撤回ですっ。
「祐一さんもお寝坊さんです」
「"も"ってなんだよ…。"も"って…」
気になるようで突っ掛かってきます。
「お寝坊さんなのは、どこかのお姉ちゃんと一緒ってコトですよ」
「ん〜、俺は遅くまでテレビ見てたからなぁ」
「何の〜番組みてたんですかぁ？ま、まさかっ！」
じーっと祐一さんの目を見つめてみた。やましいならそれなり態度とるはずです。
「おい、そ、そんな変な目で見るなっ」
もっと、見つめてみます。おもいっきり直視して！
「なんだか、やらしそうに言うからですよ！」
「や、やらしくないわいっ！口をふぐの様に膨らませて言うんぢゃないっ！楽しそうだと言えっ。
も〜そんなこと言う人嫌いです」
めちゃくちゃ怪しい言動です。手を振り回したりして、身振り手振り激しいですし。
「うぅ、人のせりふ取る人嫌いですっ」
「で…、番組はだな…。美味しいお菓子の特集だ。
ケーキやタルトなどお菓子の美味しい店とか特集をやってたいたんだよ」
「なんか…、祐一さんがまったーーーくっ…といってもおかしくないほどっ見そうも無い番組ですね…。
やっぱり…誤魔化してませんか！？」
祐一さんは、料理は焼きそばくらいしか作らない人なのでお菓子に興味あるはずがありません！
「俺だってお菓子に興味あるぞ。これでもか〜ってくらい甘党だしな。甘党博士だぞっ」
あごひげがある英国紳士の如くあごのあたりを触って胸を張ってます。
その風格は、紛れも無い英国紳士ですっ。
しかも顔は少し上向きで目を瞑って。
大威張りの祐一さんに質問をぶつけて、少しからかってみたくなった。
「じゃあ、どんなお菓子を知っているんですか？」
「そうだな…。ケーキ、タルトといえばやはり本場はヨーロッパ。
英国ではおいしいケーキには紅茶が似合う。シナモンたっぷりのケーキに砂糖控えめのアールグレイ。これに限るな。
日本でも和菓子が甘いぶん、セットで食べる抹茶は甘くないだろ？和菓子の甘さで抹茶をいただく。
まぁ、俺的には和菓子の場合は抹茶メインだが…紅茶の主役はケーキであってほしいな。
俺が推すのはドイツのタルトか。甘々な美味しいのがバッハトルテ。あのバッハも食ったらしいな」
祐一さんのケーキやタルトに対する思いがこれでもかと思い知らされた。
私の入り込む余地がないほど喋りまくってますね…。
でも、バッハトルテは、バッハの時代にはなく本人は食べてないはずです。
真相はケーキ職人さんの名前が由来みたいです。
「でも祐一さん、それテレビでいってたことじゃないですか？本当に食べたんですか？
そのドイツのバッハトルテだってドイツが本場なら、ドイツに行って食べるべきですし」
私の攻撃。さぁ、祐一さん、どうでますか？
「そう来ると思ったよ、栞君」
今度は、パイプタバコを持っている仕草できました。いったいいつの時代の人なんですか。
「刑事、古いです」
ドタッ ズルー
「刑事じゃない…。伯爵だ」
紳士的な刑事のコ○ンボかと思いましたよ。でも、どっちでも変わりないですよ。
「話の腰を折るんじゃない…。で、話を戻すが、うちには名コックがいるのを忘れていないか？」
名コックといえば…そうです！
「秋子さんですか」
「うむ。秋子さんは、昔ヨーロッパを旅したこともあって食通でもあるのだ。
その舌で味を盗んでいるはずだ」
「どんな国を巡ったのですか？」
「イギリス、フランス、スペイン、イタリア、ドイツなど今のEU諸国を回ったそうな。
つまりは秋子さんがヨーロッパの味を知っているので、俺はヨーロッパに行って食べたも同然なのだ」
確かに水瀬家のキッチンには様々な機材や食材が揃ってますし…。
色々な料理を作れると聞いてましたが、まさかそこまでの料理の知識があろうとは…。
「余談だが、ロシアやアジア圏もほとんど行ってる」
「まさにマスターアジアですね」
「主婦の神様ってわけだ。俺が本場の味を食べているということが分かったか？」
「まぁ、認めましょう」
祐一さんの真似で、マントを翻しパイプタバコを加える仕草っぽくしてみた。
「なんかまだ疑ってるようだな」
「はい」
満面の笑みではっきりと言ってみる。
「私は秋子さんが作ったヨーロッパで盗んだ味のお菓子を、食べたこと無いですからね」
「つまりは、確かめてみないと俺の言ったことが信じられないと？」
「はい」
またも、満面の笑みで答えてみる。
「俺って信用ないんだな」
祐一さんはがっくしとうな垂れた。
「はいっ」
「うわーーー」
地面に手をついて座り込んでしまいました。
ちょっと、やりすぎたかも。
私が困惑してたら祐一さんは急に立ち上がり、
「し、栞をからかうのはおもしろいな」
と言いつつも、顔は引きつってますよ…。
「では、今から水瀬家へ行って食べさせてもらいましょう。かなり強引ですが、思い立ったら即日って言いますしね」
「それをいうなら、吉日だ。そろそろ起きる名雪の朝食作ってるはずだ」
こうして水瀬家へと向かうことになりました。
歩くこと数分で、祐一さんの家に着きました。
「御邪魔します」
さっそく家にあがり…、
「え！？」
ドタドタドタドタ
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー！！！！」
水瀬家の居候の沢渡真琴ちゃんです。
悲鳴をあげながら、いきなりすごい勢いで走ってきます！
ずでんっ
いきおい余ってこけました。
ふっとんだようにも見えます。
「物凄い歓迎だな」
「いたたたたた、あぅ〜遅いじゃないの！真琴、こけちゃったじゃないの！！どうしてくれるのよ！」
「みろ、真琴！お前がわけのわからんことをやるから栞の目が点になってるじゃないか」
「あぅ〜真琴のせいじゃないんだからっ」
「真琴のせいだ」
なんだか、私だけ蚊帳の外です。
「いえいえ、いいですよ…」
とりあえず、なだめてみます。
「あぅ〜…。そんなことより真琴の漫画は？」
「悪い…。忘れた」
「あぅ〜っ。漫画楽しみにしてたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ！！！祐一の馬鹿ーーーっ」
顔をぷっくりとさせた真琴ちゃんは、走り去ってしまった。
「祐一さん、朝早く公園に来ていたのはこのためだったんですか。真琴ちゃんが可愛そうですよ！」
さすがに祐一さんは慌ててます。
「仕方ない。ひとっぱしりして漫画を買いに行くか。ということで後は頼む」
言うことだけ言うと逃げるように走り去りました。
仕方が無いので秋子さんを探しましょう。
そしてお菓子の作り方を教えてもらいましょう。
祐一さんに私の素晴らしくおいしいお菓子をたべさせるんです！
…。
…。
…。
ん〜…。
私の目的変わっているような…。
ハテ、最初の目的は…。
まぁいいです。
ドラマでもよくあることです。
「こんにちわー秋子さ〜ん、います〜？」
そこに現れたのは名雪さんでした。
「う〜、お母さんなら仕事に行ってるよ〜。あ、栞ちゃんだね。こんにちわ〜」
独特の雰囲気でゆったりとリビングから現れました。
名雪さんの周りだけ時間がゆっくりみたいです。
「栞ちゃん、今日は何の用なの？祐一はいきなり飛び出して行っちゃうし…」
名雪さん、寝ぼけているせいか何が起こったかあまり理解していない様子です。
「秋子さんにお菓子の作り方を教わろうと思ったのですけど、秋子さんは居ないですし、
名雪さん教えて下さい」
「うん、いいよ〜。でも何作るの？」
「それが…まだ作るもの決めていないんです」
「それじゃあ、何作るか決めよっか？」
「はい、お願いしますね」
それから10分経過しました
「う〜ん、なかなか決まらないね」
「そうですね…。あっ、そうだ。レシピとか持っていませんか？」
「うん、あるよ」
すぐに名雪さんは自室へと走っていった。
そして、秋子さんから伝授されたレシピを持ってきました。
レシピは、沢山書き込まれていて少しくたびれているノートです。
表紙に可愛らしい猫のイラストがあって目立っています。
パラパラとめくってみると、かなり詳しくまとめられていますね。
カエルのキャラクターがコメントとかしていて、本にして出版しても売れそうな感じです。
「名雪さん…、このレシピ凄いですね。量も質も」
「お母さんが作るのをメモしていたらこんなにもなったんだよ。凄いのはお母さんだよ」
「秋子さん、本当に凄いんですね…」
「うん。んで、料理だけど、これなんかどうかな？」
名雪さんが指差したページは…
イチゴのタルト
「なんか、名雪さんらしいですね」
「うん、いちご好きだから」
ちょっぴり照れている名雪さん、女の私から見ても可愛らしいです。
「材料はと…
☆パート・シュクレ
粉糖20g バター40g 塩0.3g 全卵18g（約1/3個分）
薄力粉56g アーモンドプードル20g 強力粉24g ショートニング16g
☆カスタードクリーム
卵黄3個 グラニュー糖70g 薄力粉30g バニラスティック1/3本
牛乳300g バター18g
☆飾り
イチゴ適量 アプリコットジャム適量 ピスタチオ適量
だよ」
「材料あります？」
「とりあえずイチゴは無いから買いに行かないとね。
あとは棚を見ないとね…。こ、これは…うん。見なかったことにしよう」
「名雪さん何を見たのですか？…。は、はい。見なかったことにしますね」
そこには、何やら怪しげな壺がありました。おそらく得体の知れない何かが入ってるに違いありません。
「ほ、他には…ショートニングぐらいじゃないかな。じゃあ、買出しに行こっか」
「はい」
私と名雪さんは、秋子さんお手製の買い物かごを持って出かけることになりました。
その頃祐一さんと真琴ちゃんはというと…
「よし、漫画を買ってきたぞ…」
「あ〜、祐一ありがと〜、わ〜い。さっそく見るね〜」
「そういや栞が居ないな。名雪の姿も見えないけど」
「何か作るって張り切っていたよ」
「張り切っているだけで居なくなるのか？」
「ううん。買出しだよ」
「始めからそう言えよ」
ゴン
「あぅ〜、真琴をぶったぁ〜、ぶったぁ〜。ひど〜い」
「はっはっは〜」
「あぅ〜あぅ〜」
私と名雪さんは近くのスーパーまで来ています。
スーパーまで後少しってところです。
「材料で買うのは、イチゴにショートニングですね」
「ショートニングを使うのは、酷だと思います」
「そ、その声は美汐さん！？」
私たちの後ろから美汐さんが現れました。
美汐さんも買い物かごを持っているので、私たちと同じく買い物です。
でも買い物かごを持つおばさん臭いです。
「今、おばさん臭いって思いませんでした？」
少し悲しそうな目で私を見てます。
自分でもおばさん臭いって思っているのかもしれないです。
「いえ、思ってませんよ。それよりショートニングを使うというのは…？」
危なかったです。ばれてます。
「この場合はバターがいいんです」
「何故なんですか？」
「ここのスーパーで買うんですよね？中に入ってみましょう」
美汐さんと私たちは、目的のスーパーに入りました。
「ショートニングは何から出来ているか知ってますか？」
「いえ、知らないです」
美汐さんは、クッキングコーナーの陳列棚からショートニングを手に取りました。
「見てください。植物性の油です」
確かに植物性の表示がありますね。
「それなら、安全じゃないんですか？」
「いいえ、植物性油というのは本来は、常温では液体なのです。しかし、ショートニングは固体です。
これは水素を添加させて融点を上げ、常温でも固まるようにしたものなんですよ」
「液体を固体にするために水素を使っているんですか…。すると、どう危険なのかは…」
「あ！」
「そうです。温めて使っても体内に入れば温度が下がり体内に蓄積されたりするんです」
「怖いです」
「それに、ドイツで多発した難病"クローン病"の原因がショートニングやマーガリンとされていることから、
欧米では使用されてないんです。クーロン病は、大腸や小腸に潰瘍ができるんです。
これは直りにくいので難病とされてます。最近では日本でも増えてきてるようです」
「さらに、怖いですね…」
「うーん、お母さんのレシピには書いてあったから大丈夫なんじゃないのかなぁ？」
名雪さんは、自分のレシピが間違ってないと信じている様子です。
「たぶん、"使っちゃいけない"ってことをメモし忘れてたのではないでしょうか」
「う〜」
う〜としか言えないところを見ると身に覚えがあるらしく、名雪さんは納得しちゃってます。
「そ、それはあるかも。わたし、料理中に寝ぼけてるとこあるし…」
完璧に見えたレシピノートも見た目だけだっだんですか…。
これだと出版したらやばそうです。秋子さん版のレシピが見たいものです。
「それに…」
美汐さんは何かを言おうとして口をつぐみました。
「それに？」
「いえ、何でもありません」
何かを隠してるようです。
「とりあえずバターは家にあるのでイチゴを買っておうか」
何もなかったように名雪さんは青果のコーナーへ歩いてきます。
自分のレシピの間違いがショックだったみたいか、黙って歩いてます。
「よろしければ、私も手伝ってもよろしいですか？」
美汐さんも一緒に料理をしたいようです。
「はい、いっしょにやりましょう」
「私は他に買う物があるので買ってきます」
いきなり、美汐さんは青果の近くの野菜へ行ってます。
キャベツを手にとって見定めているようすです。
名雪さんはすぐそばでイチゴを見てます。
「イチゴはね、赤くつやのイイものが美味しいんだよ。香りも重要！当たって痛んでいるものはダメね。
後はへたの部分がしっかりしているとか、ね」
イチゴのお姫様、名雪さんはイチゴを見る目が輝いてます。
さっき凹んだことなんか、嘘のようです。
イチゴの選別に関して手を抜くはずはありませんね。
「このイチゴにしよう。種類は女蜂にするね」
「美汐さんは、野菜のとこから別の所へ行ったみたいです。行ってみましょう」
美汐さんを探していると、精肉コーナーに居ました。
ミンチ肉を選別している所ですね。
「ミンチ肉はなるべく赤いものが新鮮な証拠です。これなんかいいですね」
名雪さんがイチゴに詳しいのに対し、美汐さんはオールマイティ、何に対しても手抜き全くなしです。
「美汐さんって、食材選びに対する姿勢すごいです」
「食材を見る眼は、実際に市場で見たりして身に付けたものです。でも、師匠の足元のにはまだまだ及びません」
よしっ、私も何か買おうっ！
「栞ちゃん…、アイスだけなの？」
ギクッ
図星でした。
「あははは…。ハーゲンダッツ美味しいですから」
値は張りますけどね。でも、美味しいです。
「イチゴ味も入れていてね」
名雪さんは、やっぱりアイスもイチゴ味です。
「では、私は抹茶…グリーンティで。真琴のとで、２つお願いします」
美汐さんは、やっぱし古風です。
色々買ったのでレジに向かいます。
まずは、私と名雪さんが前にいるので先に清算です。
「いらっしゃいませー」
レジのお姉さんは、笑顔です。
「わたしが払うね」
名雪さんは、レジでお金を払いかごを持っていきました。
次の美汐さんもレジで清算です。
「領収書お願いします」
美汐さんは、やっぱりしっかりしてます。
買ったものは、野菜中心です。
キャベツ、ニラ、人参、しいたけ、白菜、しょうがが入ってますね。
他にも色々。
買い物も済ませましたし、水瀬家に戻ろうことにしましょう。
帰り道で、美汐さんに領収書の件を聞いてみる。
「美汐さん、何故領収書を？」
「それは…、私のお小遣いが少ないので後で母からお金をもらうことにするんです」
なるほど。遣り繰り上手です。
「美汐さんは、何を作るんです？」
「材料から察しが付くと思いますが、内緒です」
「うーん、わたしは分かったよ」
名雪さんは気づいたみたいです。
「私も、なんとなく分かりましたよ」
「今、言うと面白くないですからね。後のお楽しみです」
ばらさないんですかっ。
実は分かりません。
うぅ、分かると思ったのに。
水瀬家のキッチンでいよいよイチゴのタルトを作ることになりました。
そして、美汐さんも何か作ります。
何ができるかはわからないですけど。
「わたしは、まだレシピみないと作れないので見ながらやろうね」
名雪さんはレシピなしでは料理できないようですが、美汐さんはすでに準備に入ってます。
棚からボールをいくつか取り出してます。
それにしても食材だけでなく、調理器具も沢山あります。
中華包丁とかその台まで置いてます。
やはり本格的なのは間違い無いですね。
調理器具だけ見ても祐一さんの言っていたことは、本当ぽいです。
世界中の料理器具があります。見たこともないようなものまで。
そういや、祐一さんは…、ほったらかしたままでした。
「おー、やってるな。ちゃんとしたのが出きるのか？」
ひょっこりキッチンに現れました。噂をすればなんとやらです。
「ゆーいちさんっ。私の腕を見ててくださいねっ」
自信満々の表情をして、袖を捲くりで力こぶを作ってみます。
「おいおい自信があるのはいいがあんまし包丁振り回すなよ。危ない危ない。あ〜俺は出きるまでテレビ見てらーな」
祐一さんは、言うことだけ言って言っちゃいました。
行き先はテレビのあるリビングのようです。
祐一さんとお話している間に名雪さんは調理器具の準備も済んで作る用意に取り掛かってます。
さすが、名雪さん。料理のこととなると生き生きしてますね。
「栞ちゃん、やるよ。まずは下準備から。私はタルト生地作るので。栞ちゃんはカスタードクリーム作って」
「はい」
「テーブルの上にレシピ置いておくね。これを見ながらやろう」
テーブルの上に置かれた名雪さんのレシピを見てみる。
「パートシュクレってタルトの生地だったんですね。分からなかったです」
名雪さんはバターをボールに入れて泡だて器を使ってます。
さぁ、私もやるぞ！
私もボールを取り出し、卵をコツンとボールの縁で割ってみました。
えっと、卵黄だけが必要だから…。
まず割れた卵の殻を左右の手に持って卵黄を行ったり来たり。
これをゆっくりと移動させます。
これで卵黄だけ使います。
この調子で5個やるんですねっ。
キャー
1個落としちゃいました…。
「大丈夫。ドンマイ、栞ちゃん」
「はい、頑張りますっ！」
卵黄だけ５つボールに入れてグラニュー糖を入れて泡だて器でよく混ぜます。
バニラスティックを…。
って…。
「カスタードクリームってバニラの味がしたんですね。知らなかったです」
「お菓子には、よくバニラ使われるよ。バニラエッセンスとか使ったりするんだよ」
次はボールに、バニラと薄力粉を加えてまた混ぜるんですね。
火をかけて牛乳を、っと。
なんとか順調です。
名雪さんはというと、生地を型に敷いて冷蔵庫に入れました。
んで、ぼーっとしてます。
やることが無いみたいです。
レシピによれば最低でも2時間待てとのことです。
暇を与えちゃったら名雪さんは、何もしないで寝ちゃうんですね。
私の方もなんとか出来たのでラップをかけて冷やします。
美汐さんの方はどうかといえば…
中華包丁で食材を細かく刻ざみ、
それを味付けして具をくるんで、
蒸し器の底にキャベツを入れて蒸して始めました。
名雪さんは、頭の上に疑問符を浮かべたような顔をしてます。
「とりあえず20分待ちましょう」
美汐さんの手つきは慣れた様子です。
よく作っている得意メニューってとこですね。
20分が経過して完成しました。
「いい匂いがするーー」
ドタバタ階段を駆け下りてくる音がします。
真琴ちゃんのようです。
美汐さんが作っていたのは、もちろん肉まんです。
真琴ちゃんの大好物です。
「さっそくリビングでいただきましょう」
出来立て熱々の肉まんが沢山。
蒸し器の蓋を取ってみれば、湯気がほわ〜んっと…。
真琴ちゃんは、今にもよだれを垂らしそうです。
私も…。
って、垂らしませんっ。
「栞。美味そうだからってよだれ垂らすなよ」
「垂らしませんってばっ、も〜、そんなこという人嫌いですよっ」
「あぅー」
「あらあら、これで拭いて」
美汐さんはさっとハンカチを出して真琴ちゃんの口元を拭きました。
ほんと、仲がよくて羨ましいです。
私も祐一さんに拭いてもらおうかな。
「う〜」
こっちでは、別のことでよだれをたらしかけている人がいます。
ほんわか気分に、眠気を誘発したみたいです。
「あぅー早く食べようよー」
真琴ちゃんはウキウキ気分で舞い上がって、今にも肉まんの入った皿に飛びつきそう…。
「おぃ、真琴。お前は何をしたんだ？」
「えっとね。運んだ」
「お前はそれだけで食べようと思っているのか？」
「あれ、祐一さんは何かしましたっけ？」
私のツッコミに祐一さん、黙っちゃいました。
「祐一さん、もうちょっと真琴のこと可愛がってやって下さい」
美汐さんの目には、もはや真琴ちゃんしか見えてません。
真琴ちゃんのよだれを拭いたハンカチを握り締めて別の世界へ逝っちゃってます。
「それより早速食べよう〜」
真琴ちゃんは全然気にしてないみたいですね。
「ジュース持ってこようかな」
「いや、俺が持ってくるよ」
名雪さんが取りに行くところを、祐一さんが人数分のジュースを取りに行くことに…。
反省してる様子ですね。
「あっ、祐一さん。アイスクリームも持ってきてくださいね」
「ところで美汐ちゃん。肉まんの皮の種って柔らかくなるのに２時間くらいかかるはずだよ。
なのにすぐ出来ちゃったね。どうして？」
先ほどの名雪さんの疑問はこれだったんですか。
「実は名雪さんが起きる前に皮の種は作ってたんです。名雪さんのおっしゃる通り２時間置いておかないとダメなんです」
「うー、なるほど」
「２時間ですか…。その間、水瀬家でどうしてました」
「私がここに来た時には、秋子さんは居ませんでした。その時間、他の人は寝てました。
真琴に肉まんを作ろうと思い、皮の種だけは準備してました。
そして真琴が起きてくる時間に合わせて具を詰めようと思い、材料を買いに行ったところに名雪さんと栞さんが居たんです」
「朝早くですか。家の鍵はかかってました？」
なんだか刑事ドラマの取調べみたくなってきました。
「いえ、かかってませんでしたよ。前日にここのキッチン使うことを秋子さんには承諾を取ってます」
「誰かに鉢合わせしませんでしたか？」
「私が買出しに出る頃、名雪さんはまだお休みでしたね。それから相沢さんは、私に気づかず、すぐ外へ行っちゃいました。
みんなあわてんぼなのか、会ってません」
「あぅー、祐一とじゃんけんしてたから」
「しっかし長いじゃんけんだったな。手が折れるまでやっていたからな」
アイスを取りに行ってた祐一さんがいつのまにやら戻ってました。会話に熱中しすぎていたようです。
それにしても、じゃんけんに負けた祐一さんが慌てて買いに行ったので、玄関にある美汐さんの上履きまで目には映らなかったってことですね。
しかし、疑問が…。
美汐さんが家を出た時間です。私が水瀬家に着いた時には美汐さんは居なかった。
ということは、それより前に美汐さんは、水瀬家から出ていた。
そして祐一さんが真琴ちゃんの頼んだ漫画を買いに行くという約束していた時間にも居たと証言しているし…。
「美汐さんはいつここを出たんですか？私と名雪さんが買い物に行くよりも前に出て、私たちの後ろに居たというのが疑問なんです」
「ちょっと寄り道していただけですよ。あ…アイスが溶け始めてますよ。早く食べましょう」
なんかひっかかる所もありますけど、アイスクリームは大事です。
「アイスクリームってけっこう簡単にできるんだよ」
「あ〜、ダイエットにもいいしな。」
変なことだけ祐一さん知ってます。
「名雪さん教えてくださいね」
「あ、てれびてれび」
真琴ちゃんはあんまし関心が無いのかテレビをつけて見始めました。
「昼食私が作りますよ」
少しすると、美汐さんはキッチンの方へ。
それからしばらくして、パート・シュクレ冷やしてから２時間経ったので、私と名雪さんもキッチンへ。
「イチゴのタルトはおやつですね。お昼ご飯と一緒だとおかしいですから」
名雪さんの作ったパート・シュクレの底にアプリコットジャムを塗って、私の作ったカスタードクリームを入れます。
名雪さんはというと、鼻歌交じりでイチゴを飾り付けてます。
この仕事を取られたくないようですね。イチゴの扱いは名雪さんの専売特許といったところですね。
しょうがなく、私はピスタチオを盛り付けることにしました。
「最後は、けっこう簡単ですね。でも、私の家にはオーブンが無いのでいつでも作ることができないので残念です」
おねーちゃんが、体で稼いでオーブンを買ってくるっていうのもいい案ですけどね。
「そういう時は、パート・シュクレだけ買って作るといいよ。飾りつけだけでも楽しいから」
「出来ましたっ」
綺麗に仕上がりました。おやつまでまた、冷蔵庫へ。
一方、美汐さんの作っている料理は、和食中心のようです。
里芋の煮っ転がし、酢の物、鮭の塩焼き、お味噌汁、まだまだあります…。
「真琴〜、祐一さん運ぶのを手伝って下さい〜」
今度はみんなで運びます。
食卓に美汐さんの作った和食が並んでます。
どれも美味しそう。
「しっかし、みんな俺のために色々作ってくれてありがとうな」
祐一さんはニコニコしてます。ちょっとやらしいです。
「ゆーいちっ、ハーレムだなんって思ってるんじゃないでしょうね」
「ハーレムだ」
バシッ
「いて〜、ホントのこと言って悪いか？」
真琴ちゃんの嫉妬なのか、意地悪でやったのか判断がつきません。
嫉妬なら…。負けませんよ、祐一さんは私のです。
「本当でも言わない方がいいんですよ。それがドラマってものです」
「そんなドラマはないぞ」
「そんなこと言う人嫌いです。全然ドラマティックじゃないですよっ」
「あぅあぅ、それより食べようよ」
もたついていると、さっきみたいに真琴ちゃんがよだれを垂らし…、美汐さんがハンカチだしちゃいますよ。
そう思って美汐さんの方を見れば…、あっ、やっぱり真琴ちゃんしか見てません！
「真琴、ちゃんと”いただきします”してから食べないとお行儀悪いですよ」
母のように子供を叱ってはいるけども、表情は優しいです。
「いただきま〜す」
真琴ちゃんは早く食べたいせいか、すぐに言っちゃいました。
タイミングが狂ってます。
「みんなで言うものだ」
祐一さんのいうこともごもっとも。
手を合わせて…、
「いただきま〜す」
里芋の煮っ転がしを取って食べてみる。
「美味しい」
素直な感想です。
硬すぎず、柔らかすぎず。
「それは、白ワイン使ってるんです。日本酒でもいいですし、煮崩れしなくなるんです。
それから、真琴。食べる時はジグザク食べをするといいですよ。ひとつのものばかり集中して食べないように」
ひとつの皿からしか取っていない真琴ちゃんを見てお説教です。美汐さん厳しいっ。
「ジグザク食べって？」
「色々順番に取って食べるのです。栄養バランスのこと考えると、この食べ方がいいみたいですよ」
「美汐さんって色々なこと知ってるんですね」
「これでも栄養士か調理師目指してますから」
「俺はてっきり獣医だと思ったぞ」
ひょいと祐一さんのツッコミです。ツッコム時の祐一さんの表情っていつもやらしいのはなぜですか。
「それもいいですね」
にやっと、美汐さんが笑ってます。
危ない！妄想モードです！！
「美汐が獣医になったら真琴も見てもらえよ」
「なんで、私が見てもらわなきゃいけないのよー」
「お前は獣じゃん」
「あぅ、そんなこというと、もおおおおおおーーーーーこぉーーーだからぁぁぁぁぁ」
ギャーーーー
「ひっかくなって！！」
真琴ちゃんは、おもいっきり祐一さんにひっかきました。
触らぬ神に祟りなしですよ。
「こらこら真琴。ダメ」
ポンっと真琴ちゃんの頭の上に手を乗せます。
「ごめん、美汐」
真琴ちゃんは、祐一さんと反対方向に居る美汐さんに向き、シュンとして頭を下げました。
「祐一さんに謝りなさい」
美汐さんの方向とは反対の方向に居る祐一さんの方を見て謝りました。
「ごめんね、祐一」
真琴ちゃんは美汐さんに飼われているようですね。
獣ってのはあながち間違いじゃないみたいです。
美汐さんの作った美味しい昼食もみんな平らげちゃいました。
「食器洗いもみんなでしましょう」
祐一さんと真琴ちゃんは食べた食器を運んでくれました。
私と名雪さん、美汐さんは洗うことに。
「そういえば、秋子さんいつ頃に帰ってくるんでしょうね？」
名雪さんは首をかしげ、
「たぶん、もうそろそろ帰ってくるんじゃないのかな？」
「そろそろ帰ってくるかと思いますよ」
何かを知っている素振りの美汐さんは、さも当然のように言ってのけました。
「美汐さんって、やっぱり何か知ってますね」
「それは、秋子さんが帰ってきたら分かると思いますよ」
美汐さんは真琴ちゃんを見る時に見せる笑顔とは別の笑い方をしているように見えました。
「ただいま〜」
「お母さんおかえり〜」
タイミングよく秋子さんが帰ってきました。
あまりにもタイミング良すぎなのでびっくりしちゃいました。
「天野さん、お昼ご飯の件、ありがとうね」
「いえいえ、真琴に美味しい料理を作ってあげたかったのです」
美汐さんは、ゾッコン真琴ちゃん！
「それからイチゴのタルトは、どうなりました？」
今帰ったばかりの秋子さんは何でも知って…、ってなぜ知っているんですか！？
「まだ食べてないですね」
秋子さんはすごくわくわくしているようです。
「あれ〜？秋子さん、なぜタルトのことをご存知なんですか？」
疑問だらけです。
「それは、天野さんからメールを貰って聞きましたから」
「そうです。秋子さんは私の師匠ですから」
美汐さんは、ピースサイン。
ヴぃっ
「え”そうなんですか！」
「私の料理の知識を彼女に教えました。彼女は私の一番弟子ですよ。
天野さんからイチゴのタルト作るってことを聞いたので、食べたくなって早く帰ってきちゃった」
「え〜。お母さん試食するの？自身ないよ〜」
普段二人で暮らしてきたのに、何故か食べさせたくないようです。
「私も手伝いました。飾りつけとカスタードソースだけですけど」
とりあえず私の分担を主張してみます。
「昼間の話ですが、栞さんと名雪さんが出けている間に、私が会ったのは秋子さんです。お昼ご飯はその時に頼まれました。
私が秋子さんに会ったと言わなかったのは、秋子さんの話題を出すと私がうっかりイチゴのタルト試食してもらうことを
口を滑らせて喋ってしまうかと思ったからです。栞さんの攻撃にタジタジでしたから」
美汐さんの言っていた謎がこれで解けました。
「なるほど」
「さっそくですが、試食させていただけませんか？ 名雪にもそろそろ難しい料理を教えようかと思っていたところなの。
合格だったら例のアレ教えるわね。栞ちゃんも知りたい？」
「はい」
ここは二つ返事ですよ。
なんたって秋子さん直々に料理を教えてくれるのですから。
名雪さんは、ダッシュでキッチンへ向かいました。
よっぽど、秋子さんのお墨付きが欲しいのかよくわかります。
「さっそく持ってきたよ」
「名雪ったら、あわてんぼさん。人数分切らなくちゃ」
秋子さんは、ゆっくりとキッチンに向かい包丁とお皿を持ってきました。
私、祐一さん、名雪さん、美汐さん、真琴ちゃん、秋子さんで6人分です。
あっ、っと何かに気が付いたのか美汐さんも席を立ちキッチンへ。
しばらくすると紅茶を持ってきました。
「おいしいタルトには紅茶ですよ」
秋子さんは綺麗に切り揃えてくれました。
「いただきます」
「あっ、これは美味しい」
「名雪合格よ。それから、栞ちゃんカスタードソース上手く出来てるわ」
名雪さんは、あんまり嬉しそうじゃないみたいです。
なぜなんでしょう。
私は、すごく嬉しいです。
「どうです？祐一さん、私の作ったタルトは？」
「いや、名雪と栞が作ったんだろ？しかもほとんど名雪がやったんじゃないのか」
「うぅ、意地悪です。秋子さんに教えてもらってもっと美味しいもの作ってみせますよ！」
「秋子さんのお弟子さんは美汐さんだけですか？」
「私、元々は弟子を取るつもりはなかったのですが、彼女の熱意に負けたんです」
すごく美汐さんのことを褒めてます。
でも、間違いない…。美汐さんは真琴ちゃんのためにだけ料理を覚えたようです。
見てください！美汐さんの嬉しそうな顔つきを！！
ここまで私も祐一さんを想えれば、いいのかもしれません。
よしっ秋子さんに習って料理の特訓です！！
「美味しいものも食べれましたし、私のとっておきを教えますよ」
「わ、私はいいよ」
逃げるように名雪さんはリビングを出て行きました。
もったいないですよ、名雪さん。
美汐さんが、真琴ちゃんの心を掴んで離さないように、私も祐一さんの心を掴んじゃいますから！
ルンルン気分の秋子さん。
スキップしながらキッチンへ行っちゃいました。
そういえば、名雪さんの他に、祐一さんの姿もありません。
もう！私の料理を食べさせてあげようと思っているのに、ひどいですっ。
数分後…
キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そうです。
そうなんです。
秋子さんの言っていた”例のアレ”って…。
怪しげなジャムだったのです。
美汐さんは、真琴ちゃんに喜んでもらうために悪魔…、いえ秋子さんに心を売ったんですね。
でも、私は、やってやりますよ。
祐一さんに喜んでもらうために！
「わああああああああああああああ！！！！やめろおおおおおお、しおりぃぃぃぃ」
秋子さんの遅くまでの特訓で完成させたジャムの試食を祐一さんにさせちゃいました。
祐一さん、あなたは私の虜ですよ。
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